11話 火種の撒かれた星へ
理解者の本の内容が読めないことが発覚してから三日後。
ゆづりは理想者の本は一回傍らに置いて、開発者の手記の翻訳に取りかかっていた。
三日間ずっとだ。朝起きて翻訳。学校の昼休みに翻訳。放課後に翻訳。あらとあらゆる時間を開発者の本を読むことに費やしていた。
その甲斐あって、既に手記の半分程度は訳し終わっている。しかし。
「あんまり創造者探し進んでいる気がしないな」
その内容から得たものは薄かった。
手記の構成は、こういう実験した、だけど上手くいかなかった、それを踏まえて今回は改善してこういう実験をした、だがまた失敗したという繰り返しで成り立っている。
だから、いくら訳しても訳しても、結局転生は可能なのか、どうやってやったのかといった結論には辿りつかない。
ならばと最後のページから訳してもみたのだが、おそらく手記はこれで完成してはいないのだろう。実験に失敗したということしか書かれていなかった。
「でもまぁ、色々知れたからいいか」
散々な結果だが、だからといって情報が全く増えないことはない。
開発者は八星を歩き回ることを好んでいたらしい。その記録としてか、色んな星についての情報が書かれていた。
水魔星はデザートやお菓子が美味しく、火敵星はジャンクフードがうまいといった可愛らしい情報もあれば、金時星の時計の仕組みといった貴重そうなものもある。
その中でも一番読んでいて面白かったのは、八星の神たちの紹介だった。
今まで神になった人間はどうやら百人程度いるらしい。そして、その内の半分は天機星と火敵星の神が占めているようだ。天機星の神は五十年に一度必ず変わっているらしいし、火敵星の神も世襲制らしいので妥当だろう。次に多いのが、土獣星の十七人、その後は月祈星の十五人だという。
このようにコロコロと神が変わる星も多いのだが、木黙星は交代なしの一代のみ、水魔星も二代、金時星も二代で滅多に変わらない星もある。
むしろ現在のゆづりは、転生云々について知るよりも、こちらの豆知識を得るために読んでいるといっても過言ではない。
「となるわけで、ここの答えは三になる。いいな」
現在は金曜日の六時限目で、数学の授業の真っ最中。
給食を食べた後ということで、ほとんどのクラスメイトたちはうつらうつらとしているが、ゆづりはバッチリ目を開き机に向かっていた。授業のためじゃない。早く開発者の本の翻訳を終わらせるためだ。
「ゆづり、何してるんだ?」
「うわっ?!」
そんな風に本へ集中しているゆづりの肩に、ポンと手が置かれる。ゆづりは驚きのあまり、授業中には決して出ないであろう大声を出すと、椅子を倒して立ち上がった。
その音で葬式のような空気が破られ、眠っていた生徒たちも目を覚ます。起きていた教師も黒板に背を向け、唖然とした顔でゆづりを見つめていた。
「佐々木、どうしたんだ?」
「その…虫が、うるさい虫がいて。すみません」
ゆづりはヘコヘコと頭を下げると、静かに席に戻る。周りも不審そうな顔はしていたが、すぐに授業が再開されたためか、はたまた眠気にまた襲われたのか、どんどんゆづりから視線を離していった。
そのことにゆづりはほっとため息をつくと、後ろを振り返る。すると、そこにいたのはノアだった。ゆづりが怨念を込めて彼を睨めば、ノアは流石に申し訳なく思ったのか悪かったとしゅんと項垂れる。
「悪い。こんなにビックリするとは思わなかったんだよ」
「…………」
「なー、悪かったって」
「………」
「何か言ってくれよ。怒ってんの?」
別にゆづりは不機嫌だからノアに返事をしないわけではない。授業中だから喋れないだけだ。
しかし、ノアはゆづりが怒っていると思っているらしい。ちょこちょこと席の近くを回ってはごめんごめんと言い倒してくる。何をしててもうるさいヤツだ。これじゃあ翻訳にも授業にも集中できない。
堪えかねたゆづりはノートの端に「用件は?」と書くと、ノアに見せた。
「あっごめん。俺様、日本語は読めない」
「帰れ」
「言ってることと文字で内容違くね?」
色々面倒に思ったゆづりは犬を払うよう手を振り、ノアを追っ払う。しかし、ノアは不思議そうな顔をして手を振り返すだけ。邪魔だから帰れのハンドマークが星によって違うらしい。星が異なる者同士の会話は厄介だ。
「まっ、いいや。暇だから来ただけだし。お昼ご飯…きゅーしょくは時間的にもう終わってるのか?」
「………」
「あーあ、終わってるのか。もっと早く来れば良かったな」
「……」
「なぁなぁ、ゆづりは火敵星に行く予定なんだろ?そろそろ土曜日だと思って来たんだ」
「……」
「へぇやっぱり合ってたか。なら、この授業終わったら行くか?」
「……」
「おっ、やった!楽しみだな!」
一応伝えておくが、ノアが一人でベラベラと喋っているのではない。ゆづりもノートにマルバツを書いて、ノアの言葉に答えている。
マルバツで会話をするという奇特なやり方に、ゆづりの気分が上がる。そして、今話さなくともいい事までもマルバツで会話していると、終業を知らせるチャイムが鳴った。
「お、授業終わったな。じゃ、行こうぜ」
「まだだよ。帰りの会が残ってるから」
「何だそれ」
「歌を歌ったり、担任が話したりする時間」
「へー、変な文化だな」
「それはそう」
「佐々木さん?」
ゆづりがノアと声を交わして会話をしていると、不意に肩をつつかれた。その感覚にぎょっとして振り返れば、後に最近名前を覚えたクラスメイトこと、古葉が立っていた。
あの雨の日に見た、恐怖と戸惑いが混じったような顔をぶら下げて。
「……?どうしたの?」
「いや。一人で喋ってたからどうしたんだろうって」
「あっ」
授業が終わって油断していたが、地球人にノアの姿は見えていないんだった。だから彼にとっては、ゆづりが誰もいない場所で一人ブツブツ言っていているように見えたのだろう。そんな顔をするのもよく分かるくらいには不気味だ。
ゆづりが顔面蒼白で固まる横で、ノアも古葉の言っていることが伝わったらしい。ケラケラと大声を上げて笑い出していた。
「あっは!頭のおかしいヤツって思われてやんの」
「うるさい」
「えっ」
「あ、ごめん。なんでもない。ただの独り言だから気にしないで」
「独り言か。まるで誰かと話してるみたいだったから、ちょっとビックリしたよ」
「………」
何気ない様子で正解を叩き出した古葉に、ゆづりは内心ぎょっとする。
しかし、彼はその答えが当たっているとは夢にも思っていないのだろう。先程の味深い表情はすでに無く、いつもの愛想のいい面になっていた。加えて、まるで地面の花でも愛でるかのような目付きにもなっていた。
「その…なに?」
古葉にじっと見つめられることにゆづりが戸惑えば、彼は何でもないと答える。そして、何事も無かったかのように自分の席へと戻っていった。
あの目はなんだったんだ。あの顔はなんだ。残されたゆづりは彼が渡してきた違和感に納得できず、悶々とした思いを抱く。しかし、すぐに視界をノアの顔で塞がれてしまったため、あっという間にそんな気持ち悪い感覚は記憶の彼方に吹き飛んでいった。
「ゆづりさ、アイツに独り言のデカイ変なヤツって思われてないか」
「まぁ、そうだろうね」
「それでいいのかよ」
「他人事みたいに言っているけど、原因は全てノアのせいだからね」
授業中に椅子から転げ落ちたのも、古葉に気味悪がられたのも、元を辿ればノアのせいだ。
それなのによくもこんな事を言えたものだ。ゆづりがそう恨みを込めてジト目になれば、ノアも責任が自分にあることに気付いたらしい。あっと間抜けな声を出し、ニヤニヤ面から気まずそうな顔へと変化させていた。
「……じゃ、じゃあ、火敵星に行こうぜ!」
「だから帰りの会があるんだってば」
「あっ」
****
帰りの会を終えた後、ゆづりは早く早くと急かすノアと共にベランダから落下した。そして、しばらく気絶した後、ゆづりは宇宙空間部屋に出る。
すると、そこにはノアが座っていた。彼の手には花の形をしたクッキーが咲いている。おそらく薔薇だろう。遠くからでもかなり凝られて作られていることが分かった。
「おはよう」
「うん。おはよう」
ゆづりが近寄れば、ノアは食べる?と皿を差し出した。そこにはノアが今食べている花の形をしたものはなく、蕾のような形をした淡緑のクッキーが並んでいた。
花の形のものはなくなってしまったらしい。ゆづりは少し残念に思いつつも、一枚蕾を取る。すると、ぱっという軽い音と共にクッキーの形が変わった。
「うわっ、花が咲いた!」
「魔法だよ。すごいだろ?」
「うん。すごい」
地球だったらまず見られないクッキーに、ゆづりは夢中で食らいつく。その様子をノアはらしくもない微笑みをもって、静かに見守っていた。
「で、ゆづりは火敵星に行ってどうする気なんだ?統治者を探すのか?」
ゆづりが皿を空っぽにした後、ノアはようやく口を開く。ゆづりは口に残っている最後のクッキー咀嚼しながら、フルフル首を横に振った。
「それも気になるけど、まずは王城に行きたい」
「ふーん?理想者の本が他に残ってないか探すのか」
「そう」
ゆづりが頷けば、ノアは先陣を切って廊下に出る。そして、ホワイトチョコレートをあしらったような扉の前で足を止めると、大胆に開け放った。
しかし、部屋の中身を見るや否や、顔をしかめて後ろに下がってしまう。
「うわ、埃がすごいな」
「しばらく人いなかったみたいだし」
埃アレルギーなのかゲホゲホと噎せるノア。そこでゆづりはノアに追い付き、彼を差し置いて部屋に入った。
感想は特にない。一流品なのに人に使われず、埃を被っているのが勿体無いないなくらいのものだ。
その後も、ゆづりは特に躊躇うこともなく、ずかすがと部屋を物色する。
すると、その奥に黒いチョコレートを模したドアがひっそりと構えていた。おそらく火敵星の本土へ繋がっているであろうドアだ。
ゆづりは部屋の外で埃と戦っているノアを振り返り、早く行こうと誘う。すると、ゆづりの背後で勝手に扉が開き、何かがこちらに飛び出してきた。
「うぉ?!」
腹を殴った奇襲に、ゆづりはなす術なく体勢を崩すと尻餅をつく。そして、急に何してくれるんだと恨めしく殴ってきた人物を見上げたのだが、恐ろしいことに人の姿はなかった。
「おい、どうしたんだ」
「いや…何かが私にぶつかって…」
「はぁ」
ノアが胡乱気に部屋の中に入ってくる。しかし、室内には何もないし、誰もいない。その結果、どうしたんだと頭の心配をされた。
ゆづりは本当に誰かいたんだよと必死に反論しつつ、少し開いたままになっている扉へ近寄る。すると、ふわりと生ぬるい風が足元を通りすぎていった。
「………」
そういえば、最初にこの部屋を覗いた時も、このような心霊現象が起こっていた。もしかして、ここはいわく付きの部屋なのだろうか。
ゆづりは不意に前に起こったことを思い出す。そして、襲い来る恐怖心に呑まれて足を止めた。
が、止まれない。扉の奥から伸びた一本の手が、ゆづりの胸ぐらを掴んで引き寄せていた。
「え、ちょ、待っ…!」
急に出てきた手は、にわかには信じがたい力で扉の奥へとゆづりを引き込む。ゆづりは咄嗟に壁に手をつき抵抗したが、全く歯が立たない。腕は嘲笑うかのように呆気なく、ゆづりを無力化してくる。
ゆづりは抵抗は諦め、なんとか後ろを振り返る。そして、ノアと叫んだ。
「た、助けて!」
「ゆづり!?」
ノアもすぐに異常事態を察したらしい。彼はすぐさま扉に寄ると、ゆづりに手を伸ばす。
しかし、間に合わない。無情にも彼の指は、ゆづりの目の前で空を切ってしまう。
「「あっ」」
二つの間抜けな声が響く。それと同時、ゆづりは謎の手に飲み込まれてしまった。




