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ポチってみたら異世界情報システム  作者: うずめ
商人だらけの村
22/81

木樵頭と猟師組合

 他の使用人一同を追っ払い、再びこの部屋の中には御前様と盲目のメイド、ハボと……俺と月野さんだけとなった。中年メイドのノベルは主からの叱責を受けてから沈黙し、床に蹲ったまま項垂れている。その床は彼女自身が「粗相」をした汚れに塗れているので、近寄りたくない。獣臭も多少残っているが……そろそろ小便の臭いも漂ってきそうだ。


この屋敷の主である御前様は、もう先程来の余裕ある態度ではなくなっていて、心無しか憔悴しているようにも見える。彼女としては昼前の読書時間に、愚かな使用人頭の思い上がった行動によって騒動が持ち込まれた……そんな感じだろう。まぁ、俺達はそもそもこんな場所への訪問は全く希望していなかったのだがな。


 ハボとしてはどうだろう。こいつが「御前様にオオカミ駆逐のご報告を!」なんて言う変な使命感を持たなければ、恐らくは今回の騒動は起きなかったはずだ。では彼の行動判断は間違っていたのか?こいつが、幼馴染である「村長」では無く「御前様」に報告を急いだのは、彼なりの考え……事情があったのかもしれない。


なので俺は別にハボの「思い付き」を責めるつもりはない。こいつが「自身の考え」で動いていたのは明白で、そもそも山の中で俺達に出会った事自体が、彼にとっては当初の予定に無い「イレギュラーな展開」であったはずだ。


その結果……自分が案内役として率いていた冒険者達の出番が無くなっただけでなく、愚かな冒険者一行の暴走によって「出会った2人」の怒りを買い……その恐ろしさを思い知らされた上に監視下に置かれる事になった。


この時点で彼は「身柄を拘束された」に等しい状態になったのである。逃げようにも逃げられない。だから村に救援を要請する事も出来ないし、通報すら出来ない。目の前のクソ弱そうな小太りのオッさんは「目にも止まらぬ速さ」で動き回って冒険者一行を瞬時に戦闘不能に追い込んだのだ。


逃げる素振りを見せただけで、簡単に先回りされて頭をカチ割られる……その恐怖が頭の中に渦巻いていただろう。彼は大袈裟に言うと「村人の代表として自分で考えざるを得ない」状況に追い込まれていたはずである。


 そこから3日……監視下に置かれた捕虜のような状態で、彼らは村へと引き返す事になった。何しろ山に入った目的であった「魔物オオカミの駆逐」は既に自分達を監視しているオッさんの手によって……オオカミの業敵であった「化け物熊」諸共壊滅していて、自分達の知らない間に「災厄」は取り除かれていたのだ。


こうなると寧ろ山を急いで下って一刻も早く村に戻りたい。しかし自業自得の冒険者達に思った以上の重傷者が出ていたので移動速度が極端に低下した。


「足手まといは殺そう」と軽い感じで宣告するオッさんを何とか(なだ)めて、とにかく全員で山を下りる。そして村に戻って「村の災厄は過ぎ去った」事を報告したい……ハボにとっては恐らく4日目以降、それだけが頭の中を支配していたはずだ。


 そして漸く……村に到着する直前になって報告する先として「村長」よりも「御前様」を優先させるべきだ……と彼は思い至ったのだろう。まぁ、理由としては村長への報告は放っておいても同行している冒険者達自身が行うだろうし、「色々あった」彼らとしてはその席に「目撃者」である自分(ハボ)が居る事を好まないだろうと思った……もしくは実際に冒険者の誰かから「同席するな」と念押しされていたかもしれないな。


俺も「奴ら」を四六時中見張っていたわけではない。短時間とは言え俺自身も睡眠を摂っていた時間帯もあったのだ。奴ら同士のやり取りなど全てを把握出来るわけもない。


報告先を「御前様」へと絞ったハボは、自分1人では不安になった。当たり前である。「奴ら」は実際にオオカミとは交戦していないのだ。オオカミの群れを探して山に分け入ったら既にオオカミは死体となって川に沈められていたのである。こうなると「何を報告するのか?」と逡巡するのは仕方無い。


なので彼は「オオカミを倒した者」を同行させることを思い立ったのだろう。恐らく……奴は俺に対してそれを申し出る機会をずっと窺っていたと思われる。結局、村に到着する直前になって彼は俺に「御前様に会って欲しい」と懇願して来た。俺がその依頼を承諾したので、この時点でハボの「目的」は九分九厘達成出来ていた……と言える。


 しかしハボにとって誤算だったのは……「御前様屋敷」の使用人頭が思った以上に頑迷(バカ)だった事。俺が思うに、この視力を奪われて床に蹲っている愚かな中年女は、若い頃からずっと御前様の世話だけをしていたせいか、「主」以上に「世間知らず」として視野の狭い環境で育ってしまったのではないか。


「履物すら履いていないから下賤な者」……このような想像力に欠ける考え方しか出来ない愚かな女のおかげで、ハボの努力は水泡に帰した。ノベルからサンダルと「奴隷の服」とされる貫頭衣を押し付けられた時のハボは絶望したかもしれない。


「このままこれを俺達に渡すか……多少時間はかかるが服だけでも自分で調達するか」


 結局彼は、俺達が待ちくたびれて立ち去ってしまう事を恐れて、仕方なく「前者」を選んだ。まぁ、もしこいつの頭の中にそのような選択肢が本当にあったのであれば……俺なら間違い無く「後者」を選ぶ。ハボが俺と同じ選択を採れなかったのは、俺達が「奴隷」と言う存在に対して……どのような認識を持っていたかをいまいち理解していなかったのではないか。


よもや俺が、「奴隷」と言う存在をここまで嫌悪していたとは思っていなかったのだろう。そりゃそうだ。俺達とハボとは「奴隷」という存在に対する認識が全く違う。俺達「元地球人」にしてみれば、「奴隷」と言う存在は「違法」であり「人権侵害」なのである。


「奴隷=人身売買=違法」という環境で、「奴隷制度」と言う「人類の暗い歴史」を学び、「その末裔」に対する人種差別が未だ色濃く残った国すらあり、大暴動の原因となって毎年死者まで出ている世界……俺達の世界では明確に「奴隷は()」と言うのが「先進国の常識」なのだ。


 結果的に、俺の怒り……今回の元凶である中年メイドに対する苛烈な制裁はハボの想像すら超えていただろう。「警告無しにいきなり視力を奪う」と言う……こんなクソ田舎では凡そ想像すら出来ない制裁……。ハボだけでなく御前様まで狼狽えるのは当然かもしれないな。しかし、こっちもそれを狙っているわけだから、寧ろもっと恐れて欲しいくらいだ。


「では失礼……。俺達はちゃんとした服を調達しなきゃいけませんからな」


そう言って俺は、この場で帯紐を解いて貫頭衣を脱ぎ捨て、床に叩き付けた。一応は俺の「怒り」を表現したつもりだ。御前様とハボはそれを見てビクリとして、叩き付けられた「奴隷の服」を見つめている。


「月野さんはどうします?まだその服を着続けますか?俺は御免です。俺は奴隷じゃないですからね」


俺がそう言うと、月野さんも「そうですね……」と言いながら同じく貫頭衣を脱ぎ捨てた。これを見た御前様はいよいよ落ち着かない表情となり


「もっ、申し訳ございません!家人……使用人の仕出かした事に対して、改めてお詫びします!」


「いや、もういいですよ。アンタも結局、『たかが奴隷の服くらいで』とか思ってるんでしょ?」


俺の言葉遣いに、最早相手に対しての敬意は無い。「バカな使用人の雇い主」に対する態度になっている。


「そっ、そんな事はありません!ど、どうしたら……お許し頂けるでしょうか?あの……心苦しいですが、もし金銭をお望みであれば可能な限りご期待に添えるような額をご用意するつもりです」


「なるほど。金で解決ですか。いやぁ、俺の想像した通りのお方ですなぁ!くっくっく……『この使用人にこの主あり』ってところですか。御前様。アンタ……『自分の生命(いのち)』に幾らの金額を付けられますかねぇ?」


 俺の表情が口調と違って険しくなっている事に気付いたのか……御前様は怯え始めた。ハボが慌てて


「ユキオ様っ!どうかっ!どうかそれだけはっ!」


と、縋り付こうとしたので……俺は咄嗟に〈集中〉を使用して、彼に腕を掴まれる前に御前様の座っていた椅子まで移動し、腰を下ろした状態で〈集中〉を解除した。


「おいおい。ハボ。冗談だ。俺はアリサ様の『お許し』が無い限りは人間の生命は奪わない事にしているんだ」


 俺が突然目の前から消え、背後で御前様の椅子に座っている事に気付いたハボと御前様が「ええっ!?」と声を上げながら振り向く。最早御前様に至っては、俺を見る目が「人では無い何か」みたいになっている。まぁ、小心者のオッさんなんだけどね。ハボに掴まれたら多分腕力では敵わないので、敢えてそこから逃れただけだとは本人も気付いてないだろうな。


「あ、貴方様は一体……」


御前様は震えている。まぁ、無理も無いけどな。


「俺は、そちらにいらっしゃるアリサ様の『従者』だ。逆にアリサ様のお許しがあれば、どんな奴が相手でも手を下す。誰であろうともな……」


俺はノベルの〈ブラインド〉を更新しながら、椅子に座り……2人を眺める。まぁ、ここまで不遜な態度を採るのは何か……俺らしくないし、月野さんも見ている前で恥ずかしくなったので、俺は立ち上がって月野さんの所に戻り


「さて。これくらい脅かせば我々にこれ以上、無礼な真似をする事は無くなるでしょう。どうやらこの婆さんはこの辺りで一番権威があるっぽいので、彼女を脅しておけば……この村の滞在中は、先日のような余計なトラブルは避けられそうです」


 俺もこのままダラダラネチネチと、この連中をいたぶろうとは思っていない。何のメリットも無いし、そもそも時間も惜しいからだ。この連中を精神的に懲らしめつつ、月野さんの名誉が回復されればそれでいい。別にこの婆さんに何か援助を期待しているわけでもないし、少なくとも俺達に対して「誠実に」接してくれていたハボを、これ以上困らせるのも可哀想だ。


「そうですか……では、服はどこか別の所で手に入れるのですか?生地と糸と針さえあれば、私でも何とか作れますかね……。でもあまりこの世界で目立つようなデザインを避けて、やはり大人しめの方がいいかな……」


被服学を修め、暗に裁縫が得意であることを仄めかせた彼女はちょっとホッとしたような顔をしている。言葉は通じなくても女性が何やら床で転げ回り、老婆を困らせている事に、少しは憐憫を感じていたのかもしれないな。やはり彼女は「根」が優しい人なんだろう。


 俺は月野さんの言葉を契機として、ハボと御前様に向き直り


「アリサ様にアンタの謝罪を伝えたところ、お赦し下さるそうだ。彼女に感謝するんだな。但し……次は無いからな。もし同じ真似をしてくれたら……アンタだけじゃない……あぁ、『表の屋敷』に居るって聞いたなぁ……」


それはつまり「息子の村長もただでは済まさんぞ」と言う遠回しの恫喝である。


御前様は、俺の話の最後の方は聞いていなかったのか、一瞬キョトンとした顔になり……そして意味を飲み込んだようで心底ホッしたような顔になって、月野さんの方に向き直り


「あ……ありがとうございます!本当に……!ご無礼をお許し下さい……」


まずは彼女に頭を下げ、そして俺の方にも頭を下げた。最早、御前様としての「権威」など微塵も感じさせず……単なる老婆の詫び言になっている。ハボも泣きそうな顔になり「ありがとうございます!」と月野さんに頭を下げている。


その月野さんは……まぁ、言葉の内容は判らんだろうが、頭を下げられているという事くらいは理解しているのだろうか。そもそもこの人……多分ノベルが俺に盲目にされている事すら判って無さそうだ。


 俺はノベルに掛かっている〈ブラインド〉を「キャンセル」した。この「キャンセル」は、昨夜の魔法練習の際、〈集中〉における「『⬢』アイコン押し」によるキャンセルを踏まえ……他の「魔法のキャンセル」も可能なのではないかと色々やった末に習得した技術(テクニック)である。


盲目状態から、突然光を取り戻したノベルは……盲目になった時と同様に、視力の回復に直ちに気付き


「あっ……!あぁっ!みっ、見える……見えますっ!うわああぁぁ!」


と、奇声を上げている。その様子を見た御前様は驚いて


「ありがとうございます……ノベルっ!お赦し頂いたアリサ様とユキオ様にお礼を言いなさい!」


そのように言い付け、改めて俺に頭を下げている。こんな愚かな使用人の為に、こんな「どこの馬の骨とも判らんオッさん」に頭を下げるとは……。まぁ、このババァも人格そのものは善良なんだろうな。今回の件は完全に巻き込まれた話だし、そもそも……自分自身には落ち度が無いのである。「使用者責任」なんてのは、俺が住んでいた日本だけの話だろうし、この「倫理観が遅れた世界」では、そんなもんは存在しないだろう。


「もういい。もうこれ以上時間ももったいないんでな。俺達はどこか『休める場所』と、『まともな服』を探しに行く。もう……俺達に構うな」


 俺は月野さんの前まで移動して


「さて。もうここに用事は無いです。こいつらは我々が休める場所を用意出来なかったようですしね。またこの格好に戻ってしまいましたが……まずは現金を得る方向で行きましょう。ハボに魔物の死体を引き取って貰える場所を聞いてみます。すみません……そんな恰好のままで……」


「大丈夫ですよ。奴隷の服は流石に……外で何を言われるのか判りませんものね。服屋さんとかあるのですかね?」


「どうでしょう。そこのところも聞いてみますよ」


俺はハボの方に振り返り


「もう、お前をアテするのもやめるので……せめてオオカミの死体を換金出来そうな場所と服を売っている場所、それと……宿屋があるなら場所を教えてくれ」


そのように切り出すと、ハボは困惑した顔になって肩を落としながら


「すみません……役に立てなくて……あれだけ立派なオオカミで、しかも新鮮な状態ですから死体そのものを引き取ってくれる商人は沢山居るんじゃないですか?今この村には商人が大勢来てますから」


「ああ、なるほどな。材木商人が集まっているんだったな。お前と面識のある商人とか居ないのか?」


「オラには居ませんが……親父なら知ってるかもしれないです」


「お前の父親が?」


「あ、はい。オラの親父は『木樵頭(やまがしら)』なんで、材木商人に知り合いが居ると思います」


「ほぅ。そうか。じゃ、親父さんを紹介してくれないか?」


「分かりました!せめてこれくらいは……お役に立てませんと!」


ハボは漸く元気を取り戻し、御前様の方へ振り返って


「では……御前様。すみません。オラのせいでお騒がせしちゃったみたいで……これで失礼しますです」


ペコリと頭を下げ、俺の前に立って扉へ向かおうとした。俺は月野さんに「行きましょう」と言ってから、彼の後に続いた。月野さんも付いて来る。


「お、お待ち下さい!お待ちになって!」


 背後から御前様の慌てたような声が聞こえた。正直、もうここから速やかに立ち去りたい。ここに居続けるメリットは無いし、年配とは言え……女性と騒動を起こした事に、元々「女性不信」なところが残る俺は気持ち的に居難い感じになっていたのだ。それに獣臭とションベンの臭いもひどいしな。


もう、無視してしまおうと思ったのだが、ハボが立ち止まった。彼にしてみれば相手は「この村で一番偉い人」にも等しい存在なのだ。俺達と違い、彼が御前様を無視出来る理由は無いのだろう。俺はウンザリした気持ちで振り返り短く応えた。


「まだ何か?」


「お待ちください……!その……このままお帰しては余りにも申し訳無く……」


「いや、もういいですよ。ここには二度と来るつもりも無いし、アンタとも、そこのバカとも顔を会わせる事は無いでしょう。俺達は時間を無駄にしたく無いんだ。じゃあな。ほらハボ。行くぞ」


「待って!そうではないのです!お願いです!私の話を少しの間で結構ですからお聞きになって下さい!」


しつこいババァだなぁ……。もしかして、ここから何か時間稼ぎでもしようとしているのか?まぁ、さっき追っ払った他の使用人どもが村長屋敷に走った可能性は高いな。衛兵でも呼んでるのかな?まぁ、そっちがそのつもりなら……しょうがないわな。


「何だ?俺達は今も言った通り忙しいんだ。もう構わないでくれ。それとも衛兵でも呼んでいるのか?ならば室内でやるよりも表に出た方が……」


「いえ!そうではありません!今この村の中には……恐らく空いている部屋はありません」


 俺が立ち止まって振り向いたので、御前様は早口で用件を述べた。


「はぁ?何だ?俺達のような『下賤な者』には部屋すら貸してくれないのか?この村は」


「違います。ハボっ!この方に今の村の状況を聞かせてあげなさい。『木戸門の外』の話です」


御前様から話を聞いたハボは、その言葉の意味を考え……やがていきなり「あっ!」と声を上げた。何か思い当たる事があるのか?


「ユキオ様!たっ、確かに……!御前様の言う通りです。多分この村の宿屋はどこも満員ですよ!」


いや、俺はこの世界の「旅館業」について全く知識が無いが、多分俺達が居た「元の世界」と大差無いと見積もっていた。まぁ、「相部屋」的なものと「個室」みたいな感じでグレードが別れていて、流石に「完全個室のネットカフェ」的な小部屋みたいな所は無いだろうが、ベッドの数で「シングル」や「ツイン」みたいな料金設定じゃないのか?


 山を下りながらジーヌに聞いた話だと、奴らは確か……ベッドが2つある「2人部屋(ツイン)」を銀貨1枚で借りたとか言ってたな。なので「1人部屋(シングル)」を2部屋借りるか、そういうタイプの部屋が無いなら2人部屋を2つ……まぁ、銀貨2枚(200ラリック)で借りるかな……と算段していた。


「満員って……宿屋は1軒しか無いのか?」


「いえ……宿屋は何軒だってありますが、全部埋まってると思います」


「あぁ?何でだ?」


「ほら……今は村に商人が集まってるでしょう?」


「あぁ……そう言う事か……」


「商人だけで多分どこの宿屋も一杯です。人足達は皆……村の正面門(大木戸)の外にテントを張ってますよ」


マジか……!そんな状況なのか……。


「ちっ……!近所の村はどうなんだ?確か他にも村が2つあるんだろ?」


「はい……。『マルノ』と『ヨーイス』って村がありますが、2つの村ともここから歩いて半日くらいは掛かります……それと多分、あっちには宿屋なんて1軒か2軒しか無いですし、多分そこも一杯だと思いますよ……」


 なんてこった……。どうやら今夜も、まともな場所で寝る事すら出来ないのか。


「しょうがない。俺達も門の外で野宿するさ。河原の石の上で寝るよりはマシだろうし、何か()くものくらいは村の中で手に入るだろう?」


「ええまぁ……本当ならオラの家に泊まって頂ければいいんですけど、オラの家にはお客さんに使ってもらえる部屋もベッドも無くて……」


ハボは項垂れた。どうやら俺達は最悪のタイミングで、この村を訪れたようだな。まぁ、テント生活でも仕方ないか……。また夜中に見張りが必要だな。そして月野さんには申し訳ない……。


「まぁ、いい。とにかく死体を換金する事から考えよう。それから毛布なりテントなり……色々と調達しなければな……。クソっ!こんな事なら、こんな場所に寄らないで……」


 俺がこの屋敷に来た事自体に対して毒づいていると、背後からまた老婆の声がした。


「あの……今日のお詫びに……この屋敷でよければ部屋をお貸します。どうぞこちらで逗留して頂ければ……」


どうやら御前様は俺達の窮状を見て、この御前様屋敷に逗留するように申し入れている。しかし俺は即座にお断りした。


「いや、もうアンタらとは関わり合いになりたくないので遠慮させて頂く。こんな頭の悪い使用人が居る家に泊まったら、『逆恨み』でもされて毒を盛られそうだしな。ここに泊まるくらいなら野宿の方がマシだ。野宿ならば、無礼な奴らは片っ端から叩き殺して行けばいいからな。ほらハボ。行くぞ。お前の親父さんに商人を紹介して貰えないか聞きに行く」


「そんな……」と、声を弱める御前様を無視して俺は戸口に向かった。俺は思い立って、扉の手前でもう一度振り向き


「あ……そうそう。俺達は止むを得ず、この村に暫く滞在するつもりだが、その間……俺達の行動を妨害するような真似をしたら……『証拠無し』でも報復するからな。アンタも……アンタの息子もだ。生命が無くなるか……目が見えなくなるかはその時の『アリサ様の機嫌次第』だ。分かったな?」


 最後にしっかりと釘を刺しておいて、今度こそ月野さんに「行きましょう」と声を掛け、御前様の部屋を出た。月野さんもウンザリしていたかもしれない。「はい!」と、何か弾んだ声が聞こえて来た。彼女は多分……この屋敷に入ってからの騒動について半分も理解していないだろう。


何やら頭の悪いメイドのせいで自分たちが奴隷の恰好をさせられ、その事で俺が怒ってメイドに「何かをして懲らしめた」という所までは理解しているっぽい。


 屋敷を出てから、ハボに対して改めて聞いておく。こいつには案外世話になっているので、これ以上迷惑を掛けたくない。


「ハボ。お前まで俺達に付き合う事はないぞ。俺達に付く事で、お前自身が村の中で立場が悪くなるだろうから、今からでも遅くない。御前様の下に戻って詫びてこい。俺の事を悪者にしていい。『脅されて仕方なく』とでも言えば赦してもらえるだろう」


屋敷の中で聞かなかったのは、こいつが俺達の案内を拒否した場合……「他の奴」を紹介してもらおうと思ったからだ。屋敷の中でそれを語らせると、「他の奴」の名前までが御前様の耳に入ってしまい何の罪も無い「他の奴」に迷惑が掛かると思ったからだ。


「俺達に付いて行けないなら、『別の奴』を紹介してくれないか?それとも、この村の奴らは一人残らず村長一家に対して忠実なのかな?」


俺がどんどん矢継ぎ早に質問すると、ハボは最早覚悟を決めたような顔で


「いえ。元はと言えばオラがノベルさんをちゃんと説得出来なかったのが悪いんで」


「説得って……あのバカな使用人をあの時点で説き伏せるのは難しかったんじゃねぇか?」


「そ、そうかもしれませんけど……とにかく!オラの責任でもあるんです!なのでちゃんとユキオ様とアリサ様のお世話をします!」


 ハボは頑なに俺の提案を拒んだ。大丈夫なのかな……?俺達がこの村を去った後に、文字通り「村八分」にされないか心配だ。


「まぁ、大丈夫です。オラは村長のノーマンとは個人的に仲が良いですし、御前様のところと昔揉めた事が結構ありましたから」


「そうなのか?お前……見掛けによらず反骨精神が強いんだな……」


俺のような「日和見」で生きて来たオッさんとは違い、ハボは意外にも芯のある「(おとこ)」なのかもしれないな。


「はんこつ……?」


「いや、何でもない。それじゃ親父さんの所に連れて行ってくれ……って、お前の自宅か?」


「ああ、いえ。オラはもう独立して家を出てるんで……」


「なるほど。つまり『実家』って事になるのか。それじゃ行こうか」


「はい!」と威勢よく返事をしてハボは歩き始めたが、俺達がまた肌着姿に戻ったので……表通りでは無く路地裏のような所を通って、人目に付かないようにしてくれた。


 ハボの実家は、俺達が山から来て通ったアーチのあるゲート(木戸門)のすぐ手前にあって、周囲の家よりもやや大き目の二階建てだ。


聞けば、アンゴゴ村の「木樵頭(やまがしら)」と言うのは、この地域の3村に暮らす全ての木樵を束ねる役職であるらしく、言わばアンゴゴ入植地における「現場のトップ」に当たるらしい。なので本質的には「行政のトップ」である村長家とは仲が悪い……親父さんと御前様は元々そんな関係だったそうだ。


 実家に向かう道すがら聞いたハボの話によれば、御前様……ケイラは先々代村長の一人娘で、入植地の創設者アンゴゴの直系子孫として育ち、40年近く前に入り婿を……つまりは先代村長を迎え、「家付きの娘」として先代村長を押さえて隠然とした力を振るっていた……と言うのが親父さんの言い分らしい。


ハボは親同士の確執が村の繁栄の妨げになると危惧して、同じような考えを持っていた「同じ歳」の御前様の息子……現村長のノーマンとは幼少期より親睦を深めていたそうだ。意外にちゃんとした考えを持った奴のようだな。


彼が今回のジーヌ達冒険者の案内役を引き受けたのも、ノーマンからの頼みでもあったし、俺が「問題を解決させてしまった事」を真っ先に御前様に報告に上がったのも、その辺りを考慮した行動だったようだ。


しかしハボも御前様の威勢を借りて尊大に振舞う家政婦頭のノベルは以前から苦手にしていたそうで、今回の件で主から恐らくは大きな叱責を受ける彼女に対して「いい気味だ」と思っているらしい。まぁ、今回は失禁までしているからな。


 そんな話をしているうちに、目的地に到着した。木樵頭のエドルスは山林の伐採が出来なくなっているので家に居て、暇を持て余しているだろう……と言うのが息子の見解だ。


「親父ぃ!居るか?」


ハボが全く遠慮する事無く実家の玄関扉を開けて中に入り、父親を大声で呼ぶ。すると中から「誰だぁ?ハボかぁ?」と、返事が聞こえた。ハボが「やっぱり居るようですね。どうぞ」と遠慮なくズカズカと入って行ったので、俺達もそれに続いた。


御前様屋敷の時とは違い、一応は「失礼する」と一言添えて入って行くと、先程の屋敷とは随分と造りが違っていて、玄関から入るとすぐ正面に階段があり2階へと続く。そしてその裏側は地下だろうか……?下に続く階段もあって、なかなかワクワクするような構造だ。ハボは階段の脇にある廊下をそのまま進んで行って、右壁側にある最初の部屋……扉も無い部屋を覗き込み「あ、いたいた」と言っている。


「親父、ちょっとお客さんを連れて来たんだ。話を聞いてくれねぇかな?」


ハボは部屋の中に居るらしい人物にそう話し掛けながら、俺達の方へ振り向いて「どうぞお入り下さい」と手振りで入室を促した。俺達……正確には言葉の解る俺だけが「ああ……では失礼する」と言いながら部屋の入口に歩み寄り、その後ろを……多分事情がよく飲み込めていない月野さんが付いて来る。


 俺が部屋の入口から中を覗き込むと、見た目はまぁ……恐らくリビングだと思われる15畳くらいある広い部屋で、部屋の真ん中に無骨なベンチが2組と大き目の木の机が置かれ、そこに男性の老人が座っていた。老人は机の上で何か40センチくらいの木の棒を小刀で削っており、机の上には削りカスが散乱している。


「親父。この人はユキオ様。そっちの人がアリサ様だ」


ハボが老人……父親に俺達を紹介する。流石に親子だけあって、ハボの口は滑らかだ。御前様の時とは大違いである。これだけしっかり紹介してくれると、俺も挨拶がしやすい。


「ユキオと言います。こちらは、今ハボからも紹介を受けましたがアリサ様です。ただ彼女はこちらの言葉が解らないので、俺が通事させて頂きます」


一応は丁寧に挨拶をしたが、御前様の時で懲りたので畏まった言い様はしなかった。


「えぇっと……俺はエドルスだ。ハボの友達かい?」


エドルスは俺達の事をジロジロと見ている。こいつも失礼な奴だな……と一瞬思ったが、考えてみれば今の俺達は肌着姿である。彼が訝しむのも仕方ないのかもしれない。


「親父、あんまりジロジロ見ないでくれ。この人達は仕方なくこんな恰好をしてるんだ」


「ほぅ……そうか。随分と丁寧な挨拶だな。まぁ、ちょっと散らかっているが……そっちに座ってくれ」


 俺達はハボの親父……エドルスの言葉を聞いて、月野さんを促し……彼と机を挟んだ反対側のベンチに腰を下ろした。考えてみれば御前様屋敷では椅子すら出されず、ずっと立たされっ放しだったな。


ハボは「ちょっと茶を持ってきます」と言って、部屋の中にある「もう1つの出口」から隣の部屋に入った。そこは台所なのか……?その間に俺達は向かい側に座っている親父さんが削っている棒に目が行っていた。それは何か?と聞いてみたところ……枝打ち作業に使う手斧の柄が割れてしまったので新しく作っていると言う……。


暫くするとハボが盆に木で作られたと思われるコップ……いや、茶碗か?それに茶を入れて持って来た。俺達の前に茶碗を置き、自分と父親の分も置いてから父親の隣に座る。そして親父さんに「これまでの経緯」を話し始めた。俺達はその間、出された茶を啜る。美味い……そう言えば村に入る前の最後の休憩で水を飲んでから何も口に入れていない。あの御前様屋敷では結局、椅子も茶も出て来なかったのだ。


話を聞いているうちに親父さんの顔が驚きに変わり、話が村の中の事に入ろうとした時に口を突っ込んで来た。


「おい!今の話は本当なのか!?あのオオカミを……全部アンタが片付けた……だと?」


「親父、本当だ。だから……この人にあんまり無礼なマネはしないでくれ。怒らせたらとんでもない事になる……」


ハボは俺の方をチラっと見てから、親父さんを窘めた。親父さんは「そ、そうか……」と、やや先程までの威勢が引っ込んだ感じになる。もしかしてこの人も……あのオオカミどもから襲撃を受けた経験があるのか?


 ハボは引き続き、今日の昼前から出来事について説明する。御前様の屋敷でひと悶着あった事を聞いた親父さんは笑いながら


「ああ……そう言えばあの家には昔からクソ生意気な使用人が居たな。そうか。懲らしめてやったのか。ハハッ!いい気味だな!」


息子と同じような反応を示す。俺が御前様の申し出を拒絶して引き上げて来た事については「ま、いいんじゃねぇの?」と言っていた。それ程気にしていない様子だ。やはりハボの言うように、あまり親しくしていないようだし、村長家に対して何か忠誠心みたいなものを抱いている感じでは無さそうだ。


「それで……実は仕留めたオオカミの死体を持っているんですが、出来れば換金したいんです。誰か引き取って貰えそうな方を紹介してくれませんか?」


俺が聞くと親父さんは顔を顰めながら答えてくれた。


「うーん。俺が知ってる馴染みの商人は材木を取り扱う奴らだからなぁ。魔物の死体……毛皮やら肉やらは扱ってないみたいだぞ?」


うーん。そうか……なかなか上手く行かないもんだな。これこそ本当に「捕らぬ狸の……」だな。まぁ、既に死体になっているし、狸ではなくオオカミなんだけどな。


「あ、そうか。アギナの野郎はどうだ?奴なら毛皮商人とも知り合いだろう?」


「ああ、そうか。でも親方は、先月のアレで大怪我を……」


「あっ……!そうだったな。今日も朝からマリが奴の家の手伝いに行ってるんだった」


「あ、母ちゃんは親方の家に居るのかい?」


「ああ。今も3日に1度は行ってるよ。何しろミレイがアギナの看病に追われてるからなぁ……」


 なんか親子で話が色々進んでいるようだが、知らない名前まで出て来ていて要領が掴めない。しかし「猟師組合」の親方?とか言う人物が以前にオオカミ討伐隊を率いて山中に入り、オオカミどもに返り討ちに遭ったと言う話は、今朝の山道で聞いていた。


なるほど……猟師組合ならば狩猟製品の輸出にも関わっているから、毛皮商人とも繋がりがあるのか。しかし親方は重傷を負って寝込んでいる……そう言う事だな。


「ならば俺達が押し掛けたら却って悪いかな。他にその……お前が崖の上で説明してくれた『組合』の幹部とか役員みたいな人は居ないのか?」


「組合の人は、結構皆さん大怪我をしてますんで……」


「そんなにこっぴどくやられたのか?あんな犬っころみたいな奴らにか?一体何人で挑んだんだよ?」


「あん時は……どうだろ。30人くらいは集まって山の中に出発してったよな?」


親父さんがハボに先月の出来事について聞いている。30人て……。


「うん。あの時はマルノやヨーイスからも人を集めてたから……」


「それで返り討ちに遭ったのか?いや……そりゃいくらなんでも弱過ぎるだろ……」


「そ、そんな!だ、だって……あの『クロスジオオカミ』ですよ?普通の猟師じゃ敵いませんよ!」


そんなキレ気味に言われてもな……。クロスジオオカミってのは、そんなに強いのか?ちょっと俺自身の強さが解らなくなるな……。


「しかし、それでギルドに依頼して……お前、あの4人でその30人を返り討ちにしたオオカミを倒そうとしてたのか?あの4人はそんなに腕利きだったのか……?」


俺は失笑を禁じ得ず、つい笑いながら聞いてしまった。


「オオカミ達も普段は5、6匹くらいで行動するんです。なのでベッグさんは『あまり大勢で行くと却って混乱して同士討ちになる』と言って、村に来た16人を3つの班に分けたんです」


「ふぅん……あいつ、バカみたいな顔をして意外に考えてるわけだな。まぁ、そこは冒険者としての経験があるのか」


「魔物のオオカミどもは、罠が効かないらしいんだよ。『くくり』とか『ハサミ』に掛かっても食い破っちまうらしくてな」


「なるほど。まあ、集団で行動してるようだし、個体でも結構図体がデカかったからな。しかし困ったな。その親方が『寝たきり』になってるんなら、無理は言えないか」


「と、とりあえず話だけでもしに行きますか?母ちゃんも居るみたいですから」


「うーん……いいのか?」


「はい。ユキオ様のおかげで、多分今日明日には『山開き』になるんで……親父達も忙しくなるでしょうし、猟師で身体が動く人達も山に入れるようになりますから。ただ……オラの所(製材所)は木材が入って来ないと動きませんから……オラはまだ暇ですけどね」


「あぁ……そうだな。山が開くと、ちょっと忙しくなってアンタ達の面倒を見てられなくなるかもしれないからな!」


 親父さんはちょっと興奮気味になっている。半年ぶりに伐採が再開されそうならば、喜ばしい事だわな。


「じゃあ……案内してもらえるか?」


「はい。分かりました。では早速行きましょう。親父、そう言う事なんで」


ハボがベンチから立ち上ったので、俺も立ち上がると……それを見た月野さんも立ちあがる。俺はひとまず今の会話内容を月野さんに報告した。


「このオッさんは材木商人としか付き合いが無いらしいので、毛皮とかを扱っている商人と親しい猟師の親方を改めて紹介してくれるそうです。すみません。あちこちタライ回しっぽくなってしまって」


 俺は月野さんに恐縮したように頭を下げる。多分、ハボから見れば「ここも空振りだから謝っている」みたいな感じなのだろうか。彼も月野さんに「す、すみません!」と言って頭を下げている。


当の月野さんはそれ程気にしてないようすで、可愛い微笑みを浮かべながら「そうなんですね」と返すだけだ。俺よりもよっぽど疲れている様子が見られない。やはり若いのもあるだろうし、体力も俺のようなオッさんよりずっと高いしな……。


俺が親父さんへ家に押し掛けて茶まで貰った礼を行って、出発しようとすると……親父さんが「俺も一緒に行く」と言い出して机の上の木屑を片付けた。


 親父さんは有難いことに、「そんな恰好で歩いたら変な目で見られる」と言って、普段伐採作業の時に着る洗い晒しの作業着を俺に貸してくれた。親父さんはハボと変わらない程に身長が高く、しかもガッチリとしているので、小太りのオッさんである俺が着ると、手足の袖や丈がやたらと余る。仕方無いが、それを捲って……漸く「まともな服」を着る事が出来た。


月野さんにも、ハボの母親の服を引っ張り出して来てもらった。ハボの母親は息子曰く月野さんと同じような身長だが、横幅が広いので十分に着れるだろうとの事。別室で着替えて来た月野さんも、漸く見慣れた「肌着姿」から村の女性の服装になり……我々は借り物ではあるが待望の「普通の恰好」になる事が出来たわけだ。


ハボの実家を4人で出て、話に聞く「猟師の親方」の家に向かった。まぁ、そうは言っても猟師の親方……アギナと言う人物とは、ハボの母親とアギナの妻が隣のマルノ村出身の従妹同士であるので両家は縁戚関係にあるそうだ。家も思った以上に近い場所にあり……向こうも猟師の家なので山側に住居を構えている。ハボの実家から歩いて5分もかからず、アギナ親方の家に到着した。


 ハボは、流石に親戚とは言え……他人の家なので今度はちゃんと玄関扉を拳でノックしている。暫くすると返事が聞こえて扉が開いた。出て来たのはハボの母親……マリと言う人らしい。


「あ、母ちゃん」


「うん……?あれ?ハボかい?お前……山に行ってるんじゃなかったっけ?」


「あ、いや……今日、さっき帰って来たんだよ。『終わった』んだ。ちゃんと御前様にも報告に行ったさ」


「へぇ!オオカミをやっつけたのかい!?そりゃ凄いわね!流石は冒険者様だねぇ!」


ハボの母ちゃんは盛大に勘違いしながら、夫の姿も認めて驚いている。


「あれ!?アンタまで来たのかい?アギさんに用なのかい?」


「母ちゃん、とにかく入れてくれよ。親方の具合はどうだい?」


「うーん……どうだろね。胸と背中の傷がとにかく深くてさ。あと、薬もちゃんと使えてないだろ?だからあちこち化膿してるんだよ……」


 母ちゃんは、そう言いながら息子と夫、それと後に続く俺達を家の中に入れてくれた。俺と月野さんを見て「おや……?誰だい?この辺の人じゃないわよね?」と、ごく自然に聞いて来る。やっぱり服装が一応ちゃんとしてるとジロジロ見られない……と思ったら


「あれ?これ……アタシの服を着てる?」


そりゃ自分の服だから気付くわな。彼女は月野さんの服装を見て、二度見した後にそれを指摘した。


「ああ、ごめん。訳あって母ちゃんの服を貸したんだ。ほら。こっちの人も親父の服を着てもらってるんだ」


「そう……何だか……ごめんねぇ……随分と合ってないみたいで……」


 母ちゃんは、月野さんとのスタイルの差をまざまざと見せつけられた状況になり、一気に気落ちしたようだ。まぁ……そりゃ仕方ないよ。


「母ちゃん、こちらの人は言葉が通じないんだ。なので、ちゃんと中で説明するから」


そう言いながら、ハボとハボの親父はさっさとアギナ宅に押し入った。この家はハボの実家程に大きくは無く、造りも平屋だが、それでも周囲の家よりは余程大きい。恐らく、ハボの実家もそうだが、村の中で何らかの役職を持っている人の家の場合、来客もそこそこあるだろうから「客間」みたいなのを備えており、そのせいで一般の村民の家よりも大きいのだろう。


「親方と話が出来ないかな?それとも寝てるかな?」


「うーん。わかんない。ちょっと見てくるよ」


そう言って、母ちゃんは家の奥の方に消えて行った。奥に寝室があるのだろう。その間、ハボの親父は玄関を入ったすぐの部屋……ここが多分リビングなのだろう。そこにある革製のソファーに腰を下ろし、俺達に向かって「アンタ達も座んなよ」と言ってくれた。俺は月野さんに説明して、2人掛けの方のソファーに並んで腰を下ろす。


 最初の頃はなるべく距離を取るようにしていたのだが、今ではすっかり彼女との距離が近くても気にならなくなった。彼女の方は俺の事など全く気にしていない様子で、当たり前のように隣に座り……しかも身体を寄せて来ている。きっと初めて入った人里で、言葉が通じない為に不安になっているのだろう。俺から離れないように必死になっている様子が伝わって来る。


この状況は気の毒なのだが、俺からしてみれば……彼女がこっちの言葉が解らないおかげで、彼女を「凄い人」として現地民に喧伝しても、全く彼女が動じないので非常に助かる。


 ハボの母ちゃんが、奥から戻って来た。女性を1人連れている。女性は母ちゃんよりもかなり年下に見えるが、かなり疲れ切った様子で、見方によっては母ちゃんよりも老け込んで見える。


「親方の奥さんです」


ハボが女性を紹介してくれた。女性は疲れた表情で


「アギナの妻です……ミレイと言います」


そう言って頭を下げた。一応、何の説明も無く押し掛けて来た俺達を「客」と見てくれているようだ。


「俺はユキオです。こちらはアリサ様。御主人が大変な所を押し掛けて来てしまって申し訳ない」


俺も立ち上がって頭を下げた。月野さんも、俺を見倣ったのか……同じく立ち上がってペコリと頭を下げた。


「御主人の容態は如何ですか?もし出来れば……ちょっとお話させて頂きたいのですが……」


「アギナは今、起きてはいますが……話が出来るかどうか……」


「猟師の皆さんがオオカミ討伐で山に入ったのって、何時頃なんですか?」


「うーんっと……先月の終わりくらいだから……もう半月以上前だよな?」


ハボの親父が息子に確認している。


「うん……。先月の終わりくらいに入って……親方を担いで山を下りたのが……そうだね。半月前くらいだよね。山に入ってから10日くらいだった」


「で……?運び込まれてからどれくらい経ってるんだ?」


「ですから半月くらい経ってます」


「それでまだ回復してないのか?」


「回復どころか……傷が重すぎてかなり危ない状況が続いてたから……」


「アギナさんは、村にあった『札』も薬も……他の怪我人に優先して回せって言ったから治りが遅いのよ」


「え……?じゃ、手当をちゃんとしてないのか?」


 どうやら猟師組合の組合長として3村の猟師を率いたアギナは、1つのオオカミの群れと対峙している時に2つの群れに背後から襲われて猟師集団は壊滅した。山に入って5日目だったらしい。比較的軽傷で済んだ者が命からがら村まで逃げ帰って来て、悲報を伝え……残った村人総出で負傷者の救助に向かい、決死の覚悟で全員を収容したが、帰還途中で6人が力尽きたそうだ。


ハボ親子もその時の救助に参加しており、親子はアギナを担架に載せて運んだらしい。これまであまりこの件についての話を聞いてなかったのだが、案外壮絶だったようだ。死者まで出しており、3村の猟師組合にとっては大打撃だっただろう。


なるほどな……道理で冒険者達の案内役にハボのような山の仕事をしていない奴が選ばれるわけだ。救助に参加した者達であれば、当時の惨状が頭から離れないだろうから……皆、尻込みするだろう。


 アギナは自らが生き残った事もあり、責任を感じて……自分への治療は拒否して他の者達の治療を優先するように要望し、「回復札」や薬の在庫を全て他の負傷者の治療に回させた結果、多分初期治療が十分に行われなかった為に容態が深刻なものになってしまっているのだろう。


「で……?もう薬とかは無いのか?」


「いえ、一度はアンゴゴ中の回復札や傷薬の備蓄が尽きたんですが、冒険者ギルドへ依頼した事で村の惨状がアンテルに伝わって……商人達と共に薬や札もボチボチ入っては来てます」


「そうか。じゃあ今はそれらを使えているんだな?」


「はい……でも……もう手遅れかもしれません……」


 奥さん……ミレイの表情は暗いままだ。組合のトップとして責任を取ったことは立派だが……死んでは元も子も無いだろう……。


「まぁ、とにかく……起きているなら様子だけでも見せて貰えないだろうか?」


俺が頼むと、ハボも「事情は後で説明しますので」と言い添えてくれた。ミレイは「そうですか……」と渋々ながらアギナとの面会を許してくれたので、一同は奥にある寝室に向かった。俺は最後にソファーから立ち上がった月野さんに「どうやらこれから会う人が重傷患者みたいでして」と伝えると


「ではどうします?〈ヒール〉を使ってみます?」


と、応じて来た。そうだ……!この人は「光魔法」の天才だった……!


「試してみますか……?まぁ……練習にはなりますね……」


俺が苦笑すると、月野さんは真面目な顔で答えた。


「いえいえ……ちゃんとお助け出来るように頑張りますよ」


「いや、すみません……何だか不謹慎な物言いをしてしまいました。宜しくお願いします」


そのような話をしながら、アギナが寝かされている部屋に入った。

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