御前様屋敷にて
ハボの後に付いて、「大通り」らしき道を歩く。この通りは崖の上からも見えていて、一目で「村のメインストリート」的な印象を受けていた。そう。この「村」は今もそうだが、やたらと多くの人で賑わっているくせに、建物の並び方やその建物自体の造りが所詮は「村」なのだ。
なのでこのメインストリートに沿って村の家々がへばり付くかのように建ち並んでいて、道から一本外れた裏側は、何やら作業場になっていたり……家畜が飼われていたりと、いまいち垢抜けない感じが漂っている。
この通りは……どうだろう。山側のアーチが掛かっていたゲート的な場所から、距離にして500メートル以上はあるだろうか。イメージ的には江戸時代の「宿場町」みたいな感じかな。メインストリートは結構長くて、その道幅は……6メートルくらいだろうか。「前の世界」だと、区別された歩道が無い片側一車線道路……そんな感じだ。多分それでも、この世界……特にこういう村だと「大通り」とか呼ばれているのではないだろうか。
但し、俺の視界に入っていないだけで……向かって右側、コンパスで見ると東側も結構奥行きがありそうに見える。なぜなら明らかに「大通り」から外れている方角に……手前の家屋の屋根越しにも見える「物見台」のような背の高い櫓状の建築物が見えるからだ。
なので村のおおまかな造りとしては左手……西側を我々も利用していた川が流れ、それとやや離れて並行するようにメインストリートが伸び、右手……東側にも村域が広がっているように想像出来る。一応、村域を取り囲むように木の柵が立っているんだろうな。これは侵入者や侵略者から村を防衛する……とか言うんじゃなくて山林からやって来る獣除けの対策、そんな程度だろう。
一応、崖の上から村域を一望しているはずなのだが、実際に来てみると判らなくなってしまうものだなぁ。
それにしても……ふーむ。俺達と似たような恰好している人々が案外多い。この世界……いや、この地方ではこの「貫頭衣」だったか……?この服は割とポピュラーなのか。被服として全く技術を感じさせないのだが、それでも時折ちゃんとした服装の者も歩いている。その「落差」にちょっと違和感を感じるな。
隣を歩く月野さんは、流石に「歩きながらの魔法練習」は自重している。前々から2人で話し合っているのだが、「不特定多数の人間の前で軽々に魔法を使うのを控える」と言う一種の「合意」には達している。但し……理不尽な攻撃から自分達を守る為には躊躇も容赦もしない……と言う約束もしている。
彼女はちょっと優し過ぎるので、いざと言う時に躊躇う可能性がある。対して俺は「優しい」のでは無く「臆病」なので、彼女と違って……いざとなったら「窮鼠猫を嚙む」的にやってしまえる事は先日知った。この世界には警察が無さそうなので、基本は「自力救済」の精神で行かないと「損」をし続ける事になりそうなのだ。
「御前様」の家……いや屋敷は、意外だがこの道沿いには無く……メインストリートの中間辺り、つまり村の中心付近にある「村長の屋敷」の裏手にあった。村長屋敷の手前に路地のような通路があり、そこを右折して屋敷の裏側に回ると、村長の家程には大きくないが……それでも村内には珍しい2階建ての、まぁ「屋敷」と言ってもいい建物だ。
メインストリートですら舗装されていないのに、村長屋敷手前の路地は石敷きになっていて、「御前様屋敷」にまで続いていた。やはり村の中では「特別な建物」……と言う事なのだろう。この村の建物は殆どの家が無着色な印象だったが、村長屋敷は白い壁に緑の屋根、そしてこの御前様屋敷は壁こそ無着色だが、屋根が赤かった。
御前様の屋敷には上部がアーチになっている門があるが、特に「門番」みたいな者は立っていない。なのでハボはアーチをくぐって敷地の中に入って行き……
「ここが御前様の家です。ちょっと待ってて下さい」
そう言ってハボは入口の扉を何度かノックして中からの反応を待ったが、扉は一向に開く様子は無い。彼は仕方なく自分で扉を開けた。大丈夫なのか?
中からは何の応えも無く……本当に人が住んでいるのか疑いたくなる程だったが、振り向いた彼が困惑した顔で「どうぞ入って下さい」と言うので、俺が彼に続いて入り……その後、月野さんもゆっくりと玄関に入って来た。中に入ると……ちょっと俺はこういう「お屋敷造り」についてあまり詳しくはないので判らんのだが、ちょっとした広間になっている。多分ここが「玄関ホール」なんだろう。
ホールの広さは……うーん。20畳くらいだろうか。日本人である俺には広々と感じ、このホールから左右と正面にそれぞれ廊下が伸びている。他には右手の壁際に階段があり……階段はそのまま途中の踊り場で左に折れて更に2階に続いていた。
このホール自体は吹き抜けの構造になっていて、階段を上り切った場所が踊り場兼吹抜け廊下になっているようで、やはりそこで2階正面側と左側へと続く廊下が分岐していた。今俺達が居る1階の玄関ホールから左側に伸びている廊下の方向から、何か食器などが触れ合うような生活音が聞こえて来るので、一応誰かが住んでいるのだろう。
ホールに立ったままでハボが「すみませーん!」とやや大きめの声で何度か来訪を告げていると、生活音が聞こえて来ていた向かって左側の廊下側から、足音が聞こえて来た。どうやらこちらに近付いて来ている。やっと出迎えが来たのか。何だろう?人手不足なのかな?
左側の通路から、現れたのは典型的な「メイド」の恰好をした女性だった。年齢は……うーん。30代半ばから40歳くらいか……?正直、女性に対して全く見る目の無い俺には自信が持てない。まぁ、ジーヌよりは随分と年嵩だが、それでも整った顔立ちをしている。しかし……その表情には「客を迎える」と言うような様子は見られない。
「またアンタかい?さっき服と履物はやっただろう?……って、連れて来たのかい!?」
そう言いながら、彼女はハボに冷たい視線を送り……それから月野さんの事をジロジロと眺めている。どうやら彼女はハボが俺達を連れて来た事に対して、歓迎はしてはいないようだ。俺はちょっとムッとした。
(来客に対して随分と失礼な女だな……。いい歳をしているように見えるが、そういう教育は受けていないのか?まぁ、所詮はこんなクソ田舎だし……これまで見て来た奴らと変わらんか)
多分、俺よりも年下だろうし……「美人」と呼んでも差支えは無い顔立ちなのだろうが、俺自身は元の世界で言う「彫りの深い顔立ち」、もっと俺達の年代的に言うと「バタ臭い顔」は好みでは無いので、それ程「魅力的」には見えなかった。何しろ俺の隣には俺的に「凄い美人」がずっと一緒に居るので、どうしても彼女と比べて見てしまうのだ……。
「ノベルさん、すんません。こ、こちらが……あの、さっき話した人達です」
彼女の態度に気圧されながらもハボは俺達を紹介しようとしているが、あまり上手く口が回っていない。
「だから何で連れて来るのさ!御前様はお忙しいんだ!アンタやそっちのような奴らに会ってる暇なんか無いんだよ!」
メイドの反応は素っ気なかった。何だか随分と見下したような態度だな。まぁ、俺が想像する「お屋敷の使用人頭」みたいな感じか。前の世界で言うところの「会社に居るお局様」的な奴だ。ちょっとキャリアが長いからと、調子に乗って「自分は社長の次くらいに偉い」とか勘違いしちゃうような女だな。もちろん、俺は関わり合いになりたくないタイプだ。
「おい。どう言う事だ?お前が『会ってくれ』って言うから来てやったんだぞ?」
俺もややイラっとした感じでハボの後ろ姿に向かって声を掛けると、彼は慌てて振り返り……
「ち、ちょっと!ちょっとお待ち下さい!ノベルさん!お願いですから、この人達を御前様に会わせてやって下さい!村の大事な話なんですからっ!」
かなり必死になってメイドに食い下がっている。「会わせてやってくれ」とは何だ?俺達は「会いに来てやってる」んだが……。何か色々と話が食い違っているな。なんでこんな使用人みたいな女に上から目線で接せられないといけないんだ?
「だからぁ!何の用なのさっ!『村の事』だったら『旦那様』の方に行けばいいだろっ!」
メイドがまたもや御前様への取次ぎを渋って来たので、ついにハボがキレた。
「いい加減にしてくれっ!アンタには判らないような話なんだっ!この人達が怒り出す前に、御前様に会わせろっ!」
これまで見て来た俺の知る「ハボと言う男」には見られなかった、凄い剣幕だ。こいつは実際、俺よりも体格が良い。俺自身もそうなんだが……こういう普段から穏やかな奴がキレるとちょっとした「怒り倍増効果」が掛かる。
そして、ハボの怒り声が功を奏したのか……今度は2階から別のメイド服を着た女が下りて来た。見るからに若い女で、恐らくは家政婦としては目の前に居る中年女よりも後輩……と言うか下役に当たるのか……。何やら心配そうな顔をしながら、ハボと言い合いになっている女の後ろをスルリと抜けて、正面の廊下の奥に消えて行った。
すると暫くして……その若いメイドがホールに戻って来て、中年メイドの肩を後ろから叩きながら、耳打ちする。何かを聞いた中年メイドは俺達に聞えよがしに「チッ」と舌打ちして
「アンタがここで大声で喚くから御前様が心配してる。ったく……」
そう言って、顎をしゃくり「付いて来い」と言わんばかりに先程若いメイドが消えた正面の廊下に向かって歩き始めた。ハボが俺を振り返り
「すっ、すみませんでした……。漸く……御前様が会って下さるようで……」
「いやいや。何か取り込んでるなら、俺達は引き上げるぞ?別に俺達は、その『御前様』ってのに会いたいとも思ってないからな?今の女は何か勘違いしているようだが……アリサ様に対して無礼を働くようなら……相手が御前様だろうが何だろうが赦すわけにはいかないぞ?」
「あ、わわわ……分かりました……。今の人にはちゃんと言っておきますんで……」
かなり狼狽しているハボの後に、俺は月野さんを促して続いた。月野さんはちゃんと俺の後ろから黙って付いて来ている。ホールからは暗くてよく見えなかった正面廊下の奥までは意外と短く、3メートル程の突き当りに両開きの扉があって、メイドは右側の扉をノックしている。
俺には聞こえなかったが、恐らく中から返事があったのだろう。メイドがその扉を押し開いた。その瞬間……少し薄暗かった廊下に部屋の中から光が差し込んで来たので、俺は思わぬ眩しさに右手を顔の前に翳して光を遮り……目が慣れるのを待った。
「御前様……。お騒がせ致しまして申し訳ございません。エドルスさんのところのハボがどうしても……御前様にお目に掛けたい者が居ると……無理矢理押し掛けて来ておりまして……」
おいおい……何だか随分と話が違うなぁ。……と思ったが、一応ここは「この服」と履物をくれたハボの顔を立ててやるつもりで、俺は黙って様子を見守っていた。
「ハボが……?もうそこに来ているのですか?」
「はい……。どうしてもお目に掛ると玄関で騒ぐものですから……」
「分かりました。入って頂きなさい」
「しかし……!ハボは『下賤な者達』を一緒に連れておりまして……」
中年メイドの余りな言い様に、俺が「おいおい……」と低い声で呟くと、前に居たハボが慌てた様子でメイドを押し退けて直接、部屋の中の人物に向かって
「ごっ、御前様っ!そんなっ!決してそんな下賤とか……そういう人達ではありません!この人達のお話を聞いて下さいっ!お願いしますっ!」
と……大声で呼び掛けた。彼としてはこれ以上……無理矢理連れて来た俺達をイラつかせたく無かったのだろう。まぁ、俺としても別に御前様に会う理由も無いし、それ以前にちょっと……ここへ来るまでに「不快な」思いをしている。俺が敢えてここまで我慢しているのは、この「不快な出来事」に対する弁明を……誰だか分からないが聞かないと気が済まなくなっていたからだ。
「分かりました。もう、そこに来ているのですね?ならば入って頂きなさい」
本来であれば……ここで「失礼します」と一声掛けてから入るのが「正しいビジネスマナー」なのかもしれないが、俺はそもそも「頼まれたので来てやった」と言う気持ちがあるし、このメイドの態度があまりにも「上から目線」なので、かなり反感があったのかもしれない。
扉をくぐると、その先はかなり大きな部屋になっていた。玄関ホールには及ばないが……15、6畳くらいはありそうな感じの部屋で、「畳」とか単位を付けてしまったが、当然ながら畳敷きでは無い。床はフローリング張りである。そもそも俺達は土足でこの屋敷に入っているのだ。
そして窓が廊下側を除く3方に配されており、特に正面には3枚、側面には各1枚。合計5枚のガラス窓が嵌っていた。どうやらこの世界には「板ガラス」を利用できるだけの技術はあるようだ。コンパスで確認すると正面がほぼ東向きとなっている。なのでこの室内は非常に明るいのだ。
その部屋の正面の真ん中にある窓の手前側に小さな机があり、その向こうにある背もたれと肘掛け付の中々に高級そうな椅子に……年配の女性が本を持って座っていた。本はちゃんと装丁されているものに見える。なるほど。製本技術もこの世界にはあるんだな。
女性はハボから目を離して、まずは俺を一瞥し……その直後に、俺の左斜め後ろに立った月野さんの方に視線を向け、もう一度俺に戻した。ハボは俺の右隣に立っていた。あのメイドは、そのまま部屋の奥に移動して……主人であろう女性の左側に控えるかのように立ち、何故か険しい表情で見下すようにこちらを睨んでいた。
「ご、御前様……お忙しいのに、お、お時間を……」
最初に声を上げたハボは緊張しているのか、先程以上に舌が回っていない。まぁ、確かに村長とは幼馴染だとは言え、だからと言って村長の家族と気安い関係だったとは限らない。
「で……私に何か用なのですか……?それで?そちらの方々は?」
女性……御前様の方からハボの言葉を引き取ってくれた。その声音は至極平静だ。横に立つメイドとは違い、少し柔らかい印象を受けた。見ればその表情も案外穏やかなものである。見た感じ、当然俺よりもずっと年上だろう。
多分、元々は栗色っぽい髪色だったのだろうが……現在は白髪が大半を占めており、顔立ちもまぁ……若い頃はそれなりに整っていたのかもしれないが、現在では年相応に皺も目立つ。俺の当てにならない女性の年齢推定では……60歳前後ではないだろうか。「ヨボヨボ」と言う感じではない。
考えてみれば「偉い人」って言っても所詮は「村長の母親」である。王侯貴族の女性ってわけじゃない。で、あれば「御前様」などと大層な呼ばれ方をされているが、実際はそこまで高圧的ではないだろう。俺の持つ……映画やら小説に出て来そうな上流階級の女性特有のイメージで見てはいけないのだろうな。
肝心のハボはここまで来て狼狽えた感じで言葉が出なくなっているようなので、仕方なく俺は自分で名乗る事にした。
「どうも初めまして。私はユキオと申します。こちらはアリサ様。故あって説明致しかねますが、『とある場所』より、この山中に飛ばされてしまいまして」
俺の言葉を聞いた御前様は、一瞬驚いた顔をしたがすぐに平静な態度に戻って自らも名乗って来た。
「そうですか……。私はケイラと申します。今はもう……夫に先立たれておりましてね。『村の事』は息子に任せて、ここで余生を送っているのですよ」
随分と穏やかだし、言葉遣いも悪くない。この世界に来てから初めてではないか。このような丁寧な言葉遣いをする人間と話をするのは。少なくとも、それなりの教育は受けているような印象だ。そう言ってしまうと今度はこちらが「上から目線」で言ってしまっているのだが……。
「ユキオ様は、大層『良いお生まれ』のようですわね。このような『田舎の村』では普段滅多に聞けない言葉遣いを聞かせて頂いていますわ」
御前様は微笑みを浮かべている。どうやら彼女も俺と同じような事を考えていたらしい。
「いえいえ。とんでもない。普段はもっと粗暴な物言いをしております」
「そちらの方は……?確か……アリサ様と仰られてましたわね」
「アリサ」と言う固有名詞が耳に入ったのか、やや伏し目がちだった月野さんが顔を上げた。しかし聞こえたのは自分の名前らしき固有名詞だけで、その他の言葉は当然ながら理解出来ないので困惑の表情を浮かべている。
「恐れ入ります。アリサ様には、こちらの言葉が通じませんので……私が代わって通事をさせて頂きます」
「あら……それは大変ですわね……。それに……ユキオ様の接し方を拝見しますと、随分と高貴なお方なのかしら?」
御前様が都合良く勘違いしてくれたので、俺は心中で大笑いした。よしよし……この御前様がそのように思い込んでくれるなら、月野さんはこの場において失礼な扱いを受ける事もあるまい。
「ええまぁ……。詳細を語るのは差し控えさせて頂きますが、私の役目はこのお方に付き従う事にございます。何かと『間違い』があっては……なりませんからね……」
俺は故意に声を低くした。そして表情を改めてみせる。軽い緊張感が俺と御前様の間に走った。御前様は、俺が真っ直ぐに向けている視線を柔らかく外して、話題を変えてきた。
「ところで……ユキオ様は、本日どのような要件でわざわざお越しになられたのかしら?」
「さて。私も、このハボに……アナタとお会いするように依頼を受けまして」
俺が苦笑しながら語ったところで、ハボが漸く落ち着いたのか……御前様へ言上仕った。
「御前様!実は例の……オオカミの事なんですけど……」
「オオカミの……ああ。山に現れている魔物の事ですね?今は冒険者の方々が退治に向かっているのでしょう?」
「あ、はい……。実はオラも冒険者の人達を案内する事になってまして……」
「あら。そう言えばノーマンがこの前話していたわね。でも彼らは確か……何日か前に山に入って行きましたわよね?……ならば何故、貴方がここに居るのです?」
「そうです。その事を御前様に報告しようと……さっきもノベルさんに取り次いでもらおうとしたんですけど……『御前様は忙しい』って、全然話を聞いてくれなくて!」
そう言ってハボは御前様の左側に控えている、先程の中年メイドを睨み付けた。ああ、あのメイドの名前はノベルって言うのか。まぁ、どうでもいいが……。
ハボの言葉を聞いた御前様はメイド……ノベルの方へ視線を移し、咎めるかのような口調で尋ねた。
「何故貴方は彼の話を聞いてあげなかったのです?『山の魔物』の件は、この村の存続に関わる重大事ではないですか」
言われたノベルは少し口籠りながら言い訳がましく答える。
「あの……普段から御前様は旦那様からのご相談に対して『村の事』に口を出さないと仰っていらしたものですから……」
「そういう判断は貴方のするべき事なのですか?『貴方の仕事』はこの屋敷で私の暮らし向きの世話をする事であって、『村の重大事』に対する報告を私から遠ざける事なのですか?出過ぎた真似はおやめなさい!」
なるほど。やはり「お局様の要らぬ出しゃばり」だったか。余程彼女は御前様からの信頼と寵愛に自信があったのだろうか。まぁ、そういう「バカ」に身の回りの世話を任せている御前様にも責任があるだろうなぁ。そして……今、俺が「不快に感じている」事についても……誰が責任を取ってくれるのだろうな……。
ノベルは俺たちの面前で主から叱責を受けた事にバツが悪くなったのか、その場で俯いている。いや……よく見ると上目で俺を睨んでいる。どう言うわけか、俺を逆恨みしているのかな?
「ハボ。それで?話を続けてちょうだい」
「あ、はい。あの……それで……山の中で暴れていたオオカミなんですが、もう退治されまして……」
「え!?魔物の退治は終わったのですか?あれ程の……3村の者達にあれだけの被害を出していた魔物が?」
「はい!それで……その魔物を全て退治してくれたのが、ここに居るユキオ様なのです!」
「何ですって!?」
御前様は目を瞠るようにして驚いている。そう言えば、あのオオカミどもは木樵だの猟師だのを散々に襲った挙句に、他の村と合同で結成した「精鋭部隊」も返り討ちにしてたんだっけか?それで仕方なく冒険者ギルドに討伐を依頼した……ハボはそんな事を言ってたな。
って事は、多分この御前様は……あのオオカミ……魔物達をかなり脅威に感じていたはずだ。何しろ奴らのせいで、この村は半年くらい特産品の「ブランド材木」が出荷停止に追い込まれている。いみじくも御前様自身がさっき口にしたように「村の存続に関わる重大事」なんだろう。それが「退治された」と聞けば、まぁ驚くわな。
「でも……全てが退治されたわけではないでしょう?魔物は幾つかの群れになっていると聞いているわ」
「いえ……そこは、あの……」
御前様の指摘にハボは言葉が詰まってしまい……何故か俺の方をチラチラ見ている。まるで「助けて下さい!」とでも言いたげな様子だ。面倒臭せぇ……。
御前様はそんなハボの様子を鋭く察して、今度は俺に視線を向けて来た。
「ところで……ユキオ様……でしたか。貴方もそれでは、『冒険者』なのですか?」
「いえ。私は冒険者などと言う者ではありません。『あの連中』とは無関係です」
「そうなのですか?では何故……貴方が魔物を?」
何だかなぁ……御前様はハボに見切りを付けて、俺に対して説明を求め始めたぞ。
「偶然です。先程も申しました通り、私と……こちらのアリサ様は『ある事情』によって、ここの山中に飛ばされて来たのです。そして山奥にて意識を取り戻した際に、貴方の仰る『魔物』と『たまたま』遭遇したのです」
「それを……退治されたと?」
「退治……と言いますか、アリサ様の安全を考慮して排除したまでです」
「そうですか……それでも結果的には、この村を悩ましていた魔物を駆逐して頂いたわけですね?」
「我々が当初遭遇したのは『熊』です。この村の懸案になっていたオオカミではありません」
「熊ですか……?あの……大きな獣の?」
「獣と言いますか……魔物ですね。熊の魔物です」
「熊の魔物?また熊が……魔物になっていたと?」
「また……?ええ。そのようですね。目が赤かったので魔物でしょう。魔石も持ってましたし」
「その熊の魔物に襲われたのですか……?お2人が?」
「はい。まぁ、すぐに殺しましたが」
「なんと……熊の魔物をお2人だけで!?」
「実際に手を下したのは私だけですがね。アリサ様のお手を煩わせては『大変な事』になりますので」
「た、大変な事……?」
どうも御前様は俺達が「熊の魔物」を倒した事を信じていない様子だ。その横に立っている中年メイド……ノベルはあからさまに俺に対し、胡散臭げな目で見ている。まぁ……そりゃそうだろう。何しろ彼女達の前に立っているのは小太りのオッさんだ。しかも恰好がな……。とても全身装備に身を固めた冒険者に比べて「熊を倒せるような」見てくれでは無い。
やれやれ……仕方ないな。本当はこんな軽々に「あれ」を見せたくないのだがな……。しかも彼女は「村長の母親」とは言え、十分に「権力者」だ。そんな奴に「俺の力」を簡単に見せてしまっていいのか……。しかしこうなってはもう……この連中に「現物」を見て頂いて、手っ取り早く信じてもらうしか無い。正直、こんな所で無駄な時間は過ごしたくない。
俺は振り返って月野さんに声を掛けた。
「月野さん、ちょっと後ろの壁際まで退がって頂けます?今からここに『熊の死体』を出しますので」
「え!?ここにですか!?」
「ええ。この連中……どうも『熊の魔物』の存在について疑っているのか理解出来てないのか……なので『現物』を見せてやるしかないでしょう。早くここの用事を終わらせて、どこか安心して休める場所に行きたいんですよ。なのでこれから起こる事に対して『何食わぬ顔』で居て下さい。月野さんが平然としていれば、それだけ『説得力』が出ますんで」
俺がちょっと悪戯っぽく笑うと彼女は戸惑いながらも承知してくれた。
「そ、そうですか……」
月野さんは俺の話を聞いてから、扉の横の壁際まで5歩程退がった。俺はハボにも声を掛ける。
「ハボ。お前も後ろに退がれ。じゃないと下敷きになるぞ」
「え……?な、何が……?」
ハボは俺の顔と、後ろの壁際にまで退がった月野さんを交互に見てから、何やら了解出来ていないままに後ろに退がった。
俺自身は部屋の左側の壁まで動く。御前様との会見場は真ん中がポッカリと空いた状態になった。そして俺は〈倉庫〉から「熊の死体」を取り出し、その空いたスペースに放り出した。
―――ドッッズゥゥン!
敢えて取り出した熊の死体の位置を50センチ程浮かして空中に出したので、巨大な熊の死体はそのまま重力によって床に落下する形となり、とてつもない音を発して御前様の屋敷全体を大きく揺らしながら床に着地した。
俺から「何をするのか」を伝えられていた月野さんだけは壁際に立って、「打合せ通り」に平然とした顔をしているが、他の連中はと言えば……。
ハボは既にこの死体を見ているはずなのだが、死体の向こう側の壁際で尻餅をついて驚愕の表情を浮かべている。表情で言えば他の2人の女性も同様だ。御前様は椅子から転げ落ちそうになって小さな悲鳴を上げたが、辛うじて尻が椅子に残っている。ノベルは……彼女も悲鳴を上げながら床に引っくり返っている。
そしてこれは予想外だったが……どうやら彼女の目の前に突然、視界を埋める程の巨大な熊の死体……そしてその潰れた頭部が丁度彼女の目の前の位置に出現したので、恐怖感からか「粗相」をしてしまったようだ。彼女は完全に腰を抜かしており……床と尻を濡らしながら「ヒイィィィィ!」と悲鳴を上げ、這って逃げようとしている。
もちろんこれは、俺がわざとそこに頭が来るように置いたからだ。「魔物」である事を確認させる為に、わざわざ御前様とノベルから「赤い目」が見える位置に置いてやったのだ。
「いかがですか?これが我々に対し、身の程知らずにも襲い掛かって来た『熊の魔物』です。ほら……目が赤いでしょう?まぁ、その周囲は私が撲殺した際に変形してしまってますが」
俺はわざわざ、熊の顔を足でグイっと踏み押さえて、御前様の方から「赤い目」が良く見えるように首を捻ってやろうとしたが、残念ながら死後硬直が終わっているらしく、俺が足に力を込めても首は曲がらなかった。
「ああ、それと……これがアナタ方がギルド?とやらに討伐依頼をしたオオカミです」
―――ドサドサドサドサッ
俺はついでに16頭分の……尻尾の無いオオカミの死体を、黒い小山のようになっている熊の死体の上に次々と置いてやった。しかしオオカミの死体は熊の死体から床に滑り落ちたので、今やこの会見場は熊とオオカミの死体によって埋め尽くされそうになっている。凄まじいまでの獣臭が室内に漂い始めた。
そしてこのタイミングで……大きく揺れたこの御前様屋敷で勤めている者達が、「揺れの原因」を辿ったのか……はたまた「主」の状態を案じたのか、ドタドタと靴音を発てながら、この部屋に集まって来た。そして一同は部屋の中の様子を見て両開きの戸口で糞詰まるようになって呆然としている。
「お解り頂けましたか?この熊の魔物がどうやら、このオオカミの魔物どもを山林の浅い部分に追い散らしていたようです。ちなみに……コイツが、恐らくこの地域の山林に棲息するオオカミの魔物を統べる大ボスでしょうな。ほら。一回り身体が大きいでしょう?」
俺はオオカミのボスの死体を御前様の前に置き直して、熊とオオカミの頭を交互にコツコツとサンダルの爪先で蹴りながら説明をしたが、御前様は口をパクパクさせている。初老の女性には少々刺激が強すぎたかな?
「どうですか?ご理解頂けましたか?何か質問がございましたら受け付けますよ」
俺は再び念押しのように確認しながら、死体を〈倉庫〉に収めた。せっかく川で冷やしていたのにここで長い事放置したら鮮度が落ちてしまうからである。
目の前から悪夢のような光景が一瞬で消え去ったので、御前様は漸く正気を取り戻したらしい。目を白黒させながらも……
「い、今のはどうやって……」
と聞いて来る。自分が見た恐ろしいまでに非現実的な光景は既に跡形もなく綺麗サッパリ消えているが、それが幻覚で無かったことは……室内で今尚濃密に残っている獣臭が証明している。俺はその質問を敢えて無視して話を続けた。
「多分、説明してもご理解頂けないと思いますので、説明は割愛させて頂きます。最低限……『あの山の魔物は退治した』と言う『証拠』だけを提示させて頂きました」
「あの熊やオオカミは……ユキオ様……貴方様がお1人で?」
そのような質問をして来たので、俺もいい加減うんざりしながらも答えた。
「ええ。この程度の魔物相手にアリサ様のお手を煩わせたら『大変な事』になりますので」
わざとそのように答えて、この部屋に居る者達の恐怖を煽る。もちろん、平然としている月野さんだけは別だ。その彼女の様子をチラっと見ながら御前様はすっかり先程までの落ち着きを失くしてしまった様子で尋ねてきた。
「た、大変な事……?」
「アナタ方も……この辺の山林が全部消し飛んだら生業にしている材木が手に入らなくなるでしょう?まぁ、そうなったら……『アナタ方も』この世から消えて無くなるわけですが」
俺がニヤニヤしながら話す。もちろんこれはハッタリだ。
「や……や、山って……こっ、この辺の……?」
「先程も申し上げたでしょう?私の役割は『間違い』が起きないようにアリサ様に付き従う事です。一つ『忠告』させて頂きますが……アリサ様に無礼な真似をされますと……『アンゴゴ』でしたっけ?この地上から失くなりますので……特にそこのメイドさん。宜しいですか?アナタ、さっきから散々我々に対して『無礼な』態度を取られてますが……あまり調子に乗っているとアリサ様の怒りを買って消し炭にされますよ?」
床と尻を濡らしたままのノベルは立ち上がれずに、震えながら顔面蒼白で座り込んでいる。ここでハボが漸く俺達の会話に割り込んで来た。
「ごっ、御前様!こっ、この人の言ってる事は、ほ、本当ですっ!アリサ様は……本当に……その……」
ハボはどうやら、この3日間で自ら散々目撃した月野さんの様々な「力」……つまりは「魔法」について思い出しているのだろう。夜の暗闇を煌々と照らす大量の「光の玉」や、天才とも言える弓の腕前……またその放つ矢は「コロクの実」の付いた枝ごと粉砕し、放った矢そのものもズタズタにする程の威力。
流木で作られたバリケードを突然何か「よく解らない力」で吹っ飛ばし、更には掌から指先だけで小石を凄まじい勢いで弾き飛ばす。もしこれが「前の世界」での出来事であれば、完全に空想の世界だ。しかしそれはこの「異世界」においても同様らしく、「普通の村人」であるハボから見て、この言葉の通じない「美しい女性」は見た目に反して恐ろしい力を持っていると思い知ったはずだ。
そんな「彼女の力」を御前様に説明しようとしたハボは、俺から「俺達の『魔法』については口外するな」と釘を刺されていた事を思い出したのか、途中から口籠ってしまった。
この部屋の中で、今の状況を理解出来ていないのは……皮肉な事に言葉の意味が解っていない月野さんだけだろう。彼女は俺が死体を片付けたので、再び俺の斜め後ろまで移動している。俺はそれを確認して、彼女に対して殊更ペコリと頭を下げる。まるで「お騒がせ致しました……」とでも言わんばかりに。
俺は改めて、椅子に座り直した御前様に説明してやることにした。
「今の『熊の魔物』をご覧になりましたね?あの熊が、『オオカミの魔物』が本来縄張りにしていた『山林の奥側部分』を侵して居座ったので、そこから追い出されたオオカミ達が人間の領域で暴れていたわけです。我々がオオカミの群れと遭遇した際、奴らはさっきお見せした『ボスと思われる個体』に率いられる形で、20頭前後の群れを形成しておりましたが……これは恐らく、自分達の縄張りに居座っていた熊に逆襲する為、この地域のボス格のオオカミが眷属を招集した上で行動していたのでしょう」
「に……20匹も居たのですか……?先程の大きなオオカミが?」
「ええ。まぁ、そのオオカミも熊も既にご覧頂きましたように『駆除』しましたので……再び人間を襲うと言う事は当面は起こらないと思います」
「そっ、そうですか……。ではこの村の『危機』は去ったと……」
「私はそう思いますが、こればっかりは村長さんの判断や冒険者ギルドとか言う組織の見解も聞くべきかと思います。宜しいですか?それではそろそろ我等はお暇させて頂きます」
俺はそう言ってから、特に頭を下げるような事もせずに振り向き、後ろで目を泳がせているハボに対して
「さて。ちゃんと『寝る場所』は確保してくれたか?」
そう尋ねたが、ハボは「あの……」と口籠っている。
「ん……?どうした?金が必要なのか?ならばさっきのオオカミの死体を1頭売って金を作るぞ?」
「あ、いや……その……実はですね……。その、『今晩の宿泊先』も含めてお2人が着ていらっしゃるその、ふ、服についても……そこのノベルさんにお願いしたのです。ですが……その……」
「ん……?何だ?『この服』はお前が用意したものじゃないのか?」
俺は先程から頭の片隅に残っていた「不快な件」に絡んだ話になったので多少顔が険しくなったかもしれない。ハボはその俺の顔を見たのか、目線を床に落としたまま……しどろもどろになっている。
「何だ。ハッキリと言え。この『奴隷の服』は御前様が用意したものなんだろ?」
俺は殊更に大きな声でハボに問い質した。ハボはハッと顔を上げたが、俺はそれに構わず、再び御前様の方に目を向けた。
「つまり……。御前様は、俺達の事を『奴隷』だと思っているんだろう?またあれか?あの連中のように俺達を『逃亡奴隷』とでも思っているのかな?」
「そ、それは……どう言う事でしょうか……?」
まぁ、やっぱり知らないでしょうな。何しろ、俺達がこの屋敷の玄関に辿り着いた時点で、彼女は我々の存在を知らなかったようだし、ハボが「服と履物」を求めに来た事すら聞いていなかっただろう。
「私は元々、ここに来るつもりは無かったのですよ。そこのハボがですね……『どうしても御前様に会ってくれ』と懇願するので、彼の顔を立ててやるつもりでここまで来たのです」
「え……?」
「ただ、我々も先程お話したように、ちょっと遠い場所から『身一つ』と言う状態で飛ばされて来ましてね。足に履くものすら無い状態で山の中を移動していたのですよ。更には身に着けていたものも肌着一枚という状態でしてね」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。なので本当ならばこの村まで漸く下りて来て、まずは身嗜みを整えたかったのですが、このハボが懇願するものですからね……とりあえず『条件』を出したのですよ」
「条件……?」
「我等の貴重な時間を割いてここまで……アナタに会うからには『着る物』と『履く物』、それと『寝る場所』。この3つをお前の責任で用意しろと。私はそのように彼と約束したのです」
「なっ……!?そうなのですか……?そんなお忙しいところをわざわざ……」
「ええ。『わざわざ』来たのですよ。ここまで。服を探したり靴を探したり、宿を探す事を後回しにしましてね。そうしたらどうです?この男が持って来たのは……こんな『奴隷の着る服』ですよ。いやぁ……酷い話だと思いませんか?私は自分で言いたくはないですが、『この村の問題』の解決に対して多少は貢献したと思っていたのですがねぇ……。まさか『奴隷扱い』されるとはねぇ……」
俺の言葉遣いは段々と……怪しくなって来ている。多分……表情も違って来ているのかな?
「そ、そんな……奴隷の服……ハボっ!これはどういう事ですかっ!なぜ貴方は、この方々に対してそのような失礼な真似を!?」
「あ、あの……その……」
可哀想なハボは御前様から詰められて萎縮してしまっている。これでは「事情」を説明出来ないかな。俺は助け舟を出してやる事にした。
「御前様。私は先程……この屋敷の玄関で、このハボと……そこで座り込んでいるメイドさんが言い争うのを一部始終を拝見しておりましたがね。どうやらハボに服と履物を提供したのは、そこのメイドさんみたいですよ?だから私は『アナタが我々を奴隷扱いしている』と解釈したのですがねぇ」
「なっ!そ、そんなっ!?」
「村の入口で奴隷の服を渡され……それを着た我々は村の中を歩かされました。この件に関して……アナタは俺が納得出来る説明をして頂けるんでしょうね?俺達を奴隷扱いした事についてね……」
「な……!ノベルっ!貴女っ!今の話は本当なのですか!?貴女がハボに、この方達の……このような召し物を渡したのですか!?」
御前様は、横で座り込んでいるメイドに目を向け、問い質している。最早すっかり先程までの「穏やかなご婦人」と言う印象では無くなっている。
「どうなのですか!?ノベルっ!答えなさいっ!」
ノベルは主からの詰問めいた言葉に漸く反応して言い訳がましく弁明した。
「あ……あの……。ハボさんから……その……服と履物を……その者達が要求していると聞きまして……。『履物すら履いていない』ならば……『そういう人達』なんだと……」
「このメイドさん……先程俺達をこの部屋に通す際に、『下賤な者』と言ってましたなぁ……。いや、俺は別にいいのですよ。『こんな見た目』ですしね。しかしアリサ様に対してそのような雑言……。そしてこのお方にこのような恰好をさせて衆目の中を歩かせた責任……。一体誰が取って下さるんでしょうかねぇ……」
「おっ、お待ち下さいっ!ユキオ様っ!ごっ、御前様はっ!御前様は何も知らないんですっ!知らなかったのですっ!オラがっ!オラの頼み方が悪かったんですっ!もうちょっと……ちゃんとノベルさんに説明してたら……」
「お前……さっきの玄関での様子だと、こいつは聞く耳持たなかったと思うぞ?いずれにしろ……こいつはアリサ様を侮辱した。こいつだけの責任か……それともこいつを雇っている……」
俺は月野さんの方に振り返り、目の前の出来事を見て流石に落ち着かない様子になっている彼女に状況を説明した。
「月野さん……どうやらこの服、『奴隷の服装』らしいです。俺達はまた……この連中に『奴隷扱い』されてしまったようでして。この恰好で村の中を歩かされてしまいましたね……」
「えっ!?あの……私達は奴隷にされるのですか!?」
俺や月野さんが6日前まで暮らしていた「21世紀の地球」では、多分……世界的なコンセンサスとして「人身売買の禁止」とか「奴隷制の廃止」となっていたはずである。少なくとも「表向き」はそうだった。俺は世界史にそれほど精通していないが、奴隷制は19世紀後半には少なくとも先進列強国では廃止されていた。
なので、「今の時代」に生きている俺や月野さんとしては「奴隷」は「違法」で、「人類の暗い歴史」の一部であると言う認識なのだ。
にも関わらず異世界に飛ばされ、山の中で「逃亡奴隷」の扱いを受け……漸く人里に足を踏み入れたと思ったら「奴隷の恰好」をさせられて村の中を歩かされていた。そしてこのまま自分は奴隷にされてしまうのか……。驚愕している彼女の表情には、同時にこの大いなる理不尽に対する不安と怒りが浮かんでいる。俺はその表情を見て……一際胸糞の悪さを感じていた。こいつら……こんな前時代の蛮人のような奴らに奴隷扱いを受けるとは……。
俺と月野さんが言葉を交わす様子を……ハボは恐々と見守っていた。当然だ。こいつは月野さんの「力」を知っている。そして俺が再三に渡って「この人を怒らせると大変な事になる」と脅し付けている。
そのアリサ様の表情がみるみるうちに「負の方向」に変化して行っているのだ。この男はそれを「危険の兆候」と受け取ったようだ。突然床に手を着いて額を床に擦り付けた。
「おっ、お願いしますっ!オラが悪いんですっ!」
「ハボ。お前は悪くない。お前が謝る事ではないさ……」
俺は床に這い蹲るハボを無視し、同じく床に座っているノベルを見下ろした。俺は今……どんな顔をしているのだろう……。それは……彼女が俺を見上げる「目」を見れば分かる。多分俺は……俺が意識しても作り出せない程の「怒りを抱えた表情」になっているのだろうな。
「お前はアリサ様に拭い難い恥辱を与えた」
それだけ短く言ってから、ノベルに対して〈ブラインド〉を使用した。これまで気付かれないよう「眠っている奴」に対してシコシコと練習を重ね、現在の熟練度による持続時間は770秒にまで成長した……その視力を一瞬にして奪う「闇魔法」は即座に発動してノベルを暗闇の世界に叩き落す。これが俺にとってある意味で初めて体験する「対人魔法の実践」である。
ノベルはすぐに、自らに起こった異変に気付いて絶叫した。
「目っ!?目がっ!目が見えないっ!なんでっ!?なんで見えないのっ!?イヤァァァァァァ!」
視力を失った彼女は半狂乱になって自らのションベンに塗れた床でのたうち回った。
「俺達を『奴隷扱い』しているこの連中を、ちょっと脅かしておきます。二度と俺達に無礼な真似をさせないようにね」
俺は再び振り向いて、苦笑しながら月野さんに説明した。彼女も突然床でもがき回る女を見て驚いていたが、俺の説明を聞いて了解してくれたらしい。「なるほど。でも程々にですよ」と、これも苦笑いを浮かべる。俺のような「オッさん世代的」に言えば「Sさん、Kさん、懲らしめてやりなさい」と指示出しをする「ご老公様」のような心境なのかな。
再びノベルの方に目を向け、彼女を見下ろしながら
「お前はアリサ様に対して『許し難い無礼』を働いた。よって生涯、盲目となって生き続けろ。その曇った眼よりもいっそ何も見えずに居た方が物事を正しく捉えられるかもしれんぞ?」
努めて冷酷な雰囲気で演じながら宣告した。
「さて。いい加減こんな場所に居たら益々腹が立って、誰に何をするか自分でも分からなくなる。失礼させてもらおう」
泣き叫ぶノベルに対して、改めてもう一度〈ブラインド〉を掛けてから、俺は月野さんに退去を告げて、他の使用人が恐々と見守っている扉に向かって歩き出そうとした。
それにしても〈ブラインド〉の効果を俺はちょっと過小評価していたようだな。よくよく考えてみると、いきなり視力を奪われるのは相当に怖そうだ。あのメイドは床に座り込んでいたから、まだマシだが……二足歩行している、もしくは直立している者に対してこの魔法を食らわせたら、多分転倒するだろう。
これまで俺は野宿で寝ている奴らにこの魔法を使って熟練度を上げていたので、白昼に「普通にものが見えている者」に使った時の反応がこれ程までとは思いもよらなかった。これはハッタリとしては恐ろしく有効な魔法なのではないだろうか……。
「罰として盲目にされる」……実際にそのような「身体刑」が存在したのだろうか。一部の手足を切断されるとか……多分そんなものはあっただろうが「目を潰す」と言う刑罰は中々にエグい。日本人の感覚では解り難いかもしれないが、一部の国や地域には「死刑より残酷な刑罰」は色々と存在した。
罪人に可能な限り「長時間の苦痛」を与える刑罰として人類は様々な方法を編み出したが、「目を潰す」というのはあまり聞かない。但し、地球世界では有名なフレーズとして「目には目を。歯には歯を」と言う確か……「同害報復」とか「応報刑」って言うんだったっけな。そんな言葉が残っているくらいだから、「目を潰した」という刑罰の存在自体はあったのかもしれないな。
しかし現実的に、背後の中年メイドは俺から「光を奪われて」おり、半狂乱の状態は続いている。彼女の叫び声が続く中、やはり「主」が動いた。
「ユキオ様っ!ユキオ様っ!お待ち下さいっ!どうか!どうかお待ちになって!」
御前様は、隣で喚いているメイドの声に負けないような声で俺を呼び止めた。まぁ、そうだろうな。このまま俺を帰してしまっては、この哀れな中年メイドは一生光を失ったままになってしまうと「思い込んでいる」わけだからな。
「このままここに居れば……アンタにまで責任を取らせたくなるんだが?」
「おっ、お待ち下さいっ!かっ、彼女がお二方に働いた無礼については謹んでお詫びしますっ!でっ、ですから……ですから彼女の目をっ!それだけは!お許し下さいっ!」
御前様は最早椅子に座っている余裕も無くなったのだろう。椅子から立ち上がり、机を回り込み、俺の前まで来て頭を下げた。
御前様……彼女にしてみれば、俺が何の躊躇もなくいきなりメイドの視力を奪った事に、とてつもない恐怖を感じたに違いない。この手の制裁はまず「目を潰すぞ」と言う「脅し」が先で、「やるぞ?いいな?やるからな?」的な「引っ張り」があって、それでも謝罪しない……とか、誠意のある態度を見せない……となってから初めて具体的な制裁行動に出るものだろう。
それを目の前に居る小太りの一見して気の弱そうなオッさんが、何の躊躇も無くいきなり「視力を奪う」と言う……恐らくは「殺さない制裁」の中では確実に上位にランクされるであろう「苛烈な」手段を採ってから、さも平然と「お前は一生盲目で生きろ」と宣告したのだ。普通は順番が逆だわなぁ。
「俺達の居た『場所』では『奴隷扱い』などと言うのは前時代に滅んだ『蛮行』で、現代では最大の屈辱に当たるんだ。それをこの女は、よりによって……アリサ様に対して行ったのだからな。生命を奪らなかっただけありがたいと思え」
「蛮行……奴隷が……そ、そうでしたか……」
「だから、この山の奥に飛ばされた時……最初に出会った者達に『奴隷』と呼ばれた時は……ハボは憶えているな?」
俺は目の前の老女から視線を外し、その横で這い蹲っているハボに声を掛けた。彼は俺から名を呼ばれ、慌てて顔を起こし……震える声で答えた。
「は、はい……。お、憶えてます!冒険者様達が全員……一瞬で半殺しにされて……」
「おいおい。余計な事を言うな。御前様が怖がっちまうだろ?」
「あ、あの時も……ゆ、ユキオ様は……冒険者様達が奴隷と間違えた事に、その……酷くお怒りで……」
「そ……そうでしたか……。ノベルっ!静かになさいっ!貴女は『それだけの罪』を犯したのです。貴方達もここから立ち去りなさいっ!」
御前様はノベルを叱りつけ、また部屋の入口扉の辺りに押し寄せて来ていた他の使用人達にも退去を命じた。使用人達は慌てて玄関ホールの方向へと散って行き、最後の者が「失礼致しましたっ!」と頭を下げてから両開きの扉を閉めて立ち去った。
彼女はノベルや他の使用人達に対して大きな声で叱ったおかげか、却って落ち着きを取り戻したようで
「ユキオ様。そしてアリサ様。我が家の使用人が取り返しのつかないご無礼を働きました事……衷心よりお詫び申し上げます」
そう言いながら深々と頭を下げて来た。更にはハボを助け起こしながら「貴方にも大変なご迷惑を掛けました。お詫びします」と話し掛けている。ハボは一応立ち上がったが、恐縮しているのか……俯いたままだ。
さて……俺はここから、どういう展開に持って行こうかと頭の中をフル回転させて考え始めた。




