謎の世界へ
「年貢も運んで今日の仕事は終わりか。」
体を伸ばすのは桐生 翼。
「キリュウさんじゃないか。こちとらも年貢を運び終わりましたヨッ!一服するか?お茶なら持ってくるぜ。任せておきな。」
重みのある米俵を小泉 承太郎は何事もなく置く。流石、江戸でも指折りの力持ちだ。
「お疲れさんだなぁ、承太郎。お言葉に甘えてもらって一服しようじゃないか。俺は餅を四つと、抹茶一杯でいい。あまり腹は減っておらぬ。」
「了解です。あ、持ってくる間に刀を研いでくれぬか。研ぎ石は俺のを使ってくれ。いいだろ?」
「分かった。部屋はこの倉庫でいいぞ。」
「じゃあ、しばらく待っててくれよ。」
承太郎が出ていき静寂の状態になる。
「あらよっと。刀を研ぎますか。」
丹精込めてゆっくりしっかり刀を研いでく。
スーッ。スーッ。
聞こえるのは研ぐ音と、息の音のみ。
石と刀が互いにこすれ合い、なんともいえぬ響きを作る。集中を妨げることのない空気。静寂。
活発な江戸でもここまで静かなところは滅多にないのではないか。だからこその嬉しさ。だからこその悲しさ。
二つの心情は相反し、新たなる何かを作り出す。
スーッ。スーッ。スッ。
気付いたら倉庫に承太郎が入ってきていた。静寂を乱さずに。良くやるものだ。
「承太郎か。刀は研いでおいたぞ。あまり研いではおらぬがすまぬ。さてと、一服いれようか。」
「良いんですよ。こちらこそ待たせましたから。それに刀を研ぐのを手伝ってもらったのだから。」
「ならありがたい。俺が煎じるぞ。承太郎は餅を用意してくれぬか。」
「承知。」
また静寂の時間が過ぎる。
「できたぞ。」
お茶の香りがふわりと倉庫を包む。
「キリュウさんは仕事が早いですね。流石しっかり者です。僕もいつかはキリュウさんみたいな風になりたいです。かなり時間かかりそうですが。」
「まあ、悪く考えるな。習慣として考えてみると案外できるものだぞ。」
「そうですか...あ、餅が出来ましたよ。」
餅の香りとお茶の香りが混ざり合って嗅覚をうまい具合に刺激していく。まさに和の心である。
「一、二、三、四。」
抹茶を注ぐ間に承太郎が餅を皿に乗せてくれる。
本来のしっかり者とはこういう姿を指すのではないだろうか。全く日本の謙遜とは難しいものだ。
「では先に頂くぞ。承太郎。」
「分かりました。僕もお茶を一杯と。」
コポコポコポとお茶が注がれる。
それを横目に見つつ、餅を食べてみる。
美味いな。米の味も残っていて食感もいい。
抹茶の苦味もうまい具合に重なり合って口の中でおいしさを作ってくれる。
承太郎は米屋の息子だからな。親父に餅の美味しい作り方でも習ったのだろう。
よく出来たものだ。
「なあキリュウさん。あんたのことってキリュウさんと呼ぶかツバサさんと呼ぶかどっちがいいと思いますか?僕にはキリュウさんと呼んだ方がいいと思いますが。」
二つ目を食べ終わったところで話しかけてきた。
「お前を小泉と呼ぶか承太郎と呼ぶかの話だな。ふむ。なるぼとな。まあ、好きにしてくれ。私的にはキリュウさんだけどな。」
「そうですか。なら、これからもキリュウさんと呼ばせて頂きます。わざわざ時間を奪ってしまってすいません。」
「まあ、悪く考えるな。お前はもっと良い方に考えを傾けろ。」
「やはりそうですね...昔みたいに...」
「昔になにかあったのか?」
「ええ。私は米屋をやっているのはご存知の通りです。その年の前年は米が豊作でこの店もかなり儲かりました。この年も前年みたいになると予想してよく考えたら日照りでさっぱり米が取れなくて倉庫から年貢の米を取れず...大損をしてしまいました。」
「だから良い方に考えるのはやめました。というわけだったのか。なるほどね。そんな過去があったのか。まあ武士になってしばらくは安定して暮らしていけるだろう。悪く考えるな。」
そう言いつつ四つ目を食べ始める。
「ええ。そうします。」
お茶を飲み終わった承太郎が相打ちをうつ。
「お餅うまかったぞ。さてと見回りに行くか。」
「なら僕も行きます。研いでもらった刀を。」
刀を着実に渡す。そして倉庫を出て階段を降り城門をくぐって街に出る。
「見張りさんよ。見回りに行ってくる。」
「桐生さん。年貢の片付けお疲れ様でした。」
昼過ぎの街を二人で歩く。
子供は走り回り、大人たちは商店に群がる。
自分も昔はこんな感じだったのだろうか。
そんな時、影が横を通る。
「誰だ!横を通った奴は!」
町人がざわめく。
「おい、承太郎。そこまで言わなくても...」
「うるさい!説教話は後にしてくれ!」
承太郎は走っていく。
「お、おい!」
承太郎を追いかける。
右にいったな。次は左か。また右。さらに右。風の如く走り続ける。民家に逃げ込んだか。
刀を上に上げて準備をする。
「承太郎。ここだな?」
「ああ。入るぞ。」
ガラガラガラ。扉を開ける。
ガンッと音がする。
「こっちか?」
「俺もそう思う。」
「せーの!」
開けた途端穴がある。
「なんだ!?この穴は!吸い込まれるぞ!」
「キリュウさん!どうします!?」
「逆らえないなら仕方ない。入る!」
「え!?キリュウさん。待ってください。僕も行きます。待っててくださぁい!」
二つの声は穴の中に吸い込まれる。
そして穴は小さくなり、やがて消えた。
江戸の町。そこから二人の武士が消えた。




