■不明瞭な男の動機3
歩幅をずらして、彼女と細い道を歩く。
宛てなどない散歩。
俺のほうが一、二歩前をゆき、先導するが思いつきで歩き続ける。
「この前ね、学校の生徒に なんで絵を描くの? って訊かれちゃって……誤魔化しちゃった……」
彼女のほうから話を切りだしてきた。
「そういう質問困るよな……」
「なんて答えたら良いのかな…?」
「俺が知るかよ……」
「そうだね……」
その答えが返ってくることを知っていたかのような降るまいだった。
「困るって言うけど、タイチは誰かに聞かれたの?」
「まぁな……」
「カメラ……のこと?」
「仕方なく始めた。ただ、それだけだ。素直にそう答えれば、いいんだろうけどな」
それを聞いた彼女は振り向いて、いたずらする子のような笑顔を見せる。
「ふふふ、押し切られたんだ?」
「わ、笑うなよ……」
「ミキちゃんに押し切られて、遊び相手になってあげて……コウキに押し切られて、興味のない野球部に入って、アキホに押し切られて、演劇部に入って……今度はカメラ?」
物覚えの良いやつだ。自分でも誰に何を勧められたか覚えていないというのに。
「あぁ、そうだよ。全部、誰かに押し切られたんだよっ」と投げやりに答えると、いつもの笑顔が戻った。
相変わらず続く、蝉の大合唱を一時的にかき消すように、聞き慣れた笑い声が響く。
そんな彼女に少しだけ安心した。
そんな胸中など知る由もなく、彼女は再び硬い表情になり、黙り込んだ。
蝉の声と、時々通る車の音、そして、二人の足音しか耳に入らない。
昔から常にワイワイ語り合うような関係ではなかった。だから、あえて話題を探そうとも思わなかった。
田園が広がる一帯を貫く小川を越え、見えてきたのは石造りの鳥居と階段。木々で覆われ上は見えないが、その先に何があるかは鮮明に記憶している。
そこそこ大きな社殿があり、夏は祭りが、秋には奉納神楽が催される。もうすぐ夏祭りが行われる頃だろう。
夏の祭りで夜店を回り、地元の人が打ち上げる花火を見た。秋はほとんど縁が無かったが、何度か神輿を担がされた記憶がある。
通り過ぎようとしたが、俺の顔は無意識に鳥居のほうを向いていたらしく「参っていく?」と訊かれる。
そんなつもりは全くない。
「いや、ここで拝むだけで十分だ」と鳥居の前で柏手を打ち、手を合わせる。
その背後からシャッター音が聞こえる。
「勝手に撮るな…」
「これも立派な資料だから」
「こんな絵どこで描くんだよ?」
「さぁね…」とはぐらかされて、小走りで先に歩きだしてしまった。
一応、作法通りにお参りを済ませてから、足早に彼女を追いかけて、彼女の斜め後ろを着いていく。
何か会話を……と絞り出したのは
「親父さんとはうまくやってんのか?」という質問だった。
彼女は少しだけ動揺して、
「どうして?」と尋ねる。
「ほら……反対してただろ。画家になるの」
「うん。その時から何も変わってない。まだ理解されてないし、認められてもない」
「それでいいのか?」
「…良いも何も、父さんの意見を変えたいわけじゃないし」
「それはそうだが、認められたほうがいいんじゃないか?」
彼女の家庭は至って普通の家だ。
ベッタリしているような感じでも無かったが、不仲という感じでもなかった。
そんな親子が仲違いしているという状態に少しだけ寂しいような感情を抱いた。
「辞められたらいいんだけどね……」
予想外の言葉に耳を疑ったが、彼女の顔はどこか遠くを見つめていて、冗談というわけでは無さそうだ。
でも、正直、その言葉が出てきたことがショックだった。
「そんなこと言うなよっ。少なくとも俺より全然良いだろ。ちゃんと夢があってさ、仕事じゃないかもだけど、美術教えてるんだろ?そこまで行けるって、すごいことじゃないのかよ。もっと胸張っていいんじゃないのかよっ」と言ってやる。
しかし、その言葉は届かなかったようで。
「タイチは私のことなんて何も知らないでしょ?」
まっすぐとした眼差しで、そんなことを言われ、俺は呆気に取られるのだった。




