●とある写真家の憂鬱9(完)
大石さんは私の写真について話を始めた。
「君の写真は良くも悪くもシンプルだ。そして、感情が伝わってくるような写真でもある」
「悲しい感じですよね……」
それがいけないことのように思っていた私は、それが良い評価に聞こえなかった。
「そうだね。でもそれがいけない訳じゃない」
一冊のアルバムを手に取り、私に見せた。
沢山の写真が収められているが、それはどれも感情が伝わってくるような写真だった。喜怒哀楽、様々な場面が切り取られている。
「感情が伝わる写真を撮る人はね。大体ワンパターンなんだよ。そればかり撮る。もしくはそれ以外に興味がない。だからこそ、同じような場面や構図を無意識に究めているんだ」
「確かに、こういう雰囲気の写真はよく撮っている気がします」
言われている通り、同じような場面や構図で撮影することが多い。
「その過程で感情や想いが隠るんだよ」
「私はどうしたら、いいですかね?」
単刀直入に聞く。
「もし、何かを変えたいと思うなら、目線を変える必要がある。だが、強制はしない。こだわりがあって、これを貫きたいというなら究め続ければいいと私は思う」
「目線を変えるとは、どういうことでしょうか?」
言葉の意味を訊いてみる。
「それは、今まで撮ろうとして来なかったものを被写体にしたり、今までやったことのない技法に挑戦したりすることだよ」
説明してくれた。
「撮ろうとして来なかったもの……ですか」
「焦る必要はない。じっくり形にしてゆくものだと思うから」
「そうですか…」
少し間を置いて、話を始めた。
「もし、チャレンジするというなら、積み上げてきた常識や固定概念というものを崩し、一から積み上げることも時に必要だよ。それなりの覚悟を持たないと、途中で挫折してしまう。自分を変えようとするならば、まずは意識から変えろ。誰かの言葉さ」
「勉強になります!」
「とにかく、まだ見ぬ自分はきっとどこかに居るはず。今の道を行っても、新しい道を探しても、それは見つかるからね。自分が信じるものを行動に表せばいいんだ」
「試しにあいつを撮ってみるか?」
大石さんが手に持ったカメラを私に渡す。
「えっ!」
「えっ!」
二人とも驚く。
「少なくとも個展では、人物写真を見なかったから」
早とちりかと思ったのか、言葉を続ける。
「まぁ、確かにないですけど…」
こうして急遽、掛合さんを撮影することになった。
私はファインダーを覗く。少し緊張しながらも彼にピントを合わせる。
「で、では、撮りますね」
「どうぞ。遠慮なさらずに自由にシャッターを切ってくださいね」
「はい」
人を被写体にするのは初めてかもしれない。
記念写真などを撮ることがなかった私には、どうシャッターを切ればいいのかさえ分からなかった。
「はい、チーズ…」
カシャ
出来上がったのは、何の捻りもない証明写真のような人物写真。
だけど、私は新鮮みを感じた。
うまく言葉にできないけど、今までの自分ではないような気がした。
「まだまだ。何枚も撮って」
彼に促され、反射的にファインダーを覗く。そして、シャッターを切る。
大石さんの言葉を何度も思い返す。
ファインダーの先にある景色を見つめるように、この先に待つ未来を見つめ始めた。
これからどんな写真を撮ってゆくのか。自問自答を繰り返した。




