●とある写真家の憂鬱7
後日、大石さんの写真展に出かけた。会場は意外にも多くの人でにぎわっていた。
中に入ると一番に飛び込んできた桜の樹に圧倒された。
雲一つない晴れ渡った青い空と、背景ののどかな田園風景の緑が一層鮮やかに見える。そして、小さいながら力強さを感じさせる花の淡い桃色と、樹齢100年を超えようかというほどの風格ある樹木の茶色は単に鮮やかなのではなく、深みのある色に感じられる。
どれもこれも印象に残る作品たちばかりで夢中になっていた。
どこかの島で撮影されたと思われる星空の写真。長時間露光で時間の流れが映り込んでいる。防波堤の先端に立つ小さな灯台と静かな海と満天の星空が織りなす風景は、非常に幻想的で異世界の風景と見紛う。
その写真を食い入るように見つめていると男性とぶつかった。あまりにも夢中になりすぎて、周囲を見ていなかった。
若い男性。私と同じくらいの歳の方だった。
「すみません・・・考え事をしてて周りをよく見ずに歩いてました・・・本当にすみません」
彼は申し訳なさそうに謝る。あまりにも丁寧だったため、こちらも急いで頭を下げた。
「いえ・・・私も考え事していましたから」
それで会話は終了した。男性は少し前へと戻り、写真を見直し始めた。
一方通行で順番に一枚一枚の作品をじっくり見れるような作りになっているため、退避ができないのだ。
気まずい思いをしながら、その後の展示を見た。
結局、私が先行のまま展示室を出た。少しだけ物販を覗いた。
売れ行きが好調なポストカードを見つめながら、私の個展でもこんな風に売れてくれたらいいのにと思った。
本人との会話にしか興味がない私にとっては、どれも要らない代物だ。何も買うことなく会場を後にした。
帰る途中、展示されていた写真たちを思い出す。
不意に「悲しい写真ばかりだ」という彼の言葉が脳内でリピートされた。
交通量の多い通りに面した交差点で信号待ちをしながら、夕方の騒がしい雑踏を見つめていた。
せわしなく動き続ける街並みの中に、三脚とカメラを持つ男性が見えた。
「あれは…大石さん?」
よく見ると大石さんだった。
信号が青になったと同時に走って近寄った。街の写真を撮っているようだった。
「あの…大石さんですよね?」
彼は驚いたように振り向いて相手が誰か分かった瞬間、表情が緩んだ。
「驚いたよ…まさか、こんな所で出会うなんてね。マユちゃんだったよね?」
「はい。自己紹介してませんでしたよね?浜田マユと申します。よろしくお願いします」
「よろしく。それで、私に何の用かな?」
「あなたが写真家の方だと、つい先日知ったのですが…」
「ははは。やっぱり、私はまだまだだなぁ…てっきり名前を言えば分かると思っていたんだが、とんだ見当違いだったようだな」
笑いながら、そう口にした。
「す、すみません」
「いやいや、謝る必要はないよ。一応この世界ではある程度知られた名前だから、同業者で知らないと言われたのは久々でね。ということは、僕のことを調べたってことかい?」
「はい…それで…あの…」
どう切り出そうかと思っていると、彼が察したように言う。
「"悲しいイメージ"のことかい?」
「あ、はい…それも含めて色んなことを聞きたいって思ってしまって…すみません…プロの方にそんなことを頼むなんて失礼ですよね…」
それを聞いた彼は首を横に振った。
「失礼なんかじゃないさ。とても嬉しい事だよ」
「そうなんですか…?」
「少なくとも僕はね」と前置きをした上で、自らの解釈を語り始めた。
「写真って、はっきり言えば誰もが撮れるものだからプロもアマもないよ。プロだって威張ってる奴は私の周りにも沢山いるし、それが間違いだとは思わない。自分のやること成すことに誇りを持てるということは素晴らしいことだ。だけど、誰かを傷付けるようでは駄目だ。他人を批判してみたり罵ってみたりする奴は、いくら才能があろうとプロとは呼ばない」
カメラを三脚から外し、話を続けた。
「それぞれ狙う被写体は違っても、写真が好きな人はみんな仲間だ。困ってたり悩んだりしている仲間を放ってはおけない。立ち話は疲れるから、オフィスに案内するよ。あ、申し遅れたね。私は大石達也と言います」
そう言って、名刺を取り出した。
名刺には《グラフクラブ名誉会長/フォトグラファーサイト『o-ishi』取締役社長 大石達也》と書かれていた。
話を終えた彼は、ゆっくりと歩き始めた。




