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その暗殺令嬢は政略結婚の夫を殺したいほど愛しているので  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!


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1、新婦ダリアの片思い

作品に興味を持ってくださり、ありがとうございます。この小説はのんびり連載していく予定です。お気に入りや評価、感想があると作者の励みになります。もしお好みに合う方がいましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。

「わたくしの書物は絶対に見つからないように包んでちょうだい」

「かしこまりました、ダリアお嬢様」


 輿入れの荷の中に新婦の宝を隠して、キンツェル伯爵家の特別な春の朝は慌ただしく過ぎていく。

 

 キンツェル伯爵家は王の刃として血を請け負い、王国中の裏社会を支配する闇の家門だった。

 なぜ過去形かというと、数代前から温厚で気弱な当主が続いており、家門の権勢が地に落ちたからだ。

 没落した名門。

 そんなキンツェル伯爵家の令嬢ダリアは、新興貴族のもとへ嫁ぐことになった。

 

 新郎ヘルマンは傑物だ。

 商人の家に生まれ、たぐいまれな文武と金儲けの才能により爵位を買い、選ばれし者にしか抜けないと言われていた聖剣を抜いた。

 そして、隣国との戦争で活躍して英雄と呼ばれるに至った。

 『ヘルマン・ウェルザー成り上がり伝』『金髪の聖騎士』『商人騎士英雄譚』『その碧眼は千里を見通す』……彼を題材にした書物は国内外に広く流通しており、ダリアはその全てを蒐集していた。どれも面白い。そしてヘルマンが格好いい。


「彼を直接見るのは久しぶりだわ」

 

 ダリアはその漆黒の艶髪をほっそりとした優美な指先で掬い取り、踊り出しそうな声になった。ヘルマンが好きなのだ。片思いだが。

 

「彼は幼い頃、わたくしに『私を好きになってはいけませんよ』なんて言ったのよ。思い出すたびに殺意が湧くわ」

「お嬢様、おいたわしや。そんな。不遜な男に……」

「今度はわたくしが言ってあげるわ。わたくしはあなたを愛するつもりはありませんからね……」


 ダリアは理想の夫婦関係を想像した。


最初

ダリア←←←←←←ヘルマン

※矢印は恋愛感情

 

そのあと

ダリア→ ←←←←←←ヘルマン

※矢印は恋愛感情

 

「これよ」

「どれですか、お嬢様……?」

「ひとりごとよ。気にしないでちょうだい」

 

 貴族令嬢の間に流行している吟遊詩人の歌の定番は、高貴な淑女に騎士が片思いする内容だ。

 淑女はつれない態度。

 騎士はあの手この手で淑女の気を引こうとする。それが令嬢たちの自尊心をいたく刺激するのだ。


 結婚するからには、夫婦の仲は図1であるべし。


図1

妻←←←←←←夫(夫、必死!)

※矢印は恋愛感情

 

 わたくしは夫に冷たいの。

 夫に興味ありませんの。

 でも夫はわたくしが好き。

 大好き。

 彼ったら、必死にわたくしの気を引こうとするの。

 激しいアプローチの果てに、わたくしはようやく少しだけ彼を受け入れ……。


図2

妻→←←←←←←夫(夫、歓喜!)

※矢印は恋愛感情

 

 そんな図1から図2に育つ関係(最初は図1からスタートしたい)をどのように作るの?

 それは、駆け引きよ。


ダリア「わたくし、あなたを愛しません。白い結婚よ(本当は好きだけど)」

ヘルマン「それは困ります」

ダリア「まあ。なぜかしら!」

ヘルマン「それは私が……あなたを……愛しているから……」

 

「ダリアお嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ……絶好調よ……」

 

 政略結婚は王太子の命令だ。どちらの家も断ることはできなかったし、もし断ることができてもダリアは断らなかった。しゅきだから。

 

 春を迎えたばかりの麗らかなこの朝に、ダリアはキンツェル伯爵家領を離れて嫁に行く。

 

 花の香りを芳醇に含んだ風が駆け抜けて、木々の枝に芽生えた新緑を揺らす。

 ひらりと舞う花びらは爛漫な春の色を纏い、暖かな陽差しの中で小鳥たちの可憐なさえずりが爛漫な春を寿いでいた。ダリアは黒塗りの美しい棺桶に入り、忠実な侍女のメルフェに微笑んだ。

 

「蓋を閉めて出発してちょうだい。わたくしは到着まで中で睡眠を摂るわ」

「棺桶に入って嫁入りだなんて、まるで吸血鬼のようですよ。ダリアお嬢様はご趣味が悪くていらっしゃる」

「あら。これはね、『わたくしはあなたの腕の中で生まれ直します』という意味ですのよ。さあ、蓋を閉めてちょうだい」

 

 ただ冷たいだけだとひどい妻になっちゃうでしょ?

 さりげなく「もしや好意があるのでは」と匂わせるのよ。わかってもわからなくてもいいの。

 意味を読み解いてときめいてくれてもいいし……もし、「死んでる⁉︎」とびっくりしたり、悲しんだりしてくれたら、それはそれで楽しいわ。ふう……。

 

 数人がかりで蓋が閉められると、視界が真っ暗な闇に閉ざされる。

 まるで、伝承に語り継がれる吸血鬼になった気分。物語を好むダリアは、自分が空想上の生き物になった心地で胸の上で両手を組み、真紅の双眸(ひとみ)を閉じた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 これから夫になる男、ヘルマン・ウェルザー伯爵と初めて出会ったのは、六年前。

 ダリアが十二歳の時だった。


 運命の場所は、父が主催するサロンだ。

 ダリアはヘルマン・ウェルザーについて「すごい少年がいるぞ」という噂を何度も耳にしていたので、楽しみにしていた。


 ヘルマン少年は目立っていた。

 サロン中が彼に注目していたし、彼の周りにひとの輪ができていた。

  

 彼は、美しかった。

 さらさらの金髪に、氷のように涼やかな碧眼。

 年齢はダリアと一歳しか違わないはず。なのに、ずいぶんと大人びている。


 その姿を目にした瞬間から、得体のしれない熱が胸に満ちて、鼓動が速くなっていく。

 「運命」とか「一目惚れ」という言葉が頭をよぎりつつ、ダリアは慌てて背筋を伸ばした。


 ここは父のサロン。

 ダリアは主催貴族の令嬢だ。


 貴族令嬢は、家門の名誉を背負っている。令嬢のドレスや所作で、その過程がどれだけの資産力と教養があるかが知れるのだ。

 

 優雅に歩み寄り、堂々と名乗ろう。凛とした上流のお嬢様っぷりをアピールしなくては。


「キンツェル伯爵家のダリアですわ。ようこそお越しくださいました」


 ダリアはヘルマンに近づき、淑女の礼(カーテシー)を披露した。

 ドレスの裾を軽くつまみ、優雅に膝を折る。貴族令嬢は、この挨拶を幼い頃から厳しく躾けられる。

 もし少しでも姿勢が崩れれば、皆はくすくすと後ろ指をさし、「キンツェル家はやっぱり落ちぶれたのね、ご令嬢の教育に失敗しているわ」などと悪評を広めてしまう。

 どきどきしながらの礼は、うまくできた。自分でも綺麗だと思う、流れるような挨拶だった。

 

 ほっとする。けれど、それを顔には出さない。

 ナマの感情はあまり表に出さず、計算した表情と言葉で余所行きの自分という偶像を演じるのだ。

 

 少年も、貴族のサロンにいるからにはそうあるべきだ。自分の感情をありのまま出すのではなく、その場にふさわしい感情を表現する……つまり、主催貴族の娘が挨拶したのだから、敬意をもって挨拶を返すべき。お会いできて光栄です、とか、容姿を褒めるとか、そういう対応が無難。

 

 けれどこの時、少年はそうしなかった。


「私をお気に召しませんように、お嬢様」

「え?」

 

 少年はあろうことか、形式上の礼すらせず、それだけ言い捨ててサロンを出て行った。

 ありえないことだった。無礼にもほどがある。非常識だ。


 いいの?


 周囲を窺うと、議論が始まっていた。

 あんな態度は許されない。身のほどをわきまえるべきだ。そんな怒りと。

 才能がある少年だから許される。若獅子とは、かくあるべし。そんな擁護と。

 ダリアに対しては、同情が八割、嘲笑が二割。そんな空気だ。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「無礼ですわね」


 親交のある令嬢が心配そうに声をかけてくれて、頷きを返す刹那、彼女たちが嬉しそうに口元を歪めているのに気づく。

 嫌ですわね、あれだから平民は、と少年を批難する口ぶりと、眉間に寄せた眉。その下で目元と口元は愉悦にひくついていて、醜かった。

  

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