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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
9. 「グレダ」の転機
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2

「ロゼ!」


 ノルクト族の集落に戻ったロゼは、三兄弟に驚きをもって迎えられた。

 背後にはマンドリーグの騎士達がいて、気を失ったイレマの頭領を馬に乗せていた。


「ロゼ、お前」

 ウタラは何かを言いたそうにしたが、言葉にならなかったようだ。

 騎士達がロゼに確認の声を掛けた。


「こちらの男はアストワ国に引き渡します。よろしいですね」

「ああ」


 騎士達がその場を去ると、一緒に付いてきていたバナウがロゼに近づいた。

  

「終わったな」

 バナウが呟いた。

 すると、そうだなと背後からウタラが静かに返した。

「終わったんだ。全て」


 ウタラが汚れた顔でロゼに微笑みかける。


「ロゼ。無事でよかった」

 そしてバナウにも笑顔を向けた。

「バナウもよくやってくれたな」


 そう言われてバナウは応えるように少し笑いかけたが、それはすぐに消えた。

 彼はウタラ達ノルクトの者とは距離を保ったまま、近寄る事が出来なかった。


 ノルクトに対してバナウには負い目がある。

 レンシアを一番危険に晒したのはバナウの行為だったからだ。


 それにニルケ族と戦ったノルクト族にとって、ニルケの人間は敵だと言われても仕方がない。


 暗く沈んだまま何も言わないバナウにウタラが近づくと、突然その頭を強くはたいた。


「いっ……!」

「話はロゼから聞いている。仲間を裏切ってまでレンシアを助けてくれたんだってな。ニルケの者とはいえ別に恨んじゃいない。お前にも何か事情があったんだろう」


「事情……」

 そう言われて、バナウが顔を歪める。泣くのを堪えているような、そんな表情だった。


 アストワの騎馬団が戦地となった荒野をゆっくりとノルクト族の集落に向かって歩を進めていた。彼らは戦うことなく西方部族の群勢を撤退させることとなったのだった。


 軍団の中から三頭の馬が離れてこちらへ向かって来た。

 そこにはアストワの騎士であるリバルドが、傍らにレンシアを伴っていた。

 そして、残りの一頭にはガナが跨っていた。


「バナウ」

 レンシアとガナが馬を降りてバナウに近づく。

 

「また会えて良かった。ありがとう、バナウ」

 そう少女は小さく笑みを浮かべた。


 見上げる金の髪の少女に、同じく馬を降りたバナウは小さく名を呼び返したが、それ以上何も言わなかった。


「良かったな、バナウ」

 今度は、ガナがその名を呼ぶ。

 二人を交互に見てただ一言だけ、バナウが小声で言った。


「……みんな、ごめん」

 何に対してかは口にはせず、ただもう一度ごめんと俯いた。

 謝ったまま、それ以上の言葉を発せずにいた。


 そんなバナウにガナが肩を叩いて頭を上げさせた。

 ガナは長期間の監禁生活でやつれた様子ではあったが、それ以上にバナウの方が顔にはっきりと影を落としていた。


「バナウ。話したいことはたくさんあるんだけどさ。とりあえずバナウの母さんのことなんだけど」


 それを聞いてバナウがはっと顔を上げた。そして何かを堪えるような表情のまま声を絞り出した。


「俺のせいだ。俺が母さんを見殺しにしたんだ。母さんを一人で残して出てった俺が馬鹿だったんだ。マンドリーグに連れて行けばよかった。俺が母さんをーー」

 話の途中でガナが急に遮った。


 何でと見詰めるバナウに、苦笑しながらガナが首を振った。

「早とちりするなよ。あれ」

 ガナにあっちと指をさされてその方向を見る。


 最初意味が分からず目を瞬いたバナウだが、それが驚きに変わって小さく口を開いた。


「……なんで」


 アストワの兵士に連れられて、そこには彼の母が立っていたのだ。

「ロゼが助け出して来たんだよ。僕の母さんと一緒にイレマの監禁所に捕まっていたんだ。頼んだのは僕だけど」


「……母さん」

 バナウが声を詰まらせた。


 周囲の反対を押し切ってマンドリーグに行った事で、一人集落に残っていたバナウの母は居場所を追われる事になってしまった。

 その果てに、バナウを意のままに動かすために彼女はイレマに連れ去られて幽閉されてしまったのだ。


 肉親を盾に取られて、バナウは選べなかった。

 母を切り捨てる事も出来ず。

 レンシアを見捨てる事も出来ず。 

 助けも求められず、たった一人で追い詰められていたのだった。


「バナウはもうニルケに戻らなくてもいいんだよ。今度こそ母さんと二人で行きたいところに行けばいい」

 そうガナに言われて、思わずバナウはロゼに振り返るが、彼は興味なさそうに眺めているだけだった。


 ニルケを裏切った時点でもう殺されたと、バナウはずっとそう思っていたのだ。


「バナウ、ごめんね」

 そう謝った母親が伸ばした、やせ細った手を掴み返して。


「なんで母さんが謝るんだよ……ごめん、母さん」

 堰を切ったように、バナウが嗚咽を漏らした。

 そして、ようやくバナウは本当の笑顔を見せる事が出来たのだった。


「おい、バナウ」

 再会を喜ぶ二人に、不意にロゼが呼びかけた。


「え?」

 急に呼ばれてバナウがきょとんとして振り返る。


「そういえば、お前に聞きたい事があったんだ」

 そう話すロゼの口調はこの場の空気に全くそぐわなかったが、本人はお構いなく続けた。


「ニルケの連中が、俺を見て話が違うと言っていたが。本来は誰に声を掛けるつもりだった」


 最初何を聞かれているのか分からなかったバナウが、ああと閃いた。

 どうやらロゼをマイカイに誘い出した時の話をしているらしいと。


「俺の師事してる高位の魔術士にお願いするつもりだったんだよ。でも俺の恩人だし、あの人はお人好しだから本当に殺されちゃうんじゃないかと思ってやめたんだ」


 なるほどとロゼが頷く。

 確かに高位の魔術士が殺されればどんな事情があれ相当な問題になっただろう。

 間違いなく殺害した部族はマンドリーグに糾弾されただろうし、それこそマンドリーグにアストワへと攻め込む理由を与える危険性もあった。

 だが。


「それで、何で俺になったんだ」


「だって少しは名前が知れてる人を寄越せって言われてたからさ。ロゼは悪名が知れ渡ってたし、簡単には死ななそうだったから」


「……お前」


 ロゼが手を握り込んだ。

 それでバナウが言ってはいけない事を言ってしまったのだと気付く。


「ちょっと待ってよ。今俺さ、感動の再会をしてたところなんだけど」


「そんな事知るか」


 怒りを込めてロゼが手を伸ばす。

 掴まれたら得意技の骨砕きを食らわされると思い、バナウが慌てて飛び退いた。


「良い意味で言ってるんだってば」

「お前のやる事は悪意しか感じない」

「ちょっと待てって! これ以上魔術を使ったら心臓が止まるからな!」

「その前にお前の心臓を止めてやる」


 逃げ出したバナウを足を引き摺りながらロゼが追いかけた。

 確かに魔力は尽きかけていたが、バナウを叩きのめせると思うと不思議と力が湧いて出てきた。


 こいつを仕留めたら全てに片がつく。


 そんなロゼの思惑も、強引に邪魔してきた者がいて失敗に終わった。


「お前は本当にしぶとい奴だな。傷は平気なのか」

 近衛騎士のテウがいきなり遠慮も無く布が巻かれた左腕を掴んだので、思わずロゼが顔を顰めた。


「いたたた! やめろ! 離せ!」


「お前さんでも痛みを感じるのか。痛覚も常識もぶっ飛んでると思っていたぞ」

 テウが笑う。

 身丈の大きな騎士が突如割り込んで来たので、集落の者達が驚いてそれを見上げた。


 強引にテウの手を振り解いて、ロゼが睨みつけた。


「何であんたがここにいるんだ」

 マンドリーグの騎士団が。 

 そうロゼが聞いた。


「何で? お前さんが救援要請をしてきたからじゃないか」

「俺はそんなものはしていない」

「そうか? レクサール殿から聞いたんだがな。ロゼが助けを必要としていると」

「言ってない」


 テウが声を出して笑った。

 騎士のおちょくる様な態度に、ロゼが腹の底に怒りを溜めた。


「俺はレクサールにレンシアを国境まで迎えに来させろと伝えただけだ」

「じゃあ、そういう事なんだろうな。詳しくは聞いてないから分からんが」


 何故かテウはにやにやしている。

 ろくな話が出なそうなので、理由を聞く気にはなれなかった。

 代わりにロゼは腹の底に溜め込んでいた別の疑問を口にした。


「随分早かったな」

「何の話だ」

「騎士団がここに来るまでの話だ」


 戦地にマンドリーグの騎士団が出てくるのが早かったが、あれは早すぎだ。

 ガナと別れたのは明け方である。

 どう考えても無理がある話だった。


「西の地域の奴らが攻めてくるのを分かっていて準備していたな」

「俺は詳しくは分からんが、帰ったら旦那に聞いてみるといい」

 テウが旦那と呼ぶのは近衛騎士団長のディグナしかいなかった。


「あいつは来ていないのか」

「来てないな。アストワの城にいる。近衛でここに来たのは俺だけだ。戦いにはならないと踏んでいたからな」


「俺を利用したのか」

 そう低い声でロゼが問うので、テウは苦笑した。


「何でそう思う」

「こうなる事を全部分かっていたんだろう。あんた達は」


 指摘されて、テウは誤魔化すように肩をすくめてみせた。


「まあ、確かに戦になりそうな事は前から聞き知っていた。アストワは国内の情勢に詳しかったからな。西の動きもある程度は事前に把握していたようだ。俺達は数日前から国境の砦で待っていたのさ。アストワの要請があれば動くように言われてな」


「アストワのために?」

 ロゼが怪訝そうな顔をした。

 マンドリーグがアストワの騎士の協力要請に対し、国境を越える事は出来ないと断っている所をこの騎士も目の当たりにしたはずだった。


「有事の際にアストワがマンドリーグに戦力を提供するなら、うちからも兵を貸すという条約を交わしたそうだ」


 ロゼがテウの顔を見た。

 それは同盟に近い。というか、事実上の同盟だ。


 よくアストワが受け入れたものだとロゼは心の中で思っていたが、それを読んだかのようにテウが続けた。

 

「西の部族が攻めてこなければアストワはそんな条約に調印しなかっただろうな。旦那もかなりアストワを追い込んだはずだ。結局俺達が砦を出たのは、西方の連中との衝突に間に合うかというぎりぎりの時間だった」


 そのためにディグナはアストワ城に出向いたということだ。


 アストワ国の騎馬隊は出せても五千が限界だったのだという。

 それに荒野の集落の男達は戦闘となると強い。

 もしもアストワが先に東側の部族と合併を果たしていたらまだ状況は違ったのだろうが、今回はアストワにとってかなり切羽詰まった状況だったと言えよう。


 そこにつけ込んでディグナが揺さぶりを掛けたであろう事は想像に難くなかった。


 それでもアストワは限界まで調印をためらったに違いない。国の成り立ちを考えれば余計に。


「レンシアの努力は無駄だったわけだ」

「無駄じゃないだろう。姫君がいなければアストワはここまで出て来なかったはずだ。ノルクト族との確執も長いと言っていたからな」

「どうだか」


 離れて聞いていたレンシアがアストワの騎士を見たが、騎士は気まずそうに顔を逸らせていた。


 ロゼがテウを見上げて鼻で笑った。

「結局アストワは陰謀に振り回されただけと言うわけか」

「西側の部族のな」

「違う。マンドリーグだ」


 マンドリーグは今回の件を利用してまんまとアストワを駒の一つに加えた事になる。

 関係なさそうな顔をして、横から一番美味しいところだけを掻っ攫っていったようだ。


 自国の狡猾な連中の顔を思い出して、ロゼは不快そうな顔をした。


 手の平の上で一番踊らされていたのは、実は自分じゃないのだろうか。

 ロゼは剣呑な目付きで考えた。

 

 最初からおかしいと思っていたのだ。

 中位の魔術士が単独で国境を越える任務を与えられる事は無い。

 

 徐々に腹が立つのを通り越して馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「もういい。後は勝手にやっていろ」

 ロゼが言い置いて背を向けた。

 魔力が空っぽで頭がすっきりしない。

 これ以上考えるのももう面倒だった。


「ロゼ。明日の昼に馬車を出す。遅れるなよ」

 

 そう声を掛けてきたテウにも、目を向けるノルクトの者達にも見向きもせず、ロゼはその場を去った。


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