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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
5. レンシアのお守り
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 ノルクトの集落から随分と近いところで降ろされていたようで、徒歩でも着くまでにそれほど時間が掛からなかった。


 男たちに引っ立てられて向かったのはノルクト族の族長の住処だった。

 すぐに集落中は騒然となって男達が詰めかけてきた。


 入ってすぐの部屋の中では族長らしき男とその両脇には風格がある人物が二人、正面に座ってロゼを迎えた。


 石造りの建物の室内はニルケの者達が牢獄として使っていた部屋とほとんど変わりはない。

 素の地面には原色で花を縫い取った大きな絨毯が敷かれ、部屋の両脇の簡素な棚にある燭台に火が灯されて、薄暗く男達を照らしていた。


 族長だけでなく、その場にロゼを連れてきた男達ですらも、改めて明かりに浮かび上がったロゼの異様さに言葉を失った。


 森では暗くて誰も意に留めなかったが、随分傷ついた様子だった。髪の一部は血で固まり、衣服に隠れていない箇所には痣と血痕がついていた。さらに片腕には厚い手錠がはまっていて、その様相から何があったのかを予測出来る者など一人もいなかった。


「あんたがレンシアの父親か」

 自分を舐めまわすように見る視線の中、先にロゼが聞いた。


 ノルクトの族長がレンシアの父親ならば、目の前のこの男がそうなのだろう。頭の切れそうな五十くらいの男と言ったところだろうか。戦が起これば十分現役で戦えそうに見える。


 族長の脇にいた男が、それ以上の問いを遮った。

「お前に問う権利は無い。我々の質問にだけ答えよ」

 その声には警戒心がむき出しだった。それに同調したような空気を、ロゼは背後に集った男達からも感じていた。


「お前はマンドリーグの魔術士か」

 族長に問われて、ロゼは答えなかった。


「隠しても無駄だ。お前はレンシアを知っているのだろう。レンシアがアストワを出ていたところを狙って攫ったそうだな」

 その問いが出た途端、場に緊張が走った。


「レンシアを手に掛けたのは国からの命令があっての事か? マンドリーグに我々とアストワの関係に横槍を入れよと、そう命じられてやって来たのか?」


「違う」


 きっぱりと否定したロゼに、声を荒立てたのは背後の男達だった。


「違う訳がなかろう。そうだという証言を得ている」

「レンシアの髪が散らばっていた。こいつが体中にくっつけて来たんだ。これは、レンシアの髪だ。間違いない」

「これでどうやって言い逃れするつもりだ!」


 そう言って血の染みついた髪の束を室内に投げ入れた者がいて、いっそう部屋の中に怒気が満ちた。


「待ちなさい。静かに」

 族長の言葉と、両脇の男達の制止に一旦は声が静まった。


「お前がマンドリーグの魔術士ではないと否定しても信じられる者はここにはおらん。お前の行いを許せる者もな。ただ多少の疑問が残る。その傷は誰にやられたのだ?」


「ニルケ族だ」

「ニルケだと? お前がなぜニルケと関わることになった」


「ニルケ族の連中がレンシアを殺そうと目論んだ。それを阻止しようとしてこうなった」

 その言葉を聞いた瞬間、場が怒りに沸いた。


「お前、よくもそのようなでたらめな事を。我々とニルケの繋がりを知らんのか!」

「待ちなさい。まだ質問は終わってはおらん」

 一度騒ぎ出すと、落ち着くのに時間を要した。

 静かになるのを待って族長は再び問いかけた。


「ニルケと我々の断絶を狙っておるのか? お前はマンドリーグの魔術士ではないのか。そのなりからしてどこかの国の一兵卒であることは間違いなかろう。どこの誰に命じられてここへ来た」


 これにはロゼは答えなかった。相手は疑惑を確信に変えたいのだ。そのために肯定を待っているに過ぎない。

 そして、それにしか関心を持っていないのだ。


 代わりに今言える事だけを口にした。

「ニルケはあんた達を敵だと思っている。だからあんた達を貶めようとしている。あんたの娘を殺そうと企んだのはニルケだ」

「お前、まだ言うか!」


 またしても騒ぎが起こりそうな雰囲気に、族長が先に手を上げて制した。

 そうしてロゼを見た族長の目もまた凍るような怒りを宿していた。


「こうして穏やかに問われているうちに、全て吐き出した方が良かったと後悔する事になるぞ。……レンシアをどうした。……殺したか。こんな惨い事をするとは」


 族長が地面に落ちたレンシアの髪を手に取った。

 落ちていたものを集めて束ねたらしいそれは、ロゼの血で変色していた。


「レンシアは逃がした。だから殺されてはいない。もう一度言う。そいつはニルケの連中に捕まっていたが逃げた」

 ロゼの言い分は変わらない。


 男達がいくら脅しをかけた所で、ロゼが動揺したり態度を変える事は無かった。そのせいか、族長にすら目の前の男が何を思ってそう答えるのかが理解できなかった。


 埒の明かなさに族長の抑えた怒りが声の震えとなって表れた。

「お前の言葉の何を信じろと言うのだ? レンシアが攫われたという話を持ってきたのはアストワだ。探してみれば情報通りにお前がいて、一体何が違うというのだ」


「なら、その情報は嘘だ。あんた達はすでに他部族に見放されているということだ」


 その一言で、男達から地面を響かすような怒声が上がった。


「もういい、殺せ! これ以上話をさせるな!」

「この……口を引き裂いてやる」

「ばらばらにして崖上に晒してやる」


「待て!」

 族長の制止の声も聞かず、男達とロゼが揉みあって倒れた。

 誰かが棒を持って振り下ろした腕を、かろうじてロゼが掴み止める。そこを別の男が無理やりロゼを引き摺った。


「やめよ!」

 再度族長が叫ぶが、男達の怒りは既に収められるだけの限界を超えていた。


 四方から伸ばされる手に対抗出来るだけの力がロゼには残っていない。

 防ごうと伸ばした腕を掴まれ、それを解こうとした手も別の誰かが掴んだ。襟首を引っ張られて殴られ、髪を引かれ、殴打されるのを逃れようとするとさらに別の手に抑え込まれる。


 罵声と拳とが入り乱れる中、体を地面に叩きつけるように押し倒されて誰かの膝が背中に重量をかけた。

 ロゼの口から苦悶の声が漏れた。


「やめよ!」

 制止する族長の声は怒声に紛れて聞こえない。


 すでにロゼは動ける状態では無かった。抵抗の力を完全に失くした体をなおも引き上げる手があって、殴る手が緩まない。


 場を支配する狂気の中、族長の声が今度ははっきりと響き渡った。


「やめよというのが分からんのか!」


 男達が突然手を止めた。

 我に返ったように族長を見て静止する。


 急に声が止んだ中、襟首を掴まれ吊るされた状態で、ロゼが俯いていた。

 胸元ははだけて、顎を伝った血がぱた、ぱたと落ちる。その音が皆の耳に届いた。


 掴んでいた男が手を離すと、体も地面に落ちた。

 その時、服から何かが転がり出た。


 小さな塊が部屋の明かりを受けて表面を光らせる。

 族長がその見覚えのある物を目に留めて指を指した。


「それは何だ。落ちたものを見せなさい」


 言われた意味が分からず、男達が戸惑った。

 小片に気付いていた者は他に誰もいなかった。


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