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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
5. レンシアのお守り
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 魔力は体の中では形を持って存在しているのだという。

 

 血液と同じように産生され、循環する器官を持ち、体内を巡っているのだと。


 魔力を持つ者というのはそういった器官を備えている者で、その器官自体が生命の維持にも関与しているのだという。

 体内の魔力は血液では無いが血液にも等しい。故に一度に大量の魔力を失えば、命を失う事にも繋がる。それは一般的には魔力喪失とか、魔術果てと呼ばれている。

 魔術士が許容限界以上の魔力を使った時に起こす貧血のようなものだ。


 知識としては聞いていたが、それを自分と結びつける事はしなかった。魔力の限界を感じた事は無いし、限界がある事自体を念頭に置いていなかった。


 だから人からは無茶だと言われるような事でも平然とやってこられたのだ。多少は負傷しても魔力が強ければ治りも早い。それを知っていたから、尚更。





「起きろ」


 男の声がして、顔を叩かれる感触がした。それでロゼが薄目を開けると部屋の中には複数の覆面の男がいた。


「随分なことをやってくれたな。おかげでレンシアは逃がしちまった」


 首領の男が激昂して机を強く叩きつけた。

 顔を顰めたロゼの周りを男たちが取り囲んだ。


 焦げて煤に汚れ、土と泥がついている者達もいた。事態が収拾してからそんなに経っていないのだろう。


 地面に転がされたロゼの上半身には元通りに縄が厳重に巻かれていた。手首に手錠がついているのかは分からない。感覚が飛んでいるように何も感じなかった。


「折角命がけで姫君を逃がしたところで申し訳ないがな。俺達だけでなく仲間の他部族も探しに出ている。国境を越える事もノルクトの集落に出る事も出来んだろう。レンシアだけは絶対に生かしておくつもりはないからな」


 上半身を引きずり起こされたロゼは、床に溜まった自分の血溜まりに気付いた。


 どこを負傷しているのかは自分では分からなかった。感覚が飛んでいるのはどうやら手首だけでは無いらしい。ただ、時折思い出したように体に重い痛みが走るのだけは感じていた。


「バナウの奴が連れて逃げたらしいな。どこに向かったか、お前は知ってるんだろう」


「……知るか」

 ロゼの掠れ声を聞いて、首領が怒りに任せてその頭を棍棒で殴り倒した。


「待て、それ以上はやめろ。死ぬぞ」

「馬鹿はバナウの小僧だ。族長に忠義を見せるか死を選べと言われて忠義を選んだのはあれだ。それなのに結局裏切りやがって。情けを掛けたのが分からんのか。大体、話が違うだろう。こんな厄介な奴を連れて来るなんて馬鹿にしてやがる」


 男がロゼの首元を掴み上げると、殺意の滾る目で見下ろした。


「お前をこの手で殺してやりたいところだがな。それはしない。俺達はマンドリーグに目を付けられるようなリスクを背負う気は無いからな。何よりノルクトの奴らがお前を殺して反マンドリーグの感情が動き出さないと意味が無い」


 もっとも、と男が手に持っていたレンシアの髪をロゼの落とした血だまりに投げ込む。髪に血が染み込むのを見ながら目が下卑た笑みに歪んだ。


「奴らの前にレンシアの屍を晒して、自分たちのしでかした事を思い知らせてやりたかったが……残念だ。レンシアの髪を犬に持って行かせた。今頃ノルクトの奴らは大騒ぎになってるだろう。話を聞いて貰えればいいがな。せいぜい這いつくばって命乞いでもしてみればいい」


 見上げたロゼがふと笑みを浮かべた。


「趣味の悪い奴らだ。いちいち見せつけようとするから自分の首を絞める事になる。……そう上手くいけばいいけどな」


 その顔を首領が力任せに殴りつけた。

 連れて行け、と声をかけるとロゼは無理やり周りの男達に引き起こされた。


 押されるまま一歩踏み出したロゼは、足に激痛を覚えて前のめりに膝を折った。その時になって初めて右足が利かないことに気付く。


 血溜まりの原因はこれだ。どうやら逃げられないように足首を潰されたらしい。

 外へ連れ出されると空は夕暮れの最中、引きずられて向かった厩には幌のない農耕用の馬車が用意されていて、それに乗り込むとどこかへと移動を開始した。





 決して速いとは言えない馬車を何時間か走らせて。

 日が沈んで闇に落ちた森の中で、御者台の男がようやく馬の足を止めた。


「ここでいい。これ以上行くと見つかる。降ろせ」


 男の一人がロゼを荷台から突き落とすと、地面に倒れ込んだ身体に巻かれた縄を切った。

 そして残っていた金の髪をロゼに投げつけた。


「犬笛を鳴らせ」


 続いて男が懐から取り出した笛を口にくわえた。

 音はロゼの耳には聞こえなかったが、途端に付近の森の中から獣の遠吠えが一斉に響きだした。


「すぐにノルクト族の奴らがやってくる。せいぜい楽しむんだな」

「行くぞ」

 吐き捨てて、馬車が急いで遠ざかる。

 宵闇の森の中でロゼがただ一人残された。


 ここはノルクト族の集落の近くという事だろう。

 あの犬笛とやらで森の獣を騒がせれば異変を感じたノルクトの者がやって来る。その用意周到さに、なるほどとロゼが男達の去っていった方向を見た。

 色々とよく小細工を思いつくものだ。


 縄が外されて自由になった手を見ると、壊れた手錠が片腕にはまったままだった。


 時間と魔力を掛ければもう片方も外せるだろうが、悠長に掛けられるならばの話である。


 そもそも魔力の大半が失われている。

 魔力を回復させるのは、体力を回復させるのと同じ事だ。きちんと食事を摂って、睡眠を取ってやっとそれが成せる。


 水がぎりぎり摂れていただけで、ここ数日ろくなものを食べていない。落ち着いて眠る時間もなかった。そんな中で魔力を使い過ぎたのには違いない。


 だが当初の目的は果たしたのだ。

 レンシアは逃がすことが出来た。バナウがいくら自分がヘタレだと言い張っても王国の魔術士だ、簡単に捕まる事も無いだろう。


 逃げることもせず、ただロゼはそこに立ちつくしていた。

 どの道この足で遠くへは行けそうにない。


 耳に馬の足音が聞こえると、ごく近くなって、人の声がした。


「人がいるぞ」

「おい、こいつ、まさか」

「お前は誰だ」

 馬の脇に吊るされたカンテラがロゼの顔を照らし出す。同様に照らされた男達が馬上から槍を突き出した。


「森を騒がせたのはお前か」

「お前はここで何をしていた」

「話にあったマンドリーグの魔術士じゃないのか」

 遅れて次々と馬がその場に到着した。男達は皆、白い装束で頭から身を包んで緻密な柄の入った帯を締めて、同じような恰好をしていた。


「ここら辺か、騒いでいたのは」

「マンドリーグの魔術士がいるぞ!」

 馬がロゼを取り囲み、四方から槍が突き出された。

「マンドリーグの魔術士? お前、本当にマンドリーグの者か?」

 一人が問うが、ロゼは返答を返さなかった。


「おい、この髪」

 男の一人が、地面に散らばっていた金の光を見つけて声を上げた。

「お前、この髪はレンシアの……!」

「野犬が咥えていたやつだ」

「髪に血がついている」

 それを聞いて男達が一斉に色めきだった。見ると、ロゼの体にも金糸のような髪がついていた。


「お前……マンドリーグの者がレンシアを攫って手に掛けたと聞いてちょうど探していた所だ。我々の集落にわざわざ出向くとはどういうつもりだ」

「レンシアを知っているだろう。その金の髪の持ち主はどこだ」


「レンシアは逃げた」


 ロゼはただ一言そう答えた。


「逃げた? こいつは何を言っているんだ。この状況でよくもそんな適当なことが言えたものだな」

 誰かが殺せ、と叫んだ。それと同時に待て、という声も上がった。


「この黒装束。マンドリーグの魔術士の物とは違うようだが」

「見たことが無いが……アストワの国の者でも無さそうだ。だが異国民には違いない」


「暗くてはっきりと分からんな」

「マンドリーグの者に決まってるだろう。何を今更」

「もし違えば何が起こるか分からん。身元が割れてからでも遅くはあるまい」


「一旦連れて帰ろう。縄を」

 探して振り返った男に、ロゼがそれを拒んだ。


「逃げる気は無い。連れていく気ならこのまま連れていけ」


 それを聞いた男の一人が鼻で嗤った。

「……肝が据わってるな。まあいい、取り敢えず集落まで来てもらおうか。少しでも逃げようとする素振りを見せたら槍が貫くと思え」


 男達はロゼを伴って真っ暗な道を集落へと戻った。


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