君と一緒に
助けを呼ぶ声にすらならない悲鳴を叫び続け、ボクの喉に限界が来たとき、やっとルドヴィンは止まった。
「ほい、到着だ」
そう言って、ボクをそっと下ろしてくれた。地面の感触を確かめるように足踏みをすると、少し冷静になれた。周囲をきょろきょろ見回すと、ボクは疑問を口にした。
「ここは、中庭? 何でこんな場所に来たの?」
「何でって、暴れにきたんだろ? 家の中じゃあアンドレに文句言われること間違いなしだぜ?」
ああ、そうだった。主にラフィネのせいでそういうことになってしまっていたんだった。くそ、ボクは今見た目が最高潮に悪いのに、どうしてこんな展開になってしまったんだ。
……でも、状況だけを考えれば、これは最大のチャンスだ。状態は悪いけど、他にたくさんの人がいるパーティー会場では、二人きりになるチャンスなんてない。だから、この機会を逃し、室内に戻ってしまったら、話をすることはできないかもしれない。
あーでもせめて鏡で確認できたらなあ! 鏡をこんなにも熱烈に求めたことは初めてだ。なんとかして自分の姿を確認できないものか……。
「おい、ルミア」
「ん、なに、うっわぁ!」
顔をあげたらすぐそこにルドヴィンの顔があり、思わず声をあげて後退りをした。ボクの反応を笑うことも怒ることもなく、ルドヴィンは一つ咳払いをした。そして、何故か気まずそうに顔を背ける。
「いいか。今から言うことは一回しか言わねぇからな。耳をかっぽじってよく聞けよ」
「う、うん」
本来であれば、そんなに大事そうなことなら何で変な方向見ながら言うんだ、と言うところだけど、そんなことを言える雰囲気ではなかったため、口に出さなさなかった。
ボクが頷いたのを横目で確認してから、ルドヴィンは深刻そうな声色で言った。
「その、悪かったな、お前の……ファーストキスを奪っちまって」
「……へ?」
一瞬何を言われたかわからなかった。数秒かかってやっと、謝られた内容を理解したときには、ルドヴィンはムッとしたような表情をしていた。
「まさか、忘れてるわけじゃあねぇだろうな。オレがそのまま覚えてるんだ。お前だけあいつに記憶を消されてるとかはないと思うが?」
「えっ、あ、うん、お、覚えてるよ? 覚えてるけど……」
あれはあんまり思い出さないようにしてたのに。だって、あの時のことを思い出すと、徐々に頬が熱くなってくるんだ。それと一緒に心臓もドクドクと速くなって、頭がクラクラしてくる。まるで風邪を引いたみたいだ。でも咳が出るわけじゃないし、身体がだるいわけでもない。風邪みたいなのに、病気ではない。その理由を、ボクはわかっている。
ボクはこれの答えをもう知っている。そのために、ルドヴィンと二人きりになりたかったんだ。この感情を伝えたくて、ボクはこの格好をしたんだ。
「ねえ、ルドヴィン」
「何だ。やっぱりお前も、アンドレの前で懺悔してこなきゃならねぇと思うか。オレもそう考えてたぜ」
「いやそれはいいよ! そうじゃなくて……」
いざ言おうと思うと、言葉が喉で引っ掛かって、思うように出てこない。いつもよりもずっと、心臓の音がうるさくて、まるで意志を持っているかのように主張してくる。はっきりと、緊張してるのがわかってしまう。こんなに緊張するのは初めてかもしれない。それに何より、言葉にして伝えてしまうのが、こんなにも怖い。ボクたちの関係もみんなからの見られ方も変わってしまう。今が心地よかったボクにとっては、それが一番怖かった。
でも、それはもうラフィネも、ルドヴィンも通った道だ。いや、二人と一緒にしては悪い。だってボクは、彼らよりも簡単に歩けてしまう、舗装された道を示されている。ルドヴィンが整備した道に踏み出そうとしているだけだ。風が吹き荒れ、波が襲うような険しい道ではないのだ。それなのに、ここで臆することは許されない。ラフィネにも、たくさん後押しされたんだ。このまま引くことはできない。
そうやって、弱気になる心を奮い立たせ、ルドヴィンを見た。いつの間にか、こちらに顔を向けていた彼は、いつになく真剣な眼差しにボクを見ていた。ボクが言おうとしていることをある程度察していたりするのだろうか。それか、察してはいないけど、ボクの雰囲気からそうしているのだろうか。どちらにせよ、その眼差しはより一層、ボクの緊張をさせた。けれど、それと同時に、ボクに小さな勇気をくれた。
……うん、言える、気がする。
「あのさ、ボク、嫌じゃなかったよ。もちろん、無理やりはよくないし、奪われたと言っても間違いはないけど……けどさ、嫌ではなかったんだ」
そこまで言うと、緊張も何もがどこかに飛んでいって、すらすらと言葉が、自然と出てきた。
「君はボクに助けられた、って言ってたけど、ボクはむしろ、君に助けられてばっかりだよ。この前のこともそうだけど、数年前、階段から落ちちゃった時だってそうだ」
数年前のあの時、目を覚ましたときは忘れてたし、彼女のこともベルのこともあったから余裕もなかったけれど、今はちゃんと思い出している。階段から落ちたとき、恐怖で埋め尽くされたボクの目に、最後に映ったのはルドヴィンだ。そして、ボクが怪我の一つもせずに無事だったのも、彼なのだと確信している。
「あの時はお礼を言えなくてごめんね。だけど、ずっと感謝してた。すごく嬉しかったんだ。あの思いをせずに済んだことも、助けてもらったこともね。そんな君が、また助けに来てくれたことも、本当は嬉しかった。それで、やっと気付いたことがあるんだ」
ボクは深呼吸をしてから、はっきりと想いを伝えた。
「ボクも、君のことが好きだよ。ルドヴィン」
心臓は相変わらず大きく鳴り続けていたし、顔の熱も引いてはいない。だけど、もう怖くはなかった。むしろ肩の荷が下りたような心地さえした。きっとこれは一度、彼の気持ちを聞いているからで、実際に、何もわかっていない、手探りの状態ではまた違うのだと思う。ラフィネの心情もルドヴィンの心情も、ボクにはやはり感じることは出来ないのだと、少しだけ切なくなった。
ルドヴィンは声すら出さず驚いているみたいだった。想像なんてしていなかったという表情が、ボクにはちょっと面白く見えて、思わず笑みが顔に浮かんだ。
「ボクは君と一緒に生きるよ。だから宣言通り、ボクに見たことのない景色を見せて。この先もずっと、君のいる世界で生き続けさせてほしい」
……さすがにこれは、台詞として恥ずかしいな。物語の中なら言ってても気にならないかもしれないけど、現実でこれを口にするのは中々難易度が高いように思える。少なくとも普段のボクじゃ口が裂けても言えない。でも、こんなことを言いたくなってしまうくらいに、ボクは雰囲気にのまれてしまっているみたいだ。
長くも短い沈黙の後、ルドヴィンの顔は急に赤くなった。ボンッと言う効果音が付きそうなほどに、耳まで真っ赤にしている。ボクもつられて、さらに赤くなるが、こんな表情は珍しい、と冷静に思う自分もいた。ルドヴィンは動揺したのが隠れていない声で、ボクに聞いてきた。
「本当だな? 本気で言ってるんだよな? これで会場に戻ったらドッキリでしたー、なんて落ちはないよな?」
「そんな酷いことしないし、できないよ。だってボクは、嘘が顔に出るんでしょ? どうかな、ルドヴィンは嘘だと思う?」
「いーや、全然思わねぇよ。そうか、そうか……本当か」
ルドヴィンは噛み締めるように言いながら、徐々に笑みを形作っていった。そして、本当に本当に、心底嬉しそうな表情で、またボクを抱き上げた。
「わっ!?」
「王になることが約束されて、好きな奴とも想いが通じあって、こんなに嬉しいことはねぇ。行くぞ、ルミア!」
「どこに!?」
「決まってんだろ、会場だ! 今日は夜通し祝わせるぞ、オレとお前を! そのためにはまず言いふらしに行かなきゃならないだろ!」
こんなにもすぐにみんなに言うの!? 速すぎじゃないか!? まだ心の準備が……あっ、そうだ!
「待って! まず鏡を見て身だしなみを整えさせて!」
「は? 何でだよ」
「何でって……ルドヴィン、ボクを見た時すごく驚いてたし、変なところがあったんでしょ?」
「はあ!? 変だからじゃねぇって言っただろ!」
何! あの言葉は本当に言ってたことなのか。そっか、オブラートに包まれたわけではなかったんだ。うん? なら素直じゃないってどういう意味なんだろう。さっぱり見当がつかない。
そう思っていると、ルドヴィンが頭をかいてから、少し照れたように言う。
「驚いてたのは! ……お前が、息をのむくらいかわいかったからだ」
次に照れるのはボクの番だった。変なところがなかったという安心感よりも、恥ずかしさが完全に勝った。脳がショートしてしまいそうなくらいに、ぐるぐると回った。
もういいだろ行くぞ、照れたまま言うルドヴィンを、ボクはもう止めることはできなかった。




