おまけ
目を開けると、白い天井が見えた。
「カルロス」
穏やかな声で名を呼ばれ、弾かれたように顔を向ける。
静かな紫の瞳が、じっとこちらを見つめていた。
「師匠……!」
カルロスは慌てて上体を起こした。
「生きていたんですね」
「当然だ。私を誰だと思っている」
ベッド脇の椅子に腰掛けたクレメンスは、一度は冷ややかな視線を向けたものの、すぐにふっと表情を和らげた。
その瞬間、火口に飛び込んだ妹弟子の姿が脳裏に蘇り、カルロスはハッとした。
「ロジーナは?」
「命に別状はない」
「そうですか……」
カルロスは深く安堵の息をついた。
クレメンスはその様子を目を細めて見守っている。
「よく耐えたな。お前は本当に立派な魔術師になった」
感慨深げな声色だった。
「師匠……」
かつてないほど穏やかな微笑みに、カルロスの目頭が熱くなる。
「ついては、お前に相談がある」
クレメンスは感傷を断ち切るように姿勢を正した。
「俺にできることなら、なんでもいたします」
「うむ。心強い言葉だ」
満足げに頷くと、事務的な響きさえ含んだ淡々とした口調で告げた。
「私の弟子を何人か、引き受けてもらいたい」
「は、はい?」
カルロスは瞬きを忘れた。理解が追いつかない。
「もちろん事情を話し、納得させた上での移籍だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「弟子を移籍って……」
「見ての通り、私は満身創痍だ」
クレメンスは無造作にローブの袖をまくり上げた。
袖口からは幾重にも巻かれた包帯がのぞき、襟元にも痛々しい白が覗いている。
「この身体では、以前のような訓練は難しい」
「いや、そりゃ今はそうでしょうけど、移籍って……」
「カルロス。私は第一線を退くことにした」
その一言に衝撃が走り、カルロスの思考が止まった。
「はあ? 協会はどうするんですか?」
「後任にはフランクを推挙する。彼なら立派に会長職を務めてくれるであろう。お前も協力し、協会を盛り立ててくれ」
「ちょっ、まっ……」
次々に飛び出す想定外の言葉に、脳の処理が追いつかない。
「私には静養が必要だ」
クレメンスは静かに、しかし揺るぎない声で断言した。
「そりゃそうでしょうけど、引退までする必要あります?」
「私は老いた。魔力は衰える一方だ」
そう言って、やるせなさそうに視線を落とし、腕の包帯を寂しげに見つめる。
「はあ? 何言ってんすか。まだそんな年じゃねぇし、むしろ前より魔力増してるじゃありませんか」
「気のせいだ」
クレメンスは即答した。
その口調には、老いも弱々しさも微塵もない。
目を凝らすまでもなく、クレメンスの全身から漏れ出す魔力の気配は、以前とは比べ物にならないほど濃密で、燦然と輝いている。
カルロスは目をすがめ、師に疑惑の眼差しを向けた。
「気のせいじゃねぇよ。それに、そのくらいの火傷なんて、あんたならすぐ全快するだろ」
「お前の見間違えだ」
クレメンスはカルロスを真っ直ぐに見据え、断言した。
あまりに白々しい態度に、カルロスは思わず吠える。
「見間違えじゃねーよ」
「とにかく、そういうことだ。後は任せた」
クレメンスは流れるように立ち上がると、広範囲に火傷を負った重病人とは思えない軽やかな足取りで、スタスタと病室を後にした。
病室は静かになった。
「……意味わかんねぇ」
カルロスはぽつりと呟き、再び横になった。
白い天井をぼんやりと見つめていたが、やがて深い眠りへと落ちていった。




