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迷宮2


《幻種》、と呼ばれる種族がある。

太古に趨勢を誇り、しかし人との戦いで絶滅にまで追い込まれた種族。

彼らの外見は、あるいは龍であったり、あるいは動物のようであったりと様々な姿形を取る。

したがって、外見だけで彼らを《幻種》と判断することは出来ない。

しかし本来、種族は姿形で判別される。

例えば犬であれば犬の姿が、人であれば人の姿がそうであるように。


では何故、彼らが《幻種》という括りで呼ばれていたのか。

それは、ある1つの言語によって、意思の疎通を図ることが出来たからである。

姿形ではなく、彼らと疎通が図れるかどうかによって《幻種》とそれ以外の生物は分かたれるのだ。

ただし、人に限ってはたとえ言葉を交わせたとしても《幻種》とは認められない。

彼らを絶滅にまで追い込んだ張本人なのだから、当然といえば当然なのだが。


《アウドゥムラ》はそんな遥か昔に滅びたとされるはずの《幻種》であった。

《幻種》に共通する性質として――これは多くのモンスターにとっても同様なのだが――彼らはそれぞれが、耐性のある属性と弱点となる属性の二種類を有している。

《アウドゥムラ》も《幻種》である以上その例に漏れることはない。

すなわち、彼は火に強く、水を苦手とする魔物である――。





おい。

おいおいおい。

聞いていた話と違うぞ。

カノンは「王宮は調査兵を放って、弱点となる魔術の把捉は出来ているはず」と言っていた。

ひとたまりもないんじゃなかったのか。

だが、焼き尽くされるはずの魔物は依然そこに立っている。

弱点であるはずの、しかも第五位階の魔術をくらっても、だ。


『フシュゥー――』


《アウドゥムラ》が内に篭った熱気を放出すべく、息を吐いた。

口端からもうもうと煙が巻き起こり、体にまとわりつく。

魔術が直撃したというよりもむしろ、最初から炎を司っていたのではないだろうかと思える程、《灼熱/Burning》の残り火はその外見に映える。

言いたくはないが、より簡潔に言うと、つまりはこういうことだ。

なんかさっきより強そうに見えるんですけど……。


『その若さで第五位階の魔術か。人の身でありながら大したものだ。だが  些か傲慢が過ぎるな』


《アウドゥムラ》はこの状況を愉しむかのように語りかけてくる。

今の魔術をしのぎ切ったことで、自らの勝利を核心したのだろう。

楽しそうなところ悪いが、お前の話に付き合っている余裕はないんだよ。

相手が話している間にも今日三度目の詠唱を行う。

縋る思いで残りのマナを振り絞った。

仕留められる可能性は限りなくゼロに近いが――俺に選択肢は残っていない。


「原初に乞う 一滴の火 はじまりの火 我らの敵を 灰に還せ――《灼熱/Burning》」


再度、爆炎が《アウドゥムラ》を包み込む。

同時に、立っているのがやっとな程の、酷い倦怠感がこみ上げてきた。

マナを使い果たしたからだろうか。

安全弁が外れるかのような感覚。

肩で息をしながら、祈るように炎の先を見つめる。


だが、二度の炎を受けて尚、魔物は倒れない。


『小さき者よ。我らの同胞を 滅ぼした者よ。貴様らは何も学ばないのだな』


膝をつく。

汗が頬を通り、地面に落ちていく。

無理だ。

切れるだけのカードは切った。

俺では奴に敵わない。

これ以上、どうしろというのか。


『我の弱みを知っておきながら わざわざ炎の魔術を使うとは。余程自信があったのだろうが――』


「……は?」


朦朧としていた意識が一瞬引き戻される。

待て。

弱点は炎系の魔術じゃなかったのか?


『氷魔術でそれだけの位階を扱えたなら まだ勝機はあっただろうものを』


自らの弱点を暴露する。

俺がマナ切れを起こしている以上、隠しておく必要もないと思ったのだろう。

悔しいが、確かに今の俺に《アウドゥムラ》に楯突くだけの力は無い。

王宮で赤のスクロールを渡されたとき隣にあった、青のスクロールを思い出す。

恐らく、あれが氷系の魔術だったのだろうか。

あれを貰っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。


スクロールについて思い出すのと同時に、あの王様の飽きた玩具を見るような目線が浮かびあがってくる。

そこで、頭の中のピースが嵌るのを感じた。

ああ、やっと分かった。

俺は最初からハメられていたのだ。


恐らく、あの場で隷属を誓っていれば、青色のスクロールを手渡されたのだろう。

手駒として使えるならば、第五位階まで使える魔術師は喉から手が出るほどの逸材のようだし。

しかし、俺はあくまで対等の立場を求めようとした。

最悪の選択肢だったことに気付かないまま、

転生者という立場をカードにして。

歯向かった時点で切り捨てることは既定路線だったに違いない。

わざわざ情報を小出しにしていたのはこれが狙いでもあったのだろう。

スクロールを与えたのは俺を死地に赴かせるためか、それともあわよくば共倒れさせるためか。


こうして振り返ってみると、あのときの王様が何を考えていたのかよく分かる。

強大であるが弱点を把握している魔物と、イレギュラーな存在である転生者。

どちらを始末するべきかは、確かに火を見るより明らかだ。


だが、今更気付いたところでどうにもならない。

マナは尽き、魔術は使えず、助けが来ないのは確定した。

万策尽きたといったところか。

グレゴリー爺さんの家で覚醒したときのようなマナがあれば、まだ勝機はあったかもしれないが。


……ん?

いや、ちょっと待て。

グレゴリー爺さんとのやり取りを再び思い出す。

爺さんは「疎通を司る精霊と契約した」と言っていた。

1つの仮説が立つ。

仮にその契約が、俺のマナを媒介とすることで行われていたのだとしたら。

ひょっとしたら、《アウドゥムラ》にも届きうるのではないだろうか。


武具屋でカノンが言っていた。

「恒常的な魔術の使用には膨大なマナを必要とする」と。

ならばそれをリセットすれば、再びあのときのような魔力が満ちるのではないか。


加えて、グレゴリー爺さんは《点火/Ignition》を行ったとき

炎の形を大小自在に変えていた。

それはつまり、込めるマナの量によって魔術の威力が変化するということでもあるのだろう。


勿論これらは今のところ仮説に過ぎない。

が、確信は抱いていた。

先程マナが枯渇したときの、安全弁が外れるような感覚。

マナ消費の副作用としか思っていなかったが、今なら分かる。

恐らく、これが精霊との契約を解除する鍵になるだろう。


詠唱が必要ないのは不幸中の幸いだった。

念じるだけでタガが外れる音がする。

同時に、白いチカチカしたものが目の前から遠ざかっていき、

そして。


枯れ果てたはずのマナが一瞬で体内に満ちた。

それでも抑えきれず、膨大なエネルギーとなって外に溢れ出る。

最初に魔力を解放したときと同じ万能感。


『$%’%$$#&'$%■#&&――!!』


《アウドゥムラ》が驚いた様子で何かを吠えるが、最早俺には理解できない。

精霊との契約は切れているのだから。

目を閉じ、詠唱を始める。

これで仕留められなかったら、今度こそ終わりだ。


「原初に乞う 一滴の火 はじまりの火 我らの敵を 灰に還せ――《灼熱/Burning》」


ありったけのマナを注ぎ込む。

詠唱によってその方向性を定められたマナが、目に見える力となって現出した。


形成されたのは炎というよりもむしろ、マグマのような奔流。

その質や量は共に先程の比ではなく。

触れたもの全ての存在を無かったことにするかのように、迷宮ごとぐずぐずと焼却していく――。



《アウドゥムラ》は背筋が凍るのを感じていた。

一体どこに隠していたのか知らないが、

小さきものでありながら、突然目の前の小娘から、《幻種》ですら足元に及ばないほどのオーラが感じられたのだ。

いくらこの身が炎に強いと言えど、先ほどの魔術に

あれだけのマナを注ぎ込まれてはひとたまりもないだろうと直感する。

第五位階の魔術が使えるだけでも脅威になりうる、卓越した存在なのだ。

それ以上の化物だったと、一体どうして予測できようか。

相手の詠唱が終わる。

迫り来る魔術を耐えきるべく、慌てて刺叉を構えた。


炎に身を焼かれているのが分かる。

構えた刺叉を振り回そうとしたが、力が入らない。

力を込める前に腕の筋肉が焼け爛れてしまう。

余りの苦痛に悲鳴を上げた。


同じな、はずなのだ。

魔術としては先程と同じ位階。

それも最も耐性のある属性の術式。

にも関わらず、紅蓮に燃え盛る火の海の中を、もがこうとすることすら許されない。

馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。

小さきものに滅ぼされるなど、《幻種》としての誇りがそれを許さない。

生まれてから、一人を除いて歯向かうものは全て屠ってきた。

自分は頂点の生き物であるはず。

なのに、なのに。

《アウドゥムラ》の意識が遠く沈んでいく――



魔術が止んだ。

後には表面が焦げた魔物の角と、

巨大な刺叉が残っているだけであった。

祭壇ですら


角だけで俺の身長の半分程もある。

一人で持っていくのはまず無理だろう。

頭が回らない。

一度迷宮を出てから考えることにしよう。


迷宮から出る。

魔物の気配は全くなかった。

《アウドゥムラ》が死んだことで、迷宮全体から覇気が無くなっているのを感じる。

迷宮の踏破は、そこに住まうモンスター達の消滅も意味しているのだろうか。


迷宮の外に出た。

此方を見たカノンが慌てて駆け寄ってくる。

目立った外傷こそはないがあちこち煤けていたし、

きっと酷い顔をしていたのだろう。

何かを話しかけてきたが、全く耳に入らない。

あれ、そう言えば、言葉が通じないんだっけ。

朦朧とした頭でそんなことを思いながら――

俺の意識は途切れた。




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