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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
15/16

地獄の番犬

 第四層フロアボス『ダークネスケルベロス』。

 体長五メートル。三つ首と竜の尾、蛇のたてがみを持つ、地獄の番犬と呼ばれる、これも有名なモンスターだ。

 体は黒い体毛に覆われており、強靭な四肢には鋭い爪。赤く血走った目に敵意を込めて、ギラギラとこちら側に向けている。

 しかもこのモンスター、物理寄りな見た目のクセして魔法を使ってくるのだ。

 敵モンスターが魔法を使う時は詠唱を必要とせず、魔法そのものも、同じ魔法でも相手の方が強力に設定されているため、単純な撃ち合いではまず敵わない。

 当然、見た目通りに物理攻撃も強力なので、近〜中距離の戦闘に対応される。

 最初の『ゴブリンロード』が完全物理型。二番目の『ギガントスライム』は特殊攻撃型で、三番目の『インソレイトワイト』が完全魔法攻撃型だった。そして今回のボス、『ダークネスケルベロス』は初めての物魔両刀型ということになる。

 向こうにしてみれば、離れた敵を牽制的に攻撃する程度のものなのだろうが、如何せん数値が違う。ボスモンスターと一プレイヤーの能力値には差があるため、充分すぎるほどの攻撃力を持っていた。

 そして、またケルベロスの周りにいくつもの黒球が現れる。下級黒魔法闇系『ダークショット』だ。


「『ダークショット』来るぞ! 迎撃用意!」


 いつも通りの司令塔、メギトスさんが指示を飛ばす。

 それにより、魔法部隊の数人が詠唱を開始し、いくつもの魔法陣を展開した。

 ケルベロスが唸り声とともに黒球を放つ。それら全てが正確に俺たちプレイヤーに向かって殺到するが、魔法(メイジ)部隊が先に展開しておいた魔法で、そのことごとくを撃ち落とす。

 しかし、ケルベロスはそれを全く気にした様子もなく、敵対勢力に向かってひたすら殺意を向け続ける。

 爪を振るい、脚を叩きつけ、牙で噛み砕き、咆哮で威圧する。

 あらゆるものを己が武器とし、防具とする。

 主を守るため、番犬としての誇りを懸けて侵入者を全力で排除しにかかってくるその姿は、まさに『地獄の門番』という表現がぴったりなのだろうと、こんな時に思った。だが――

「しかし『番犬』ってんなら、どうして最初のボスに設定しなかったんだろうな。もう塔内に入ってるし」

「強すぎるからじゃない? 本気で守ろうとするなら、そもそも最初のモンスターにスライムなんてザコモンスター配置しないわ。最初からドラゴンで殺しにかかるわよ」

「強さは設定でどうとでもできる気がするんだが……。というか、そういう『お約束』をぶっ壊すような発言するなよ。そんなゲームつまらんだろ」

 確かに俺もいろんなゲームをやってて思わなかったわけではないが、もしもレベル一の状態で周りにいるモンスターが、ドラゴンやらなんちゃらデビルだったりしたらクソゲーだと思う。そんなのクリアできる気がしないからな。

 勇者の一族はいろんなところにいて、たまたまザコモンスターから順に出てくる勇者を主人公として旅をさせている、って都市伝説もあるが、それはそれで魔王は馬鹿なんじゃないかと思う。攻めさせたくないなら、スライムとかいうザコモンスター(経験値)を作り出す必要性を感じないし。

 でもまあ、ケルベロスは有名だし、あんまり弱くしたくないのはわかる気がする。でもそれならそれで、最後の方の四天王的な役割を与えればよかったのではないだろうか。

 と、横道に逸れまくった思考を引き戻し、眼前の敵に集中する。

 攻撃パターンは全て見ている。回避できない攻撃も今のところはない。

 強いて言うなら、脚を叩きつける攻撃中に『ダークショット』を撃たれると面倒なことぐらいだが、あれぐらいなら何とかなるだろう。

 考えをまとめて、俺は地面を蹴り飛ばすした。

 ボーナスポイントを極限まで振りきったSPDを全解放し、真っ直ぐにケルベロスに向かう。

 前線で戦っている内の一人とハイタッチしつつスイッチ(交代)し、ケルベロスの懐深くまで潜り込む。

 そして右手で抜き打ちの一撃を腹に叩き込み、次いで左手から短剣を抜いて突き刺した。

 大して効きもしないそれは、しかし注意をこちらに向けさせる効果はあったようだ。三つ首の内の一つ――右頭――が俺を射抜き、攻撃対象に認定する。

 ゴウッ! と恐るべき速度で眼前に迫ってくるケルベロスがあぎとを開き、俺を噛み砕かんと襲いかかる。

 それをステップで回避し、床が噛み砕かれたのを見て、呆れた顎だと思いながら今度は首を狙いにフロアを駆ける。

 しかし、首元にはたてがみの様相を成している蛇の群れ。それらが主を守らんと物量にものを言わせて伸びてきた。

 幸いこいつらはさほど強くない。再生速度こそ凄まじいが、一匹一匹は一撃当てれば斬り落とせる。

 襲いかかる蛇軍を両手の武器で次々と斬り飛ばし、再生する前に首に斬りかかろうとすると、左方向からの殺気を感じた。

 すぐさまその場から離れると、一瞬後に真ん中の頭がその空間を地面もろとも噛み砕いた。

 反応が遅れていたら俺もああなっていたのかと、ぞっとしながら一度距離を置く。

「ケルベロスってんなら、一匹くらい眠ってろよな」

 神話におけるケルベロスは、門番としての役割のため、いつくるかわからない侵入者、ないしは脱走者を排除するために、常に起きていなければならない。そのため、頭が交代で眠っているようなのだが、この『ダークネスケルベロス』はそうではない。全ての頭が同時に起きており、攻撃を加えてくる。

 リアル志向ならそこもちゃんとしろよと、ここにはいない開発者に心の中で叫ぶが、そもそもケルベロス自体がリアルでもないため、その文句は何か違う気がした。

 それでも神話に従って設定してくれてもよかったものだが。

「三つ首のせいで視覚的な死角はほぼ無し。弱点らしき首も蛇に護られている。後方に周りこめば尻尾の一撃。隙がねぇな……」

 舌打ちをして再び思考。こちら陣営の魔法部隊を狙われれば、火力が大いに削ぎ落とされ、勝つのがかなり難しくなってくる。

 それを防ぐために邪魔をするのが俺の役目。足止め、妨害、支援、牽制。俺が今できることで、最善策は何だ――。


「『ケルベロスブレス』だ! 全員、壁部隊(タンク)隊の後ろに! 壁部隊、準備! 魔法部隊も迎撃魔法を展開だ!」


『了解!』


 『ケルベロスブレス』。その三つの頭から放たれる、闇のエネルギーを凝縮した三位一体のブレスだ。このボスのみが持つ固有攻撃。

 チャージには少し時間がかかるが、その分威力は絶大であり、まともに受ければ確実に死ぬ。

 だからメギトスさんの指示で前衛にいた人たちも、数人を残して一度後退して壁部隊の後ろに下がり始めた。

 ダークネスケルベロスの三つ首の口に、闇のエネルギーが収束していく。あと十数秒もすれば充填が完了し、あの破壊のエネルギーが放出されるだろう。

 だが盾があるとはいえ、真正面から受ければ如何にDEF(物理防御)MDF(魔法防御)が高い壁部隊とて、死にはしないまでもただではすまない。当然、メギトスさんもそれをわかっているはずだ。

 それでも、これが最も安全で、最も成功率が高い中で、最も被害が少なくなる方法だと算出したからこの方法を採ったのだ。

 ならばどうするか。やることなんて決まっている。

 リスクの全てを承知した上で、最も被害が少ない方法を選ぶ。すなわち、攻撃を逸らす(・・・・・・)

「全員、できる限り伏せてろ! 壁部隊は防御力上昇魔法(プロテクトガード)をかけてもらった上で衝撃に備えろ!」

 それだけ言って、ソナとリヒトに手だけで合図し一緒に来るように伝える。

 一瞬考え込むような素振りを見せたソナだったが、すぐに俺の意図を理解したようで、即座に行動に移ってくれた。さらに――

「へへっ、俺もやるぜ! 大体何するかはわかったからな!」

 自覚はあれど、おおっぴらには公表したくない俺の弟子、スペードもついて来た。加えてメギトスさん、そして意外なことにルミナスさんまでもが俺に追随してくる。

「いいんですか? リスク・成功率度外視の方法採りましたよ」

「構わないさ。さっきの指示で皆の安全は保証されてる。ならこの後の手段は私と君たちにしか被害はいかないだろう? そこのついて来ている人たちも自己選択だから安心したまえ」

 爽やかな笑顔でさらっとすごいことを言う人だな。他が助かれば、自分がどうなろうと関係ないって言っているも同然だと思うんだが……。

 本当にヒーロー気質、悪く言えば自己犠牲的な人なんだと思う。でも実際、それだけのことをやっているし、周りからの評価もそんなものだ。

 この人が主人公。きっとこの人が、この世界から俺たちを救うのだろう。

「そうそう。私たちは勝手に来てるだけなんだから、あなたは何も気にしなくていいのよ。さ、あなたの考えを聞かせてくれる?」

 大人代表格の二人が優しい言葉をかけてくる。三人じゃちょっときつかったかもだから――

「――ありがたい。では、俺の指示通りに動いてください。タイミングがずれると失敗しますから」

 咄嗟の判断だったため、意思疎通ができるメンバーを選び出してから作戦を実行するつもりだった。一人一頭の計算だったから、うまくいく保証はなかったし、良くて半々ぐらいの成功率だったが、これならかなりの確率でいけるかもしれない。

 前回のボス戦時の情報から、今このメンバーが使える有効なスキルを選び出し、そこから改めて作戦を構築・修整していく。

 攻撃を逸らすだけならほんの一瞬、相手の予測を大きく上回る攻撃力を叩き込めばいい。

 俺とスペードのスピード、ソナとメギトスさんのパワー、リヒトの得物、ルミナスさんの風魔法。これらで成せる瞬間最大攻撃は――!

「OKです。では――」

 組み上げた作戦を要点だけまとめて説明する。ブレス発射まであと数秒。詳しく説明している時間はなく、少ない言葉で俺の思惑を理解してもらうしかない。

 が、おそらくそれで十分だ。

「了解だ。では手筈通りに」

 メギトスさんが返答する。

 その言葉を信じ、作戦を通りに俺とスペードが先行する。次いで、風のブーストを得た残りの三人がすぐ後ろを追随。

 暗黒ををその三つ首に収束し、今にも解き放とうとするボスの真下へと先に一瞬早く到達した俺たちは、その場で一度散開。スキルを発動させて両前脚を攻撃。

 この程度で崩れるわけはなく、それでも赤いラインを引くことに成功し、意識を一瞬でも足元に向けさせることはできた。

 右と左の頭が俺たちの方を向き、ブレスを放とうとする、その前に。

「『ウィンド』!」

二重詠唱ダブル』を展開したルミナスさんの風魔法ウィンドが生み出した、上昇気流の勢いを利用しつつ跳び上がる。

 そして片手剣単発重攻撃スキル、『ブレイクダウン』を発動。真下、もしくは真上に剣を振り上げることで仰け反り効果を与えるスキルだ。

 システム的な強制仰け反り効果と、攻撃魔法ウィンドのブーストが乗ったこの攻撃なら――

「おおおっ!」

 ――ほんの一瞬だけだが顔を逸らせる!

 真下から顎に痛撃を受けたケルベロスは顔を大きく仰け反らせ、その動きを一瞬止める。

 しかしそれはほんの一瞬でしかない。その殺意のこもった眼光を俺とスペードに、まだ完全ではない『ケルベロスブレス』を右と左の頭が俺とスペ(・・・・)ードにのみ(・・・・・)向けた。

 威力が多少落ちているとはいえ、防御ステータスにはろくにポイントを振っていない以上、この攻撃を受ければ確実にHPが消し飛ぶ。

 一応死なないための策も伝えてあるが、それでも耐えられるかどうかは五分五分だ。

 普段は心の片隅にも存在しない神に――あるいはシステムの乱数という不確定要素に全てを託して、可能な限り被弾面積を小さくする。

 そして、闇のブレスが目の前を埋め尽くし、そのほんの一瞬前に風の塊が出現し、弾けた。

 伝えておいた防御手段は、ケルベロスの頭を撃ち上げた後に、もう一度ルミナスさんに『ウィンド』を使用してもらい、できる限り攻撃の軌道から逃れることだ。

 『ウィンド』のダメージは受けるものの、アレを喰らうよりは遥かにマシだ。

 宙に浮かぶ俺の身体が、ブレスの軌道上から僅かに逸れるが、それでもまだ当たる。賭けは失敗だったか――。

 と、その時。

 俺の前方空間に炎の爆発と、周りに水のバリアが現れる。

 予期していなかったそれの正体は、おそらくはサクヤの『エクスプロード』と、ダイアの『ウォータースフィア』だろう。

 完璧に相殺とまではいかないまでも、爆風による方向転換と、水の防御壁のおかげで、ブレスの直撃を免れることができた。

 ってか、爆風の衝撃を受けたってことは、あいつ俺を攻撃対象から外してなかったな。

 計算してやったのかどうかは微妙なところだが、頭のいいサクヤのことだし、多分悪意はほんの少ししかなかったのだろう。後で問い詰める。

 思わぬ支援のおかげで死ぬことはなかったが、それでもHPがレッドゾーンへ突入している。

 指を振ってアイテム欄を開き、『ポーション』を選択し、それを一息に飲み干してHPの回復を図る。

 徐々に回復していくゲージを横目で見ながら、次の作戦へ。最大までチャージされた真ん中の頭の『ケルベロスブレス』がまだ残っている。最後の仕上げだ。

 地に足が着いた瞬間、自分が出せる最速のスピードでフロアを疾駆する。

 三頭同時には逸らせない。だから先に二頭のブレスを、俺たちを囮に放たせる。そして残った一頭は――

「リヒト!」

「了解ぃ! 行くぜ、メギトスさん!」

「ああ、頼む!」

 メギトスさんがリヒトのハンマーの打撃部分に乗ると、リヒトは気合いを込めて、スキルを発動させる。燃える炎のような赤い光を放つ、ハンマースキル単発技『スイングアッパー』は、メギトスさんを弾丸じみた速度で打ち上げた。

 ――行けるか?

 この勢いで顎に一撃加えれば確実に仰け反る。半ば祈るようにその先を見据えるが、何度も馬鹿正直に攻撃を受けてくれるほど敵も甘くない。

 左前脚を持ち上げて、弾丸と化したメギトスさんを受け止め、その推進力をゼロにする。

 ――だろうな。

 成功すれば御の字。だがそんなに都合よくいくはずもない。

 だが、顎を守るように仕向けることはできた。

 俺とスペードが再び足元にたどり着き、今度は二人同時に右前脚を攻撃する。片脚だけの状態なら、ATKが低かろうと二人でもごり押せる。狙うのは――崩しやすい肘関節の後ろ。

 慣性の乗る初撃に選んだのは、右から斜めに斬り下ろす『スラッシュ』。そして左上から始まりX字に斬る『ダブルスラッシュ』。次いで左手の短剣で『スティング』から、突き刺した状態で逆手に持ち替え『アキュート』。さらに順手に持ち替え二連撃技の『アクセルナイフ』に繋げる。

 たとえ空中だろうが、連撃スキルに限ってのみ、あらゆる法則を無視してその場に留まり続けるのがスキルの長所であり、短所だ。

 単発スキルであれば、『乗斬』や魔法によるブースト――風魔法等――で勢いを乗せられるが、軌道が決まっている連撃スキルだとその手は使えない。

 しかし、高い位置にある場所に攻撃を加え続けるのが目的であれば、この性質を利用しない手はない。

 回転した勢いで、右の腰にきた(・・・・・・)腕の位置を少し修整。片手剣三連撃スキル『スクリプトフォー』。

 俺から見て数字の四のような、深い青色の斬撃ラインを引いて、さらにシグナルレッドの輝きが剣を包む。片手剣単発重攻撃スキル『ブレイクダウン』で、垂直に上に斬り裂くと、ケルベロスがわずかにその巨体を揺らした。

 ――もう一息!

 コンボボーナスが発生し、徐々に威力が上昇していくスキルに、単発スキルを放ったことにより戻った重力にあわせて、最後に片手剣単発突きスキルの『スラスト』を下方向に繰り出してフィニッシュ。

 両名合わせて二〇を超える斬撃の嵐を受けた、ケルベロスの前脚がガクンと肘関節から折れる。

 三頭同時には逸らせない。だが二頭のブレスは既に撃たせた。だから残りの一頭は――総攻撃で真正面から止める!

「ソナ!」

「わかってます!」

 俺の号令が届く前に、既にソナは動き出していた。ATKのステータスに影響されるのは、そのもの。SPDほどではないが、それでも跳躍力を上げる効果も持っている。

 ATK・SPD両方を最大にまで利用し、重力に逆らって上へと翔んだソナが狙うのは、メギトスさんの行く手を阻んだケルベロスの左脚。

「はあっ!」

 ソナの気勢を表すかのように、ソナの持つ刀が赤い閃光を放つ。

 刀単発スキル『華月』が発動し、ケルベロスの左脚を勢いよく斬り上げる。さらに勢いを利用して身体を横にし、スキルを発動させるソナ。刀単発スキルの『斬空』が身体を横にしたことで振り下ろす(・・・・・)ように放たれ、最後に単発突きの『砕突』がケルベロスの脚を貫いた。

 通常ならこの程度なら耐えるはずのケルベロスは、しかし体勢が崩されたことで踏ん張りが効かない。ATKの高いソナなら、三発も当てれば活路を拓ける。

「いきますよ!」

「ああ、来い!」

 脚を貫いたままの刀を支点にし、ソナがメギトスさんの方へ飛ぶ。空中で身動きのとれないメギトスさんの手をとって――

「お願い――しますっ!」

 ――下へと投げた。

 勢いよく投げ落とされたメギトスさんの行方は、先ほどメギトスさんを打ち上げたリヒトの元。

 さっき使った『スイングアッパー』は使えない。同じスキルを連続して使用することは、システム的に封じられているからだ。

 だが、それ以外の――例えば、仲間が近くにいな(・・・・・・・・)かったからこそ使えた(・・・・・・・・・・)連撃技の最後の打ち(・・・・・・・・・)上げ攻(・・・)撃なら(・・・)――?

 リヒトのハンマーがサフランイエローに輝き、メギトスさんの落下中に『ツイストアッパー』を発動させる。

 ぐるんぐるんと二回転し、そしてそのシステムアシストによる加速を得た最後の大振りが開始される直前に、メギトスさんの両足がハンマーの打撃部分を捉えた。

 ただ乗るだけでは、メギトスさんがダメージを受けて終わるだけだ。

 だが、メギトスさんは両足を、インパクトの瞬間に合わせて曲げて威力を吸収し、全ての力を反動としてその身に宿す。

 メギトスさんに関しては心配していない。その実力は俺だって知っているし、買って出たのも本人だったからな。

 だが――リヒトは違う。俺が頼んで、やってもらっているからだ。

「ぐぅ……ぅぉぉおおお……!」

 今、リヒトの腕には、おそらく多大な負荷がかかっている。ここが最大の懸念だった。

 リヒトはATKをあまり上げていない。スキルを発動すれば、システムアシストにより自動的に最高効率の防御を実現できるため、最低限の踏ん張る力を得る程度のポイントしか振っていないと言っていたから、それは間違いないだろう。そのため、超負荷がかかると、素ではおそらく耐えられない。

 それでも、この役はリヒトにしか頼めない。スキルでとはいえ、敵の強大な攻撃を受け止め、仲間を守ってきたリヒトにしか。一番成功率が高かったのは、どう考えてもリヒトだ。

 だから信じる。あいつならきっと――!

「ぐ――ぅうぉおぉぉお!」

 咆哮を轟かせ、歯を食いしばりながらリヒトがその衝撃に耐える。ハンマーが地面すれすれまで近づき、そしてわずかに触れる。

 このまま押し込まれてしまえばスキルは中断され、作戦は失敗し、全滅はしないまでも確実に半数はブレスの直撃を受ける。

 そうなれば一気に戦況は悪くなる。壁部隊がいる以上、そうそう死にはしないだろうが、何人かのHPは赤色に変わるだろう。その立て直しをしている間に死人が出るかもしれない。

 メギトスさんの指示した高確率かつ最善の策は、こういった危険性を孕んでいたのだから。

 それを俺は嫌った。正直、他のプレイヤーのことはあまり考えてはいない。だが、サクヤとテラコッタを危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。

 だから俺は俺の作戦を実行した。失敗しても、被害は俺と、リヒトとソナには悪いがこの三人だけのはずだったからな。

 ステータス的に考えれば、リヒトたちは何とか生き残れる見通しだったから、この作戦を実行した。

 嬉しい誤算なことに、現段階で最大規模のギルド、『WOR』をまとめあげるリーダーのメギトスさんと、そのサブリーダーかつ、風魔法の使い手のルミナスさんも来てくれたからこそ、この作戦はここまでこれた。しかし――

 ――ここまでなのか?

 そんな考えが頭をよぎる。リヒトの持つハンマーは、今にも光が消えかかりそうになっており、それはスキルの中断が近いことを示していた。

 いくらアシストがあるとはいえ、本人のステータスを超える力は発揮できない。

 だから、それを補う人がいる。

 力ではない、魔法という手段を使えて、一番近くにいるが故、タイミングを最も図れる人物が。

「これが最後よ――『ウィンド』!」

 この短い間に、既にルミナスは四回『ウィンド』を使っている。

 加えて事前にも、ボスへの攻撃に参加していたため、ルミナスさんの魔法によるフォローはこれが最後だ。

 だがこの最後で最大のチャンスを生みだす。

 圧縮された風の塊が炸裂し、烈風を巻き起こす。指示しておいた攻撃対象は――リヒトのハンマー。

 地に足をつけ、ハンマーを振り上げるリヒトには一切の影響を与えず、しかし手に持つハンマーには風の加速の加護(ブースト)を付与する。

「う――ぐぉぉおおああぁ!」

 ソナの『力』と『重力落下』。そしてリヒトの発動したスキルの、最後にして最大の威力を持った『アッパー攻撃』と、それにルミナスさんの発動させた『ウィンド』。

 全ての力が集合し、反発し、溶け合い、そして一つになる。

「行っ――けぇぇぇ!!」

 風の恩恵を受けたリヒトのハンマーが、轟然と振り上げられ、メギトスさんを凄まじい速度で打ち上げる。

 あらゆる力を結集して放たれた『ツイストアッパー』が、メギトスさんをカノン砲の如く打ち出した。

 もうこれ以上の小細工はない。ゆえに――ただ、最大の一撃を、全力でぶち当てる。

 メギトスさんの持つバスタードソードの刀身が、カーディナルに輝く。

 しかし、ケルベロスの首元に存在する蛇たちが、バカ正直にそれを受けることをよしとしなかった。

 メギトスさんが翔ぶ直前に、被弾の予兆を感じ取ったのだろう。リヒトが動き出す前から、それに合わせてカウンターをとるように蛇が伸びてきていた。

 だが、メギトスさんは前だけを見据える。俺がそうするように頼んだのだから。

 だから、この蛇どもの処理は俺がやる。

 全ての攻撃を終え、空中にいるゆえに身動きがとれない俺がとった行動は――

「スペード」

「あいよっ!」

 ――スペードを足場にして、機動力を得ることだった。

 スペードが足を曲げる。俺はそこに両足をぴったりとつけて、曲げる。

 次の瞬間、ぐんっ、と身体が前に押し出される感覚が俺を包んだ。

 スペードの蹴りに合わせて、俺も足を伸ばして推進力を得る。

 それほど大きな力があるわけじゃない。空中にいる以上踏ん張りがきかないため、身体はどうしても流れてしまい、十全の威力は発揮できなくなる。

 それでも、あれを斬るには十分だ。

 右手に備えた(相棒)に水色の光が宿る。片手剣単発水平斬り『ストリーム』で、蛇の大群を根元から刈り取る。

 声を上げる器官を持たない蛇が、しかし苦しそうにその姿を霧散させた。

 これでメギトスさんの道を邪魔するものはない。

 刀身の三倍の射程を持ち、数々の敵をなぎ払ってきた最強の一撃が、全ての力をまとってケルベロスの顎へと吸い込まれる。

 剣士専用片手剣単発スキル。『スイープバスター』。

「おおおおっ!」

 真横へと、空間ごと斬り裂くかのような鋭い斬撃が、ケルベロスの頭を大きく吹き飛ばす。

 俺たちに向けられていた『ケルベロスブレス』は、大きく方向を変えて上へと向けられる。

 闇色の吐息が天井を破壊し、砕き、瓦礫の雨を降らせる。

 ことここに至って、空中に浮かんだままのソナを回収し、落下してくる瓦礫を足場にして移動を繰り返す。

 ソナは鎧ではなく、布の装備を好んで着ていたおかげで、俺も動きを大きく削がれなくて済み、何とか少し掠る程度でとどまった。

 メギトスさんの方はスペードが助けていたこともあり、全員が無事に崩落から逃れることができた。

 だがまだ終わってない。ボスのHPはまだ残っている。

 しかし、俺の体力・・はもう限界だ。正直、歩くので精一杯のレベルにまで消耗している。他のみんなの疲労具合は似たようなものだ。

 当然だ。一度でもミスればアウトの限界状態でいたのだから、想像以上に疲労は溜まる。

 俺たちは動けない。だが、動けないのは俺たち(・・・・・・・・・)だけ(・・)だ。

「総員、突撃!」

 メギトスさんの号令がかかるまでもなく、後ろで待機していたメンバーたちが、声を轟かせてボスへと向かっていく。

 ケルベロスは崩落に巻き込まれて動きが鈍くなっているし、HPゲージも既に最後の一本の半分を割っている。あとは時間の問題だろう。


 第四層ボス『ダークネスケルベロス』戦、ここに集結。

 勝者、プレイヤー。

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