垣間見える成長
『青葉の草原』をしばらく歩いた頃、リヒトとテラコッタとソナは、『採石の坑道』へと向かって行った。宣言通り、何かしら採掘に行くようだ。
代わりに、俺たちには『糸』を採取するように依頼されたが、これはクモ系のモンスターを倒せば手に入るので、それほど難しくもない。トレーニングのついでに狩らせていこうと思う。
ちなみに、サクヤたちとも既に別れている状態だ。魔法の練習と剣術の練習とじゃあまりに違いすぎるうえに、練習時の魔法の余波を受けかねないため、別れた方がいいと判断してのこと。
魔法には指向性が存在するので、指定さえすればダメージそのものは受けないのだが、魔法が発生したことによる衝撃波などまでは無効化できないからだ。
でもまあ、せっかく指導者が別にいるわけだし、わざわざ一箇所に固まることもないだろう。
『青葉の草原』には、いくつかのフィールドが存在している。『陽光の森林』、『囀りの丘』、『閉光の樹海』と、奥に行けば行くほどモンスターのレベルも高くなり、また、思考も賢くなる。
特に最奥地の『閉光の樹海』は、出現モンスターのレベルが軒並み二〇を超えるため、今の段階でそこに挑戦する者は一人としていない。さらに奥地があるとかいう噂もあるが、そんな魔窟に挑む気は無い。
現在のプレイヤーの最高レベルは一七だそうだ。一応、俺とサクヤ、そして知っている中では、メギトスさんとルミナスさんも、それに到達していることになる。しかし、適正値に届いていない以上、わざわざ自殺しに行くこともないだろう。
当然、俺たちもそんな自殺行為に手を染める理由など毛ほどもないので、大人しく『陽光の森林』で訓練をする。
ここに出てくるモンスターのレベルは、平均しても五くらいであり、最高でも八までしか確認していないので、今の俺たちならまず死ぬことはなく、それでいて適度に強い相手のため、トレーニングにはちょうどいいのだ。
「で、何すんの? 俺としてはガチバトルをやりたいんだけど!」
キラッキラした瞳でスペードが問いかけてくる。正直、指南役を引き受けたのをこの段階で後悔している。
「あのな、それじゃ何のためにフィールドに出たのかわからないだろ。まずは狩りしてレベル上げするんだよ」
「えー……つまんねぇの。で、目標は?」
口を尖らせながらも、一応は師として仰いでくれるらしく、渋々承諾するスペード。しかしそんなことは関係ない。技術云々よりも、まずは基礎能力の底上げが先決だ。
「お前のレベルが一七になるまで。異論は認めない」
「……俺、最近レベル上がったばかりだし、まだ十四なんだけど」
「知るか。一日狩りまくれば何とかなる」
「スパルタだ! 俺が思ってたのと違う方向でスパルタだ!」
スペードが悲鳴をあげる。まあそんなこと言ってても、敵は襲ってくるのだが。
「ほらほら、敵さんがお見えだぞ。丁重にもてなして差し上げろ」
出てきたのはスライムとウルフが二匹ずつ。これくらいならどうってことはないだろう。
「じゃ、頑張れ。俺らは見とくから」
「おい待てよ! まさか俺だけでこいつら全部を!?」
「経験値効率的にもそっちの方がいいからな。安心しろ。死にそうになったら助けることも考える」
「考えるだけ!? ――って来たあぁぁぁ!?」
スライムとウルフが、猛然とスペードに襲いかかる。ま、この程度ならどうにかなるだろ。
「ゼェ……ゼェ……し、死ぬかとおもった……っ!」
あれからしばらく放置して、何とか危機を脱したスペード。ポップした先からガンガンスペードに押し付けたおかげで、スペードのレベルも十六になった。
HPが黄色に変わった時は、少々肝を冷やしたが、意外と何とかなったため、俺が助けに入ることはなかった。本人は死にかけてるけど(体力的な意味でも)。
「休んでる暇はないぞ。ほら、また出てきた」
「無理無理! 死ぬから! マジで動けないって!」
「死ぬ気になればなんでもできる」
「だからもう動けねぇんだっての! 聞けよ人の話!」
そうは言っても、敵は待ってくれない。ゴブリン三体が斧を振り上げ、こちらに襲いかかってくる。本当に動けないみたいだし、ここは俺がやるしかないか。
「はぁ……お前は動きに無駄が多いんだよ。だからすぐにバテるんだ」
すぐにバテるとは言ったものの、これでも既に日が沈みかけている時刻だ。今までぶっ通しでやってきたことを考えれば、それは驚異的なスタミナであると言えるだろう。
だがそれは同時に、そのスタミナに頼り切って、動きに無駄ができてしまうということでもある。
今回の目的は、もちろんレベル上げもそうだが、何よりも動きの最適化にあった。
最小の動きで、最大の効果を。
これは教えるよりも、身体で覚えてもらった方が早いのだが、まあ、確かに一度くらいは見せた方がいいか。
「まず、敵の動きをよく見ろ。お前はすぐに動くから無駄ができる」
俺は剣を構えて、足でトントンと地面を叩く。
ゴブリン三体が地面を蹴りながら、斧を振り上げて、バラバラに攻撃を仕掛けてきた。
一体目の振り下ろす斧を半身で躱し、カウンターの抜き打ちの剣撃で仕留める。
それに続いて、二体目からの横薙ぎに振るわれた斧を、さらに一歩踏み込み、背中を向けながら肉薄して間合いの内に入ることで無効化しつつ、左手で短剣を抜き、逆手に持ち替えて背面突き。心臓を突き刺しポリゴン片に変じさせる。
最後に残った一体を、片手剣スキル突進技『トライチャージ』で一撃。襲ってきた三体のゴブリンは、一〇秒とかからず全滅した。ここまで全てクリティカルだ。
「――とまあ、こんな感じだ」
クリティカルは何も、運の要素だけで構成されていない。VRゲームに限って言えば、狙って出すこともできる。
それは、モンスターの弱点を狙った攻撃による、テクニカルクリティカルだ。
モンスターには必ず弱点がある。それは生物はもちろん、ゴースト系やゴーレム系のモンスターにも存在している。
そこを突けば任意にクリティカルを発生させられるため、狙って出せるのであれば、攻撃力の低さはさほど気にならない。どころか、瞬間火力でいえば、最高の威力を発揮することもある。もちろん、難易度はそこそこ高めだが。
「よし。やってみろ」
「できるか!」
唖然としていたスペードを促すと、はっとした様子で噛みついてきた。いや、できるかって言われてもやってもらうつもりだし。
「稽古をつけろって言ったのはお前だろ。やり方は見せた。さあやれ」
「だからできるか! 動きが驚くほどに違いすぎるわ!」
やれやれ。稽古をつけろと言うからつけてやろうとしているのに、それをできないと言うか、こいつは。
「見せられただけで会得できるなら師匠とかいらねぇよ! もっとこう、師弟のぶつかり合いみたいなもので教えてくれよ!」
「嫌だね、見て盗め。自力で体得しろ。そのためにモンスター出現量の多めなところに連れてきたんだ」
「だからか異常に敵が湧くと思ったら! あーわかったよ! 何が何でも覚えてやらぁ!」
さっきまでの疲労は何処へやら。スペードは、再び湧いた敵に向かって行く。やる気が起きたようで何よりだ。
日は完全に落ち、時刻は夜の九時を回った。スペードの体力も限界に近いし、ポーションも切れてきた。ここいらが潮時だろう。夜になると、モンスターのレベルが少し上がって危険度が増すし、これ以上ここで得られるものはない。
「帰るぞ、スペード。そろそろ時間だ」
「や、やっと帰れる……死ぬ……」
散々戦わせたおかげで、スペードのレベルも目標の一七に届いた。俺もちょこちょこ戦っていたので、俺のレベルも一八に。
レアドロップもいくつかあったので、まあまあの戦果だといえる。
ボロボロのゾンビみたいになっているスペードは、放っておくとそのまま倒れてしまいそうなほどに疲弊しており、さすがにやり過ぎたかと反省した。
「歩いて帰るのもキツいか……仕方ない」
右手の指を振り、ウィンドウを開いてアイテム欄をタッチ。その中のあるものをオブジェクト化する。
「うお、それってまさか……」
スペードが声を漏らす。まあ、結構珍しいものだからな。転移系のアイテムはかなり貴重だし。
「そう、『転移の翼』。ハーピィ狩りまくってたら出たんだ。運がよかったな――転移、『始まりの街』」
起句を口にすると、ハーピィ系が一〇パーセントの確率でドロップするレアアイテム、『転移の翼』が輝き始める。発動が完了した証拠だ。
「しっかり掴まってろよ」
スペードの手を取ると同時、翼の輝きが俺たちを包みこみ、ぐんっと上方向への力が俺たちを引き上げる。
今の俺が走るスピード――だいたい三~四〇キロぐらい――でぐんぐんと上昇していき、やがて森を抜けて空へと到達する。
「おお~! いい眺めじゃん!」
「あんま喋らないほうがいいぞ。舌噛むから」
空まで飛び上がることで視界が拓け、フィールドを一望できることから、移動手段としてはかなり人気のこのアイテムだが、それも上昇を終えた少しの間のこと。
そこから目的地へと移動するときのスピードは、上昇のスピードとは比べ物にならず、凄まじい加速をもって使用者にGを押し付ける。
当然、景色を楽しむ暇などほぼなく、話すことすらままならないという、超高速かつ理不尽な速度で目的地へと運んでくださる素晴らしいアイテムだ。これを提案したやつを叩っ斬りたい。
そして、俺たちにもその瞬間は訪れた。
「おおぉぉおぉぉぉお!?」
重力、重量、風向き、摩擦。あらゆる抵抗の一切を無視して、一瞬で最高加速度に到達し、前方向から抗い難い圧力が迫る。
しかし、飛行中は完全に無敵状態であり、HPはシステム的に保護されているので、いくら風圧重力攻撃その他もろもろを受けても、一ミリたりとも減ることはない。
だからといって俺たちを襲う圧力そのものが消えてなくなるわけではなく。
「うははははっ! 速ぇええぇ!」
「喋んなって舌噛むから!」
このような悲惨な状況になる。なぜ全てを無効化してくれるように設定してくれなかったのか。
まあ、初期の頃に出るお手軽移動手段としては、これぐらいの欠点はあって当然、といえ考えだったのかもしれないが。しかし、そうするならそうするでスピードの方をなんとかしてほしかった。
とはいえ、慣れてくればちょっとした絶叫マシンのようなものだ。安全そのものは保証されているし、後ろに流れていく景色を見るのも一つの楽しみになる。このスピードなら一〇分もすれば『始まりの街』に着くだろうが、その速度が尋常じゃない。普通の人なら恐怖を覚えるレベルだ。
ちなみに、俺は高速中毒者なので、あんまり気にならなかったりする。どうせのちのちこれぐらいの速さを手に入れることになるのだ。体感しておくだけでも価値はある。まあ、景色そのものは今の俺にはあまり捉えられないから、あくまでも体験だけだ。
しかしそんな状況でも、目に入るものもある。
「うおお!? デケェ!」
現れたのは、五メートルはあろうかという巨体。体は赤い鱗に覆われており、コウモリのような飛膜のある翼を背から広げて、この大空を悠々と飛んでいる。
頭には猛々しい二本の角。触れただけで切り裂かれそうなほど鋭利な爪を四肢に持つ、ファンタジー世界でもお馴染みの、強さの象徴。
すなわちドラゴン。
空の王者たる風格を感じさせる、鋭い眼光が俺たちを射抜き――何事もなかったかのように飛び去って行った。いや、あるいはこちらが通り抜けたと言うべきなのだろうか。
一応、他のゲームにもドラゴンは登場しているし、俺自身も何度も戦っているし、勝利してもいる。だが、それはいずれもレイド、もしくはパーティーを組み、万全を期してから挑んでいるからだ。
何度か負けたこともあったし、あの威圧感は何度やっても慣れるものではない。まして、今はたった二人しかいない。
それが例え、絶対に死なないとしても、だ。
圧倒的な力を持つ強者との対面は、やはり身が強ばるものである。
「あれでフィールドモンスター……なんだよな……。なんだったらゴブリンロードよりも威圧感あったぜ……」
「ただのオブジェクトとしてのモンスターならよかったんだけどな。HPバーあったから間違いなく敵だな」
風圧にも慣れてきたようで、会話を始めるスペード。俺も到着するまでは暇なので、会話を続けることにする。
「でも、まだこのあたりでドラゴン種と戦う事態にはならないはずだ。一瞬だけだったからよく見えなかったが、レベル四〇オーバーしてた気がする」
「ドラゴンってアレだろ? 噂でしかないけど、四〇層突破で解放されるエリアで出てくるらしいやつ」
「ああ。噂じゃそうだな」
ドラゴン種。この世界でも強者に属するモンスターだ。
古今東西、ファンタジー要素を含む代物であれば、その存在に事欠かないほどの超有名生物。そんなファンタジー界の常連さんは、当然のようにこのゲームにも鎮座ましましており、おそらく強さのカーストにおいてもトップレベルの位置に存在しているはずだ。
あくまでも噂の範囲を出ないが、四〇層を突発することにより開放されるエリアで出現するとのこと。
エリア開放とはその名の通り、ある一定の層をクリアすることにより、新たなエリアが出現することである。
今現在開放されているエリアは『始まりの街』と、街の東に位置する『青葉の草原』とその奥地、それと『天空の塔』のみ。これに南の『晴天の浜辺』、西の『地雨の湿地』、北の『白銀の雪原』が追加で開放されるようだ。
そしてそれら全エリアが開放された後に出現する、エリア毎の最奥地でそれぞれの属性のドラゴンと戦える。らしい。
なお、エリア開放の条件は一〇層突破毎。だから最後のドラゴンエリアは四〇層突破で出てくるのではないか、という予測が成り立っているようだ。
エリア開放条件は、発売前に既に出回っていたため、この予測はあながち間違ってはいないだろうと思う。
「そのうちあれと戦うことになるんだよな……腕がなるぜ!」
「俺はあんなのと戦うのはごめんだな。というか、今日の感じだと、お前センスないんだよな……」
「うそぉ!? 結構イケてただろ、俺!?」
「いや、マジでセンスない。あれ、お前に合ってないわ」
基本、俺のやり方は待ちのスタイルだ。相手の動きを見て適時対処。それを可能にするだけの反射速度と身体能力、そして攻撃を見切る動体視力と先読みの技術。
これら全てを総動員して、後の先をとって相手を崩し、こちらのペースに持ち込んで決める。俺の場合、これを基本とした典型的なカウンタースタイルなのだ。
だが、スペードはどうも待つということを嫌うようで、敵を見つけるなりすぐに飛びかかってしまう傾向にある。それはつまり、俺の後の先を取る戦い方とは真逆なわけで。
何が言いたいのかというと、『スペードマジ猪突猛進』、ということだ。
俺は決してアグレッシブじゃないから、このタイプに俺の戦い方を教えたとしても、身にならない可能性の方が高い。むしろこのタイプはサクヤの方に近い。
とはいえ、教えることそのものは無駄にはならない……とは思う。
スペードの見切る力はなかなかのものだし、身体能力も高めだ。小さな隙を見つける力を伸ばすのは、どんな戦闘スタイルでも有効なはず。
それでもスペードにはカウンターを取るより、ガンガン押して一気に倒すスタイルの方が合っている。そういうゴリ押しが必要な時もあるが、でもそうなると――
「あのさ、お前のビルド構成聞いてもいいか?」
「んあ? あー……うーん……」
さすがにビルド構成を教えるのははばかられるのか、言いよどむスペード。気持ちはよくわかる。でも、これ聞いとかないと、俺のやり方じゃあんまり伸びなさそうだからな……。
俺がそんなことを考えていると、スペードはしばし悩んだ後、意を決したように口を開いた。
「んー……よし、ソルならいいや。SPD優先、第二にATK振りの特攻型」
口ぶりから察するに、俺のことはそれなりに信用してくれている様子だが、若干無防備なのは心配になるな……。
こいつなりに判断基準はあるんだろうが、あんまり信用されるのも考えものだ。
人にストレートな気持ちを向けられるのは苦手だ。特に『信頼』の気持ちは、俺にとってはあまり好ましいものじゃない。
信頼されるということは、『依存性』が生まれるということ。本人にその気がなくとも、知らず知らずにそれは必ず『えこひいき』というものに現れてしまう。
それのせいで被害に遭ったやつも見ている。別に信頼を寄せるのが悪いとは言わないが、それを向けられるのは、俺はあまり嬉しいとは思わない。
――なんて、俺が言えたことじゃないのにな。
まあ、そんな黒い胸中はさておき、スペードの特訓の話だったか。
しかし、やっぱりそういう育ち方をしていたか。
方針は俺と同じようなものみたいだが、ATKにも振っているということは、安定したダメージを与えられる分、俺よりも攻撃に特化させた方がいいかもしれない。
となると、待ちより、攻めの方がいいだろうか。その旨をスペードに伝えてみると『俺もそっちの方が好き』とのこと。
そうと決まれば話は早い。突進しながらでも、相手の初撃を完璧に見切れるだけの動体視力さえあれば後はどうとでもなる。スペードの元々の見切る力はかなり高いので、懐にさえ潜り込めれば力任せでもなんとかなるだろうしな。
「んじゃ、今日の訓練全部無しの方向で。攻撃される前に速度と力任せに押し切れ」
「複雑だけど了解。けど、それでどうにかなるもんなのか? 逆にカウンターの餌食になりそうだけど」
「なる。お前、相手がいきなりものすごい速度で突進してきて、二撃目考える余裕あるか?」
「ないな」
即答だな。こいつの場合、考えて行動とかあんまりしなさそうだが。
ともあれ正解だ。基本、突進してくる相手への有効な対処法は、狙いすましたカウンターの一撃だ。
二撃目を放つ余裕があるなら、一撃で決めた方がよっぽどいい。スキルに関しても、一発の威力なら単発技の方が明らかに威力が高く設定されているしな。
連撃だと一発が軽く、耐えようと思えば耐えられるため、連撃によるカウンターはあまり想定されることはない。
逆に言えば、その一撃を貰えば死ねるわけだが。
「だろ。だから一撃目さえ躱せればなんとかなる。あ、でもスキルとかには気をつけろよ。あれは本人の意思とか関係なく身体動くから、ビビるとか関係ないからな」
それでも連撃スキルを狙ってくるやつはそうはいないがな。外したら隙もデカいし。
「うっす師匠」
「だからそれやめろ」
ともあれ、今後特訓する時はそういう方向性でやらないとな。
絶叫、空の旅も終わりを告げ、始まりの街へと帰還した俺たちは『赤輝の万事屋(仮)』に足を運んだ。空の旅の終わりの際の、墜落防止機構がないのは許さない。
『本日閉店』の掛札がついた扉を開けると、りん、と鈴の音がする。店の中に入ると、サクヤ、ダイア、リヒト、テラコッタ、ソナの五人が談笑していた。
鈴の音でこちらに気づいたのか、サクヤが俺たちに声をかけてきた。
「あら、遅かったわね。こんな時間まで特訓かしら?」
「ああ。こいつの飲み込みが悪すぎてな」
「モンスターの群れに飛び込ませておいてその言い草はなくね!?」
そうは言っても、教え込むより実践で身体に叩き込んだ方が早いし身になるのだから仕方ない。
「で、何か収穫はあったのかしら」
「一応、レベルが俺は一八、スペードが一七になった。それとレアドロップがいくつか」
「ふーん。こっちも似たようなものよ。それと、ダイアは三重展開までいけるようになったわ」
「が、頑張りましたわ……」
ぐでっ、と机に突っ伏しているダイアが、ぐったりとした声を出す。
俺は魔法使いのスキルは知識としてしか知らないから、どんな特訓をしたのかはわからない。
ただ、声からして、かなり苦労したのだろうな、ということはうかがい知ることができた。南無。
「それで? まさかあんたたちは技術的習得が無かったなんて言わないわよね」
そう言ってじろりとこちらを睨むサクヤ。ないこともないが、あると言えるのかどうかは疑問が残るところだ。
「まあそれなりに、だな」
適当にお茶を濁して席に着き、次いでスペードも椅子を引いた。
「その三重展開ってのは、実践でも使えるのか?」
『三重展開』。以前のボス戦でサクヤが使っていた『二重展開』の強化版だ。確か、最大展開数は五重までのはずなので、現在サクヤとダイアは折り返し地点までは到達していることになる。
そんな『三重展開』は、『二重展開』の時点で相当の集中力を要するとサクヤが言っていたので、かなりの高難度のスキルなのだろう。
果たしてそれが実践で使えるレベルで到達しているのかと問うと、
「無理ね」
即答した。
「魔法構築イメージに集中しすぎてて、周りが全く見えてないわ。発動できるだけまだいいけど、実践じゃまだ使えないわね」
厳しいサクヤの意見だが、ダイアはそれを気にした素振りもなく、ただただ机に突っ伏すだけ。もしかしたら、落ち込む余裕がないほど疲れているのかもしれない。
「とは言ってもテラコッタ情報によれば、現在生き残っているプレイヤー三万九千人余りの中でも、『三重展開』を発動できるのは、現魔法職者全体の三割程度。実践レベルなら一割にも満たないとのことよ。それを考えれば上出来なんじゃないかしら」
ふむ、なるほどな。魔法職が何人いるかは知らないが、その中の三〇パーセント内に入っているのなら、かなり上位に入っているということなのだろう。もっとも、サクヤはさらにその一〇パーセントに入っているのだが。
「多分、あんたが思ってるより『多重展開』のスキルを使いこなすのは大変よ? 魔法の構築を正確にイメージしつつ、それを維持したままさらに別の魔法を追加構築。慣れれば並列処理もできるようになるらしいけど、その域に達するには――」
「OKわかった。大変なのはわかったから飯にしようぜ。戦いっぱなしで疲れてるんだよ」
「戦ってたのは主に俺だけどな!」
サクヤを制しつつ、食事をしようと促した。
スペードは俺のセリフに対して言いたいことがありそうだったが、飯にありつけなくなるぞと脅したらすぐに黙ってくれた。聞き分けがよろしい。
「でもご飯の材料がないんだよねー」
ぴしりと。
空気が凍った。
今、何て言った?
「うん、ないんだよ。昨日で全部なくなってたんだけど、今日買いに行くからいいやーって思っててね。そしたら鉱石採るのに夢中になっちゃってねーあははー。というわけで、晩御飯の材料がありません!」
テラコッタてめえこの野郎。開き直んな。
「俺、ギルドに戻るわ! じゃ!」
「わたくしもお暇致しますわ! では!」
身を翻して自分たちのギルドに戻ろうとするスペードとダイア。逃がすか!
扉を開け放ち、外へ飛び出す二人を追いかける。たとえステータスが制限される街中だろうが、追いつけないことはない!
「待てこら! 肉を手に入れるのまで付き合っていけ!」
「嫌だね! こちとらもうヘトヘトなんだよ! そのへんのウルフでも狩りまくって今夜を凌げ!」
「わたくしもごめんですわ! 今日だけで一〇〇以上のモンスターを狩り続けて、レベル上げに終身させられてうんざりしてますの! これ以上の狩りはしたくありません!」
サクヤもダイアに俺と同じことさせてたのか。そりゃ疲れもするか。しかしそんなことは関係ない!
「修行と思って付き合え! 今日の仕上げを見てやる!」
「嫌だっつってんだろうが! 俺は帰る!」
言い合いをしている間に、彼我の距離が近づいてきた。手を伸ばせば届く!
近いのはダイアだが、俺の状況を鑑みて女の子に手を伸ばすのは変態行為に見えなくもないため、やむなく狙いをスペードに。
しかし、俺が前に手を伸ばした瞬間、スペードの姿を見失った。な!?
「こっちだよ!」
見失ったスペードの声が後ろからする。それを認識するよりも前に、背中への衝撃。
「がっ……!?」
ヤロウ……俺が触れる寸前にバレルロールしやがったな……! だから俺とあいつの位置が入れ替わって……!
最初の鬼ごっこの時に俺が使った手の一つだ。同速以上の相手とやりあうときに便利な手段だが、ここで使われるとは思わなかった……っ!
「っしゃあすぐに逃げんぞダイア! 同じ手は通用しないだろうから!」
「言われるまでもありませんわ!」
俺に一撃喰らわせた感慨に浸ることもなく、自分たちのギルド『WOR』に走っていく二人。これは完全にしてやられたな……。
スペードの機転に驚きつつも感心し、何か嬉しくなった俺は、サクヤへの謝罪の言葉を考えながら、『赤輝の万事屋(仮)』に戻ることにした。
明日はボス戦だし、飯は朝にでも食べればいい。今夜は英気を養うためにも早めに寝よう。




