前世を思い出したら、既に婚約破棄されていました
追放後は異国の救護院へ。奉仕はしません、働いた分はいただきます!
異世界転生医療ファンタジー!?にしていく予定です。
宜しくお願い致します…!
装飾された魔石がふんだんに使われたシャンデリアが輝く大広間では、卒業記念舞踏会が行われていた。貴族の子女が華やかな衣装に身を包み音楽に合わせて談笑する中、一人の青年が高らかに声を張り上げた。
「レイチェル・ニール・ガレッド!」
場の空気が一瞬で静まり返る。
白と深紅に彩られた正装を身に纏った第二王子アレックス・ディル・バイディンが、広間の中央で堂々と腕を組んでいた。その隣には、可憐な桃色の髪を揺らす少女、レイチェルの妹である、ニーナ・ニール・ガレッドが怯えたような表情で寄り添っている。
「前へ出ろ!」
レイチェルは、静かに歩みを進めた。
深青のウェーブがかった長い髪に金色の瞳。
侯爵家令嬢らしい気品を備えながらも、その表情には感情らしい感情は浮かんでいない。レイチェルは王子の前で足を止め、静かに一礼した。
「お呼びでしょうか、アレックス殿下」
「白々しい!」
まるで親の仇でも見るような剣幕で、アレックスはレイチェルを睨みつけた。
「貴様がこれまでニーナにしてきた数々の悪行、全て明らかになった!」
広間がざわめく。やはり始まった、そんな視線があちこちから向けられていた。
「ニーナへの数々の嫌がらせを、今まで注意してきたが、もう看過できん!」
「嫌がらせ、ですか…」
「言われねばわからないのか! 治癒術師としてのニーナの功績を横取りし、同じ術師でありながら妨害を繰り返していた! 更に贈り物を隠したりなど、ニーナに嫉妬し、日常的に嫌がらせを続けていた!」
一つ一つ、聞き覚えのない罪が並べられていく。レイチェルは何も言わない。いや、言えなかった。
どうせ誰も信じてはくれない。幼い頃からそうだった。父は妹ばかりを可愛がり、屋敷の使用人たちも次代の聖女と噂されるニーナを優先した。婚約者であるアレックスでさえ、レイチェルを見ようとはしなかった。
だから、今さら弁明したところで結果は変わらない。
「お姉様、どうかお認めになって下さい……!」
ニーナがわざとらしく涙を溜め、アレックスの腕にしがみつく。しかし、レイチェルに向けられた顔には薄らと笑みが見て取れた。
(……まただ)
いつもそう。可哀想な自分を演じ、その結果、周囲は「優しい妹」「意地悪な姉」という構図を勝手に完成させていった。
「貴様などが聖女になれるはずがない。聖女というのは、心優しいニーナのことを言うのだ!」
アレックスは勝ち誇ったように剣を抜き、レイチェルへ突きつけ宣言した。
「よって私はここに、レイチェル・ニール・ガレッドとの婚約を破棄を宣言する。そして、新たにニーナ・ニール・ガレッドとの婚約を発表する!」
大広間に歓声が上がった。貴族たちは面白い見世物でも見るように囁き合う。
「やっぱり」
「当然だな」
「ニーナ様こそ聖女に相応しい」
誰一人として、レイチェルを庇う者はいない。その時だった。
ズキン——
頭に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
視界が揺れ、意識が遠ざかるような感覚の中、知らない景色が次々と頭の中へ流れ込んできた。
白い天井、電子音、消毒液の匂い。そして、ブレーキ音と衝撃。
(…あ。私、死んだんだ)
一瞬のうちに、全てを思い出した。
前世では看護師だった自分は、社畜さながらサービス残業を繰り返し、夜勤の疲れも取れないまま毎日死んだようにベッドに沈んでいた。
その日は唯一の癒やしであった乙女ゲームの新作をやろうと急ぎ足で帰る途中、車に轢かれた。
(ここ……)
レイチェルはゆっくり顔を上げた。
(ゲームの断罪イベントじゃない?)
実際はゲームをする前に死んだので、登場人物くらいしか覚えていなかったが、前世で数々の乙女ゲームやざまぁ展開を見ていた自分にとっては見慣れた光景だった。
(レイチェルとしては、悲しむ場面なんでしょうけれど、変な気分だわ)
急に黙ったレイチェルに腹を立てたのか、アレックスの怒号が響く。
「何を黙っている! 言い訳の一つもないのか!」
レイチェルは彼を見つめた。しかし、先程までの弱々しい少女の瞳ではないく、値踏みするような冷静な視線で。その変化に、アレックスは一瞬だけ言葉を失った。
「……殿下。婚約破棄、承りました。そして新たなご婚約おめでとうございます」
静かに、そう告げた。
「なっ……?」
「それから、本日をもちましてガレッド侯爵家のレイチェルとしての務めも終わりですね」
淡々と、泣き叫ぶでも許しを請うでもなく、まるで長年の仕事を退職する時のようなあっさりとした口調にアレックスは思わず眉をひそめる。
「待て。婚約は破棄するが、お前の罪が消えたわけではない。よって、国外追放とする」
その言葉に、再び貴族たちが騒つく。国王陛下や第一王子が不在の中、このような発言はどう考えても問題であるが、アレックスは構わず続けた。
「本来であれば、国外追放でも足りぬ罪だ」
「追放は陛下からのお言葉でしょうか?」
「もちろんだ。私は王太子だからな。現王も、次代の王も意見は変わらん。よって、今のこの私の発言こそが現王の言葉なのだ」
新たな婚約も追放も、どう考えても許可は得ていないと考えられるが、こんなにも頭が足りない人だっただろうか。
随分と長い間関わりがなかったため、レイチェルは呆れと共に思案していると、甘ったるい声が遮った。
「アレックス様、お姉様を国外追放だなんて、そんな……!」
今にも泣き出しそうな声でニーナは首を振る。いつから人の婚約者を名前で呼ぶようになったのか。思い出そうとして、やめた。
「確かにお姉様は私を傷つけました。でも……姉妹なのです」
相変わらず保護欲をそそるように、ニーナは両手を胸の前で組み、震える声で続ける。
「どうか、お姉様を私から引き離さないでください。」
「ニーナ……」
「きっと私が傍にいれば、お姉様も改心してくださいます。ですから、どうか国外追放だけは……!」
その健気な姿に、広間から感嘆のため息が漏れていた。
「なんと慈悲深い……」
「さすが次代の聖女様だ」
称賛の声に包まれ、アレックスは満足そうに頷いた。
「聞いたか、レイチェル」
まるで恩赦を与える王のような口ぶりだった。
「ニーナに免じて国外追放は取り消してやる。これからはニーナを支え、王家のために尽くすことを許してやろう」
(いかにも乙女ゲームらしい展開ね。実際はゲームよりも面倒くさそうな人たちだけど)
レイチェルは小さく息を吐き、静かに微笑んだ。
「国外追放で結構ですわ。婚約破棄をされたのでしたら、国外追放の方が都合がよろしいかと」
(私、この国に未練はございませんので)
会場が水を打ったように静まり返る。アレックスは目を見開いた。
「貴様、慈悲を与えてやってると言うのに、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「ええ」
レイチェルは淀みなく答えた。
「国外追放を受け入れる、と申し上げております。ご配慮、ありがとうございました。」
それだけ言い残すと、レイチェルは優雅に一礼し、そのまま踵を返した。
「ま、待て! レイチェル!」
初めてアレックスの声が焦りを帯びる。だが、レイチェルは振り返らない。重厚な扉が静かに開き、そして閉まる。
その音は、侯爵令嬢レイチェル・ニール・ガレッドという人生の終わりを告げる鐘のように、大広間へ静かに響き渡った。
お読み頂きありがとうございます!
小説家になろう、初作品となります。スローペースですが、温かく見守って頂けると嬉しいです。




