表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武術師範は異世界でも道を示す  作者: 白玉男爵
第一章 武術師範、異世界に立つ
PR
1/54

武術師範の最期、そして始まり

人の一生とは、長いようで短い。


八十七年。


振り返れば、喧嘩に明け暮れた日々もあった。

拳でしか語れなかった若い頃もあった。


だが――最後には、守るものができた。


守りたいと思える人ができた。


「……フミエ」


かすれた声で、その名を呼ぶ。


目の前には、もう会うことのできないはずの妻の面影が浮かんでいた。


優しく笑う顔。

少し怒った時の表情。

何十年経っても色褪せることのない、大切な記憶。


「先に逝っちまったお前に……ようやく追いつけそうだ」


握った手には、もう力が入らない。


かつては岩を砕き、荒くれ者を沈めた拳。


その拳も今では、ひ孫の小さな手を握ることしかできない。


だが、不思議と悔しさはなかった。


自分の人生を、最後まで歩き切った。


そう思えたからだ。


「おじいちゃん……」


誰かの声が聞こえる。


弟子たちの泣く声が聞こえる。


家族の温もりを感じる。


ヤスヒコは静かに目を閉じた。


「……ありがとうな」


それが、彼の最後の言葉だった。


――しかし。


死んだはずの男は、再び目を開ける。


冷たい。


暗い。


土の匂いがする。


「……なんだ、ここは」


ヤスヒコはゆっくりと身体を起こした。


違和感。


身体が軽い。


節々の痛みもない。


震える手を見る。


老人の手ではなかった。


鍛え抜かれた、若い男の手。


「……は?」


思わず間の抜けた声が漏れる。


その瞬間だった。


洞窟の奥から、何かを引きずるような音が響いた。


ズ……ズ……と。


湿った地面を踏みしめる足音。


ヤスヒコは動かなかった。


ただ静かに耳を澄ませる。


呼吸。


足音。


気配。


長年の鍛錬で染み付いた習慣が、老いた身体ではなく、新たな肉体にも染み付いていた。


「……獣、か?」


呟いた直後、暗闇から影が現れる。


二本の足で立つ、小柄な生物。


醜く歪んだ顔。


濁った瞳。


手には粗末な刃物。


人間ではない。


だが、人間に近い知性を感じる。


ヤスヒコは眉をひそめた。


「……なんだ、こいつは」


見たことのない姿。


見たことのない生き物。


だが、敵意だけは嫌というほど分かった。


向こうもこちらを獲物として見ている。


舌なめずりをしながら、ゆっくりと近づいてくる。


ヤスヒコは周囲を確認した。


武器はない。


逃げ道は狭い。


そして何より――


自分の身体の状態を、まだ完全には理解していない。


普通なら恐怖する場面だった。


しかし。


「……妙だな」


ヤスヒコは自分の手を握る。


力がある。


身体が軽い。


息を吸えば、肺の奥まで空気が届く。


八十を越えた身体では決してできなかった動きが、今ならできる。


「若返った……ということか?」


そんな馬鹿な話があるものか。


そう思いながらも、現実として身体は答えていた。


目の前の化け物が、さらに一歩踏み込む。


殺意。


明確な敵意。


ヤスヒコは小さく息を吐いた。


「……なるほどな」


状況は分からない。


ここがどこなのかも分からない。


だが、一つだけ分かった。


こいつは――自分を殺そうとしている。


ならば。


ヤスヒコは立上り、長い髪を後ろで束ねる。


肩の力を抜く。


重心を落とす。


ゆっくりと構える。


その姿は、荒々しい若者のものではなかった。


幾十年もの鍛錬を積んだ、一人の武人の構えだった。


「……」


小鬼が笑う。


ただの獲物が、抵抗するつもりだと思ったのだろう。


ヤスヒコは目を細める。


そして――


「……喧嘩を売る相手を間違えたな」


武器はない。


ここが何処かもわからない。


ただ己の拳があり、目の前には敵がいる。


「神楽守道流、臼井ヤスヒコ」


拳を握る。


「参る」

初作品初投稿です。

第2話まで投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ