お話をしましょう
カーテンが閉まっていた。 柊はソファに座ったまま、テレビをつけた。 何かが映っていた。見ていなかった。消した。
しばらく、天井を見ていた。 何かが欠けている。そう思うのに、何が欠けているのかわからない。 柊は立ち上がった。カーテンを開けた。空が青かった。
なんとなく、外へ出た。なんとなく、歩いた。 気づいたら、山の入り口にいた。なぜここに来たのか、わからなかった。 でも足が止まらなかった。
坂を上る。風が吹いた。 その匂いを、どこかで知っている気がした。
ベンチが見えた。 誰かが座っていた。遠かった。でも、見えた瞬間に足が止まった。
少女だった。膝の上に、弁当箱を置いていた。 その少女が、こちらを見ていた。遠いのに、目が合った。
少女も動かなかった。柊も動けなかった。 しばらくそのまま、二人とも止まっていた。
柊が歩き出した。 近づくにつれて、少女の顔が見えてきた。 見たことのない顔だった。なのに、なぜか知っている気がした。
ベンチの前まで来た。 少女が、ベンチの横を少し開けた。無言で。 柊も無言で、そこに座った。
不自然だった。二人とも、それをわかっていた。
「……こんにちは」少女が言った。丁寧な声だった。 「こんにちは」柊が返した。
沈黙。風が吹いた。
「お弁当、食べてみますか」少女が言った。
柊は少し迷った。
「……いいのか」 「どうぞ」
弁当箱のふたが開いた。柊は箸を取った。一口、食べた。止まった。
「……うまい」
少女が柊を見た。
「おいしくなってるな」 「え?」
柊は自分でも、なぜそう言ったのかわからなかった。
「あれ?」
手の甲で、目をこすった。涙が出ていた。 なぜ出ているのか、わからなかった。
少女も弁当を一口食べた。 それから、泣きながら笑った。
「……なんで」 「わからない」 「私も、わからない」
風が吹いた。二人とも、遠くの空を見ていた。 しばらくして。少女が言った。
「お話、しましょうか」
柊は少女を見た。
「……うん」
空が、青かった。 山のベンチに、二つの影が並んでいた。
揃わないまま、一緒に。それだけで、十分だった。




