平原の焚き火と、交差する推論
日が完全に沈み、夜の平原には冷たい風が吹き抜け始めていた。
見渡す限りの草の海の向こうに、都市の光がかすかに見えた。遠くて、ひどく小さかった。昼間あれだけ圧倒された狂騒の光が、ここからはまるで頼りない線香花火の束みたいにしか見えない。
平原の真ん中に、焚き火が一つだけ熾されていた。
パチパチと爆ぜる火の粉を眺めながら、レムが静かに薪をくべた。ゼンは腕を組んだまま、仏頂面で座り込んでいる。ブラスは火の向こうで膝を立て、沈黙のまま星のない空を見上げていた。ダリがその横で、無言で剣の柄と外套を整えている。
カイは少し離れた岩に腰掛け、手元のランタンの光でびっしりと書き込まれたメモを広げていた。
ふと、タウが立ち上がった。 誰も止めなかった。誰も理由を聞かなかった。
タウは薪を一本両手で拾い上げ、そっと火にくべた。それから少しだけ火の輪から離れ、平原を吹き渡る夜風に向かって立った。
最初の一音が出た。
透き通るような声だった。機械のスピーカーから流れる旋律でも、都市の腕輪から強制される音楽でもない。ただの、生身の人間の声だった。
でも、その声には確かな「何か」が混じっていた。
暴徒に囲まれた廃屋の夜から続いている何か。レムが抱えるレンの手帳から流れ込んだ何か。ただ怯えて歌うのではなく、自分の意志で誰かに届けるために歌いたいと願った、遠い想いの残響。
それが今夜、平原の風に乗って、傷ついた一行を包み込んでいた。
レムは焦げた手帳を胸に強く抱いたまま、そっと目を閉じていた。
しばらくして、ゼンがポツリと口を開いた。タウの歌の合間を縫うように、静かに言った。
「……都市部の連中、素性を隠さなくなってきたな」
ブラスが顎で頷いた。「ああ」
「今まで裏でコソコソ浸透してきた連中が、堂々と表に出てきやがった」
「時間がないんだろう」ブラスが低い声で言った。「七塔の掌握が近い。もう隠す必要すらなくなったということだ」
「でも、なんで従うんだろうな。島の連中に」
「どういうことだ」レムが目を開けた。
「いや」ゼンが肩をすくめた。「思念で民衆を抑え込んで、幹部は闇手先で固める。良くできたシナリオだとは思うけどよ。絞れるだけ絞ったら、普通は用済みだろ。その後は適当に自由にしてもいいはずなのに、なんであそこまで徹底して縛り続けるんだろって」
「海水からの燃料技術。それを持ってる島の組織に、都市の人間はみんな依存してる。生活の根幹のエネルギーを握られたら、誰も逆らえない」レムは胸の手帳を少しだけ撫でた。「バイオ村や地熱村が執拗に狙われたのも、そういうことでしょ。自前のエネルギーを持つ場所は、島に依存しない。だから邪魔だったのよ」
ゼンは目を見張り、しばらく黙った。 「……なるほどな。すげえな、お前」
「転送核の支配だろう」ブラスが、ゼンの言葉を継ぐように静かに言った。
「思念を転送して依代に注ぎ込む。依代になった人間は、自分の意志で動いているつもりで、実は核の振動に完全に従わされている。エネルギーの依存だけじゃない。人の念を、振動を、システムを回すための火にしているんだ」
パァンッ、と炎が大きく爆ぜた。 「哀れな依代だ」
誰も答えなかった。人間の尊厳すら奪うその手口の悪辣さに、言葉が出なかった。
タウの歌が、夜の風に乗って平原に広がっていた。 悲しくはなかった。
ただ、そこにある命の確かさを、誰かに届けようとする祈りのような歌だった。




