妹は生き続けたい。
私と双子の姉のエステルには前世の記憶がある。
そのことに最初に気づいたのは、エステルだった。
私は前世の記憶はずっとおぼろげで、エステルに言われて初めて思い出すことばかりだった。
エステルが言うには、ここはエステルが前世で好きだった本の世界らしい。
幼い頃から何でも知っていてすごいと思っていたけれど、前世の記憶で知っていたからと聞いて納得した。
・・・
ある日。とうとうシェリー様がこの街に向かって出発されたと連絡があった。
帰宅してお父様からその話を聞かされたエステルは、すぐに私の部屋へ駆け込んで来た。
「……本当にこの世は理不尽だわ」
「もう、エステルったら。またそんな事を言って」
「だってそうじゃない!なんでエミリアが死ななきゃならないのよ!」
「まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」
「でも実際にストーリー通りのことが起こってるのよ。私はまたあなたが死ぬところを見るなんて絶対に嫌なの」
「エステル…」
エステルには内緒にしているけれど、実は最近、私も前世の記憶をはっきりと思い出した。
それは、シェリー様が旅に出たと知ったエステルが倒れてしまった時。
エステルがうわごとで私の前世の名前である「亜美」を口にしたのを聞いた瞬間、前世の記憶が一気に流れ込んできたのである。
前世の私達が親友だったことはエステルから聞いていたけれど、初めて前世の自分達の名前、そしてどのようにして亡くなったのかを思い出した。
(前世を思い出したこと、エステルに言った方がいいのだろうけど…)
エステルは倒れてしまうほど私を失うことを恐れている。
もし前世を全て思い出したと言ったら、きっと自分が亜美を死なせてしまったと何度も謝ってくるだろう。そんなことないのに。
私は前世を思い出したことを黙ったまま、本のストーリーから逃れられる方法もわからず、ただ日々を過ごすことしかできなかった。
◇◇◇◇◇
「ようこそおいで下さいました、オーウェン様。お待ちしておりました」
「ああ。エミリア、今日も君は可愛いな」
「まあ、オーウェン様ったら」
そう言ってクスクスと笑い合う。
今日は婚約者のオーウェン様が会いに来て下さる日だ。
元々は私達姉妹のどちらかにと寄せられた縁談だったのだけれど、何度かお会いした後、オーウェン様が私を選んで下さって婚約が結ばれた。初めてお会いした時から素敵な方だと思っていたから嬉しかった。
婚約してからも、こうして変わらずずっと私を大切にして下さっている。
「…ん?エミリア、少し元気がないようだが、体調でも悪いのか?」
「いいえ。少々考えごとがあったので、そのせいかもしれません」
「考えごと?……アイザック、行っていいぞ」
「かしこまりました」
そう言うとアイザック様は勝手知ったるように屋敷の中へと入って行った。
いつも応接室でエステルが応対しているから、そこへ向かったのだろう。
私の勘だけれど、きっとアイザック様はエステルが好きだ。
エステルは「何度逃げても捕まってしまう」と不満そうにしていたけれど、私にはエステルが気になって仕方なくてちょっかいをかけているように見える。
エステルは色恋に疎いから、今のままではアイザック様の気持ちには気づかないと思う。エステルが彼に応えるかどうかは、今後の彼の努力次第だろう。
……まあ、私はまだエステルを任せられる方だと認めていないけれど。
周りはエステルが私をとても気にしていると思っているけれど、私も似たようなものだ。口に出さない分、私の方が拗らせているかもしれない。
「それで、考えごととは何だ」
「…エステルのことです」
「エステル嬢の?」
オーウェン様に手を引かれながら、庭の中を進む。
本当は自分の生死について考えているのだけれど、オーウェン様に知られたくなくて、つい違う話をしてしまった。
エステルを心配しているのも本当なので嘘ではない。
「エステルはいつも私のことを気にかけてくれていますが、私を中心にして生きているように思えて…自分の幸せをちゃんと考えているのかと気がかりに思ってしまって」
「なるほど」
「両親が言うには、縁談が来ても断っているようです。結婚が全てではないと思いますが、するにしろしないにしろ、エステル自身の幸せをもっと意識してほしいな、と…ごめんなさい。ご心配おかけしてしまいました」
「いや、いい。気にするな。…それにしても、君達姉妹は本当に仲がいいな。エステル嬢に嫉妬してしまいそうだ」
「まあ、オーウェン様ったら」
オーウェン様の言葉に笑っていると、ふとオーウェン様が私の顔に手を添えた。
至近距離で見つめられ、顔に熱が集まる。
「あと半年経てば俺達の結婚式だ。俺達の幸せな姿を見たら、エステル嬢も安心して自分の幸せとやらを考えるのではないか?」
「オーウェン様…」
そのままオーウェン様はそっと私を抱きしめて下さった。
(でも…私はもうすぐ死ぬかもしれないんです……)
オーウェン様の腕の中で、私は幸せと同時に不安を感じていた。
・・・
その日の夕食の時間、弟のノアがもじもじしながらエステルに話しかけた。
「エステル姉様、今日はアイザック様とどんな話をしたの?」
「内容のない話よ」
「なにそれ?」
エステルの返事にノアが吹き出したように笑う。
ノアは体を動かすことが好きで、オーウェン様の護衛であるアイザック様に憧れを抱いているらしい。
エステルはそんなノアの気持ちを知っているから、アイザック様と話した日は必ずノアと『今日のアイザック様』の話をしている。
「そうだわ。ノアの護身術の先生だけど、アイザック様が適任の方を紹介して下さるそうよ」
「本当!?」
「本当よ。今度いらっしゃる時に一緒にお願いしましょうか」
「うん!」
ノアは早く護身術を教わりたいとずっと言っていたので、憧れのアイザック様から先生を紹介していただけると聞いて飛び跳ねるように喜んでいる。
そんなノアが可愛くて、私もお父様お母様もみんなが口々にノアへ良かったわねと声をかけた。
ふと視線を感じて顔を上げると、エステルがじっと私を見ていた。
昼間オーウェン様と散策していた時にも、応接室にエステル達がいるのが見えて手を振ったら、取り繕ったような笑顔を向けてきた。
きっともうすぐ死んでしまう私を儚んでいるんだろう。
私は大丈夫よ、と語りかけるようにエステルに微笑んだ。
・・・
エステルは自分のせいで亜美は亡くなったと思っていて、今度こそ私を助けたいと、ずっとそう思っている。
………そんなことはないのに。
あの日、亜美は趣味の登山に初めて芹香を誘った。
亜美は物怖じしない芹香を頼もしく、また羨ましくも思っていた。
そんな芹香に頼られたいと思って、亜美は自分が優位に立てるような、初心者には難しい山を選んでしまった。
そんなことは知らない芹香はあちこちに目を向け、純粋に初めての登山を楽しんでいた。
亜美も初めて芹香と登る山を楽しんでいた。芹香の帽子が飛ばされるまでは。
帽子はすぐ近くの枝に引っかかっていたが、登山道からは少し離れていた。
身を乗り出さないと取れそうだけれど、一歩間違えば崖下の沢まで落ちてしまう。どうしようと思っていたら、芹香が木の枝を足場にして帽子を取ろうと手を伸ばしていた。
「芹香、危ないよ」
「大丈夫、もう届きそうだから…」
「芹香!だめ!」
「え…」
その瞬間、芹香が足場にしていた枝が激しい音を立てて折れた。
「芹香!」
咄嗟に駆け出して腕を掴んだけれど、亜美だけでは二人の体重を支えられず、二人はそのまま沢まで落ちてしまった。
亜美と芹香は、芹香が身を乗り出したことで亡くなった。きっかけだけを考えると芹香のせいかもしれない。
けれど元を正せば、亜美が初心者でも安全に登れる山を選んでいれば、そもそも登山に誘わなければ、二人とも亡くなることはなかったのだ。
エステルが気に病む必要はないと言ってあげたいのに、前世の記憶が完全にあること、自分が優位に立ちたいと初心者には難しい山を選んだことを話すのが怖くて、何も言えずにいた。
そんな自分がとても情けなくて、苛立たしい。
◇◇◇◇◇
オーウェン様が我が家に来た日から三日後。
私はオーウェン様に呼ばれてブルックス家を訪れていた。
「エミリア、よく来てくれたな。突然呼び出してしまってすまない」
「いいえ。私もお会いできて嬉しいので気になさらないで下さい」
「ああ、俺も会えて嬉しい」
オーウェン様に笑いかけられ、私も笑みを返す。
そこでアイザック様が側に控えていることに気がついた。
いつもアイザック様は私が来ると席を外すのに…と不思議に思っていると、オーウェン様が理由を話して下さった。
「実は今日来てもらったのは、アイザックの話を聞いてほしかったからなんだ」
「アイザック様の?」
「ああ」
アイザック様を見ると、彼はゆっくりとお辞儀をした。
「エミリア様、ご足労いただきありがとうございます。無礼は承知ですが、どうしてもお聞きしたいことがありましたのでオーウェン様にご協力いただきました」
「構いません。それで、お話と言うのは…?」
「はい。エミリア様の姉君の、エステル様のことです」
「エステルの?」
アイザック様は、先日のエステルとのやり取りを話して下さった。
エステルが自分を鍛えてほしいとアイザック様に頼んでいたと知って、とても驚いたと同時にそういうことだったのかと思った。というのも、エステルはここ数日隠れて筋トレをしているのだ。
「ちょっと太ってきちゃったからダイエットしてるの」と言っていたけれど、ごまかすようにしていたから何か別の理由があるのかもしれないとは思っていた。
まさかアイザック様にそんなお願いをしていただなんて。
「エステルが陰で何かしようとしているのは気づいていました。どうしたのかと案じていましたが……」
「そうだな。何か困りごとがあるのなら、アイザックに教えを請うよりも頼む方が確実だ。何故自分で対処しようとしているのだろう」
「ええ。僕も不思議に思います」
そこで私はハッとした。
(もしかして、エステルは私を守ろうとしてくれている……?)
エステルはずっと私を失うことを恐れていた。
私を死なせたくないけれど、このままではストーリー通り私は死んでしまう。
世話役を断ることはできないし、シェリー様を見捨てることもできない。前世の話はできないから、誰かを頼ることもできない。
何もできない中で、唯一できたのが自分を鍛えること。
いざその時が来たら、レオン様を止められなくとも騎士団を呼ぶ時間稼ぎくらいは…と思っているのかもしれない。
エステルが私を死なせないように努力していることを知って、胸が熱くなった。
「それで、お聞きしたいことなのですが」
「あ、はい」
いけない。話をしている途中だった。
慌ててアイザック様を見る。
「エステル様が幼少の頃、エミリア様が邪神の手に掛かると言っていたことを覚えていらっしゃいますか?」
「え……」
「何!?」
アイザック様の言葉に私は血の気が引いた。
私が邪神に殺されると聞いて、オーウェン様がアイザック様に詰め寄る。
「アイザック、それはどういうことだ」
「十年ほど前、エステル様が予言めいたことを言ったと騒ぎになったのを覚えていらっしゃいませんか?」
「…確かに、昔エステル嬢がそのようなことを言っていたと聞いた覚えがある」
「その頃に幼いエステル様から直接お聞きしました」
「だが今の彼女はそのようなことは言っていないではないか。あの騒ぎも、口にした絵空事が偶然現実と重なっただけだろうと聞いているが」
「偶然にしては重なりすぎています。それに、例え絵空事でも自分の妹が邪神の手に掛かると言いますか?」
「それは…」
「あの日、エステル様はシェリー様達をとても気にしていました。邪神のことが関係していると考えたら辻褄が合います」
言葉に詰まったオーウェン様が私を見る。
アイザック様の話はとても信じられる内容ではないけれど、筋が通っているから判断をしかねているようだ。
……これは、もう黙っていることは無理だろう。
「アイザック様のおっしゃる通り、エステルが予言のようなことを言っていたのは事実です」
「では、エミリアが邪神の手に掛かると言っていたのも……」
「事実です」
私の言葉に、オーウェン様はひどくショックを受けたような顔をした。
「エステルには子供の頃、未来視のようなものがありました。私のこともその頃に視たものです」
「何故そのようなものが……」
「小さな子供は神に近い存在だと聞いたことがあります。おそらくエステルの未来視もそのようなことが影響していたのだと思います」
「なるほど……」
「だから成長した今では、予言めいたことは言わなくなったのですね」
本当は前世の記憶があるからだ。でもさすがに前世の話まではできない。
ごまかせるか自信はなかったけれど、二人とも納得してくれたようでホッとした。
「それで…エミリア、君はなぜ邪神に?」
「私達がシェリー様に街を案内しているところを邪神に襲われて…シェリー様を庇って死ぬそうです」
「っ…シェリー様は護衛と行動をともにしているはずだ。彼はどうした」
「その護衛の方が、邪神に取り憑かれているのだそうです」
「何…!?」
「いつ取り憑いたのかはわかりません。うまく隠れているようですが、教会に近づいたことで邪神を刺激してしまい、暴れ出すのだそうです」
「なんということだ……!」
オーウェン様は悔しそうに拳を握り、きつく目を閉じた。
しかしそれは一瞬で、すぐに顔を上げる。
「アイザック、シェリー様達が今どこにいるか至急確認してくれ」
「かしこまりました」
オーウェン様の指示を受けて、アイザック様が退室した。
部屋に重い空気が立ち込める。無理もない。これから何日か後に死にますと宣言したのだから。
私はこの空気に耐えられず、うつむくしかできなかった。オーウェン様はそんな私の手をそっと握った。
「どうして言ってくれなかった」
「……オーウェン様にご心配をおかけしてしまうと思ったら、言えませんでした」
「俺は…そんなに頼りなかったか?」
「そんなことは…!」
弾けるように顔を上げるとオーウェン様と目が合う。
哀しそうな笑顔に私は息をのんだ。
「君は昔からよく笑っていたが、いつの頃からか遠い目をすることが増えていった。どうしてだろうと思っていたが…こういうことだったのだな」
「…ごめんなさい」
「謝らなくていい」
手を引かれ、そのままオーウェン様に抱きしめられる。
私はオーウェン様に体を預けるように力を抜いて、身を任せた。
「段々と死が近づいてくるのは怖かっただろう。よく一人で耐えられたな」
「…一人ではありません。エステルがいました」
「そうか……君達姉妹は、本当に妬けるほど仲がいい」
少し体を離し、覗き込むようにオーウェン様に見つめられる。
「エミリア。長い間、気づいてやれなくてすまなかった」
「いいえ、言わなかったのは私です」
「それでもだ」
「オーウェン様…」
「邪神にどれだけ対抗できるかわからない。しかし俺は君を失いたくはない。それはエステル嬢も同じだろう」
「はい」
「俺は君を死なせないよう、考えられることは全てやる。だからエミリアも生きることを諦めないでほしい」
「……はい」
私の返事を聞いて、オーウェン様は柔らかく微笑んだ。そしてそのまま顔を寄せ、唇が触れ合う。
初めての口付けは、私を安心させてくれるような優しい口付けだった。
◇◇◇◇◇
アイザック様の話を聞いた数日後、再び私はオーウェン様に呼ばれてブルックス家を訪れた。
「シェリー様達はあと四日ほどでこの街に来るらしい」
「あと四日しかないのですか…」
「ああ。そこで俺達は先に街を出て、シェリー様達を迎えに行こうと思う」
「え?」
「街に入ってしまうと君達姉妹は世話役に回る。それでは教会へ行くことは避けられない。だからシェリー様達が街に入る前に策を講じねばならないのだ」
「でも…オーウェン様達は大丈夫なのですか?」
「心配はいらない。君の話を聞いて邪神に対抗し得るものに目星がついた。そうだな、アイザック」
「はい」
オーウェン様の問いに、近くに控えていたアイザック様が力強く頷く。
お二人がこれほど言うのだから、よほど確たるものがあるのだろう。
「……わかりました。どうかお気をつけて」
「ああ」
そうして翌日、私はオーウェン様達を見送った。
(どうかお二人がご無事で、怪我なく戻られますように……)
私は毎日のように女神様に祈りを捧げた。
お二人を信じていない訳ではないけれど、祈らずにはいられなかった。
・・・
驚いたのは三日後。
気を失ったエステルが、アイザック様に抱えられて帰宅した。
先にアイザック様が連絡して下さっていたので、すぐに医師が来て診察が受けられた。
どうやら疲れが溜まっているだけのようで、じきに目を覚ますだろうとのことだった。
侍女にエステルを任せて寝室を後にし、アイザック様に何があったのか尋ねようとしたところで、オーウェン様が訪問されると先触れが届いた。
両親が不在だったのため、お二人には私だけで応対することになった。
「それで、どうしてエステルがアイザック様に抱えられて帰宅するなどということになったのでしょう」
「驚かせてしまってすまない。順を追って話す」
「もちろんです」
少し棘のある口調をしてしまっている自覚はあるけれど、気を失ったエステルを見て冷静ではいられなかった。
オーウェン様はそんな私を咎めることなく、予定通り街へ入る前にシェリー様達と会ったこと、邪神を追い出したこと、なぜエステルがアイザック様と帰宅したのかを丁寧に話して下さった。
「エステルは朝早くに出掛けて行きました。そうですか…エステルもシェリー様達が街へ入る前になんとかしようと考えていたのですね」
「まさか倒れてしまうとは思わなかった。考えが及ばず申し訳ない」
「いいえ。エステルは私がいなくなることにずっと怯えていました。邪神が追い出されたと聞いて、長年張り詰めていた糸が切れたのだと思います」
「そうか…」
私の言葉にオーウェン様は少し表情を和らげた。
「シェリー様は今、屋敷で休んでいる。今夜晩餐の予定があるのだが…」
「エステルは欠席させていただいても構いませんか?医師は心配はないと言っていましたが、今日はゆっくり休ませたいのです」
「ああ、構わない。その代わりエミリアには必ず来てもらうことになるが…」
「わかりました。出席します」
話を終え、お二人を見送ろうとした時。
アイザック様が上を気にする仕草を何度もしていることに気がついた。
「アイザック様」
「はい、何でしょうか」
私に話しかけられて一瞬動揺したようだ。
すぐにいつものように戻ったが、誰が見てもおかしいのは明らかだった。
「エステルにはまだ婚約者はいません。先のある身です」
「そうですね」
返事にいつものような切れがない。
私が何の話をしているのか掴みかねているのだろう。
「私が同席することが条件ですが、エステルの様子を見て行きますか?」
「!」
「エミリア、それは…」
慌てたオーウェン様が声をかけるが、返事をしないままアイザック様を見つめた。
アイザック様は少し考えるような素振りを見せ、
「ご遠慮します」
私の提案を断った。
「どうしてですか?」
「エミリア様がおっしゃったように、エステル様は先のあるご令嬢です。エミリア様が同席するとは言え、婚約者でもない僕が寝室へ入るわけにはいきません」
「……そうですか」
この場には私達しかいないけれど、もしアイザック様がエステルの寝室へ入ったと漏れたなら、理由はどうあれエステルの醜聞になる。
そうなると令嬢としてのエステルに先は無い。エステルが大切なら断るべきだ。
欲しかった答えを聞けて、私はアイザック様に笑顔を向けた。
◇◇◇◇◇
あの後、シェリー様は無事に邪神を倒し、ストーリーはハッピーエンドを迎えた。
エステルは「こんな簡単に邪神が…信じられない…」と言っていた。私は平和になったのに顔を青くするエステルを不思議に思った。
そして、半年後。
よく晴れたその日、領内はお祝いムードに包まれ、人々は笑顔で溢れていた。
今日はオーウェン様と私の結婚式である。
エステルは朝起きてからずっと泣いていた。
私が結婚するのを見ることができて本当に嬉しいようで、誰よりも喜んでくれていた。
夫婦の誓いを交わし、お披露目の馬車の準備をしている間、私は参列して下さった方の挨拶を受けながら人を探していた。
そして目的の人物を見つけ、声をかけた。
「アイザック様」
「エミリア様。本日はご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お声をかけていただいて光栄ですが…何かございましたか?」
「ええ。大切なお話です」
私は一歩近づいて、アイザック様にだけ聞こえるようにそっと話す。
「この後エステルを一人にします」
アイザック様は、私のその一言で何を言いたいのか理解して下さったようだ。
「エミリア様。僕はあなたに認めていただけたと解釈してもよろしいですか?」
「はい。あなたになら私の半身を任せられます」
私は笑顔で答え、アイザック様を見送った。
・・・
そうしている間に馬車の用意が整ったようで、オーウェン様が迎えに来て下さった。
オーウェン様のエスコートで馬車に乗り、走り出してすぐ、オーウェン様が私の腰を抱いた。
「さっきはアイザックと何を話していた」
「ご覧になっていたのですか?」
「ああ」
「エステルをよろしくお願いしますと、お伝えしていました」
私の言葉にオーウェン様は目を見開いて驚いたようだった。
その後、ホッとしたような呆れたような顔をされた。
「こんな日までエステル嬢の話か……」
「こんな日だから、です」
「何?」
「オーウェン様が言ったのですよ。私達の幸せな姿を見たら、エステルも安心して自分の幸せを考えるのではないかって」
「そうだったか…?」
「そうです。覚えていないのですか?私、あの言葉が素敵だと思ったから、今日お伝えすると決めたのですよ」
「あ、いや、すまない」
少し拗ねたようにすると、途端に慌てるオーウェン様が愛おしい。
「そうか……俺は結婚後もエステル嬢に嫉妬せねばならないのか」
「そうなるかはアイザック様次第ですね」
「エミリアが認めたのなら心配はない。アイザックは必ずエステル嬢と結婚する」
「必ずですか?」
どうして断言できるのかわからずにたずねると、オーウェン様は「内緒だぞ」と前置きをしてから話して下さった。
「実はアイザックは以前エステル嬢との婚約を打診したことがある。その時は断られたようだが、君達のご両親はとても残念そうにしていたらしい」
「まあ、そうだったのですね」
「ああ。だからご両親は喜ばれるはずだ。エステル嬢は…まあ、アイザックのことだ。良い返事を引き出すだろう。最も手強いのはエミリアだと言っていた」
「私ですか?」
「ご両親やエステル嬢本人よりも、君のガードが一番固いそうだ」
「あら。うまく隠していたつもりでしたけど、バレていたのですね」
私がそう言うときょとんとした顔になり、一拍置いて二人で笑い合った。
そうして、改めて私を見つめる。
「時々は俺にもかまってくれ。そうせねば、俺も拗ねる」
あまりにも可愛らしいお願いに、私は思わず吹き出すように笑ってしまった。
そんな私を見てオーウェン様は少し不満そうな顔をしたけれど、すぐに私につられて笑顔になった。
「君は、だんだん遠慮がなくなってきたと言うか……態度が変わったな」
「エステルと同じように、私も邪神のことは長年悩んでいました。ですがシェリー様が邪神を倒して下さって、不安がなくなって余計な力が抜けたのだと思います」
オーウェン様は何も言わず、じっと私の話を聞いて下さっている。
「特にオーウェン様には、つい甘えてしまっているのかもしれません」
「……そうか」
「こんな私はお嫌いですか?」
「いや。ますます好きになった」
そう言ってオーウェン様は私に口付けた。
その瞬間、歓声が上がった。
馬車で回っている途中だったことをすっかり忘れていた。
見られていて恥ずかしかったけれど、次期領主夫妻の仲が良いことは領民にとっても嬉しいことだろう。
私は、オーウェン様とエステルとこれからも生きていける。
改めてその喜びをかみしめ、オーウェン様の肩に頭を寄せた。
最後までお読みいただきありがとうございました!




