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姉は妹を救いたい。

突然だが、マーシェ家の双子の姉妹である私達、エステルとエミリアには前世の記憶がある。


幼い頃から違和感を覚えていた。

初めて聞く言葉、行ったことのない場所、初対面の相手……全てではないけれど、知らないはずのそれらを何故か私は知っていた。

不思議に思っていたけれど、成長するとともに自分が前に別の人生を歩んでいたこと、そしてここがその人生で好きだった本の世界であることを少しずつ思い出していった。


この世界には女神と邪神がいる。

女神と邪神は長い時を戦い続けていて、その影響で地上に魔物が蔓延っていた。

ある日、大司教の娘である主人公シェリーの夢に女神が現れ、「邪神を倒すために各地の神殿に眠る神獣の封印を解いてほしい」と頼まれる。女神の願いを叶えるため、そして邪神を倒すため、シェリーは護衛の青年レオンと旅に出る。

…と言うのが本のストーリーだ。


私達の住む街は最後に訪れる神殿の近くであり、私達は主人公とも深く関わることになる。


なぜなら。

私の妹であるエミリアが、襲われる主人公を庇って死んでしまうのだ。



◇◇◇◇◇



シェリー様が最後の神殿へ向かうために出発された。

帰宅後に父からそう話を聞かされ、私は一目散にエミリアの部屋へ走った。


「エミリア!聞いた!?シェリー様が神殿を出発されたって!」

「エステル、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!」

「とりあえず座りましょう?立ったままでは話も何もできないわ」


そう言ってエミリアは侍女に「二人で話したい」と下がらせる。

私はソファに座るも、一向に落ち着くことはできなかった。


「…本当にこの世は理不尽だわ」

「もう、エステルったらまたそんなことを言って」

「だってそうじゃない!なんでエミリアが死ななきゃならないのよ!」

「まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」

「でも実際にストーリー通りのことが起こってるのよ。私はまたあなたが死ぬところを見るなんて絶対に嫌なの」

「エステル…」


私とエミリアは前世では親友で、事故で同じ日に死んでいる。

何の因果なのか、そんな私達は今世で双子として誕生した。


エミリアには前世の記憶はあまりない。言われてみればそんな感じだったかも?ぐらいの認識だそうだ。

そのせいかエミリアには本のストーリーがピンときていない。私はそんなエミリアがもどかしかった。


「じゃあ、エステルはどうすればいいと思うの?」

「え?」

「シェリー様の滞在中のお世話は私達に任されたでしょう?」

「そ、そうね…」

「お父様に私が死ぬかもしれないから無理ですって言うの?」

「…言えないわ」

「なら、オーウェン様に頼んでみましょうか?私が嫌だと言ったら、すぐに別の方を世話役に推薦していただけると思うわ」

「…それも難しいわね」

「じゃあどうするの?」

「……シェリー様を庇わない、とか…」

「それじゃあシェリー様が怪我をしてしまうか、お亡くなりになってしまうわ」

「…………そうね」


私達が主人公のシェリー様と関わることになったのは、ご領主様からシェリー様のお世話を任されたからである。

我が家は一応貴族ではあるが土地を持っておらず、ご領主であるブルックス家から領地の一部の管理を任されている。

私達はシェリー様と歳が近く、またエミリアはブルックス家の嫡男であるオーウェン様と婚約しているため、シェリー様の世話役として白羽の矢が立ったのだ。

ちなみに私にはまだ婚約者はいない。エミリアが気掛かりで婚約どころではないから、縁談が来ても全て断ってもらっている。


「…でもエミリアが死ぬのは耐えられない。私は、本の中の私のように『エミリアもシェリー様をお守りできて本望だと思います』だなんて言えないわ」

「エステル…」


本のストーリーを完全に思い出してから、私はエミリアがいなくなることにずっと怯えていた。

シェリー様が神獣の封印を解く旅に出たと知った時は、ついにこの時が来てしまったと気を失うほどショックを受けた。


エミリアを助けたいのに、このままではストーリー通りエミリアは死んでしまう。

世話役を断ることはできないし、シェリー様を見捨てることもできない。

八方塞がりの状況に頭を抱えるしかなかった。



◇◇◇◇◇



数日が経ち、オーウェン様がエミリアに会いに我が家に来る日。

オーウェン様とエミリアは、二人きりで庭を散策している。二人はとても仲が良いのだ。


「エステル様、また暴れたのですか?」

「いいえ、暴れていません」

「それは失礼致しました。エミリア様が悩んでいらしたとお聞きしたので、てっきりまたあなたが暴れたのかと」

「嫌だわ、アイザック様ったら。どうやったらそんな突拍子もないお考えになるのですか」


失礼なことを言うアイザック様に怒りを覚えるも笑顔で返す。

そんな私を意に返さず、アイザック様は優雅にお茶を飲んでいて腹立たしい。


彼はアイザック・バートレット様。

バートレット家は我が家と同じくブルックス家より領地を任されている家だが、我が家とは規模などが桁違いだ。爵位も我が家より高く、おまけに今代の当主同士はご兄弟でもある。

そんなバートレット家の次男であるアイザック様は、オーウェン様の侍従をしている。将来的には彼の兄も交え、この地を更に発展させていくことだろう。


なぜ私がアイザック様とお茶を飲んでいるのか。

それはオーウェン様が「エミリアとの時間を邪魔されたくない」とアイザック様を追い払ってしまうので、オーウェン様の滞在中はこうして彼に暇つぶしの相手をさせられているからだ。

何で私がとは思うけれど、何度逃げ隠れしても結局は捕まってしまうので、今では自らもてなすようになっていた。


「ところで、弟君は今おいくつですか?」

「ノアですか?今年で十歳になりますが、ノアがどうかなさいましたか?」

「先ほどお見かけした時にずいぶん大きくなられたと思いましたが……そうですか、十歳ですか。十歳なら、そろそろ護身術を覚えられる頃では?」

「そうですね。そういう話もしています」


この世界では、魔物から身を守るために十歳頃を目処に誰もが護身術を身につける。

身分や性別関係なく身につけるので私達も例外ではない。低級の魔物相手であれば、一人でも騎士団が来るまでの時間を稼ぐことができる。


(そうだわ…もし私が強くなれたら、エミリアを守れるんじゃないかしら)


本の中では、襲われるシェリー様をエミリアが庇った時に私もその場にいた。

異変はシェリー様を案内している途中、街の教会に近づいた時に起こる。エミリアがいち早くそれに気づいて、そのまま……。


「もし指導者をお探しでしたら、ぜひおっしゃって下さい。適任の者を紹介しますよ」

「!」


(そうだ!バートレット家!)


バートレット家は護衛や騎士を多く輩出している家系である。

アイザック様もオーウェン様の侍従ではあるけれど、実は護衛も兼任している。オーウェン様をお守りするために相当な鍛錬を積まれているらしい。

彼に頼めば、もしかしたら…?


「アイザック様。もしお時間ありましたら、私に稽古をつけていただけませんか」

「は?僕が、あなたに?」

「アイザック様はいろんな技や体術を覚えていらっしゃるのですよね。もし私でも覚えられそうなものがあったら教えてほしいんです」

「最低限の護身術であれば、もう習得しているはずでは?」

「身を護るものではなく、戦えるものを覚えたいと思いまして。エミリアがオーウェン様とお会いしている間だけでいいんです。お願いできませんか?」

「…何かお困りのことでも?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

「………」


アイザック様が鋭い目で私を見る。おそらく興味本位で言っていると思われているのだろう。

でも私も遊びで言ってるんじゃない。エミリアを守るためならなんだってしてみせる。私の大切な妹であり、親友なのだから。

私も負けじとアイザック様を見つめ返した。


どれほどの間そうしていただろうか。

アイザック様が呆れたような顔で、ふっと力を抜いた。


「やめましょう。あなたの道楽に付き合う義理もないので」

「道楽ではないです!」

「では理由をおっしゃって下さい」

「それは…」

「理由をお答えいただけないのなら、僕もお教えすることはできません」

「…っ」

「弟君のことであればいつでもご相談に乗ります。遠慮なくおっしゃって下さい」

「……ありがとうございます」


(あ…)


何も言い返せないことが悔しくて視線を逸らすと、窓の外にエミリアとオーウェン様の姿が見えた。

庭の花々に囲まれたエミリアが、オーウェン様と幸せそうに笑っている。


「…シェリー様は、あとどのくらいで来られるんでしょう」

「出発されたと連絡が届いたのが三日前ですから、あと十日はかかると思いますが」

「あと十日…」

「シェリー様がどうされたんです?」

「いえ…なんでもありません」

「……?」


窓の外では、こちらに気づいたエミリアが笑顔で手を振っている。

私もすぐに振り返したが、ちゃんと笑顔を向けられただろうか。

幸せそうなエミリアを見ていると、胸が苦しい。


……ずっとこのままでいられるといいのに。


・・・


その晩、私は前世の夢を見た。

私とエミリアが死んだ日のことだ。


前世では私は芹香、エミリアは亜美という名前だった。


夢の中の私達は登山へと出掛けていた。元々は亜美の趣味だけれど、その日は亜美が初めて私を誘ってくれて一緒に登ったのだ。

初めてだからやっぱりきついなと思ったけれど、亜美に手を借りながら、物珍しさにあちこちに目を向けて進んでいた。

ふと横を見ると街がとても小さく見えて、私は端へ寄ってまじまじと景色を眺めた。


「ずいぶん高いところまで登ったんだねー…」

「芹香、あまり端まで行くと危ないよ」

「大丈夫だよ。もう、亜美ったら心配性だなあ」


私は亜美を振り返って笑う。亜美も笑いながら私を見ていた。

その時。少し強めの風が吹いて、あっと思った時には私の帽子が飛ばされてしまった。

幸い帽子は崖下に落ちることなく、すぐ近くの枝に引っかかっていた。


(よかった。ここならなんとか届きそう)


そう思った私は、丈夫そうな木の枝を支えにして帽子を取ろうと手を伸ばした。


「芹香、危ないよ」

「大丈夫、もう届きそうだから…」

「芹香!だめ!」

「え…」


帽子を掴むのと、浮遊感が襲ったのは同時だった。

支えにした枝がバキバキと激しい音を立てて折れた。


「芹香!」


咄嗟に亜美が腕を掴んでくれたけれど、亜美だけでは二人の体重を支えることはできなくて、私達はそのまま沢まで落ちてしまった。

最期に見たのは、澄んだ綺麗な空と山の木々。そして隣で目を閉じる亜美と、私の腕を握る亜美の手だった。




目を覚ますと私は大量の汗をかいていた。

顔の汗を拭い、ベッドサイドに置いていた水を飲んで気を落ち着かせる。


……あんな場所で道から身を乗り出すだなんて。芹香は馬鹿だ。

私が無理に帽子を取ろうとしなければ、亜美は死なずにすんだはずだ。


この人生は、亜美を死なせてしまった私に与えられた挽回のチャンスなのだと思っている。

亜美の幸せを見届けなさいという女神の思し召しなのだろう。


「絶対にエミリアを守らなきゃ…」


シェリー様が来るまであと十日。

私は改めてエミリアを死なせないと強く思った。



◇◇◇◇◇



その後、私は時間を見つけては自分を鍛えていた。

鍛えると言っても筋トレ程度なのでたかが知れているだろうけど、それでも何もせずにはいられなかった。



そして、いよいよ十日が経った。



予定通りなら、今日シェリー様はレオン様と共にこの街に来る。

私は早くに家を出て、街に程近い街道に立っていた。


私はシェリー様…いや、レオン様をこの街に入れるわけにはいかなかった。

なぜなら、この時彼は邪神に取り憑かれているからだ。

そうとは知らない本の中の私達は二人をもてなし、街を案内する。

そして教会に近づいた時にレオン様の中の邪神が暴れ出し、シェリー様に襲いかかる。それに気づいたエミリアがシェリー様を庇って死んでしまうのだ。


私は街道の先を睨む。

本の中では、シェリー様達はまだ日が高いうちに着いていたから、もうすぐ来るはず…。


「……ん?」


視界の先に何かが見えた。

だんだん近づいてくるそれを目を凝らして見ると、確かに本の挿し絵通りのシェリー様がいた。

だけど、そこにいたのはシェリー様だけではなく…。


「オーウェン様にアイザック様!?」


おかしい。シェリー様はレオン様と二人で街に訪れるはずだ。どうしてオーウェン様達と一緒にいるのだろう。

動揺して動けずにいると、ぱちりとオーウェン様と目が合った。


「エステル嬢ではないか。どうした。こんなところで何故一人でいる」

「は、はい!先日アイザック様からシェリー様がいつ頃来られるか聞いていたので、その…はやる気持ちが抑えられなくて、つい来てしまいました」

「そうか。出迎えご苦労様だったな。シェリー様、お伝えしていた世話役の一人です」

「まあ!あなたがですか?」


オーウェン様がシェリー様の方を振り返り、私を紹介する。

シェリー様は私にふわりと笑顔を向けた。


「はじめまして。大司教の娘のシェリーと申します。この度はお世話になります」

「マーシェ家長女のエステルと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」


そう言ってシェリー様は私の手を握る。

シェリー様は、朗らかな雰囲気を醸し出しながら、それでいてとても神秘的な方だった。

握手を終えると、シェリー様の後ろにいた女性が一歩前に出る。


「こちらは護衛のヒルデです」

「え?」


この女性が護衛?

護衛はレオン様ではなかったの?


「どうかされたのですか?」


気づくとシェリー様が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「失礼しました。男性の方が護衛だと聞いていたので、少し驚いてしまって」

「まあ、よくご存知ですね。元はレオンという男性が護衛についていたのです。ですが今は……」

「シェリー様、長旅でお疲れでしょう。話はまた晩餐の際にするとして、街へ入って少しお休みになられてはいかがですか」


そう言ってアイザック様が私とシェリー様の間にぐいっと割り入ってきた。

シェリー様との会話を邪魔をされてしまった私はアイザック様を睨むも、全く意に介していないようだった。


「あら、そうですか?ではそうさせていただこうかしら。エステル様、また改めてご挨拶させて下さい」

「あ、はい…」

「シェリー様、ご案内します」

「ありがとうございます」


そう言ってシェリー様はオーウェン様について行ってしまった。

その場には私と、私を家まで送るようオーウェン様に言われたアイザック様が残された。


「……で、どういうことでしょうか」

「え?」


アイザック様が無表情で私を見下ろしている。


「あなた、本当はここで何をしていたのです?」

「何をって…シェリー様を一目見たいと思ったので」

「違うでしょう?」

「いいえ、そんなことは」

「レオン殿を追い返そうとしていたのではないですか?」

「!」


私の表情を見て、アイザック様は呆れたようにハァ…と息を吐いた。


「図星のようですね」

「……どうして」

「あなたが言っていたのですよ」

「私が?」

「ええ。レオン殿には邪神が取り憑いている、放っておけばエミリア様が邪神の手に掛かってしまう、と」

「え…」

「と言っても、聞いたのは昔のことですよ。弟君が生まれる前です」

「ノアが生まれる前?」

「ええ」


思い返してみると、確かに私は小さな頃は誰かれ構わずに前世の話をしていた。まだ幼くて、これが前世の記憶だとわからなかったからだ。

大人達からは小さな子供の話すことと流されていた。しかし母が妊娠した時に弟が生まれると断言し、名付けの際には発表前にノアと言ってしまったことで、予言だ何だと大騒ぎになった。あの混乱を目の当たりにして以来、前世の話はエミリアにしか話していない。

当時の私はそんな何年も先の話をしていたのかと思ったけれど、アイザック様はレオン様に邪神が取り憑いていることも、そのせいでエミリアが死ぬことも知っていた。きっと話していたのだろう。


「そんな昔の話、よく覚えていらっしゃいましたね」

「あなたから聞いた話を忘れるはずがありません」

「え?」

「と言っても、昔のことなので自信はありませんでした。なのでエミリア様にもお聞きしました」

「エミリアにも?」

「ええ。…とても心配していらっしゃいましたよ」

「エミリア…」


胸がぎゅっとなる。

あの子、自分が死ぬかもしれないのに私のことなんか心配して…。


そこで私ははっとした。


「アイザック様!邪神、いえ、レオン様は!?」

「街に来る前に体から邪神を追い出しました。ひどく体力を消耗されたので、今は途中の宿で療養しています」

「え!?どういう事ですか!?そんな展開知らないんですが!」

「……あなた、うるさいです」

「むぐっ」


アイザック様はあろうことか手で力いっぱい私の口を塞いだ。仮にも令嬢相手になんてことをするのだ。

なんとか手を剥がし、改めて尋ねる。


「どうやって邪神を追い出したのですか?」

「拘束したのち、聖水を満たした浴槽に沈めました。教会に近づくと邪神が暴れると聞いていたので聖水が効くと仮説を立てましたが、予想通りでした。すぐに離れて行きましたよ」


思ったより力業だった。

浴槽に満たすだなんて、聖水をそんな扱い方してもいいのだろうか。


「邪神が憑いているのにどうやって拘束を…」

「中はどうあれ、外は生身の人間なので。方法はいくらでもありますよ」


そう言ってにっこりと笑うアイザック様に私は寒気がした。

ひどく体力を消耗したのは、拘束する時に物理的にあれこれやったからではないだろうか。

おまけに浴槽に沈められて……レオン様、大丈夫なの…?


「よかったですね」

「え?」


顔を上げると、アイザック様が私をじっと見つめていた。


「あなたは見事にエミリア様を守ったのですよ」

「私は何も…」

「実際に邪神を追い出したのは僕達ですが、きっかけを作ったのはあなたです」

「……エミリアは」

「はい?」

「エミリアは、もう死ななくてすむの…?」

「ええ」


はっきりとそう言われ、私は力が抜けてそのまま倒れそうになったが、すんでのところでアイザック様が支えて下さった。


「あ…すみません……」

「いいえ。……長い間、気を張っていらしたのでしょう。ゆっくり休んで下さい」


アイザック様の言葉に安心したのか、私の意識は徐々に遠のいていった。

眠る寸前、何かあたたかくて柔らかいものが額に触れた気がした。




◇◇◇◇◇




よく晴れたその日、領内はお祝いムードに包まれていた。

色とりどりの花が飾られ、人々は笑顔で溢れている。


今日はオーウェン様とエミリアの結婚式である。


教会で夫婦の誓いを交わした後、前世で言うオープンカーのような屋根のない馬車に乗って、民衆に笑顔で手を振る。

そんなエミリアを見て私は涙が止まらなかった。


「あなた、いつまで泣いているのですか」

「っ…アイザック様……」


馬車が見えなくなった頃、私の横にはアイザック様が立っていた。

他の参列者も教会から移動したらしく、残っているのは私達二人だけだった。


「だって、エミリアが無事に今日を迎えられたのが、う、嬉しくて…っ」

「一応聞いておきますが、いつから泣いていらっしゃるのです?」

「今日、起きてからずっとですが…?」

「………」

「何ですか、アイザック様。その顔は」

「いえ、別に」


アイザック様を少し睨むと、ハンカチを差し出されたのでありがたく受け取った。

私のハンカチは涙を吸いすぎてぐちゃぐちゃだったので助かる。鼻でもかんでやろうかと思ったけど勘弁してあげよう。

しばらくそうして話していると、いつの間にか涙は止まっていた。


あの後、シェリー様は無事に最後の神獣の封印を解き、あっさりと邪神を倒してストーリーは大団円を迎えた。

平和になるのは大歓迎だけれど、あまりにもサクサクと進んだので肩透かしを食らった気分だった。

シェリー様は「聖水を浴びたからか邪神はずいぶんと弱っていました」と言っていたようだが、真実は定かではない。


「エステル様」

「はい」

「あなた、ご婚約の予定は?」

「ありません」

「縁談があっても断っているとお聞きしましたが、どなたか想い人でも?」

「そんな人はいません。エミリアを見ていると素敵だなと思いますが、邪神のことでそれどころではなかったので。もしこのままずっとご縁がなければ、家に残ってノアを支えようと思ってます」

「……そうですか」

「?」


急に変なことを聞いてきたのが不思議でアイザック様を見上げる。

ずいぶん距離が近いと思ったら、アイザック様はそっと私の顔に手をやり、まだ目の淵に残っていた涙を指先で拭って下さった。


「エステル様。行き遅れるくらいなら僕のところに来ませんか?」

「え?」


私はアイザック様の言っていることが理解できず固まってしまった。


「……嫁ぐのは諦めて護衛になりませんかというお誘いですか?」

「全く違いますね」


バッサリと返されてしまった。

そのまま固まっていると、アイザック様が耐えきれないように笑いだした。


「……ふふっ…あなたはとても魅力的ですが、その斜め上を行く考え方も僕は好きですよ」

「それはどうも」

「わかっていらっしゃらないようですね。僕は恋愛的な意味であなたに好意を持っていると言っているのですが」

「え?」

「ついでに先ほどの発言は護衛の道を勧めているのではなく、僕の元へ嫁いで来てほしいと言っています」

「……はあ!?」


あまりの衝撃に令嬢らしからぬ声が出た。


「あなたに良いご縁があるのならと遠慮していましたが、そういうご予定がないのなら話は別です。自分で言うのもなんですが、僕は嫁ぎ先として申し分ないと思いますよ」

「アイザック様、ちょっと待って下さい」

「何ですか。僕が夫では不満ですか?」

「不満と言うか…」


そこで私はアイザック様を見てハッとする。

口調こそいつものように淡々としているけれど、若干緊張しているように見えた。


「いつから私を…?」

「初めてお会いした頃ですから、もう十年以上になります」

「初めてって、まだ子供の頃じゃないですか」

「そうですね」

「そうですねって…」


アイザック様は笑みを浮かべながら続ける。


「常にエミリア様を気にかけるあなたを見て、なんて妹君想いの方なのだろうと思いました。まさかこんなに残念……愉快な方だとは思いませんでしたが」

「アイザック様、愉快も褒め言葉ではないと思います」

「そうですか?」


揶揄うように話しているが、私は思い出してしまった。

シェリー様が来た時、ノアが生まれる前の話をよく覚えていましたねと言ったら「あなたから聞いた話を忘れるはずがありません」と返されたことを。


この方は、本気で私を好きだと思って下さっている。

それに気づいた私は動揺を隠せなかった。


「あなたには別の面からアプローチした方がよさそうです」

「え?」


何か言ったようだが、声が小さくて聞き取れなかった。

首を傾げると、アイザック様が何やら意味ありげに笑っている。


「エステル様。僕はオーウェン様の侍従ですが、護衛でもあります」

「はい」

「ですから僕は常にオーウェン様のそばにいますし、公私共に一番近いと自負しています」

「はあ、そうなんですね」

「……あなた、聞く気あります?」

「もちろんです!」


急に話が飛んだのでどうしたのだろうと呆けてしまったが、ジトリと見られて私は慌てて姿勢を正した。


「オーウェン様からは、いずれ僕が結婚し妻を迎えたら家族ぐるみの付き合いをするのもいいなと言われています。僕の妻にはエミリア様の良き話し相手になってくれたら、とも」

「!」


私が大きく反応したのを見たアイザック様は、にこりと笑みを深めて片手を差し出した。


「僕を選べば、一生妹君と離れるとはありませんよ」

「喜んで嫁がせていただきます!」


私は間髪入れずアイザック様の手を取った。

アイザック様は私の気迫に驚いたようだが、すぐに私の返事を理解して、緩く、けれど逃がさないと言うように私の手を握り返した。


「やはりあなたは妹君で釣るのが一番でした」

「釣るだなんて、エミリアをそんな風に言わないで下さい」

「これは失礼しました」

「でも、いいんですか?」

「はい?」

「私、アイザック様のことは男性として好きだと思ってはいませんが」

「構いませんよ。あなたの気持ちがこちらへ向くのを待っている間に、別の誰かに取られる方が苦痛です」

「……っ」


当然のように言われた言葉に胸が騒がしくなった。


「結婚してしまえば時間はたっぷりあるので。あなたとゆっくり駆け引きを楽しむことに決めました」

「そうですか」

「ええ。十年以上あなたを想っているので今更です。今までもこれからも、エステル様だけを想っていますよ」


そう言ってアイザック様は私の手を掬い上げ、そっと唇を落とした。

そんなアイザック様を見て顔が熱くなる。

私がこの人に落ちてしまうのも時間の問題かもしれない。

 

お読みいただきありがとうございました!

エミリア視点のお話も追加予定ですので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。

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