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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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閑話:『兄の誓いと、知らぬが仏の快進撃』

 

 黄金の港ポルト・アウレオ。

 マルコ・ポラーニ商会の執務室には高く積まれた海図と、交易ルートの契約書が散乱していた。

 窓の外遠くには新型の『双胴船』が白波を立てて試験航行を行う姿が見える。風に頼らず煙を吐きながら力強く海を滑るその威容を、レオは熱を帯びた瞳で見つめていた。


「……素晴らしい。これならこれまでの半分以下の時間で結べるぞ」


 レオは徹夜明けで充血した目をこすりながら満足げに呟いた。

 彼の向かいのソファには商会の総責任者であるマルコ・ポラーニと、特区の現場から戻ったばかりのエルディンが死んだ魚のような目でぐったりと身を沈めている。彼らもまたリナが引き起こした「技術と経済の暴走」に巻き込まれ、連日不眠不休の激務をこなしていた。


「……海運網の構築速度には舌を巻くばかりだ」

 マルコが濃いコーヒーを胃に流し込みながら乾いた声で言った。

「まさか、たった一ヶ月でヴェネーリアの旧体制派が握っていた航路に新造船を就航させてしまうとはな……」


「俺一人の力じゃありませんよ。マルコさんの資金繰りとエルディン殿の特区での法整備があってこそです」

 レオは謙遜して頭を掻いた。だがその表情はすぐに真剣なものへと変わる。


「……それに立ち止まっている暇なんてないんです。あの『天翼の軍師』様が描いた青写真はまさに世界を根底からひっくり返すものだ。……この波に乗り遅れたら、俺が目指す未来は手に入らない」


 レオは窓枠に拳をコツンと当て、遠くの北の空――リナがいるであろう方角を見つめた。

 その横顔には若き商人としての野心と、誰かを深く慈しむような温かくも切実な光が宿っていた。


「……俺には守りたい家族がいるんです」

 レオの声が潮風の吹き込む部屋に静かに響く。

「城塞都市の小さな孤児院で待っている弟や妹たち。……そして俺が目を離した隙にとんでもない世界に巻き込まれてしまった大切な妹が」


 マルコとエルディンの肩がピクリと跳ねた。


「妹……ですか?」

 エルディンが冷や汗を滲ませながら恐る恐る尋ねる。


「ええ。リナっていうんです」

 レオはふっと相好を崩した。

「あいつ、昔からとんでもなく頭が良くてね。俺に帳簿の付け方を教えてくれたのもあいつなんですよ。……でも中身は泣き虫で、甘いお菓子が大好きなただの小さな女の子なんです」


 マルコの持つコーヒーカップがカチャリと音を立てて震えた。

 エルディンは息を呑んで硬直している。


 経済特区での打ち合わせ、あるいは帝都での会議。その時に幾度となく目にした光景。

 リナという皇帝陛下お気に入りの小さな書記官。

 そしてその傍らに常に影のように控える氷の副官セラと鋼の騎士ヴォルフラム。

 彼女たちはリナをただの書記官としてではなく、まるで主君に仕えるように完璧な、そしてどこか過保護なまでの忠誠心で護っていた。


 そしてその二人が全く同じ顔、同じ立ち姿であの神秘的な『天翼の軍師』の背後にも控えているのだ。

 偶然? ありえない。

 最初は「双子の姉妹か?」などという馬鹿げた憶測さえ浮かんだ。だが打ち合わせを重ねるうち、軍師の何気ない仕草、声の調子、そして時折漏れる「……甘いお菓子が食べたい」というボヤキ。

 その全てがあの小さな書記官リナの姿と不気味なまでに重なっていく。


(まさかな……)

(そんな馬鹿なことが……)

 そんな二人の異常な冷や汗に全く気づかないままレオは熱っぽく語り続ける。


 そして、レオの言葉がその最後の扉を蹴破った。


「あいつ、頭の良さを買われて帝国軍に書記官として徴用されたのはいいんですが……あの恐ろしい『天翼の軍師』様の直属にされちまったらしくて。……この間もあんな危険なアルビオンの連中に攫われたりして……っ!」

 レオはギリッと奥歯を噛み締めた。自らの無力さへの怒りがその拳を白くしている。


「軍師様は確かに偉大だ。この大陸に平和をもたらそうとしている。……だが俺はあいつが心配でたまらないんです。あの冷徹で底知れない軍師様の下であんな小さなリナがどれほどこき使われ、怖い思いをしているか……!」


「…………」

「…………」


 執務室に墓場のような沈黙が落ちた。

 マルコとエルディンは互いの顔をゆっくりと見合わせた。二人の瞳の中で言葉なき悲鳴が激しく交錯している。


(マルコ:『おい! 待て待て待て! 確か数ヶ月前……』)

(エルディン:『ええ! 我々が箝口令を敷かれたあの極秘情報!』)


 二人の脳裏で雷鳴が轟いた。

 数ヶ月前、帝国中枢から極秘裏にもたらされた背筋の凍るような報せ。


『――天翼の軍師様、ヴェネーリアにて何者かに拉致される』


 その時このポルト・アウレオの港に滞在し、事故に遭い、そして忽然と姿を消した一人の少女。

 書記官リナ。


(マルコ:『い、いやいや、そんな馬鹿な……。だがあの時、書記官リナが消えたのと軍師様が攫われたタイミングは完全に一致している!』)

(エルディン:『それにレオ殿の話が本当なら……書記官リナはアルビオンに攫われたと。……そして軍師様を攫ったのもアルビオン……!』)


 パズルの最後のピースが音を立てて嵌った。

 あまりに荒唐無稽で、しかし完璧に辻褄が合ってしまう戦慄の真実。


(マルコ:『……確定じゃないか!』)


 二人の脳裏に銀の仮面の奥で冷徹に盤面を支配する軍師の姿とレオが語る「か弱い妹」の姿が、致命的なエラーを起こしながらショート寸前で点滅していた。


 レオは太陽のように眩しい、決意に満ちた笑顔を二人に向けた。

「だから俺は早く力をつけなきゃならないんです。……そうすればいつか軍師様に直談判して、リナをあんな危険な最前線から引き抜いて安全な場所で腹いっぱいケーキを食わせてやれるはずだ!」


 あまりにも純粋で気高く、そして――リナの想いと一寸の狂いもなく全く同じベクトルを向いている兄の誓い。

 目的は完全に一致しているのに、その「前提条件」だけが宇宙の果てほどズレている。


 マルコとエルディンはその眩しすぎる兄の愛とこれから彼が直面するであろう「真実」という名の絶望的なギャップを想像し、もはや同情を通り越して仏を見るような目で彼を見つめるしかなかった。


「……ああ。……素晴らしい夢だな」

 マルコが痙攣しそうな頬の筋肉を必死で総動員して引きつった笑みを浮かべた。


「……応援するよ。ああ、心から。……リナ殿もさぞかし『お喜び』になるだろう……」

 エルディンは遠い目をしながら絞り出すようにそう答えるのが精一杯だった。


「ありがとうございます! お二人がいてくれれば百人力だ! さあ、休んでいる暇はありませんよ! 次の『水中翼船』の航路申請書類、夜までに仕上げてしまいましょう!」

 活力を完全に取り戻したレオがバンッと机を叩いて仕事に戻っていく。


 取り残された二人は冷めきったコーヒーを見つめながら心の中で静かに誓った。

(……神よ。……どうか彼が真実を知るその日が少しでも先でありますように……)


 その日の夜。

 マルコとエルディンが執務室で二人きりになった時だった。

「……エルディン。……間違いないよな?」

「……ええ。状況証拠は揃いすぎています」


 二人が声を潜めて囁き合ったまさにその瞬間。

 部屋の隅の闇が音もなく人の形を成した。


「――気づいたか」


 地を這うような低い声。

 現れたのは顔に傷のある無表情な男――ゲッコーの配下の『影』だった。


「……その推論、間違ってはいない。だがそれ以上は詮索無用だ」

 影は二人の喉元に冷たい刃を突きつけるように静かに告げた。

「帝国の最重要機密だ。もしレオ殿を含め、誰か一人にでもこの事実が漏れた場合……。お前たちの商会も都市も家族も、一夜にして地図から消えることになる」

 それは脅しではなかった。ただ冷徹な事実を告げているだけだった。

 影はそれだけ言うと、来た時と同じように音もなく闇へと溶けていった。


 後に残されたのは冷めきったコーヒーと、顔面蒼白のまま硬直する二人の男だけだった。


【輝夜より皆様へ】

活動報告にて、リナたちから皆様へ「重要なご報告」がございます。

https://mypage.syosetu.com/1508709/

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https://x.com/Lina_age8

https://gcnovels.jp/book/2128

△公式X、スタートです!!(プレオープン?)

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― 新着の感想 ―
可能性は低いでしょうが、もしレオを手に掛けたら ゲッコーらとの亀裂だけじゃ済まない事態になるんだろうね
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です 閑話:『兄の誓いと、知らぬが仏の快進撃』」拝読致しました。  レオ兄ちゃん、マルコと、調整役のエルディンに報告中。 …
マルコとエルディンは強く生きてクレメンス… まさかの身バレで一番の想定外がレオというね…w
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