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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第305話:『慈悲の偽装、薬を包む袋』

 

 北の乾いた風が、『忘れられた神々の遺跡』の石柱の間を吹き抜けていく。

 かつて静寂に包まれていたこの場所は、今や新たな時代の産声で満ちていた。帝国軍の工兵たちが槌音を響かせ、未来の『道の駅』の基礎を築いている。


 その喧騒から少し離れた遺跡の中央、天幕の下に設けられた臨時会議場。

 三部族の長――バラク、ゴード、エルラ――とその側近たちが、目の前の光景に息を呑んでいた。

 彼らの前に、麻の袋が小山のように積み上げられている。中身はあの『黒い病』を根絶やしにする奇跡の薬草、『星影草』。その量は一部族どころか、北の民全体に行き渡っても余りあるほどだった。


「――これは、帝国からの『贈り物』です。無償で提供いたします」


 銀の仮面の下から響く声は、どこまでも静かだった。

 だが、その一言が持つ意味はあまりに重い。


「……む、無償だと!?」

 最初に声を上げたのはゴードだった。彼の驚愕は、他の二人も同じだった。これほどの価値を持つものをただで与えるなど、常軌を逸している。


 私は彼らの動揺を意にも介さず、淡々と指示を下した。

「まず、信頼関係のある部族――あなた方が声をかければ応じるであろう者たちに、即座に一定量を配ってください。民を救うのに時間はかけられません」

「そして……」


 私の声が、わずかに低くなった。

「クルガン寄りの部族、あるいは我らに敵意を向けている部族に対しても、『これは我らからの内密の施しだ』と称し、同じように無償で分け与えるのです」


「なっ……! 敵に塩を送るというのか!」

 ゴードが再び声を荒らげる。エルラの能面のような顔にも、初めて困惑の色が浮かんだ。

 だが、バラクだけが黙って私を見つめている。この少女がただの善意で動くはずがないと、彼は知っていた。


 私は積み上げられた山の中から、一つの袋を取り出した。

 それは北方民族が使う質実剛健な麻袋とは全く違う、異質なものだった。

 南の国でしか採れない植物の繊維で編まれ、独特の滑らかな手触りをしている。そして何より袋の口を縛る紐には、彼ら北方民族が古来より「不吉」として禁忌とする、鮮やかな紫色の染料があしらわれていた。

 誰もが見過ごしようのない、強烈な違和感を放つ袋。


「配布する際は必ず、この袋に入れて渡してください」

 私の声は、それまでの穏やかさとは一転し、鋼のような響きを帯びていた。

「そして受け取った部族には、こう伝えなさい。『新しい薬草が手元に来ても、必ずこの古い袋から先に使うように』と。……これは絶対の条件、厳命です。必ず守らせてください」


 その理解不能な命令に、三人の族長はただ首を傾げるばかりだった。

 だが、その異様さの裏にある真意を、ただ一人だけが正確に読み取っていた。

 バラクたちの背後に控えていた、元カナンの民のナディム。

 彼は、かつて商人として大陸中を渡り歩いた男だ。その瞳の奥でリナの意図を理解し、微かに頷いた。


「これで、多くの部族を味方にできるな!」

 ゴードが単純な善意だと信じ込み、意気揚々と声を上げる。


 だが、私の顔は真剣そのものだった。

「そうなれば良いですが……目的は、恩を売ることではありません」

 私はナディムに向き直った。その瞳は、共犯者を探すように鋭く光っている。

「ナディムさん。この袋の管理と、どの部族にいつ、どれだけ渡したかの正確な記録……あなた方、カナンの民にお任せできますね?」


 ナディムはその意図を理解した上で、深く、慇懃に一礼した。

「――お任せください、軍師殿。我々カナンの民が、この袋一つひとつに、決して消えぬ『意味』を持たせてご覧にいれましょう」


 そのやり取りに、ゴードとエルラはただならぬものを感じ取っていた。

 私は最後にバラクに向き直った。その声は、他の二人には聞こえぬよう、わずかに潜められていた。


「――バラク殿」

「……はっ」

「そして危急の折には、あなたの思うように残りの薬草は用いて構いません。部族の立場を守るため、クルガンへの忠誠を示すため……最も良いと思われる使い方をしていただいて結構です」


 それは彼に全権を委ねるという、最大限の信頼の言葉だった。バラクの目に、一瞬だけ驚きと感謝の色が浮かぶ。

 だが私はその瞳を射抜くように、氷のように冷たい一言を付け加えた。


「――ただし。あなた方の手から直接配布できなくなった場合……。その時は何があっても、この『袋』は決して使わせないでください。絶対です」


 ぞくり、と。

 バラクの背筋を冷たいものが走り抜けた。

 信頼の裏に仕込まれた、絶対の禁忌。この袋こそがこの計略の心臓なのだと、彼は悟った。


「それと、時間はもうないかもしれません。緊急に、速やかにご対応を」


 私の声には、もう何の感情もなかった。ただ盤面を動かす、冷徹な響きだけがあった。

 バラクは言葉を失い、ただ深く、深く頷くことしかできなかった。


 会議が終わった後も、バラクは一人、あの紫色の紐がついた袋を手に取り、考え込んでいた。

(……あの嬢ちゃんは、一体何を仕掛けたのだ?)

 袋の感触は滑らかで、ただの入れ物だ。だが、その裏に隠された鋭い刃の存在を、彼は確かに感じ取っていた。


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 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第305話:『慈悲の偽装、薬を包む袋」拝読致しました。  道の駅の基礎工事。  その様子を見守る族長たち。  で、彼…
更新お疲れ様です。 リナの『深謀遠慮』 さすがに今回はリナの撒く『毒』の意味までは分かりませんね(^^;; 作者様の壮大?な謀の全容が楽しみです^^ 次回も楽しみにしています。
 ふーむ、リナの真意はわかりませんが、専用の袋を用意するというのは、偽の薬草(毒)を警戒してかな?。ほかにも理由がありそうだけど、リナはヴィクトルを過小評価せず油断していないという感じでしょうか。  …
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