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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第258話:『賢者の問い、皇子の驚愕』

 

 砦へ帰還した私たちはシュタイナー中将の作戦室へと直行した。

 ランプの灯りが揺れる室内には中将と、私の正体を知るセラ、ヴォルフラムだけが待っていた。そしてその隅には「陪席を許された」ユリウス皇子、レオン、ゼイドの三人が緊張した面持ちで佇んでいる。


 私は『天翼の軍師』として会談の顛末を簡潔に、しかし要点を外さず報告した。バラクとのやり取り、クルガンの圧政、そして病に関する提案。

 一通り語り終えると、シュタイナー中将は腕を組んだまま地を這うような声で唸った。

「……ふん。面白い手だ。成功すれば、血を流さずして北の脅威を半減させられる。……だが、可能なのか?」

「成功する可能性は非常に高いと考えています」

 きっぱりとした私の返答に中将は満足げに頷いた。


 そのやり取りをユリウスたちは息を詰めて見守っていた。

 レオンは私が語った「目に見えぬ虫」という言葉に戦慄していた。空想にしか上った事がない話を私はいともたやすく口にした。その知識の源は一体どこにあるというのだ。

 ゼイドはただただ感嘆していた。剣も魔法も使わず屈強な部族長と渡り合う。それが軍師の戦い方。

 そしてユリウスは私が背負うものの重さに、ただ胸を締め付けられていた。


「この件、王都のグラン宰相と相談したく存じます。彼女ならばこの病について何か知見を持っていると思われます」


 ◇◆◇


 北壁の砦に夜の帳が下りていた。

 風が城壁を撫でる低い唸りだけが響く中、私の私室はランプの灯りで温かく照らされていた。その小さな光の輪の中に三人の若き獅子たちがいる。ユリウス皇子、レオン、そしてゼイド。セラとヴォルフラムは部屋の両脇に影のように佇み、その完璧な護衛体制がかえって室内の緊張を高めていた。


「今後の勉強のためです」

 シュタイナー中将にそう言って許可を取り付けた会談。その本当の目的は彼らに「これからの戦い方」を見せるためだった。

 レオンとゼイドは借りてきた猫のように背筋を伸ばし、部屋の隅々まで視線を走らせている。その顔には隠しようもない緊張が浮かんでいた。ユリウス皇子だけが好奇心と期待に満ちた瞳で、テーブルの中央に置かれた一つの黒い箱を見つめている。


「静かにしていてくださいね」

 私はそれだけ告げると、『囁きの小箱』のボタンを押し込んだ。数度の短い振動の後、ノイズ混じりの静かな声が部屋の空気を満たす。

『――こちらグラン。待っておりましたわ、リナさん』


 私は昼間の会談でバラク族長から聞き出した情報を淀みなく語り始めた。

「グラン宰相。北方諸族を蝕む病についてです。症状は土に触れた傷口からの一部組織の壊死、高熱、そして死に至る。彼らはそれを『呪い』と呼び、神聖視する特定の土壌で発生しやすいと信じています。生活様式はご存知の通り遊牧が主で……」

 私の口から紡がれる聞き慣れない単語の数々。ユリウスたちは眉をひそめ、その意味を必死に咀嚼しようとしている。レオンでさえペンを走らせる手が何度か止まり、首を傾げていた。


 通信機の向こうでグラン宰相が仮説を紡ぎ出す声が聞こえる。

『……症状から見て土壌に生息する未知の菌による感染症の可能性が高いですわね。類似の症例が古代王朝の末期に流行した『黒斑熱』の記録に残っています。ですが、それだけでは説明がつかない点がいくつか……』

『リナさん、彼らの生活様式についてもっと詳しく。食事は? 水源は? 家畜との接触は?』


 質問と回答。

 二人の間で交わされる言葉の応酬はまるで異国の言葉を聞いているかのようだった。数百キロの距離など存在しないかのように二人の思考は一つの問題に挑み、互いの知識をぶつけ合い、より高次の結論へと向かっていく。

 その光景にユリウスの心は激しく揺さぶられていた。


(壊死……菌……感染症……)


 聞いたこともない言葉の奔流が彼の頭を殴りつける。帝王学の書には記されていなかった全く未知の世界。隣のレオンですら時折ペンを止めて眉根を寄せている。彼にも理解が追いついていないのだ。

 だがリナ殿と声の主であるグラン殿は、まるでそれが世界の共通言語であるかのように淀みなく対話を続けている。当たり前のように互いを理解し、一つの結論へと向かって突き進んでいる。

 グラン殿は王国の元賢者。書物に埋もれて生きてきたと聞く。彼女が知っていても不思議はない。だが、リナ殿は? 孤児院で育ち本に触れる機会さえ限られていたはずの彼女が、なぜこれほどの知識を? 彼女は一体どこでこれを学んだというのだ?


 圧倒的な知性の奔流。その前に彼はただ打ちのめされるしかなかった。悔しさよりも畏怖が勝る。自分はまだこの少女の足元にも及ばない。未来の皇帝としてこの国の頂点に立つべき自分が。その事実が彼の矜持を鋭く、深く抉った。


 長い対話が終わり、グラン宰相が「……分かりました。一晩時間をください。必ずや答えを見つけ出してみせますわ」と力強く告げ、通信は途絶えた。

 部屋にはランプの油が爆ぜる音と三人の若者の荒い呼吸音だけが残された。


あとがき集、更新しました♪(あとがきは、別途進行中です。今更ですが(笑))

【あとがき集】天翼の軍師様は作者に物申したいようです

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 知の偉人たちの高度な問答に畏怖と疑問の三人・・・・ 王国と帝国の最高頭脳二人に解けない難題は無し!? 次回も楽しみにしています。
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第258話:『賢者の問い、皇子の驚愕』」拝読致しました。  正式な報告。王子たちもいるのね。  フフン、そう来たか。…
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