第259話:『獅子たちの問い、軍師の休息』
『囁きの小箱』が沈黙し、部屋に現実の静寂が戻ってきた瞬間。
それまで息を殺していた三人の若き獅子たちが、堰を切ったように動き出した。
「リナ殿!」
最初に声を上げたのはレオンだった。彼の知的な瞳は純粋な好奇心と興奮にギラギラと輝いている。
「先ほどの『感染症』とは!? 『菌』とは何なのですか!? 一体どこで……!」
矢継ぎ早の質問は、もはや尋問に近かった。
「すごい……! リナ殿!」
ゼイドもまた子供のように目を輝かせて詰め寄る。
「言葉だけで遠くの人間と力を合わせるなんて……!」
二人の熱に浮かされたような勢いにユリウス皇子だけがついていけず、ただ呆然と「……壊死……菌……」と先程の言葉を反芻している。
その熱狂に氷のように冷たい壁が立ちはだかった。
ヴォルフラムが音もなく一歩前に出て、その体で三人の進路を塞ぐ。
「――お控えください」
セラの静かな、しかし有無を言わせぬ声が部屋の空気を凍てつかせる。
「リナ様はお疲れです。これ以上の……」
「セラさん。……ありがとう」
私が疲れた声でその言葉を遮った。
「ですが、大丈夫。……皆様。一刻だけお時間をいただけますか? その間に食事と湯浴みを済ませてしまいますので。……その後で少しだけ」
その言葉に三人はハッとしたように我に返った。
そうだ。この少女は朝からずっと動き続けていた。大人との交渉、説得、そして今しがたの脳が灼けるような知的な話し合い。その全てをこの小さな体で。
そして自分たちはただそれを「見ていただけ」だ。
「……いや」
ユリウス皇子がかぶりを振った。
「すまなかった、リナ殿。……いや、天翼の軍師様。我々の問いは急ぐものではない。……後日、日を改めてお願いしたい」
「そうだね。少し我々も頭を冷やそう」
レオンもゼイドも自らの浅慮を恥じるようにバツが悪そうに頷いた。
「ありがとうございます。助かります。……雑談くらいでしたら数刻後でも構いませんよ?」
「いや、良い。……セラ殿。 問題なければ声をかけてくれ。……では、また。レオン、ゼイド、行くぞ」
三人が退出していく。その背中を見送り、私はようやく張り詰めていた息を吐き出した。
途端に全身を鉛のような疲労感が襲う。
「……さて、リナ様」
セラさんが私の前に屈み込み、その顔を覗き込んできた。
「皇子殿下方はなかなか見どころがありそうですわね」
「特にゼイド殿は素直でよろしいのでは?」
ヴォルフラムさんも少しだけ口元を緩ませている。
「……それより、セラさん。……お腹が空きました……」
私の情けない呟きに二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
「食事と湯浴み、どちらも完璧にご用意できているようですが、いかがなさいます?」
セラの言葉が終わるか終わらないかのうちに部屋の扉が控えめにノックされた。
そこに立っていたのは完璧な微笑みを浮かべた侍女長クララだった。
「リナ様。お食事は温かいものを。お風呂は薬草を浮かべてございます」
「……クララさん……。本当に、どこにでも現れるのですね……」
私の声にはもはや驚きではなく、感嘆と呆れが入り混じっていた。荒野でのティータイムの後、彼女たち支援部隊は別行動で砦に戻っているとは聞いていたが、その仕事の速さと完璧さは私の想像を遥かに超えている。
「皇妃陛下より『リナ様に、この北壁の地においても、最高の安らぎを提供せよ』との御下命がありましたので」
その背後で数人の侍女たちが音もなく立ち働いているのが見えた。
私の知らないところで完璧な支援体制が稼働している。
私はもう何も言う気になれなかった。
(……これが皇妃様の『ご配慮』……)
私はただ温かい湯船と美味しい食事の誘惑になすすべもなく、身を委ねることにしたのだった。
(今日のボソ)うん。もう、身を委ねてしまおう。
(追ボソ)美味しい〜っ♪あま〜い♪
(さら追)あ~...生き返る...気持ち...い...すぴ〜




