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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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茶話会:『海竜の港、影の囁き』

 

 陽光が石畳を焦がし、逃げ水が揺らめく港町『サンタ・ルチア』。

 聖王都の荘厳さとは真逆の、剥き出しの活気と欲望が渦巻くその港に、白銀の高速艇『アルバティン』が音もなく滑り込んだ。


 エンリコ・ダンドロ少将は、タラップが下ろされるや否や、艦橋から甲板へと降り立つ。肌を焼く陽光よりも先に、彼を苛んだのはこの街に満ちる異様な熱気だった。

(……妙だな。街全体が、何かを期待するように浮足立っている)

 彼の策略家としての嗅覚が、水面下の不穏な流れを敏感に嗅ぎつけていた。


 そこへ、港の雑踏から一人の男が、まるで影が滲み出すかのように姿を現した。この地に潜伏していた『蜘蛛の糸』だ。男は前に進み出ると、周囲に鋭い視線を一度走らせ囁いた。

「――リナ様ですが魚市場のソフィアという女傑に匿われていました」


(魚市場……か。なるほど、合理的な潜伏場所だ)

 エンリコは静かに頷く。だが、その隣で話を聞いていたマリアの瞳が、好奇心にきらりと光った。


「女傑ですって? 面白そうですね」

 彼女は扇で口元を隠し、愉しげに囁く。

「その方にもご挨拶しておきませんといけませんわね。リナがお世話になったお礼も兼ねて」


 その言葉を受け、エンリコはマリアへと向き直った。

「その『魚市場』に行かれるのであれば、私が手配した者たちもお連れください」

 彼の視線の先、船の影から現れたのは、歴戦の海兵たちだった。その目つきは鋭く、衣服の下の筋肉は鋼のように張り詰めている。

「……ここにはアルビオンの者も多くいます。それに、街も少々浮ついているようですしな」


「あら、ご親切にどうも」

 マリアは優雅に微笑むと、セラを伴い、海兵たちを従えて喧騒の中へと消えていった。

 エンリコはその背中を見送りながら、独りごちる。

(……それにしても、この街の空気。何か派手にやらかした者がいたようだな、これは)


 彼の予感は、すぐに確信へと変わった。

 待つ間、街に放っていた諜報担当の海兵が、駆け込んできた。


「少将閣下! ゲッコー殿は、ただ潜入されたのではなかったようです!」

 海兵は、市場の者たちから聞き出したという、にわかには信じがたい事を語り始めた。

 町中を風のように走りぬけ、空を跳ぶ、黒い影の男。その伝説は、尾ひれがついて既に港の酒場の肴となっていた。


(……なるほど。街を浮つかせている熱の正体は、それか)

 エンリコはこめかみを押さえ、深いため息をついた。

(必要なこととはいえ、なかなか熱い男らしい。……もう少々、密やかに行えなかったものかな……)


 やがて、マリアたちが戻ってきた。だが、彼女と共にいたはずのセラはいない。

「行き先は確定ですわ、少将。……セラは、もう少し街に残って調べものがあるそうですから」

 マリアはそう言うと、意味ありげに微笑んだ。


 その頃、セラは一人、港の組合事務所にいた。

 魚市場のソフィアから『まあ、別に見られて困るような物は無いから、かまやしないが…』と、帳簿の閲覧許可を取り付けたのだ。リナから最も信頼できる人として、聞いていたらしい。

 目の前には、うず高く積まれた羊皮紙の山。インクと潮の匂いが混じり合う中、彼女の翠の瞳が、驚異的な速さで数字の羅列を追いかけていく。

(……おかしい)

 彼女の指が、ぴたりと止まった。

 ここ数ヶ月の、アルビオン船籍を名乗る複数の商船による、特定の物資の購入記録。その量が、尋常ではない。

 干し肉、保存用の塩、そして薬草。どれも長期航海や軍事行動に不可欠なものばかり。購入量は、数百人規模の人間が数ヶ月は生活できる量に達している。

(これだけの物資を、ただの商船が中継港で補給する理由は、ない。……彼らは、この先に『消費地』――つまり、大規模な『拠点』を構えている……!)


 ◇◆◇


 エンリコは海図を一瞥し、艦橋へと向かった。そこへ、セラが駆け込んでくる。

「エンリコ少将! アルビオンは、我々の想定を上回る規模で動いている可能性があります!」

 彼女は息を切らしながらも、帳簿から割り出した物資の量を正確に報告する。その的確な分析に、エンリコは目を見張った。

(……なるほど。軍師殿の副官も、ただ者ではないか)

 セラの報告は、エンリコの「勘」を「確信」へと変える、決定的な証拠となった。

「――ロッシ中将、こちらエンリコだ。……敵の巣穴の正確な位置を伝える」

 海図の座標を、冷静に、一つ一つ正確に伝えていく。その声は、もはやただの伝令ではなかった。二つの艦隊を動かす、もう一人の指揮官の声だった。


 通信を終え、エンリコはマリアに向き直る。

「さて、聖女殿。我々も急ぎ――」

「いいえ」

 だが、彼の言葉を遮ったのは、マリアの氷のように冷たい声だった。


「わたくしたちは、聖王都へ戻ります」

「……何と?」

「ライナー衛士長が、そろそろデニウス・ラウルを確保している頃合いでしょうから」


 彼女の瞳は、もはやリナが向かった海域を見てはいなかった。その視線は、さらにその先を見据えている。

「距離的に、ロッシ中将の艦隊の方が間違いなく先に着く。しかも、最強の『剣』と『盾』を乗せて。わたくしたちが今から駆けつけても、戦の後片付けを手伝うくらいしかできますまい」

 マリアは扇を優雅に広げ、その影からエンリコを射抜いた。


「ならば、わたくしたちが優先すべきは何か。……アルビオンという不確かな敵について、あらゆる情報を得ることです。あのデニウスという男は、そのための極上の『情報源』。それを確実に手中に収めることこそが、今、最も優先すべきこと。そうは思いませんこと?」


 その、あまりに冷徹で、大局を見据えた判断力。

 エンリコはしばし言葉を失い、やがて、その唇に愉悦の笑みを浮かべた。


「最大船速。針路、聖王都『蓮華』!」


 彼の号令が再び艦橋に響き渡る。

 二人の策略家を乗せ、白銀の船は再び白波を立てて大海原へと滑り出した。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 茶話会:『海竜の港、影の囁き』」拝読致しました。  聖王国の首都と結構近い港町、サンタ・ルチア。  ヴェネツィア領土…
更新お疲れ様です。 リナ不在の中、様々な思いや策略が交差し・・・・ マリアの妖艶な微笑が垣間見えるようです^^ 次回も楽しみにしています。
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