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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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茶話会:『白亜の港、盤上の駆け引き』

 

 聖王都『蓮華』。その名は白亜と祈りの都を謳う。

 だが、帝国海軍が誇る最新鋭艦『アルバティン』の艦橋から港を見下ろすエンリコ・ダンドロ少将の目には、その敬虔さとは程遠い俗世の澱みが映っていた。大神官たちの法衣の下に隠された権力欲。行き交う商人たちの剥き出しの打算。それら全てが、陽光に輝く白亜の壁に落ちる、拭い難い染みのようだ。


 骨董趣味のようなティーカップを指先で優雅に弄びながら、彼は届けられたばかりの報告書に目を通す。聖女マリアの外交手腕は、確かに見事というほかなかった。


(あの女狐。貸し借りと脅しを飴と鞭のように使い分け、老獪な大神官どもを見事に手懐けたか)


 まるで観劇の感想を漏らすように、エンリコは小さく息を吐いた。彼女が聖王国という舞台を整えている間、自分は自分の仕事をこなすだけ。彼の張り巡らせた『耳』――海軍の情報網は、聖女が動かす『蜘蛛の糸』とは別に、この港の潮の流れとその底にある濁りを静かに読み解いていた。


 やがて、一人の士官が音もなく彼の脇に立ち、封蝋された書簡を差し出す。

『デニウス・ラウル、依然として市内に潜伏。配下の者が頻繁に港の酒場に出入りし、何者かと接触』


(ほう。この清浄なる都にも、アルビオンの根は深く張られているらしい)

 エンリコはカップをソーサーに置くと、それ以上深追いするなと短く命じた。下手に刺激すれば、蛇は穴に逃げ込む。今はただ、その尻尾の動きを静かに見守るのが得策だった。


 そして、運命の日。

 艦橋の重い扉が勢いよく開けられ、副官のライナーが転がり込んできた時、エンリコは全てを察した。息を切らし、軍服の襟元も乱れたライナーの姿が、事態の急変を何よりも雄弁に物語っていた。


「エンリコ少将! マリア様は!?」

 息を切らし、軍服の襟元も乱れたライナーの姿が、事態の急変を何よりも雄弁に物語っていた。彼がこの聖王都に残ってデニウス捜索の指揮を執っていた間に、サンタ・ルチアへ向かったゲッコーからの、命を繋ぐ報せだった。

 その声に応えるように、艦橋の奥から聖女マリアが姿を現す。

 ライナーは震える指で羊皮紙を解くと、そこに記された暗号を、魂ごと焼き付けるかのように読み上げた。


「――『リナ様、発見。……ただし、アルビオン連合王国の輸送船、その船上にて』!」

「――『雛は、自ら狼の巣へ。……俺も続く。……あとは、頼む』!」


 絶望を孕んだその報告の中に、エンリコだけが確かな光明を見出す。


(サンタ・ルチア……)


 これで全ての点が線で繋がった。

 天翼の軍師は聖王国にはいない。デニウスはこの街で空振りを続け、その間にまんまと別の港から大海原へ漕ぎ出した。これは天翼の軍師が何らかの策を巡らせた結果とみて良いだろう。それを嗅ぎつけたゲッコーという男、見事な嗅覚だ。


 その時、再び艦橋の扉が開かれた。衛兵の制止を振り払うように現れたのは、聖女マリアその人だった。


「少将、すぐにサンタ・ルチアへ船を出してください」


 マリアの声が、氷を砕くように鋭く響いた。

 だが、エンリコは動じない。彼は空になったティーカップをカチャリと音を立ててソーサーに戻すと、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。

「聖女殿。今この『アルバティン』でサンタ・ルチアへ向かっても、間に合いますまい。大海原で一隻の船を探すのがどれほど困難か……海を知らぬ貴女でもお分かりのはず」

 そして彼は、中央の海図台に広げられたチャートの一点を、細く長い指でトンと叩いた。王国沖に浮かぶ、無人島の一群。

「アルビオンの輸送船が向かう先……その『拠点』の場所は、おそらくここです。直接、こちらへ向かうべきかと」


 エンリコの冷徹な指摘に、マリアは悔しげに唇を噛む。だが、彼女はすぐに顔を上げた。その瞳は既に、その先の未来を見据えている。

「あなたの『勘』、当てになりそうですわね。ですが」

 彼女はエンリコの目を真っ直ぐに見据え、言い放った。

「いえ。だからこそ、サンタ・ルチアへ向かうのです。その勘を『確信』に変えるために。万が一、彼らがアルビオン本国へ針路を取っていた場合、取り返しがつかなくなりますわ。ゲッコーならば必ず、船の最終目的地に関するより詳細な情報を残しているはず。それを回収し、確信を持って敵の喉元へ刃を突き立てる」


「……なるほど」

 エンリコは、熱に浮かされることなく最善手を見抜く彼女の判断力に、純粋な感心を覚えた。


「それに」マリアは不敵に微笑む。「手は打ってありますわ。私がここにいる間、セラには連絡を取ってもらっていました。アクア・ポリスでは『鋼のトビウオ』の建造をほぼ完了し、『黒曜の疾風』も既に到着済み。帝国の盾たるヴォルフラムも合流し、準備が整い次第ポルト・アウレオ方面へ向かうよう指示してあります。王国方面へ向かっていた場合は、彼らが最速で対応できる。……あらゆる事態に対応するためですわ」


 そのあまりに周到な布石に、今度はエンリコが虚を突かれた。

(いつの間に……。この女、ただの奇跡使いではない。あの『天翼の軍師』と渡り合うだけのことはある、か)


「――分かりました、聖女殿」

 エンリコは初めて、彼女という駒の価値を認め、軽く一礼した。

「貴女の采配に従いましょう。最大船速! 針路、サンタ・ルチア!」


 彼の号令が艦橋に響き渡る。すぐさま銅鑼の音が鳴り響き、帝国が誇る最新鋭艦は重々しく岸壁を離れた。

 二人の策略家を乗せ、船は白波を立てて大海原へと滑り出す。


 エンリコは艦橋から、夕陽に染まり始めた聖王都の尖塔を見つめていた。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 茶話会:『白亜の港、盤上の駆け引き』」拝読致しました。  エンリコの回想の続き。  美しい聖王国の首都。しかし中身は…
更新お疲れ様です。 リナとマリアとエンリコ三人が集まるとどんな相乗効果になるのか!? 『混ぜるな危険』でえらい事が起こりそう・・・・ まあとばっちりはハヤトが身を挺して受けてくれそうだがww 次回…
筆がのってるのでしょうか? 読者としてはとっても嬉しいです 書籍化大変でしょうが楽しみです 冷え込むから気をつけてください
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