伏竜
──何もない。
それが遺跡に入ってすぐに抱いた感想だった。
前にリシアと二人で入った遺跡は、どちらもそこにかつて人が存在していたことを示す様々な痕跡が残っていた。
しかし、この遺跡にはそれがない。
無論、机や椅子に照明といった備え付けの設備はある。が、その他に目につくものは一切なく、使われた形跡もない為、まるでモデルルームのような印象を覚える。
「なんていうか……殺風景な場所ね。無機質というか」
例によってクロエが率直な感想を漏らす。
「ん、お陰で歩きやすい」
「だな。前の遺跡では散らかり放題なせいで大変だったし、邪教の祭壇みたいなのがあちこちにあって気味が悪かったんだよな……」
あれと比べれば殺風景な方が余程マシというものだ。
しかし今にして思えば、最初の遺跡にあった祭壇や壁の文字などは、旧文明の技術を欲する何者かが、魔術的な解析を試みていた形跡なのではないだろうか。
と、そこまで考えて、何か大事なことを忘れているような感覚に陥る。
「ところでリシアちゃん、叔父様はいつもどうやって遺跡を壊してたの?」
遺跡の、破壊……。
「父さんはいつも、一番奥の部屋に魔術を放ってた」
「え、いくらアンタの父親が凄いって言っても、それだけでこんな広さの場所を破壊するのは難しくない?」
いや、それは問題にならないのだ。何故なら──
「そうすると大抵の場合、少ししてから勝手に吹き飛ぶ」
──遺跡は自爆機能を備えているからだ。
うん、今の今まで完全に忘れてたが……そういや自爆させる必要があるんだった……。
「へー。結構楽なのね」
「大変なのはその後だからな……」
『確か前の遺跡では、レストさんがうっかり自爆装置を起動させてしまって、映画のラストシーンみたいなことになったんでしたっけ』
「大迫力だった」
「背後まで爆風が迫ってたからな……あれ、親父さんが間に合わなきゃ死んでただろうな……」
あの速度でギリギリだったのだ。俺とリシアだけでは化身しても逃げ切れなかっただろう。
「いやいや……白狼族の使命、ヤバすぎじゃない?」
「コトノハは今、金狐に生まれたことに全力で感謝したい気分よ……」
ドン引きするクロエとコトノハ。
まぁそんな危ない橋を毎度渡ってると聞かされればそうなるわな……。
「普通はもっと、十分な距離を取ってからすることだから」
「いやそれでも一歩間違えば終わりでしょ……」
「俺もあんなのは二度と御免だから、他の方法を今考えてるよ……」
そんな話をしながら歩くこと数分。
俺たちは何事もなく、目的の場所にたどり着いた。
「ここが一番奥かしら?」
「多分そう」
『モニターの配置なんか見るからに司令室って感じですしね』
「で、レスト、良い方法は浮かんだの?」
「それなんだが……イロハ」
『はい?』
「ハッキングして遠隔で自爆させたり出来ないか?」
『いやぁそれは無理だと思いますよ……? だってここ、出来たばかりですから重要な情報とかは特にないでしょうけど、腐っても軍の基地な訳ですし』
「やっぱ厳しいか……」
というかよく考えたら待望の軍の施設なのに、造られたばかり故に腕輪のことは調べられないわ、にも関わらずセキュリティだけは無駄に堅いわといいこと一つもねーな。
『あ、試したらいけました』
メインフレームとおぼしきものに、有線で接続したイロハが事も無げに言う。
「マジかよ! 凄いなおまえ!?」
こいつ、本当に戦闘以外では有能だな!
『あー……いや、それがそうでもなかったり……』
「?」
『どうもセキュリティが全く機能してないみたいなんですよね……なので特に苦もなく中枢まで掌握出来てしまった次第で』
「え、流石にザル過ぎでは?」
『いえ、恐らく件の基地複製ナノエフェクトの不具合ないしは初期設定がされてないって感じではないかと。あと完全にスタンドアローンな状態なので、遠隔操作は無理ですね』
「なるほど……」
そもそも今現在も動作していることが異常なのだ。全てが十全に機能しているとは思えない。
「安全に壊せるなら何だっていいでしょ」
「だな。ってことでイロハ、頼んだ」
『了解です。ところで時間設定はどうします?』
そうか。遠隔操作が出来ない以上、時限式にするしかないのか。
「ここから洞窟を出るまでにかかる時間を考慮すると……余裕を持って30分後くらいにしとくか」
『はいはい。……セット完了っと』
「よし、とっとと撤収するぞ」
「おいおい嘘だろ……」
洞窟から出ると、目の前に緋竜がいた。
どうやらこちらが洞窟内に逃げ込んだと当たりをつけて、待ち伏せていたようだ。
「大丈夫、少なくとも今は隠形が効いてるから、こちらが見えてないはずよ」
最悪に備えて出口に差し掛かる少し前に、隠形を頼んでおいて助かった。
遺跡が吹き飛ぶまで後もう少しなのだ。それまで時間を稼げれば、緋竜との戦闘という最悪の事態は避けられる。
「ふと思ったんだけど、この状態で奇襲すれば倒せるんじゃないの?」
「全員で一斉にかかれば、いけるかな」
「おい」
何で君たちはそう好戦的なの。
俺は二人を諌めようと口を開きかけるが、
「隠形による奇襲は即座に露見するだけだから、絶対やめてね??」
その前にコトノハが釘を刺してくれた。
「倒せても倒せなくても不味いから俺も止めるつもりだったが、その口振りだとそもそも隠形による奇襲は成立しないのか?」
前者はもうすぐ正気に戻る救助対象を仕留めてどうするという話だし、後者は単純に返り討ちを懸念してのことだが、失敗することを確信しているのが気になる。
「生き物って敵意や殺意に敏感で、攻撃の意思を無意識に感じ取れるの。そうなれば当然、何者かの存在を疑うわよね? その結果、隠形の効果は一気に落ちるから……」
「精々先手を取れる程度で、完全な不意打ちにはならない、か」
あくまで戦闘を避ける目的でしか使えないらしい。
「レスト、どうする?」
「……下手に動いて万が一にも気取られるのも怖いが、もし吠えられたらってことを考えると、とどまるのも危ないよなぁ」
『今見つかっても洞窟には引き返せないですしね……』
と、そんなやり取りをしていると、目の前の緋竜がおもむろに首をもたげて、盛大に咆哮をあげた。
そして何かに気付いたように、ゆっくりとこちらに顔を向け、口を大きく開くと──
「……っ!!」
刹那、俺は緋竜に飛び掛かり、ブレスの軌道を逸らすべく腕を変化させて全力で横面を殴り付けた。
それが功を奏し、ブレスはあらぬ方向に向けて放たれ、事なきを得る。
「レスト!?」
「あっぶねぇ! 寿命が縮んだわ!!」
ぼやきながら緋竜の目の前に着地した俺は、
「とにかくブレスがヤバいから極力距離を離さず、回避重視で!! イロハは馬車を岩陰に移動させてから上空からサポート!」
そう指示を出して眼前の脅威と対峙する。
あの範囲だからな……下手に下がるよりもすれ違うように立ち回った方が避けやすいはず。
いわゆる勇気の前ステップというやつだ。もっとも現実には無敵時間などというものは存在しないので、ゲームのそれより遥かにリスキーではあるのだが。
「レストって、いざって時は本当に思い切りがいいわよね……」
「それが良いところでも、悪いところでもある」
クロエとリシアがそんなことを言いながら俺の隣に並び立つ。
「一応誉め言葉として受け取っておこう……」
称賛と呆れが半々といった感じだったが。
しかしこうでもしなければ、全滅必至だったのだから仕方ない。
「うわーん! 結局こうなるのぉ!? まぁ正直そんな予感はしてたけれど!」
『まぁ何事もなくいくはずがないですよね……えぇわかってましたとも!』
うん、俺もそう思ってた。
コトノハとイロハの嘆きに内心で同意しつつ、この状況をどう乗り切るか思案する。
まともにやりあっても勝ち目はないが、負けなければいいのだからやりようはある。
「レスト、化身する?」
「あ! そうよ化身よ! いつかの時みたいにアタシとリシアの二人と同時に化身すれば、ブレスも防げるんじゃない!?」
確かにあの状態で障壁を張れば、ブレスを防ぎ切れる可能性もある、か。
「いや……それはどうしようもない時の最後の手段にしよう」
しかし、もし防げなければ当然アウトだし、継戦能力の問題もあるので出来ればそれに頼るのは避けたい。
「じゃあどうするのよ!」
「全員で包囲して的を絞らせないよう撹乱しながら、遺跡が吹き飛ぶまで耐えよう」
俺はそう言うと、可能な限り自身がヘイトを稼ぐべく、緋竜に向けて魔術を放った。




