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竜狼相搏つ

 戦闘が始まってから、一体どれだけの時間が経っただろうか。

 緋竜による攻撃は熾烈を極め、一瞬たりとも気を抜く暇がないため、時間の感覚に自信が持てない。


 何しろブレスはもとより爪、牙、尻尾……そのどれもが即死攻撃に等しいのだ。そんなものを避け続けるのは相当に神経を削る行為と言える。

 こんなことを続けていれば、体感時間と実際の時間に大きな開きが出来ていることは容易に想像がつく。


 見ればリシアとクロエの二人もかなり辛そうだ。果たして緋竜の魔獣化が解けるまで耐えられるのだろうか……。

 ちなみにコトノハだけはある程度余裕を残しているが、これはシキさんによる虐待と紙一重の英才教育による賜物だろう。


「イロハ! 時間は!?」

『あと5分です!!』


 最初に聞いたときは残り8分という話だった。つまり、未だ折り返しにすらついていないらしい。

 と、そのとき、緋竜が翼を思い切り羽ばたかせて、突風を起こしてきた。

 俺やコトノハ、成体化していたリシアは軽くよろめくだけですんだのだが、


「ぐっ……!」

「クロエ!!」


 もっとも軽いクロエはその影響をもろに受けて、背後にあった岩に叩き付けられてしまった。

 ダメージにより身動きの取れないクロエに対してブレスを放とうとする緋竜。


「レスト、クロエを!」

「わかってる!」


 ここから体勢を立て直して殴りにいく猶予はない。それにこうなってはクロエの戦闘続行は不可能だろう。──となれば打つ手は一つ!


「クロエ……!!」


 俺がそう叫んで手を伸ばした直後、その先にいたクロエ目掛けてブレスが放たれた。

 視界が業火で塞がれる。

 数秒後、クロエが背にしていた岩が、超高熱により溶解しマグマへと変化する様を前に、俺は──腕輪から発されるシステムメッセージを聞き流しながら、ほっと胸を撫で下ろし冷や汗を拭った。


「クロエ、平気か?」

「流石に今のは死を覚悟したわよ……」


 化身することでクロエを死地から逃した俺は、それによって上昇した身体能力を駆使して、緋竜に対して爪による一撃を入れる。が、悲しいかな、かすり傷しかついていない。

 俺が最初に放った魔術でもほぼダメージが入っていなかったので、これは予測の範囲内ではあるのだが。

 一応リシアの固有魔術であれば攻撃が通る可能性があると思うのだが……緋竜の猛攻を凌ぎながらでは、とてもではないがそんな暇はないだろう。


 戦闘不能に追い込むのが無理な以上、やはり時間まで耐久戦をするしかないのだが……。


「どうしたもんかね……」


 クロエと化身したことにより俺の戦闘力は上がったが、けれどそれは同時に頭数が減ったということでもあり、一人辺りが攻撃に晒される時間が増えることを意味する。


 リシアは既に肩で息をしているし、化身にはスタミナを回復する効果など無いので俺自身にも余裕はなく、コトノハにさえも疲れが見え始めている。状況は相当に逼迫していると言えるだろう。


 しかし、かれこれ数分もの間、こちらが持ちこたえていることに痺れを切らせたのか、緋竜は空に舞い上がると全身を輝かせ始めた。


『レストさん! あれ絶対ヤバいやつですよ!?』

「見ればわかるわ! それより具体的に何をしてるか分析しろ!」

『えっと……周囲のナノマシンを操作して静電気を起こしてますね。光って見えるのはそのためみたいです』

「それだけじゃない。魔力の流れからして、それを体内に取り込んでる」


 イロハとリシアの説明により、俺は完全に理解してしまった。これはもうほぼ間違いなく、そういうことだと思う。


「……荷電粒子砲的な何かが飛んでくる未来しか見えねぇ」

「正直聞かなきゃ良かったと思う予感しかしないけど、それってどういう物なの……?」


 コトノハが嫌そうな顔を隠しもせずに聞いてくる。


「あー……簡単に言えば、俺が放つ魔術の超強いやつって感じかな」

「断言は出来ないけど……それ多分、緋竜の種族魔術っぽいわねぇ……」

『ど、どうするんですか!?』


 いや俺が聞きたいまである。

 普通のブレスでも凄まじい威力なのだ。恐らくあれは戦術級の威力を秘めているはず。仮に直撃を避けられても着弾後の爆発により無事ではすまないだろう。

 つまり、生き残るためにはまともに放てないようにする必要がある。


「リシア、クロエ」

 

 俺は覚悟を決めて、最愛の二人の名を呼ぶ。


「ん?」

「何よ」


「二人の力、貸してもらえるか?」


 一応ではあるが、対処法は浮かんだ。しかしそれは命懸けの方法であり、成功する保証もない。

 本当は二人をそんなことに付き合わせたくはないのだが、他に選択肢がないのも事実。

 なのでそんな問いかけをした訳だが、


「ん、信じてる」

「全く、仕方ないわね……」


 こちらの意図を正確に理解した上で即答してくれた二人。

 この信頼に報いるために俺は、俺に出来ることをやる。


「リシア! こい!!」


 先ほどクロエにしたように、リシアに向けて手を伸ばし叫ぶ。

 そうしてリシアとも化身し、キマイラシステムが起動したのを確認した俺は、即座に地面を蹴りつけ、障壁を足場に全力で緋竜に突っ込む。


 それを見た緋竜が、こちらを迎撃すべく種族魔術のブレスを放とうとする寸前──


「させるかぁぁ……!!」


 ──緋竜の口腔内に無数の障壁を展開する!


 それによりブレスは吐き出される前に口の中で乱反射し、緋竜自身を害するのみに終わった。

 流石の緋竜もこれにはダメージを受けたらしく、空中に留まるのが精一杯な様子。


「やったわね!」

「クロエ、喜ぶのはまだ早い」

「今のうちに畳み掛ける!!」


 俺は緋竜の背後に回り込み、腕をファングナックルに変えて翼膜部を力尽くで引き裂く。

 その影響で上手く飛行出来なくなった緋竜が、大きくバランスを崩した。


「リシア、今だ!!」

「任せて」


 これだけの隙があれば、固有魔術を決められるはず!


「へぇ……リシアの固有魔術って、こんな感じなのね」


 そう言えば化身した状態で使うのは初めてなのだが、クロエが言うように、扱い方を感覚的に理解出来た気がする。


「これで、終わって……!」


 リシアがそう言った瞬間、緋竜は大地に引き寄せられるように真っ逆さまに墜落して、周囲に轟音を響かせた。




「……まさか倒せちゃうとは思わなかったなぁ」


 種族魔術の暴発とリシアの魔術、おまけに墜落によるだめ押しを受けて、完全に意識を失った緋竜を前に、コトノハが信じられないといった感じで言う。


「完全に賭けだったけどな……」


 障壁をデタラメに配置することにより減衰と拡散を狙ったのだが、障壁の強度が足りなかった場合は順当にこちらが消し飛んでいた訳だからな。


「レストは、もう少し自信を持った方がいい」

「まぁ自信満々のレストってのも想像出来ないけどね」

「おい。ってそれより二人とも、体調は問題ないか?」


 前に同時に化身したときは、半日近くダウンしていたことを思い出す。


「んー……化身による影響は特にないわね」

「私も平気みたい」

「ふむ……」


 戦闘による疲労は見えるが、どうやら化身をする前と後での変化はないらしい。

 二度目だから慣れた、ということなのだろうか?


「問題ないのは多分、この場所だからでしょうね」

「この場所……あ、もしかして緋竜がガス欠しないって話に繋がるのか?」

「ご明察よ。緋竜があれだけの魔術を無制限に使えるのは、ここの魔力濃度の高さと、周囲の魔力を効率的に扱える緋竜の体質が噛み合った結果なの」

「なるほど……けどそれ、緋竜以外には恩恵が無いってことにならないか?」

「全く無いってこともないんだけど……まぁ劇的に変わる程ではないわねぇ」


 だろうな。でなければコトノハは隠形を長時間使えるはずだし、クロエも成体化による魔力の消耗を気にしなかっただろう。

 話を聞く限り、緋竜のような体質でなければ、回復までの時間が多少早くなる程度の影響しかないようだ。


「じゃあそれは別に関係ないんじゃないの?」

「それがそうでもないのよ。さっきレストさんが二人と化身したとき、妙な魔力の流れを感じたから魔力視で見てみたんだけど……そしたら腕輪が周囲の魔力を吸収してたの」

「!!」

「多分だけど、前回は不足分を二人の魔力で補ったせいで体調を崩したんじゃないかしら。あの辺りは鎮守の森が近いこともあって、あまり魔力が潤沢な場所ではないし」

「つまり今回は腕輪が肩代わりしてくれたお陰で、二人は何ともなかったってことか……?」

『前回はイレギュラーで、今回が正常な動作ってことじゃないですかね』


 そういうこと、なのだろうか。警告メッセージもあって過剰に警戒していたが、思えばあのときも二人と化身したのはほんの僅かな時間だった。その程度で今後の活動に支障が出るようなシステムが使い物になるはずがない。

 そう考えればこれが正常と言われれば腑に落ちる。

 ただ今後は使う前に周囲の魔力がどの程度か調べないとな……と、そこまで考えたところで、はたと気付く。


「……というかおまえはあのとき近くで見てたのにわからなかったのかよ!」


 コトノハは少し離れた位置にいたらしいし、魔力視も使ってなかったようなので仕方ないが、こいつは割とすぐそばにいたはず。

 そう思って突っ込んだのだが、


「いやいやナノマシンの微細な動きの把握なんて、研究機関が所有するバカ高い機材が無いと無理ですからね!? それより私としては、魔力視とやらが単にナノマシンの有無や密度を計る程度の代物でなかったことの方が驚きなんですけど!」


 どうやらイロハ視点で言えば、魔力──ナノマシンの流れを知るには、そのバカ高い機材とやらが必須の難事であり、それを生身でこなせてるという事実は相当に衝撃的だったらしい。


「まぁそれを言うならイロハちゃんがしてるようなナノエフェクト? による常時安定した浮遊なんて、魔術で真似をするのは父様でも無理だろうし、得手不得手に過ぎないんじゃないかしら」


 以前イロハに俺も飛べるか聞いたとき、人間にはまず不可能な条件を言い渡されて断念したことがあったことを思い出す。

 魔術とナノエフェクト……これらは詰まるところ、アプローチの違いにより派生した鏡合わせの存在なのだろう。


 例えば魔力視なんかは船乗りや登山家が行う天候予測に近いものだと思う。

 これはそれこそ気象衛星みたいなものでも使わなければ、機械に頼るよりも人が感覚的にこなした方が優れている。

 逆にナノエフェクトによる浮遊は周囲の環境を常に観測しながら高度な計算まで同時に行う必要があり、これは完全に機械が得意な分野だ。

 いつかイロハはナノエフェクトの方が優れていると言っていたが、結局は一長一短、使い方次第なのだと結論付ける。


 そんな風に考え込んでいた俺に、クロエが一言。


「というか、そろそろじゃないの?」

「え?」


 何がと聞き返そうとした瞬間、背後から爆発音が響く。

 慌てて振り向くと洞窟が完全に崩落していた。

 どうやら設定した時間がきたらしい。


「これで緋竜は元に戻るのよね?」


 そうクロエが問い掛けると、


「そのはず。けど……」


 リシアが未だ意識を失ったままの緋竜を見ながら、言葉を濁す。


「このまま捨て置く訳にはいかんし、目覚めるまで待つしかないだろうな……」

「魔獣が戻ってくる前に起きてくれるといいんだけど、ね……」


 そういう訳で、緋竜が目覚めるまでここで待つこととなった。

 まぁこの状態で放置して、魔獣にやられたりしたら何のことかわからないので仕方ないが。


 しかしまさか、倒せたことが裏目に出るとは思わなかったよね。世の中、そう上手くいかないものである。






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