これからのこと、今からのこと
遺跡。
それは旧文明の建造物であり、既に滅び失われた技術で造られたもの。
つまり現存するものが全てであり、何らかの要因により減りこそすれ増えることはなく、故に使命の目的が遺跡の破壊である以上、続けていけばいずれ必ず終わりを迎えるはず。
俺はそのように考えていた。
もちろん白狼族が代々続けているにも関わらず未だ成し得てないのだから、リシアの代でケリをつける為には何らかのブレイクスルーの手段──場所の特定と破壊の効率化等──が必要なことはわかってはいた。が、しかし……。
「まさか時間経過で際限なく増えるとは……」
こうなると話はかなり変わってくる。いくら潰しても生成されるのであれば、どれだけ効率を良くしたところで破壊し尽くすことは出来ないし、仮に出来てもそれは一時的なものに過ぎないからだ。
「まぁ出来たての遺跡なんて滅多に見ないから、頻度自体は大したことないと思うんだけど……」
「何故生成されるのかが、わからない」
「出来たての遺跡とは」
新鮮な腐った肉みたいな語義矛盾を感じる。
俺は眉根を寄せるコトノハと居心地悪そうに俯くリシアを前に思案する。
今まではとりあえず見つけた遺跡を片っ端から潰していこうくらいに考えていたが、それでは何の意味もないことがわかった。
となれば今後の最優先目的は、速やかに生成する原因を潰すこととなる。が、現状手掛かりが一切ない。
リシア曰く、白狼族も当初は原因を探していたらしいのだが、全て徒労に終わり、仕方なく対症療法に過ぎないことを承知の上で見つけた遺跡の破壊に専念するようになったらしい。
さてどうしたものかと悩んでいると、
『そういえば以前、ニュースか何かでナノエフェクトによる前線基地の複製が可能になった、なんて話を聞いた覚えが……』
「詳しく」
俺はイロハに詰め寄り問い質す。が、
『アーカイブを検索しましたが、詳しい情報は出てきませんね……』
残念ながらそれ以上のことはわかりそうにない。
しかしこれは考えてみれば当たり前で、元いた世界でも「軍が最新鋭の何かを開発した」という情報は流れてくることはあれど、その何かの内部機構等の詳細は機密であり一般人の知れるところではなかった。
「まぁそうだろうな……」
『ですが見つけるのはそう難しくないかも知れません』
「アテがあるのか?」
『そういう訳ではないんですが、これほどに大掛かりなナノエフェクトを使用するには、相応の規模の装置が必要で、当然それを置くための敷地も必要となります』
「なるほど……つまり小さな基地は候補から外せるのか」
『ですです。広大な敷地を持つ軍事施設は限られてくるので、ある程度は絞れるかなと。まぁ公にされてない基地がないとも限らないので、その場合はどうにもなりませんが……』
「それでも闇雲に探すよりはマシだから調べといてくれ」
『戦闘では役に立てませんが、こういうことならお任せください!』
思いがけない形で手掛かりが得られた。
これはかなり前進したと言えるのでは?
「やったなリシア! 上手くすれば遺跡の生成を止められるかも!」
そう声をかけるが、リシアは黙ったまましばらくじっとこちら見つめてきて、
「レスト」
「ん?」
「……怒ってないの?」
上目遣いでそんなことを聞いてくる。
「いや全然。ちゃんと質問せず後回しにしてた俺にも落ち度があるし、使命のことを俺がよく思ってないせいで話題にしづらかったってのもあるんだろ?」
「うん……」
「それに、もうコトノハに散々叱られたみたいだしな」
俺が揶揄するように言うと、
「あはは……ま、まぁ思わぬ形ではあったけど、今後の指針が出来たのは良かったわね! じゃあそろそろ今の状況について考えましょうか!」
そんな風にコトノハが強引にまとめたことにより、この話は一旦区切りとなった。
先々の話も大事だが、実際問題コトノハの言う通り、今現在のことも考えないといけない。
差し当たって、魔獣化した緋竜への対処について思考を傾けようとしたところで、
「それにしてもこの洞窟、相当奥まで続いてるみたいね」
さっきまで我関せずとばかりに寝転んでいたクロエが、話の終わった気配を察して起き上がるとそんなことを言う。
「だな。そいや俺とリシアが最初に潜った遺跡もこんな洞窟の奥にあったな」
高さや幅もほとんど相違ない感じなので、初めての場所なのに妙な懐かしさを覚える。
『ではもしやこの洞窟も?』
「いやいやそんなまさか」
たまたま逃げ込んだ洞窟の先に遺跡があるなんて偶然が──、
「それがそのまさかっぽいのよね……以前来たときはこんなところに洞窟なんて無かったはずだし」
「奥から嫌な感じがするから、間違いないと思う」
「マジかよ……」
──時にはあるらしい。ついているのか、いないのか……。
「探す手間が省けて良かった。ここを潰せば、さっきの緋竜の魔獣化も多分解ける」
「また襲われたくないし、ここはさっさと片付けるわよ」
「他の緋竜も魔獣化してる可能性があるから、緋竜の安否を確認するためにも、どちらにせよ放っておくわけにはいかないのよねぇ」
どうやらこの遺跡の破壊は必須タスクらしい。
何しろ緋竜はたった一匹でも脅威なのだ。もし運良く道中を切り抜けられたとして、緋竜の住み処についたときに魔獣化した緋竜に囲まれたなら……まぁ確実に終わりだろう。
「んじゃ直近の目標はこの洞窟の奥にある遺跡の攻略で決まりだな」
『それで安全になるならまぁ頑張りますか……』
「あ、イロハちゃん? 一応言っておくけど魔獣化が解けるのは元から魔術を扱える存在──つまりこの場合は緋竜だけよ?」
『……えーと?』
「要するに他の魔獣には影響なしってことね」
「行動への影響なら、多分あると思うけど」
遺跡を破壊することで緋竜という脅威は取り除けても、魔獣の集団という問題は据え置き──ではなく、これに関してはむしろ悪化する恐れが高い。
「緋竜が暴れまわってたせいで大人しくしてたという仮説が正しいとしたら、それが無くなれば通常営業に戻るよな……」
つまりもたもたしてると麓の魔獣が押し寄せてくる可能性がある。事が済み次第、迅速に緋竜の住み処に避難する必要があるだろう。
『……一人で下山してもいいですか?』
これを聞いたイロハがお約束的に寝言を抜かすも、
「まぁ無理には止めないけど、ステルスを見破れる魔獣が対空能力を持ってたらアンタどうすんの?」
「当たり前だけど、下山し終わるまで遺跡の破壊を待ったりはしないから」
『冗談はこれくらいにして、そろそろ行きましょうか皆さん!』
クロエとリシアに淡々と現実を突き付けられて、瞬時に発言を翻した。
俺は「いや絶対冗談じゃなかっただろ」という言葉を飲み込むと馬車の方に足を向けた。