君臨せしもの
前方から迫る魔獣との距離はまだ相当にあり、会敵にはしばらくの猶予がある──と、先程までは思っていた。
「ちょっと……」
クロエに腕を引かれる。
「ん?」
「なんか……アタシたちに向かって全力で走ってきてない……?」
「……そんな気がする」
「え」
クロエが恐ろしいことを言い、それにリシアも同意する。
どうか二人の見間違いであってくれと願いながら再度確認するも、現実は非情だった。さっきは遠すぎてわからなかったが、漫画のような土煙まであがっている以上確定だろう。
「これ、既に見つかってるんじゃないの!?」
「わからない。けど、そう考えて動いた方がいい」
仮にクロエが懸念するように既に見つかっており、このまま戦闘に突入したとする。その場合、坂を駆け降りる勢いままに初撃を繰り出される羽目になる。
そうなれば当然、こちらには相応の被害が出るだろう。
「あっちの岩場の辺りで迎え撃とう。イロハ」
『はいはい』
それを避けるべく、相手の速度を殺すためにあえて足場の悪い位置に陣取る。が、
『んー、魔獣の進路はそのままですね。たまたま鉢合わせになっただけってことでしょうか?』
「なのかね」
どうやら杞憂だったらしい。
ただそうなると何故あれほどに全力疾走をしているのかという疑問が残る。
そんな思考をしているうちに魔獣の集団が眼前に迫る。
その段になって気付いたのだがこの集団、こちらを認識してないはずなのに妙に警戒が強い。
「右の方の魔獣、こっちに気付いたみたい」
ステルスを見破れる魔獣がいないようなら、一時的に解除することも検討していたのだが、どうやらその必要はなかったらしい。
俺がリシアに促されてそちらを見るのと、件の魔獣がこちらに振り向くのはほぼ同時だった。
「……こない、な」
魔獣はこちらを一瞥するも、仕掛けてくるようなことはなかった。
すぐにこちらへの興味を失うと、先ほどからしていたように、忙しなく辺りを見回しながら、他の魔獣と共に坂道を駆け降りていった。
「あの連中、妙に落ち着きがなかったわね……」
「怯えてるように見えた」
「ふむ……」
全力疾走してたことや麓に大量にいた件も合わせて考えると、一つの仮説が浮かんできた。
「……魔獣は何かから逃げてきてた、のか?」
次の瞬間、まるで俺の発言を肯定するかのように、前方の岩陰から“それ”は現れた。
巨大な体躯、鋭利な牙と爪、力強そうな翼……それら全てが、とある事実を示している。
『レストさん! ドラゴンですよドラゴン! あ、もしかしてあれが緋竜族ですかね!?』
暢気に声をあげるイロハ。
いや気持ちはわかる。俺も普段であれば同じように歓喜し騒いでいただろう。リアルでドラゴンを見てテンションの上がらないオタクなどいない。
だが残念ながら、今はそれ以上に別の感情が溢れていてそれどころではなかった。
理由は単純、件のドラゴンが全方位に向けて殺意を放っていたからだ。
「コトノハ……!」
「もうやってる!」
隠形を頼むと続けるつもりだったのだが、話が早くて助かる。
目を見た瞬間、心臓を握られるような錯覚に陥ったのは俺だけではないようだ。
「よし、全速で離脱するぞ!」
俺は恐怖を押し殺しながらそう叫ぶと御者台に飛び乗り、進路を真横に向ける。
あのドラゴン、間違いなくこちらに気付いていた。すぐに隠形を使ったので今は見失っているはずだが……。
と、ドラゴンが大きく息を吸い込むような挙動をとる。
『なんか吐いてきたんですけどぉ!!?』
「くそが……!」
直前まで俺たちのいた辺りがブレスにより一瞬で焦土と化した。
間一髪にも程がある。
森で暮らしていた頃、親父さんやリシアが魔術で火を吐き、俺の分の肉を焼いてくれていたのを思い出す。あれも恐らく魔術によるものだろう。
それにしてもヤバいな……火力はもちろんだが、それ以上に範囲が広すぎる。完全にマップ兵器だ。
あんなものを連発されたらどうしよもないぞ。
いや、待てよ。あれだけの威力のものを、そう何度も撃てるものだろうか。
コトノハの隠形は言うに及ばずだし、リシアの固有魔術もそう何度もは使えないと聞いている。
つまりそれらと同様、相応に消費も激しいはずと当たりをつけた俺はコトノハにその旨を伝える。が、
「半分正解。普通ならあんな魔術はそう何度も撃てない。けどこの場所──緋竜の山であれば話は別よ。基本的にほぼ無制限だと思っておいて」
どうやら地形効果でコストを踏み倒しているらしい。
理屈は後で聞くとして、ガス欠が期待できないことはわかった。
となれば受ける手段を考える必要があるが、果たして障壁や耐性でなんとかなるだろうか……。
一応確認のためリシアとクロエの二人に視線をやる。
「あれは障壁じゃ防げない」
「言っとくけど、いくらアタシでもあんなの食らったら骨も残らないわよ」
「ですよね。まぁこっちには虎の子の隠形があるし、逃げるだけならなんとか──」
その時、俺の発言を遮るようにドラゴンが咆哮をあげる。
俺は咆哮による衝撃に耐えながら、仲間に問題がないか確認しようとしたところで、
「レストさん! 今ので隠形が不安定にされたわ……! かなり効果が弱まってるし、このままじゃすぐに解けちゃいそうかも?!」
「嘘だろ!?」
咆哮によるバフ解除でこちらの大まかな位置を掴んだらしいドラゴンは再度ブレスを放つ。
『掠めただけなのにボディが変形しそうなんですけど!!』
不安定とはいえ未だ隠形が効いているお陰か、かなり際どいところではあったが直撃は避けられた。けれどこれでは早晩、消し炭にされることだろう。
「!! レスト! あれ見て!」
クロエが指差す方向を見る。と、そこには洞窟の入り口があった。
先程までそんなものは無かったはずだが、どうやらブレスの余波で入り口を塞いでいた岩等が吹き飛ばされたことにより顔を覗かせたらしい。
「よし! とりあえずあそこに逃げ込むぞ!」
あの巨体では中までは追ってこれないはず。
『いやいやすぐに行き止まりだったり、中に向かってブレスを吐かれたらどうするんですか!?』
確かにその懸念はある。が、
「どのみちこのままじゃ持たんだろ!」
隠形がいつ切れるかもわからないのだ。
完全に切れてしまえば直撃は避けられまい。そうなれば間違いなく一巻の終わりだ。
「洞窟内に逃げ込むなら最悪、入り口を破壊した上で障壁を張るって手も、ある」
「ほんとに最悪ね。下手したら生き埋めでしょそれ……だけどそっちの方がまだ助かる見込みがありそうって思えるこの状況が一番最悪だわ……」
なるほど。障壁単体では防げずとも岩や土砂と合わせた二段構えであればまだ見込みがあるらしい。
「いよいよの時はそれで頼む!」
俺はそれだけ言うと、覚悟を決めて洞窟に向けて馬車を飛ばした。
「どうやら逃げ切れたらしいな……」
洞窟内に逃げ込んでから数分が経つが、ドラゴンの気配は感じられない。
不安定であったとはいえ隠形の効果が切れる前に洞窟へ逃げ込めたため、完全に見失ってくれたようだ。
「死ぬかと思ったわよ……」
「俺もだよ……ところでコトノハ、さっきのドラゴンって……」
「緋竜族よ。とても理性があるようには見えなかったけど」
「魔獣化しかけてたから、だと思う……」
「!!?」
リシアの発言に驚愕する。
「ってことは恐らく遺跡でしょうね……」
『どういうことですか?』
「魔術を扱える獣が魔獣化する理由なんて、遺跡の影響くらいしか考えられないのよ」
「え、それって場合によってはリシアたちも魔獣化する可能性があるってこと……?」
「まぁ無いとは言い切れないわね。よっぽど運が悪くない限りは大丈夫だし、万が一そうなってもアタシは平気だけど」
「??」
「えっとね、遺跡は常に魔力を放出してて、それに影響された生き物が魔獣化するの。ここまではいい?」
「あぁ」
リシアと出会って間もない頃にそんな話を聞かされた覚えがある。
「遺跡から放出される魔力は一定で、この状態であれば普通の獣以外には影響しない。だけど例外もある。遺跡は生成される瞬間、物凄い量の魔力を放出するの。それに当てられたら黒猫族くらい魔術耐性が高くないと危ないわね」
魔術を扱える獣が魔獣化するメカニズムはわかった。が、それ以上に聞き捨てならない単語があったぞ……。
「待って。生成……?」
俺が寝耳に水といった感じで問いかけると、
「……リシアちゃん?」
コトノハはリシアにジト目を向け、
「……そう言えば説明してなかった」
それを受けたリシアは気まずそうに目を伏せた。
「レストさん」
「お、おう」
珍しく固い声のコトノハに気圧される。
「ちょーっとリシアちゃんと二人でお話してくるわね?」
「どうぞごゆっくり……」
それだけ言うとコトノハは有無を言わさずリシアを引きずって洞窟の奥に行ってしまった。
「リシアちゃん……いくらレストさんの人が良いからって──」
「使命に付き合わせる以上説明責任が──」
「叔父様はこの件に関して──」
うん、断片的にだけど聞こえますね。
聴覚が強化されてるから……ってのもあるだろうが、それ以上にコトノハがヒートアップしてるからというのが大きい気もする……。
「リシアがコトノハに怒られてるのは新鮮ね……」
「それな」
逆なら数えきれないほど見てきたが。
『まだかかりそうですし、戻ってくるまで休んでますかね……』
イロハのその発言を皮切りに俺とクロエは手近な場所に腰を下ろすと、最低限の警戒だけはしながら一息つく流れとなった。




