ラグタイム
キャラバンに戻りクロエを部屋に放り込んだ後、ホルストさんへの報告を済ませた俺が自室に戻ると、獣状態のリシアがベッドで丸くなっていた。が、そんなことは気にせずその隣に倒れ込む。
「レスト、おかえり。平気だった?」
ベッドの先客であるリシアが俺の顔を舐めながら聞いてくる。
どうやら言われた通り、ちゃんと休んでいた様子。
何故俺の部屋に居たのかは謎……でもないな。帰ってくるのを待っていたに決まっている。
「なんとかな」
リシアの頭をわしわしと撫でながら答える。
『リシアさん、どうやらお疲れみたいですし、ゆっくりさせてあげましょう』
「ん、そうだね。レスト、おやすみ」
「おう……」
部屋の隅で自己メンテナンスをしていたイロハに促されてリシアは立ち上がると、二人ともすぐに部屋を後にした。
正直顔を上げる気力もない。何故こんなにも疲れているのだろうと思ったが、よく考えたら昨日シキさんとバトルしたり魔術を色々試したんだったか。恐らくそれが響いているのだろう。
「少し寝ておくか……」
そう呟くと俺はすぐに意識を手放した。
扉が開く微かな音。こちらに忍び寄る気配。顔を覗き込まれる感覚。腰の辺りにかかる謎の負荷。
それらによって微睡みから瞬時に覚醒した俺は、侵入者を全力で迎え討たんと腕を黒猫族の物に──。
「ちょっと危ないでしょ!」
──しようとしたところで敢えなく押さえつけられてしまった。
ってこの声は。
「クロエ……? いや何やってんのおまえ」
薄暗い部屋の中、人の上に跨がって座るクロエに問いかける。
鍵はどうした……ってそうか。閉める前に寝落ちたんだった。
まぁそれは俺の不用心だとしても何故気配を殺して入ってきたのか。
別に部屋にくるのは構わんが普通に入ればいいだろうに。
そう思ったのだがどうやらこの行為には明確な意図があったらしい。
「何って……夜這い?」
「えぇ……」
いや何でだよ。確かにこの前「今晩はアタシよね?」とか抜かしときながら、その夜は結局こなくて拍子抜けしたりしたのだが、何だこの時間差。ディレイは回避しづらいからほんとやめて。
「リシアが回復するまで待ってあげたんだから感謝しなさいよね」
その辺に配慮したが故のズレがあったらしい。
お陰で完全な不意打ちを食らった身としてはとても複雑な心境なのだが。
「いやでも多分明日にもキャラバンは出発するだろうし……」
そうなのだ。足止めを食らっていた原因が解消された以上、キャラバンがこの場に留まる意味はない。
厄介な魔獣のせいということは伏せていた件もある。
どう誤魔化していたのかは知らないが、留まる程に露見するリスクが高くなることを思えば、なおさらすぐにでも発ちたいはず。
「だから?」
「つまり俺たちの旅も再開する訳でな……」
リシアの場合がクロエにそのまま当てはまるとすれば、二日程度は本調子といかなくなる。
何が起こるかわからない危険な旅路だ。出来れば万全の状態にしておきたいと考えたのだが……。
「アタシは後悔とかしたくないのよね」
「え?」
「もしアンタが考えてる通り旅をする過程で危ない目にあって、アタシとアンタのどちらか、または両方が死んだりしたら?」
「それは……」
「そうなってから後悔するのはそれこそ死んでも嫌。だから今やるの」
「……」
既視感を覚える発言なのはさておき、夜這いにきたとは思えない真剣な顔と声音でそんなことを言われると返す言葉に困る。
「……もしかしてレストはアタシと、その……したくないの?」
「したいです」
しまった。うっかり本音が口を突いて……。
いやだってこんな風に恥じらいながら言われたら反射で応えてしまうのは仕方ないと思うんですよね。
「よし言質は取れたわね。じゃあ合意ってことで」
「おい」
自信無さげな顔から一転、悪い顔でクロエがにこやかに告げる。
騙すならちゃんと最後まで騙してくんねーかなぁ。
「したいなら問題ないでしょ」
「いやあるよ! ありまくりだよ!」
戦力低下の件もあるがリシアに断りなくってのは絶対不味い。
そう思ったのだが、
「ちなみにリシアはアンタがいいなら構わないって」
「さようで……」
なるほど、外堀は既に埋まっていると。
遅まきながら出発直前の二人のやり取りの意味を悟る。
これ、俺の意思が尊重されている──様に見えてその実、全くそんなことはない。
何故ならこの状況に置かれた時点でほぼ選択の余地など無いからだ。
例え俺が理性を総動員して耐えようとしたところで、クロエはあらゆる手段を用いてそれを崩しにかかるだろう。
「まさかレストはアタシに恥をかかせたりしないわよね?」
こんな風に。
それに、だ。リシアは受け入れてクロエは受け入れない等というのはありえない。そういう意味でもやはり選択肢はないのだ。
というかこれ以上ゴネると次は武力行使が待ってるんだよな……。
「クロエ」
「あ……」
返事の代わりにクロエを抱き寄せる。
退路はとうに絶たれた。なら馬乗りがマウントポジションと名を変えムードが完全に消し飛ぶその前に、事に及ぶべきだろう。
そう決意した俺は覚悟を決めてクロエの服に手をかけた。
先日誕生日を迎えたのでプレゼントに評価下さいみたいなことを言おうと思ったのだけど、作品を面白いと思った人から貰わないと無意味だと気付いてやめるなどした。