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喧騒の朝

 翌朝。キャラバンの人々が慌ただしく出発準備をする中、俺が貰い受けた馬車の点検をしていると、


「おはよう、レストさん」

「おうコトノハか、おはよう。やけに早いお目覚めだな」


 コトノハがにこやかな笑みを浮かべて話しかけてきた。

 普段であれば当然の権利が如く惰眠を貪っている頃合いだが。


「なんか目が冴えちゃって」

「あぁ……得心したわ」


 こいつはシキさんとのバトルからこっち、俺が訓練に付き合わせたことを除けば延々眠りこけていたんだったか。つまりこの早起きは寝過ぎの弊害だろう。


「ところでレストさん、コトノハ、クロエちゃんとの昨日の件がとっても気になるのだけど」


 果たしてそれは一体何を指した問いなのか。


「……魔獣討伐なら少し危ない場面もあったが特に問題無かったぞ」


 一瞬悩むも無難な返事を返す。が、どうもお気に召さなかったらしい。


「もう! そっちはリシアちゃんから聞いてるわよ! そうじゃなくて、ね?」


 わかるでしょ? とでも言いたげな態度がとても癪に障る。

 コトノハが気になる昨日の件とは、厳密に言えば昨夜の件なのだろう。が、こちらとしてはそれを素直に教えてやる義理はない。


「昨日のクロエと言えば、リシアの不調に気付けたのには驚かされたな。コトノハは全く気付いてなかったようだが」

「……!!」

「これは“自称”お姉ちゃんとして、恥ずべきことでは?」


 故に馬車に視線を向けたまま、淡々とした口調で迎撃の一手を放つ。


「くっ! 痛いところを! ……でもそれを言ったら当事者にして夫であるレストさんが気付いてなかったのも問題だと思うんだけど?」


 一瞬怯むもすぐさま反論してくるコトノハ。

 しかしそう返されるのは想定の範囲内。


「確かにそうだな」

「でしょ? つまりレストさんにとやかく言われる筋合いは──」

「けどコトノハは俺とは比べ物にならない程、リシアとの付き合いが長いよな?」

「!!」


 もっともリシアの過去を見る限り、白狼族が金狐の里を訪れるのは年に数度、それも長くとも一週間程度の滞在の為、年月の割にはそれほどでもなかったりする。

 そして不調に気付けたクロエは俺以上にリシアとの付き合いが短いのだが、


「これはダメ姉ですわ……」


 もちろんそこには触れず、さらなる追い討ちをかける。


「……」

「あれ? コトノハ??」


 黙り込むコトノハを見て少し言い過ぎたかなと思い、フォローを入れようとした瞬間。


「うわーーん! リシアちゃーん! レストさんがいじめるぅぅぅ!!」


 コトノハはそんな叫び声を上げると、周囲にいた灰狸族の奇異の視線を物ともせずに走り去ってしまった。

 行き先は……まぁ聞いての通りか。

 しかしリシアはまだ寝ているだろう。

 それを叩き起こして泣きついたところで、塩対応をされる未来しか見えないのだが。


「……まぁいっか」

「あんまウチの娘で遊ばんようにな?」

「!!!?」

「ふわぁ……おはよーさん」


 いつの間にか背後にいたシキさんが、あくびを噛み殺しながらデジャブを覚える表情で挨拶をしてきた。


「……シキさん、気配遮断して忍び寄らないで下さい」

「いやークセになっててなー」


 どこの暗殺一家だ全く。


「それでこんな早くにどうしたんですか?」


 シキさんはキャラバンの客分であり、出発に当たっての準備等は特に必要ないはずだが。


「あ、そうそう大事な話があったんよ」

「大事な話、ですか?」


 すっと目を細めるシキさん。

 普段おちゃらけてる人が真面目な顔をすると、それだけでこちらには緊張が走る。

 一体何を言い出すのかと戦々恐々としていると、


「いやそないに体を強張らさんでも……」


 そんな風に引き気味に突っ込まれてしまった。


「すいません反射的に」

「……まぁええか。それで大事な話ってのはまぁコトノハのことなんやけど……コホン。レストさん、不出来な娘ですがどうか宜しくお願いします」

「!?」


 丁寧な口調もだが、それ以上に深々と頭を下げられたことに焦る。

 普段が普段だけに意識しづらいが、やはりシキさんも娘を持つ母なのだと実感する。


「よし! じゃあそれはそれとして!」

「え……?」

「例の魔獣はどんな感じやった? ウチの予想としては酸は本来備わってる能力やから、障壁の方を上手いことして攻防一体の技とか使うてきたんやないかて思うてんやけど!!」


 しかし、そんな実感は当のシキさんのせいで一瞬で消し飛んだ。

 いやさっきの神妙な面持ちはどこに消えた?

 コトノハの変わり身の早さも大概だったが、あれはシキさん譲りの代物なんだろうな……。


「えっとですね……」



 ──そうしてしばらく戦闘談義をした後、シキさんは満足そうに去っていった。


 それから少しして入れ替わるようにホルストさんが現れる。


「この度は本当に助けられたよ。改めて礼を言わせて欲しい」

「いえ、このキャラバンでは有形無形の援助を受けることが出来たので、こちらとしては全然構わないのですが……」

「なにか気になることでも?」

「そうですね。二つほど疑問があります。差し支えなければお聞かせ願えますか?」

「ふむ、伺おうか」

「一つはどうして魔獣のせいで足止めされていることを内密にしていたのか」


 正直に打ち明ける事で生じるデメリットがわからない。俺には無理に隠し立てる方がリスクが高いように思える。


「そしてもう一つは何故クロエによる報酬の吊り上げを受け入れたのかです」


 確かに最初こそ多少安く買い叩かれていたようだが、交渉後は逆にこちらが貰いすぎているとしか思えない。

 これを飲むなら大人しく迂回するなり、損害を覚悟で強行突破なりした方が余程安上がりではないのか。


「なるほど……」


 ホルストさんは鷹揚に頷くと、


「実のところ、キャラバンだけでも件の魔獣は対処出来たのだよ」


 さらっと衝撃的な事実を打ち明けてきた。


「にも関わらず、多額の報酬を払ってまで俺たちに依頼した……つまりその手段はコストパフォーマンスが非常に悪い、または極力人目に晒したくない代物……?」

「その両方だよ。そしてこれが内密にしていた理由でもある」

「……?」

「このキャラバンは君たちが訪れるまで、ジレンマの渦中にあった。奥の手を使って魔獣を排除するか、それとも損害覚悟での強行突破か時間を浪費しての迂回か、どれを選んだところで何かを失う──そんな行き詰まった状況だった」

「迂回が一番安上がりな気がしますが……」

「それがそうとも言えないのが行商の辛いところでね……つまりは信用問題なのだよ。立ち寄る場所とは様々な契約を結んでおり、必ず一定周期で訪れる必要がある。だからあまりに遅れが出ると、それだけ信用を失ってしまうんだ」


 時は金なりは異世界でも変わらないらしい。

 そして今の説明で察したが、強行突破を避けたいのは前回立ち寄った際に受注した品物が破損する可能性があるからだろう。

 この場合もやはり信用は失われる。安全が確立されてない地域での行商は本当に大変なようだ。


「明確な日付が決まっているわけではないから、数日程度なら誤差だがね」

「なるほど……」

「おっと、若干話が脱線してしまったな。それで内密にしていた理由だが……簡単に言えば内紛を避けるため、だよ」

「まぁ意見は割れるでしょうね……」

「うちのキャラバンの結び付きは利害の一致という側面が大きい。だから下手を打てば内部崩壊からの分裂まであり得たからね……それだけは避けるべく、時間の許す限りだが妙案が浮かぶまでの間は馬車の整備と偽っていたという訳だ」

「ちなみに俺たちが来なかった場合はどうしてました……?」

「その時は恐らく──私の一存で出せる費用を越える分をポケットマネーから捻出する形で奥の手を使っていただろうね……そうならなくて本当に良かった」


 ホルストさんが心の底から安堵を漏らす。


「その奥の手、どれだけ燃費が悪いんですか……」

「そうだね……一度の使用でうちのキャラバンの数ヵ月分の稼ぎが飛ぶ程度かな……」


 想像以上に景気のいい代物らしく軽い目眩を覚える。

 それと比べればクロエの要求は知れている──少なくともホルストさんの権限で扱える額は越えない──ということなのだろう。


「さて、疑問はそんなところかな?」

「はい、色々教えて頂きありがとうございます」


 本音を言えば奥の手を秘匿したい理由も気になるのだが、これ以上は詮索になるので諦める。


「では本題なのだが」


 そう言ってホルストさんが懐から取り出したのは金属製の謎の板だった。


「それは……?」


 まぁ恐らく遺物なのだが、パッと見ではどんな用途で使うものか見当もつかない。


「これは地図、のようなものでね。ここを押すと周辺地形を測量して、立体的に投影出来るのだよ」


 まさかのホログラムだった。いやイロハも似たようなことはしていたが、やはりナノマシンの有無の差なのか、旧文明は俺が元居た世界よりずっと科学技術の水準が高い。


「おぉ! これは便利そうですね」

「うむ。とても有用な代物だ。それ故にそこそこ見つかる割には値が張る代物でもある。だから無くしたりはしないように頼むよ」


 ホルストさんはホログラムを消すと、遺物を俺に手渡してきた。

 まぁまさかこの忙しい時に、わざわざ自慢しにきた訳がないのでそうだろうとは思ったが……。


「いいんですか……?」

「これにはもう一つ機能があってね。登録した物の現在位置を光点で表示出来る。そして既にこのキャラバンは登録済みだ」

「えっと?」

「要するに近くを通りかかった際は、顔を見せて欲しいということだね」


 なるほど。これは縁を切らさないようにするための贈り物という訳か。


「そういうことであれば、遠慮なく頂きます」

「あぁ、そうしてくれ。ちなみにもし本当に無くしてしまったときはこちらに連絡をくれるかな? その遺物の機能を停止しなければいけないのでね」


 そう言って連絡先も手渡してきた。

 これは悪意を持った人間に利用されないための措置だろう。

 しかしどうでもいいがクレカみたいな扱いだなこの遺物……。


「了解です」

「おっともうこんな時間か。では私はこれで失礼するよ。レスト君、また会える日を楽しみにしているよ」


 俺は忙しなく出発準備へと戻るホルストさんを見送る。

 さて、そろそろリシア……はコトノハに起こされているだろうから、クロエとイロハを起こさないとな。







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