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巫女としての職責

 考える。自身にとってイメージしやすく、それでいて十分な威力の見込めそうなものは何か。


 例えば炎はどうだろう。これなら創作物でよく見かけるため、効果を想像するのは容易い。

 威力に関しても想定通りに発動したなら申し分ないものとなるだろう。

 だがこれでは魔術の兆候を察知できるシキさんに通じるとは思えない。


 考える。今、目の前の脅威に抗うための手段を。


 肝心なのは発動から命中までの時間差。つまり一瞬で対象に命中するものが望ましい。

 音、雷、いや……光だ。光を用いた攻撃でもっとも威力があり、かつ想像が容易なものは何か。ここに至り、ついに解が見えた。


 イメージするのはSFでお馴染みの光学兵器。放たれた一条の光が遮るもの全てを貫く──そんな光景を思い浮かべる。



「じゃあちょっと試してみたいことがあるんで、やってみますね」



 ──と、まぁそんな感じで新たな試みによる魔術を、全身全霊を尽くして放った訳だが、


「おおっと!?」


 シキさんはそんな宝箱のトラップでも発動したときのような声を上げながら、普通に刀で弾いてきた。

 鎬の部分で軌道を逸らされた魔術は、弾かれた際に生じた甲高い音と共に空に吸い込まれていく。

 なんだこれ。魔術自体は成功した(と思われる)のに喪失感や徒労感が凄い。


「んーこれはウチの負けかなぁ」

「いやバッチリ防げてましたが……」

「そら今から魔術を使うと馬鹿正直に宣言して、その上に手を突き出して放った訳やからね」

「あ……」


 言われてみればその通りだ。今からストレートを放つと宣言されれば素人だって格闘家の攻撃に反応することは可能だろう。

 要するに俺は格上相手にテレホンパンチならぬテレホン魔術をかました訳で、この結果は必然だったと言える。


「まぁそれでもなお驚かされたし、あんなの連発されたら流石に全てを凌ぎきるのは至難やからね」

「そういう……」

「まぁ逃げに徹しながら小刀を放りまくるなり、即座に距離を詰めるなりといった手が無いこともないんやけど、それじゃ意味が無いんよね。一方的に押し込んで終わりじゃ得るものが無いし。あー、こんなことなら一発当てたらっての、拒否っとけば良かったなぁ」


 どうやら過去の自分の機転に救われたらしい。

 勝敗の条件が戦闘不能なら多少の被弾は無視出来るし、そうであったなら普通に手合わせは続いていたのだろう。

 いやほんとそうならなくて良かった……。

 そんな風に俺が胸を撫で下ろしていると、


「レストさん、さっきの魔術だけど母様が弾いちゃったから、実際どの程度の威力か分からなかったでしょ? 私も気になるから、そうね……あの辺の岩にでも試してみたら?」


 コトノハがそう言って少し離れた位置にある大岩を指差した。


「そう、だな。いざ実戦で使ってみたら実は眩しいだけでした、とかだと困るからな……」


 俺はそんなギャグ展開にならないことを祈りながら、再度意識を集中して魔術を行使する。

 そうして放たれた閃光は、俺の切実な祈りが通じたのか、予想に反して大岩を易々と貫いてしまった。


 その光景を見て、


「あれ? これもし防げてなかったら、割とヤバかった?」


 シキさんは軽く焦り、


「中々の威力じゃない!」


 コトノハは素直に感嘆し、


「え、マジ……?」


 そして俺は現実を疑った。


「いや何で当人が一番驚いてるのよ……」

「正直軽く穴が空けば御の字くらいに思ってた」

「自己評価が低すぎじゃない……?」

「いつもの流れだとそうなる方がむしろ自然……いやそうか、そういうことか!」

「え?」

「既にシキさんにあっさり防がれるという形でオチてたから、いつものお約束が回避されたのではなかろうか!」

「ちょっと何言ってるのかわからないんだけど」

 

 コトノハが呆れた目を向けてくる。

 いや俺だってわかりたくないが普通にありえた未来なのだから仕方ない。俺のやることは大抵の場合、何らかのオチがつくからな……。


「そないなことよりもっと色々と試しといた方がええんやないの?」

「そうですね。やってみます」

「今の自分がどの程度の魔術を扱えるのかを知るのは大事やからね」


 そうシキさんに促されて、俺は適当に思い付いた魔術をいくつか使ってみる。

 その結果、俺にも刃物を生成して飛ばしたり、戦闘に耐えるレベルの炎や氷を放つことが出来るのがわかった。

 ただ残念ながらイメージの問題なのか、どれも最初に放った光と比べると見劣りするものではあったが。


「あ、そういえば固有魔術や種族魔術のような制限は結局どんな理由によるものなんだ?」

「普通の魔術はどれだけ明確な、そして現実に即したイメージを持っているかが大事な訳だけど、固有魔術や種族魔術はそうじゃないの」

「と言うと?」

「固有魔術は個人で、種族魔術は種族単位で、生まれながらに抽象的としか形容できない特異なイメージを持っているの。だから例えば隠形は母様みたいに極端に魔術が不得手だったりしない限りは、金狐族と灰狸族なら誰でも扱えるし、それ以外の種族には決して扱えない」

「じゃあその特異なイメージさえ持てれば、固有魔術や種族魔術という制限を無視出来る……?」

「理屈ではそうなるけど、説明出来るものでも無いし難しいんじゃないかしら……リシアちゃんの重力魔術なんてどんなイメージで生成してるかさっぱりわかんないでしょ?」

「確かに……」

 

 そしてそれをリシアに聞いても要領を得ない答えが返ってくるのはわかる。


「私だって隠形の扱い方の説明なんて出来ないしね」


 あれ? いや待てよ……イロハは隠形をナノエフェクトに転用してたな。やはり不可能ではないのでは?


「何考えてるかはわかるけど、多分無理よ?」

「え」

「イロハちゃんのやり方、私も完全に理解してる訳じゃないからこの説明で合ってるかは微妙だけど……」


 そう前置きした上でコトノハが説明してくれたことは、まぁ俺の理解を軽く越えていた。

 なのでこれは俺なりの解釈となるが、どうもイロハによる魔術の転用とは、対象の思考をトレースして擬似的にイメージを再現するもの、らしい。

 多分エミュレーターのようなものだと思うのだが、何にせよ生身の人間には不可能な芸当であることはわかった。


「これがまともに使えたらなぁ……」


 俺が腕輪に目を落としながらそう零すと、


「その腕輪、十全には使えてない感じなん?」


 シキさんが目を光らせて食い付いてきた。


「ロックされてて最低限の機能しか使えないんですよ」

「ふーむ、この手の遺物はちょいちょい見かけるけど、ロックされてるってのは珍しいなー」

「シキさんってもしかして、遺物に詳しいんですか?」

「まぁそれなりに? 灰狸達といると自然とそうなるんよ」


 なるほど、各地を巡る過程で様々な物が集まるキャラバンに同行するが故か。

 そうした環境にいれば自ずと目も肥えるのはわかる。


「母様、旅先から帰ってくると大抵よくわかんない遺物を大量に抱えてるのよね……」

「もしや里を出るとき渡されたあれも……」

「そういうことよ。もっともあれは極めて例外的で、持って帰ったもののほとんどがガラクタなんだけど」


 うん、これは環境のせいだけじゃないな。シキさんがそういうのが大好きなのも一因だわ。

 そのシキさんだが俺とコトノハのやり取りを尻目に、何か考え込んでいる。と、


「あ、思い出した!!」

「え、突然どうしたんですか……?」

「レストさん、母様が脈絡無いのはいつものことだから、まともに反応しなくていいのよ?」


 辛辣!

 いやそうかも知れんが、流石に無視は出来んて。


「ちょっと前に行った遺跡に、これとよく似た形でロックのかかった腕輪があったんよ!」

「!!」


 それはまさか軍の──! と、一瞬逸るもすぐに気付く。

 この腕輪、イロハ曰く中身こそ純正ではないらしいが、見た目は市販品そのものだったはず。つまりシキさんが見かけたのは単にロックがかけられただけの通常品である可能性が高い。


「まぁ残念ながら持って帰れなかったんやけどね……」

「それはまたどうして?」

「奥にメチャクチャにヤバイ魔獣がおってな……逃げてる最中に落っことした」

「……」


 シキさんをして逃げなきゃいけない魔獣って完全にデスエンカだな。


「そいやリシアちゃんってもう白狼族の使命を引き継いでたりする?」


 おっといきなり話が飛んだな? まぁいいけど。

 えっと……これ、別に隠し立てするようなことじゃない、よな。


「えぇ。まぁ俺はよく知らないんですが」


 遺跡デストロイヤーってこと以外、未だによく知らないんだがそのうち詳しく聞いとくべきだなこれ……。


「ふむふむ……なら遺跡の場所、後で教えとくわ」


 いや行きたくないので結構です……という言葉を呑み込みながら俺は気になったことを聞く。


「いいんですか? その遺跡、破壊することになりますけど」


 シキさんは遺物や遺跡が好きそうな感じだし、金狐族はそういうものに対して中立的なスタンスだったはずだが、それで構わないのだろうか。


「まぁウチは巫女やからね。危険な魔獣がいる以上、趣味より役割を優先しなきゃあかんのよ。流石にあの遺跡は危険過ぎるからなー」

「巫女……?」

「そ。ちなみに巫女の役割はまぁ簡単に言えば危険な魔獣、及びそれを生み出す遺跡の感知ってとこやね。一定周期で各地を巡って、ヤバそうな感じのを見つけたら里に知らせるまでがウチに課せられたお役目。で、特に深刻な場合は他の種族にも協力を仰いだりするんよ、今みたいに」


 いつになく真面目な顔で語るシキさん。

 ってあれ? 話を聞く限りシキさんが里を離れるのは規定路線っぽい。が、それなら何故コトノハに被害が……?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、コトノハが補足してくれる。


「母様ってば巫女としての職責に対して“は”熱心だから、本来の予定より一月以上早く出掛ける事が度々あるのよねぇ……」

「そんな褒められても困るんやけどなー」


 絶対に皮肉なんだよなぁ……。

 あと今の話からホルストさんが恨まれてる理由の一つがこれなのだと察した。

 コトノハとしては予定より早く出掛けたシキさんを里に追い返して欲しいのだろう。が、ホルストさんにそのつもりはないか、言っても無駄だからと諦めているか、とにかく非協力的なのが原因だと思われる。

 キャラバンとしては魔獣を感知できる上に強大な戦力のシキさんが同行した方が道中安全だろうから、早めに同行してもらった方がありがたいってのもありそうだが。


 まぁそれはそれとして、だ。シキさんが勝てない魔獣なんて俺らに相手出来るとは思えんのだが。

 それをシキさんに伝えると、


「あーリシアちゃんなら平気やと思うよ」

「え、リシアってシキさんより強いんですか……?」

「いやそうやなくて。つまり相性の話やね。件の魔獣、いくら切っても再生してなー……」

「なるほど。それは確かに相性ですね……」


 恐らくプラナリアのような性質を有した魔獣なのだろう。

 そんな相手に物理攻撃のみで挑むのはキツすぎる。


「まぁそういうことならリシアちゃんの方が適任よね」

「ただでさえ魔術が不得手なウチには相手を一撃で消し飛ばすような魔術なんて絶対扱えんからなー」

「そんなの私にだって無理だし、使える方が希少種なんだから仕方ないわよ」


 わざとらしく肩をすくめるシキさんとそれを嗜めるコトノハ。


「まぁそうなんやけど……あ、でももしウチにそないな魔術が使えてたら、ここでこうして話すことも無かった訳やし、まぁ結果オーライやな」

「え、それってどういう──」

「んじゃウチはちょっと疲れたから部屋に戻るわ。また後でー」


 そう言うとシキさんは風のように去っていった。

 ここまで自由というかマイペースな人もそうはいないんじゃなかろうか……。


「……俺らも戻るか」

「そうね……」



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