喪失の影響
翌日。
俺たちは再度ホルストさんの部屋に招かれ、依頼についての説明を受けている。
その内容は案の定、魔獣の討伐だったのだが……。
「攻撃が通じない、ですか」
「うむ、障壁により物理的な攻撃は一切効かず、魔術に関しても生半可な一撃ではかすり傷すら……」
どうやら件の魔獣は防御特化らしく、聞く限りではリシアが張るものよりずっと強固な障壁を扱えるようだ。
そのせいで威力偵察に出た灰狸族はなす術なく引くしか無かったらしい。
「別に無理して倒さなくても、とっとと逃げたらいいんじゃないの?」
「無論それも考えました。が、その場合はどうしてもキャラバンへの被害が避けられないのですよ」
クロエの提案に対してホルストさんは、言外にそれは最後の手段だと返す。
「迂回する、とかは?」
「どうも魔獣のテリトリーは街道一帯を占めているらしくてね……かといってこの馬車では山や森を通ることも敵わないので、避けるなら引き返すしかなくなるのだよ……」
リシアの案もダメらしい。
……ってか逃げ切れないのも迂回できないのもこの巨大馬車のせいなのでは?
「要はテリトリーを抜けるまで馬車を守り切ればいいんでしょ? 母様に殿を任せるんじゃダメなの?」
「広範囲に酸を吐き出してくるらしいので、まぁ難しいでしょうな……」
「酸かぁ……それじゃ刀で弾いたりは無理ねぇ」
コトノハによる案もあえなく却下された。
もうどうあっても討伐するしかない流れですわ。
しかしなるほど、これはシキさんに任せられないはずだ。こちらの攻撃は全く通らず、向こうは一方的にガード不能攻撃をしてくる訳だからな。
そんな相手ではいくらシキさんでもどうしようもない。
……いや待て。それは俺らも同じでは? まぁリシアの固有魔術なら突破できるかもだが。
などと考えていたら、
「ふーん……そういうことなら黒猫族であるアタシの爪で、その魔獣を直接切り裂くしかないって訳ね」
クロエが不敵な笑みを浮かべながら、そう自信たっぷりに言い放った。
……。
「……えっと、物理が効かないならクロエの爪も効かないのでは?」
そんな当然の疑問に対してホルストさんが、
「いや、クロエ嬢の言は正しい。黒猫族には魔術による干渉を阻害する力があってね、君たちに依頼をしようと思った理由の一つはそれなのだよ」
そう言えば里にいたときそんな話を聞いた気がする。そのせいで魔術の扱いが不得手なんだっけか。
「干渉を阻害……それって昨日話した魔術を打ち消すのとはまた違うんだよな?」
「え、そんな話をした覚えがないんだけど」
「……」
こいつ……同じ部屋に居たはずなのに、俺とイロハのやり取りを全く聞いてなかったな。
いや確かに会話には加わってなかったけども。
「えっとね、黒猫族の力は自身に対してのみ有効な常時発動型の種族魔術なの。だから昨日のアレのように、周囲一帯に影響を及ぼしたりは出来ないわ。代わりに範囲が限定的な分だけ効果は強力よ」
クロエの代わりにコトノハが補足してくれた。
なるほど、パッシブスキルの類いか。しかしそのせいで魔術が不得手ってのはつまりオンオフの切り替えは不可能な訳で、中々に難儀な代物のようだ。
「昨日のアレ、とは?」
「あーいや、大したことじゃないんでお気になさらず」
ホルストさんの疑問を流す。
脱衣騒ぎの経緯を説明なんて嫌すぎるからな……あとこの話をする場合、イロハについての言及も避けられないし。
「それでレスト、どうする?」
リシアが聞いているのは依頼を受けるかどうかだろう。
彼らは困っていて、そこにコトノハの母親も関わっているとなれば流石に捨て置く訳にはいかないだろう。
幸いクロエの力を借りれば何とかなりそうだし……と、そこまで考えた俺は、
「ん、まぁ俺は構わな──」
「その前に!」
そう答えようとしたところでクロエに待ったをかけられた。
「報酬の話がまだよね?」
「そうだね、それは大事な事だ」
そう言ってホルストさんが提示した金額は、里で貰った路銀の倍程度だった。
けど俺は相場とかわかんないんだよなぁ……。
「それだけ? もう少し色をつけて欲しいわね」
「ではこのくらいでどうですかな?」
「王都のギルドに要請したら時間とお金がもっとかかると思わない?」
……わー。吹っ掛けていくぅ。これはクロエに任せておけば間違いないな。
俺は今後、金にまつわる交渉はクロエに丸投げしようと決めると黙って成り行きを見守ることにした。
それから数分が過ぎて。
「じゃあこれで商談成立ってことで。さぁレスト、さっさと魔獣退治に行くわよ!」
「あ、うん」
最終的に最初に提示された倍の金額と数多の嗜好品、それに加えて馬車を一台せしめたクロエは元気よく声を上げる。
「ハハハ、吉報を待っているよ……」
それとは対照的に意気消沈といった感じで、痛々しい有り様のホルストさんに見送られて部屋を後にする。
それから自室に戻る途中、俺はクロエに問いかける。
「やり過ぎでは……?」
「全然。最初に提示された金額、安すぎるとまでは言わないけど、こっちが相場を知らないと高を括ってたものだったし」
「マジかよ……」
まぁその辺はやはり商売人って事なのだろう。故に責める感情は特に湧かない。それよりもだ。
「クロエちゃん、よく王都の相場なんて知ってたわね……」
「うん、正直意外だった」
コトノハが感心したように言い、リシアがそれに同意する。
どこでそんなことを知ったのだろうかと思ったのだが、その答えは実に単純なものだった。
「子供の頃にお目付け役から色々叩き込まれたのよ。知っておいて損はないからってね」
「あーあの執事っぽい感じの……」
名前は忘れたが、秘儀を使ったときに見た心象風景で殴られていた、どこか食わせ者感の漂う彼だろう。
「そんなことより魔獣退治だけど。レストとアタシの二人で行くからリシアとコノトハはゆっくりしてていいわよ」
「「!?」」
「え、いいの? じゃあお言葉に甘えてそうさせて貰うわね」
コトノハはそれだけ言うと、驚愕する俺とリシアに構わず、軽やかな足取りでさっさと自室に戻ってしまった。
え、なにゆえ。いやコトノハはわかる。まだシキさんにやられたダメージが残ってるだろうし(まぁたった今、回復しきってる疑惑が浮上したが……)。
けどリシアを連れていかない理由がわからない。
「リシア、アンタまだ本調子じゃないんでしょ?」
「え、そうなの!?」
「そんなことない、よ?」
そんなことあるらしい。今の今まで全く気付かなかった……。
やはり腕輪による化身の負担が……と、そこまで考えて、それならクロエも同様であるはずだと気付く。となると二人とも本調子ではない、と言うことになる訳で……。
「一応言っておくけど、アタシの方は何の問題もないし、リシアがこうなったのはキャラバンに着いてからよ」
クロエの発言により、先程の思考は完全に的外れなものだったことが判明した。
え、マジで理由がわからん……。
「クロエ……それ以上は……」
「心当たり、あるわよね?」
微妙に挙動不審なリシアとこちらにジト目を向けるクロエ。
そこで俺は全てを悟った。つまり原因は腕輪などではなく──俺自身ですね、はい。
「獣ってそういうの無いんじゃ……」
「人化してる場合は当然、人間準拠な訳だけど」
「あっはい」
「それで二人で行くことに異論は?」
「無いです」
異論など挟めようはずもなかった。
クロエは次にリシアに向き直ると、
「アンタは安静にしておくこと」
「むぅ……わかった」
「あと昨日話したように今日はアタシの番だから」
「それはちゃんと覚えてる」
……アタシの番ってなんだ?
「なぁクロエ──」
「はいはい無駄話は後でね」
どうやら今の俺に発言権はないらしい。
「二人とも、気を付けてね」
こうして俺は心配そうなリシアに見送られながら、クロエに引きずられるようにして慌ただしく魔獣退治に向かうこととなった……。




