対話の果て
俺は強気な態度で質問を投げる。こちらがそれほど力を持たないことを悟られぬように。
そして品定めでもするかのように、奴の隣で大人しくしているワームに目をやりながら考える。
万が一戦闘フェイズに突入したらコレと戦う羽目になるのか……
もしこいつが内通者ポジションで、組織を潰すための協力要請みたいな感じならセーフなんだがなぁ。
「ところでレストさんは地層というものをご存知ですか?」
「は……? えっと……土や泥、火山灰やらが堆積した出来たもの……だったか」
少なくとも元の世界ではそんな感じだったと記憶してるが。
「正解です。では魔術が何を使って行使されるかは?」
「……魔力だろ」
いや急に何の話。てか10年以上の授業風景を思い出すノリだなこれ。それはそれとして二つ目の質問に関してはナノマシンと馬鹿正直に答えてやる義理も無いのでありきたりな返答をしたわけだが――
「えぇ、現在はそのように呼ばれている物の力によるものですね」
なんだこの意味深な発言。まさか……
教壇に立つ講師のような口振りで優男が続ける。
「しかしこれは適切ではない。連れているその遺物が口の聞ける物であるなら。あるいは既に知っていながら敢えてそう答えた可能性もありますが」
ちっ……大正解だよ。親父さんといいイブキさんといいこいつといい……何故こうも野郎は食えない奴しかいないのか。
いや俺が言えたことじゃないのは百も承知だけども。
「魔力……そう呼ばれるナノマシンと言うものの存在によって魔術は行使されます」
「さっきから一体何の話だ」
「とても重要な話ですよ。しかし驚かないところを見るにやはり周知でしたか」
ほぼ確信していながら鎌をかけてくる辺りに性悪さが滲み出てるな。
「さて、何故地層なんて単語が出てきたのか。その答えはこれです」
そう言いながら写真のような物を手渡してくる。
それにはすり鉢状の工事現場のような物が写し出されていた。
「これは?」
「組織が遺跡を探す過程で出来た穴です。ところで、何か気付くことはありませんか?」
そう言われて見返してみるも特に違和感は無い。どうやって掘ったのかは気になるが、恐らく魔術によるものだろうし。
「実は地層なんて言葉は一般に知られていません。何故なら高山を登ったりでもしない限り、絶対に目にすることが無いからです」
「地層が……無い?」
もう一度写真を確認する。確かに、無い。いや、それだけでなく見える範囲に埋まっている岩なども一切無い。完全に単色であり不純物の存在しない地面。
それはまるでジオラマのために整形されたかのようで……
「この世界はどこを掘ってもそんな有り様なのですよ。年代を測定しても結果は同じ。そしてある一定以上の深さになると急に年代にズレのある地層と共に遺跡が現れる。……まぁ肝心の遺跡に関しては大半が内部まで侵食されていて得るものが無かったりしますが」
腕輪のあった最初の遺跡は洞窟の先、イロハのいた遺跡は丘になっていた場所の地中……確かに全て埋もれていた。
「まるで上から塗り潰したみたいだな……」
「事実その通りなのですよ。高山のような標高が高く魔力――ナノマシンの密度が薄い場所以外は過去の、とある事象により地の底へ秘匿されてしまった」
少なくともイロハのいた場所はそれほど深くは……
そう考えるもすぐに地震等によって地形が隆起した可能性に至る。それより、
「とある事象?」
「災厄。そう言い換えても差し支えない事象です。ナノマシンが新たな大地を精製して、全てを地の底に沈めてしまった訳ですからね」
まるで何でも無いことのように明かされる文明崩壊の原因。
そんなことが可能なのか? と、一瞬考えるもすぐに思い当たる事があった。
あれは遺跡を特殊空間に隔離するとイロハに聞いたときだ。そのときイロハは同質量のナノマシン構造体を生成して、と言っていた。
旧文明以前より存在するナノマシンになら、それだけの事を引き起こせると言われても否定できない。
「その厄災とやらが起きた理由は……」
「それも把握しています。原理こそ不明ですが大気中のナノマシンが過剰に使用された場合に生じるものですね」
次々に明かされる事実に正直理解が追い付かない……
というか何故こんな序盤に世界の真実に触れさせられているのか。それにまだ一番知りたいことが聞けていない。
「そんな話を俺にして一体何が狙いだ?」
「先程申し上げた通りですよ。我々の邪魔をして欲しいのです。さもなくば組織が装置を発見した瞬間、全てが終わってしまいます」
「……」
「恐らく世界はあっというまに蹂躙され尽くし、その果てにナノマシンの過剰使用の代償として、我々が今立っている大地は旧文明と同じ末路を迎えるでしょう」
俺に勇者の真似事でもさせたいのか? こいつは。
「ならあんたが止めればいいだろう」
「いえ、私は別に世界が滅ぶ事に関してはどうでもいいのですよ。ナノマシンによる災厄の話も私しか知りませんし、貴方以外にお話する気もありません」
ダメだ……何を考えてるのかさっぱりわからない。
「私は苦難の果ての目標達成を渇望しているのです。今まで何をしても労せず全てを手に入れてきた身としては、この世界は退屈に過ぎる。組織に入ったのも元はと言えば、私の道を阻む障害となってくれる存在が現れるのを期待してのことでした」
陳腐な言い方をすれば天才ってやつか……本人としては色々な葛藤もあったのだろうが、目的の為なら世界征服の片棒まで担ぐとは。
凡人の俺には理解し難いし、関わりたくもない所だがもう手遅れなんだろうなぁ……
「俺にその役を演じろってことか」
「端的に言えばそうです」
「断りたいんだが」
「なら世界が滅びるのを座して待ちますか?」
「安い脅しだな。俺が止めなきゃいずれ装置を発見されて世界が滅びる、か? だが装置が見つかる保証も無いだろう」
「あぁそれなら心配には及びません。既に私が見つけて厳重に保管しております」
…………。
なるほど。こいつアレだな? ラスボスだな??
なんでも知ってるし準備万端過ぎるだろ!!
え、正直詰んでない? 世界はこいつの狂気によってかろうじて存続してるってことだよな、これ。
そんな風に軽く絶望する俺にさらに追い討ちがかかる。
「それに貴方にはその責任がある」
「責任……? この世界に来て日の浅い俺に、そんなものがあるとは思えないが」
「いいえ、あります。……だって貴方が殺してしまったのでしょう? 組織の、いえ私の障害となるはずだった存在を」
は? いや俺がこの世界で殺したのなんて、厳密には兎もどきと牛もどきだけ……あ、親父さんのことか!!
全知全能感がヤバかったがしっかり騙されてくれてたらしい。
ってか俺が殺したって嘘ついた時のあの態度はそれか!
こんなの読めるはずねーだろ……!
「折角苦労して群れを壊滅させて組織に恨みを抱かせたと言うのに……そこのちっこいのでは役不足ですしね。成体になるには当分かかるでしょうし」
まぁ予想はしてたけどやっぱそういう事か……
ってかリシアさんの殺気がヤバイ。
牙を剥き出しにして人化してないとはいえ女の子がしちゃいけない顔をしてらっしゃる。唐突に仇宣言されたわけだし仕方ないけど。
「じゃあ遺跡でやりあったのは……」
「あれはお互い不運でした。本当は折を見て私直々に出向き、魔獣に変えた上で死闘を演じて欲しかったのですが」
戦闘狂っての、当たってたのかよ! ……ただでさえ化け物な親父さんを魔獣に変えて、それと闘おうとかどんだけ強いんだよこいつ。
「その計画が頓挫したから俺に白羽の矢が立った訳か」
「それだけでもありませんがね。貴方のその力、いずれ私の障害となる予感がします」
そう、とても愉快そうに告げる優男。
というかそんな台詞を嬉しそうに言う奴も中々いまい。ほんと面倒なのに目をつけられたもんだよ!
「いずれ、ね。じゃあ今は見逃して貰えるってことでいいんだよな? 障害とやらになる件は考えておいてやるよ」
「いえ、時間を無駄にするのは趣味ではないので」
強烈な嫌な予感。
「……つまり?」
「この程度は凌いでくださいね?」
そう言って優男が手を振ると、眼前のワームが3匹に増えた。
結局こうなるのか……どうかこのワームが見かけ倒しでありますように!!
俺はそう祈りながら腕を変化させて構えを取った。