浅慮と軽挙、その行き着く先
金狐の隠れ里の狐達は、その正体を隠して人間との交流を持っている。
とはいえそれは限定的な物で、定期的に訪れる商人や近くを通りかかった旅人が立ち寄る程度の物だ。
故に里に外部の物が居ない場合、人化をせずに日常生活を送る金狐も散見される。
例外的に見張り役のみは常に人化しており、突然の来訪があった場合は即座に全員に人化するよう連絡する事になっている。
ここで過ごすに当たってコトノハに教えてもらった大まかな里の概要だ。
要するに誰か来た場合だけ注意を払えという話だろう。
リシアに魔術で作ってもらった元の世界の服では目立つので、里の人が着ている浴衣に近い感じの服を用意してもらった。
食事はこれまで通り屋敷の人が運んでくれるし、離れもあの後すぐに魔術で修復された。
注意事項は把握したし衣食住もバッチリで、懸念事項だった親父さんとクロエの件も時間が解決してくれる。これで何の憂いもない。
さぁどんな新生活が始まるんだろうなと、期待に胸を躍らせていた。
結論から言うと、気の休まる暇がない毎日が始まった……。
隠れ里での生活 1日目
「レスト、アタシ退屈なんだけど」
俺とリシアがイロハから借りたゲームをしていると、クロエがそんな文句を言う。
それを聞いたリシアが鼻で笑う。
「クロエは人化出来ないから、仕方ない。レストと遊べるのは、私だけ」
魔術関連の事を調べる為にアーカイブに潜っていたイロハが 『いえ、私もゲームの相手なら出来るんですが……』とボソっと呟いたが、俺以外には届かなかった。
最近すっかり被害担当が板についてきた応対用機械を多少不憫に思う。
自業自得がほとんどとはいえ、昨日のは完全にとばっちりだったしな……
「レスト! 何かアタシに頼みとかないの!? アタシの好きな人に尽くしたい欲求を発散させなさいよ!」
クロエがいきり立って詰め寄ってくるが、正直金狐達が良くしてくれるのもあって、何も不自由していない。
強いて言えば里には民家と畑以外何も無いので、退屈なことくらいしか思い当たらないのだ。
「いやそんな事を言われても……じゃあ撫でさせて欲しいかな?」
「うーん、やっぱりそれはダメ。高貴なる者には気安く触れてはいけないものよ?」
「お触りNG……高貴なる者というより、風ぞ「それ以上いけない」
リシアが酷い暴言を吐きかけたので、慌てて止めた。
俺もちょっと思ったけどさぁ!
しかし久し振りに出た人の記憶で覚えた言葉がコレか。
やっぱ悪影響しか与えてねえな?
「風ぞ……?」
「何でもないから気にするな! しかし本当に頼む事とかないしなぁ……」
「じゃあアタシも一緒にゲームやりたい」
「肉球で出来る訳ない。クロエは大人しく見ているといい」
リシアが勝ち誇ったように告げる。
どうも物理的な争いは控えてくれるらしいが、言葉を用いた争いは辞める気がない模様。
俺が失われた平和の尊さを思っていると、クロエから耳を疑う発言が飛び出した。
「……アタシも人化する」
地獄への扉が開く音が聞こえた。
このままでは間違いなく望まぬ展開になると確信した俺は、全力で回避を試みる。
「え? なんだっ「アタシも人化する……!!」
「……!?」
難聴系で乗り切ろうとしたが、無駄な足掻きだった。やっぱこれ使えねえな……
リシアは衝撃で完全に停止している。
「お前意味分かって言ってんの……?」
「分かってるわよ!」
「正式な婚姻になるんだぞ! 大体俺が重婚になるじゃねえか!!」
「当人同士が納得してるなら問題ないでしょ」
「俺もリシアも納得してないんだけど……!」
ここでリシアの時が動き出した。因みにイロハはガン無視を決め込んでいる。
とても賢明な判断だ。俺も当事者でなければ是非そうしたかった。
「……偽りの好意である自覚もあるのに、何故そこまで人化をしたがるの?」
リシアが恐る恐るといった様子で確認しようとする。
恐らくリシアの態度が頭にきて、売り言葉に買い言葉だったのではなかろうか……
俺はそう予想したが、クロエが語る突然過ぎる人化したい発言の真意はーー
「面白そうだし、アタシもそのゲームってのをやってみたいなって」
予想の斜め下過ぎる、まともに取り合う必要の無い物だった。
リシアが無言でゲーム画面に目線を戻す。どうやらもう相手にする気はないらしい……
このまま放置する訳にもいかず、仕方ないので俺が突っ込む。
「俺に尽くしたい欲求とやらはどこ行ったんだよ!?」
本当にこいつは俺に対して偽りの好意を植え付けられているのか、そんな根本的な所から疑わしく思えてくる。
「え、いやそれもあるのよ? うん、ゲームはついでね! 人化した方が色々出来る事が増える訳じゃない?」
尻尾を小刻みに揺らしながら、取って付けたような理由をほざくクロエ。
これは確実に黒だろう。黒猫だけに。
そんな下らない事を考えながら追求する。
「ついでの理由が真っ先に口を衝いて出るのか……」
「えっと……そういう事もあるわよね?」
「うん、よく分かった。考え無しのお前には、これからお仕置きをしようと思う」
それを聞くや全力で身を翻した黒猫を、狼の反射神経で持って捕らえる。
自身の身体の事を正確に把握したからか、日々強化されていく能力を無駄に使った行動。
だが、そんなことは勿論気にしない。
さてどうしてくれようと考え出したところで。ふと、何かがいる気がした。
俺はそれに従って声を上げる。
「コトノハ、いるんだろ? 今すぐ出て来たら許してやる」
すると何もない空間が歪み、そこに今まで居なかったはずの金狐ーーコトノハがいた。
ステルス迷彩かな?
俺以外は皆、突然現れたコトノハの存在に驚愕している。
「気配も姿も術で完璧に消してたのに、どうやって見破ったの……?」
コトノハ自身もバレるとは思っていなかったらしく、普段の飄々とした様子は鳴りを潜め、驚きを露わにしている。
勘……というより、経験則と呼ばれる物だろう。
しかし律儀に答えてやる程、俺は冷静ではない。
昨日散々痛い目に合わせたというのに、懲りもせずにまた観察にきていたコトノハを見つめる。
「そんな事はどうでもいい。お前も全然懲りてないらしいな?」
そう微笑みかけると、やはりこいつも全力で逃亡しようとする。
無論それを予期していた俺は、クロエを抱えたまま足を変化させ、即座にこれも捕らえる。
「さぁ心を鬼にしての折檻タイムだ。今のうちに神に祈っておけよ?」
「レスト! 少しなら撫でさせて上げるから、だから離して!」
「そうか。折檻が済んだら撫で回してやるよ」
「リシアちゃん! お姉ちゃんを助けて!! 昨日の今日じゃ本当に死んじゃう……!」
「私に姉はいない。コトノハ……また来世で会おうね」
俺はクロエの、リシアはコトノハの命乞いをあっさり切って捨てる。
さて、やるか……
ーーそして離れに黒猫と金狐の悲鳴が響き渡る事となった。
割とあっさり書けた。
昨日は更新止まる事を謝罪する文面を考えるレベルだったんだが……