獣どもが夢の跡
目を覚ますと、リシアとクロエが俺の上で仲良く丸くなって寝ていた。
「……何故こいつらは人の上で寝ているのか」
起こさないようにそっと下ろして、昨日の狂乱が嘘のように静まり返った居間を見回す。
ひっくり返ったテーブル、中身の飛び出た屑篭、横倒しになった本棚、天井にめり込んだイロハ、壁には亀裂まで入っている。
それを見て昨夜の記憶が蘇る。
コトノハへの制裁を済ませ、リシアとクロエの不毛過ぎる争いを止めに入った瞬間、この二人はまさかの肉体言語による応酬を始めやがったのだ。
「結局明け方近くまでバトってたんだよなぁ……」
なんとか止めようとするも途中で力尽きたが、恐らくその後に何らかの盟約でも結ばれたのだろう。
人の上で仲良く寝ていたのがその証拠だ。
そんな考察をしていると、リシアが大きな欠伸をして起き上がった。
「おはよう、レスト」
「うん、おはようリシア。ところでこの惨状を見てくれ、こいつをどう思う?」
「凄く、ボロボロです……」
「後でクロエも一緒にイブキさんに謝ろうな」
リシアにそう言い含めていると、クロエもいつの間にか起きて背伸びをしていた。
「なんか身体中痛いんだけど、レスト……寝てるアタシに何かした?」
「え……。そう言えば私も少し痛む。まさか二人同時に手を出したの……?」
「するか! 二人してボケ倒すのやめろ! あんだけ闘り合えばそら身体も痛むだろうよ!!」
「あぁ、そっか。昨日のちょっとした諍いのせいか……」
「ちょっとした諍いのレベルは遥かに超えてるんですが」
そんなバカなやり取りをしていると、コトノハの声が近づいてくる。
「おはよー皆。父様が呼んでるから来て……これはまた派手にやったわねぇ」
部屋の惨状を見て流石のコトノハも苦笑いしている。
しかしこれを知らなかったということはどうやらこの狐、息絶えたフリをして一人逃亡していたらしい……
俺も無駄な努力をせずに逃げるべきだったと、軽く後悔する。
「おはよう、部屋の件は後で二人に謝らせる。それでイブキさんが呼んでるってのは?」
俺がコトノハにそう返すと、リシアとクロエは同時にそっぽを向いた。
おまえら実は仲良しなんじゃねえのか……
コトノハはそんな二人の様子を笑いながら答える。
「クロエちゃんの最適化だったかしら? 何とか出来る方法見つけたかもって。その話をしたいから呼んで来いって言われたの」
「昨日の今日で凄いな……」
「あんな性格でも里で一番優秀だから長なんて押し付けられてるのよ。正直似合ってないと私は思うんだけどねぇ」
コトノハがさらっと酷い事を言うが、正直全く同じ意見だ。
隣でリシアとクロエもこれまた同時に頷いている。
なんだろう。昨日のバトルで友情でも芽生えたのか……?
「んじゃ話を聞きに行きますかね」
そう言って立ち上がると、全員でイブキさんの元に向かった。
「結論から言うと少し時間はかかるけれど、植え付けられた好意は消してあげられそうだよ」
いつもの道場のような場所(聞いた所親父さんの為に作られたらしい)に着くと、イブキさんがそう口火を切る。
「本当ですか! 助かりますイブキさん」
「クロエちゃんが黒猫族だったのは不幸中の幸いだったね」
「と言うと?」
「黒猫族は総じて魔術的素養が低い傾向にある。けどそれには理由があってね……。素養の低さは魔術抵抗の高さの裏返しなんだよ」
「え、そうなの? 全然知らなかったわ」
まるで他人事のようなクロエ。
自分の事なのに全然知らないのか……
「素養の低さと抵抗の高さ、この二つが噛み合って軽度の変容で済んでるみたいだね」
「なら、レストへの好意は、完全に消せる?」
リシアが勢い込んで尋ねる。
「そうだね。特殊な術になるから準備に数日かかるけど、完全に消せると思うよ」
「本当に色々お手数おかけします……」
「いやなに、こちらも魔獣退治なんてさせちゃったしね?」
そこで俺はイブキさんに報告しなければならない事を思い出す。
「すいません、この流れで大変言いにくいんですけど……」
「どうかしたのかい?」
「この二人が昨日暴れたせいで離れが、その……半壊しました」
イブキさんが一瞬固まる。
「そ、そうかい。……まぁどうしてそうなったかは聞かないけども」
「本当にすいません……ほら、リシアとクロエも謝る!」
「この猫が悪い」「この狼が悪い」
小学生かな?
本当に仲良しだなぁ全く。
しかしそんなふざけた言い分を通す訳にはいかない。
「どっちも悪いんだよ! どうしても謝らないなら昨日のように手加減せずに本気で灸を据えるが、よろしいか?」
そう言って二人の頭に手を置くと腕を変化させる。
このまま握られればどうなるか察した二人は、慌てて謝罪の言葉を口にする。
「「離れを壊してごめんなさい!」」
「って事で申し訳ないですが、これで勘弁してください」
「うん、いやいいんだけど。レスト君も怒ると結構怖いんだねぇ……」
イブキさんがしみじみ呟くと、それまで黙っていたコトノハが口を開く。
「それは昨日身を以て知ったわ……」
とても実感のこもった声だった。
いい薬になったようだし、今後は行動を多少改めてくれるだろう。
「えっと、じゃあ準備が出来たら呼び出すから、それまで里でゆっくりするといいよ」
そんな感じで金狐の隠れ里での暮らしが始まった。
原因不明の書けない病になりつつあるんだけど……




