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人を笑う門に来たるもの

  秘儀による最適化。それによって起こる変容は知るうる限り3つある。

 対象の固定化。術者の遺伝情報の変化。そして……偽りの好意の形成。


 どれを取っても捨て置くことなど不可能な程、重大な変化だ。しかしその中でも一際深刻なのは恐らく最後の物だろう。

 リシアのケースは特殊であり、本当に幸運だったと言える。

 俺の魔術的素養が絶望的なまでに低かった事により、最適化は最低限にしか効果を発揮せず、術を改変する猶予が生まれ最悪の事態は避けられた。


 しかし残念ながら、クロエは幸運では無かった。

 俺とは違いある程度の素養があったせいで、変容の全てを被る事となった。一度そうなってしまえば、術を改変した所でどうにもならない。

 しかし不幸だったかと言えば、実はそうとも言えない。


 言い方を変えれば、クロエはある程度しか素養が無かった。そのお陰で手足までの化身に止まり、好意も中途半端な形でしか形成されなかったようなのだ。


 ーーだから違和感を自覚出来ているのだろう、と言うのが長2人による見解だった。


「まぁ僕とリベちゃんにコトノハで解決方法を探してみるよ。丁度ここに魔術関係の本は山ほどあるしね。ただ、過去に例がない物だからあまり期待しないようにね?」

「我もか……!?」

「仕方ないわねぇ……私も楽しい見世物が見たかったなぁ」

「すいませんが、よろしくお願いします」


 イブキさんが快く応じてくれる。他二人は明らかに乗り気では無かったが。

 親父さんには申し訳ないけど、魔術に明るくない俺にできる事は無いので犠牲になってもらおう。

 ……コトノハはほんと覚えてろよ。


 そんな感じで一度解散となり、俺とリシアとクロエは離れで待つ事になった。

 因みにリシアとクロエだが、俺が抱えて移動している。

 何故か。経緯はこうだ。


 まずクロエが「アンタのせいでこうなったんだから、治るまで尽くしなさいよね!」と言い放ち腕の中に飛び込んでくると、それを見たリシアが「レスト……まさか泥棒猫だけ抱くなんて事、無いよね?」と殺気を放ちながらも、若干哀しそうな目で見上げてきたので、俺から抱き上げる他無かった。


 正直言って二重の意味で重い。が、そんな気配は微塵も出す事なく、黙々と離れへの道を歩む。

 今二人が大人しいのは休戦中だからに過ぎない。つまり離れに着けば即座に戦争は再開されるだろう。

 そんな状況を前に二人の機嫌を損ねれば、そのまま槍玉に挙げられかねない。

 既に地獄なのに、これ以上悲惨な事になってたまるか………!

 そんな風に『被害を受けない』ではなく『如何に被害を最小限に抑えるか』にシフトした思考をしていると、いつの間にか離れに着いていた。

 手が塞がっているので離れの戸を足で開け、居間にたどり着くと二人を下ろす。そして俺は役目は果たしたとばかりに逃げようとするがーー


「レスト、どこ行くの? まだ話は終わってないから、ここに居て」

「アンタはアタシの面倒見ないとなんだから、勝手にどこかに行かないでよね」


 即座に逃亡は阻止された。まぁ一応試してみただけだから……

 そして予想通り始まる第2ラウンド。


「レストが泥棒猫の面倒なんて、見る必要ない」

「あるわよ! 秘儀のせいでこうなったんだから、責任があるでしょ! って言うかその泥棒猫ってのやめてよね!」 

「勝手によく知りもしない秘儀なんて使わなければ、こんな事にはならなかった。私のレストにちょっかいをかける貴方なんて泥棒猫で十分」

「魔獣に殺されそうだったから仕方なくよ! にしてもやっぱりアンタか……。とにかく別に取ったりしないから名前で呼んでちょうだい」

「ならクロエ……。話を聞く限り、そもそも貴方が居なかったら、レストは一人でも問題無かった。クロエはレストの邪魔をしただけ。むしろ貴方がレストの為に尽くすべき」


 ここまでは正直予想出来る展開だった。しかしここから思いもよらぬ展開に舵が切られる事となる。

 クロエがまるでしてやったりという感じで、しかしそれとは裏腹に殊勝な言葉を吐く。


「そう……まぁ一理あるわね」


 正直この無駄に気位の高い黒猫が、あっさり相手の言い分を認めるなんてあり得ないと思った。何か裏があるのではと訝しむ。尻尾が上機嫌に揺れているのもその懸念に拍車をかける。


「って訳で本妻の言質も取れたから、治るまで尽くさせて貰うわね!」

「「……!?」」

「違和感はあるけど、逆らい続けるのも辛いのよね。あ、でもあんまりベタベタしないでよね? これでも嫁入り前なんだから。……まぁこのまま治らなかったら、化身する前からレストの事は嫌いじゃなかったし? 仕方ないから貰われてあげなくもないけどね」


 急展開過ぎて脳が追いつかない。多分リシアも全く同じ気持ちだろう……

 ただ1つ確実に言えるのは、リシアがハメられたという事だ。

 恐らく馬鹿正直に引っ付けば間違いなく妨害されると踏んだクロエが、一芝居打ってあえて高圧的に接する事で、自身の有利になる言葉を引き出そうとしたのだろう。

 プライドだけ高い世間知らずかと思ってたら、とんだ食わせ者だった模様。


「全部演技かてめえ! まさしく猫被りやがって!!」

「まぁいい女なら、嘘の1つもつけないとね?」


 確かにさっきの会話、嘘ばっかでしたね!

 俺とイブキさん、それに親父さんにコトノハも気付いてると思うが。……よく考えたら素直なリシアしか騙せてないんだけど。 そもそも尻尾で丸分かりなんだよなぁ……

 ここでのやり取りでは、まんまと騙されてしまったが。不覚。


「レスト……私もしかして、やっちゃった……?」

「リシアは全く悪くないけど、まぁやっちゃったかな……」


 しょげ返るリシアも凄く可愛い! うん、それどころじゃねえな……

 クロエは項垂れる俺達を一瞥して、構わず話を続ける。


「ところでレスト、このコとは人化も済ませてるのよね? その上で聞きたい事があるんだけど」

「なんだよ……まぁ俺には聞かれて困る事なんて「リシアとは、その、もう……したの?」


 クロエが食い気味に意味不明な事を聞いてきた。

 したの? 何を? いやまぁうん、言いたい事はわかるんだけどね?

 いきなり何を聞いてきてんだこいつ!? おまえ発情期かよぉ!!


「してねえよ!! 何で最初の質問がそれなの!? もっとあったろ他に聞くべき事がさぁ!!」

「だってこのままだと、他の黒猫族を好きになんてなれないし……治らなかった場合を考えると、その辺やっぱり気になるじゃない?」

「なるほど、わからん。とりあえずそういうのは無いから!」

「そうなんだ……。じゃあまだイーブンね!」

「何がイーブンか知らんが、そういう話はやめろ……」


 俺は必死に火のついた好奇心の鎮火作業に勤しむ。

 その頑張りを完全に台無しにする、素敵な一言がリシアから放たれる。


「レストには以前、身体を好き放題触られた事がある。二回だけだけど」

「ちょっとリシアさん……!?」「何ですって……!」


 一生懸命火消ししてる隣で油をぶち撒けるが如き所業に唖然とする。

 思いっきり心当たりがある上に、そのうちの1つは完全に俺に非のある過去を持ち出されたんですけど……。

 するとクロエがまさかの反撃に転じた。


「……それならアタシだって、森で断りもなく全身弄られたわよ!」

「謎の対抗やめろ! あれは怪我の確認っつって、お前も納得したよな……!?」


 そう突っ込んだ所で何処からか含み笑いが聞こえてくる。

 嫌な予感がしたので声の出所を探すと、柱の陰でお腹を抑えているコトノハを発見した。


「あら、見つかっちゃった。やっぱり面白い事になってたわねぇ。お姉ちゃん、退屈な作業を抜け出してきて正解だったわぁ」


 悪気のカケラも感じられない態度で、平然とそんなことを抜かされた。

 いい機会だし、色々まとめてお返しをしようと思い立ち、二人から離れてコトノハの側に行く。


「なぁコトノハ……。人の不幸は、そんなに楽しいか?」


 笑顔で告げながらコトノハに近寄る。俺とは逆にコトノハは笑みを消すと、一転して怯えた感じに後ろに下がる。

 まぁ無理もない。恐らく今、俺が浮かべている笑顔は凄絶と表現されるべき物で、つまり捕食者が浮かべるそれだろうから。

 壁際まで追い詰めると、コトノハが「えっと……レストさん、反省してるから、許して欲しいな?」などと命乞いを始めた。俺はそれを黙殺して愚かなる金狐にアイアンクローを極める。

 

「道場で話してる時も、随分楽しそうでいらっしゃいましたね? 笑ってないで助け舟の1つも出してくれたってバチは当たらないと思うんですけど?」


 言いながらギリギリと頭を締め付ける。秘儀の影響で変化させずとも、それなりの握力になっているので相当痛いのだろう。

 コトノハが俺の腕を外そうと往生際悪く、もがきながらも言い繕ろってくる。


「レストさん!? これ本当に痛いのだけど!! 凄く反省したし、次から面白そうでも我慢して助けるから、そろそろ手を離して欲しいなぁ……?」


 全然反省していない事がすぐさま判明した。

 我慢して助けるって……。痛みでどうやらいつもの小賢しさが発揮出来ないらしい。

 もう少し痛い目にあわせた方がお互いの今後の為と思い、腕に力を込めようとした所で何かが飛来して来た。


『レストさん酷いですよ! 一切落ち度のない私を突然放り投げるなんて、あんまりです! 横暴です!」


 騒がしいのが帰って来たようだ。

 落ち度ならあったんだよなぁ……

 向こうではまだリシアとクロエが不毛な争いを続けている。

 俺はそんな無秩序な空間を流し見て、大きな溜息を吐く。

 案の定魔獣退治よりキツイ事になった……


 明日は平穏のあらんことを。と、望むべくもない未来に思いを馳せながら、静かになったコトノハを適当に転がすと、リシアとクロエを止めるべく二人の元へ向かった。





久々に難産で5時間くらいかかった……

そいやブクマ増えてる!けど喜ばない。何故なら知ってしまったから…

そう、妖怪ブクマ外しの存在をな。

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