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第二十三話 白雪姫


 ダイニングは、前にも増して重苦しい空気に包まれていた。


 広いテーブルの中央には、少し短くなった蝋燭が置かれている。

 その隣には、今この空間が全て我がものであるかのような顔で、四角い紙切れが鎮座していた。


 リッドが手紙を睨みつけながら、唸るようにして声を押し出した。


「『白雪姫』って、フィオナのことか……?」

「…………」


 応えはない。


「なんだよ、シラユキヒメって」


 苛立ったように、リッドが再度問いかける。

 答えをくれる相手を探して、視線をさまよわすと、


「エルドラドの王女……」


 ぽつりと、吐き出された呟きに、全員がウィルを注視する。


「エルドラドの……? それが、白雪姫……?」

「白雪のように美しい姫君――白雪姫。エルドラド王国の第一王女。フィオナ=エレアノーア=ソル=エルドラド……のコトだよ」


 3度目のリッドの問いかけに応えたのは、ユーリだった。


「みんな、知ってたんだ……」


 その事実に、フィオナは全身の力が抜けた。


 確かに、エルドラドの王女フィオナの名を、周辺国の王子が知っていてもおかしくはない。その可能性は考えないでもなかったが、誰ひとりそんな素振りを見せることはなかったので、杞憂だと思っていた。


 ショックもあったが、安堵の方が大きかった。いつまでも黙っていること自体が、心苦しくなっていたのだ。


 ウィルが知っているのならヴァンも、ユーリが知っているのなら、おそらくジークも知っているのだろうと予想がついた。


「割と有名な話だからね」

「王族や貴族ってのは、ヒマ人が多いんだヨ。エルドラドの国王が、城から一歩も出さないほど寵愛している、世にも美しい姫君なんて噂、おいしくて食いつかないわけがないでショ?」

「…………」


 ウィルとユーリの話は、フィオナにとっては意外だった。

 そんな話が、外国に出回ってるというのは、恥ずかしい。

 俯くと、カミュがさりげなく口を挟んだ。


「俺は知らなかったぜ。別に、フィオナがどこの王女様だと関係ないしな」

「オレも」

「カミュとラウは知らなくてもムリはないよ」


 ウィルがフォローを入れると、リッドが不満そうに訴えた。


「オレも知らねーよ。そんな話、興味無いし。白雪姫だかなんだかしらないけど、フィオナはフィオナだろ」

「うん。俺もそう思う」


 ウィルが優しい顔で同意する。


『フィオナはフィオナ』


 リッドの言葉は、身の置き場のない彼女に対する、彼なりの気遣いなのだろう。

 そう思うとふわりと暖かい気持ちになって、フィオナは顔を上げて決意を口にした。 


「話すわ、ちゃんと。こんなにみんなに迷惑をかけてしまったんだもの」





               ◇  ◆  ◇





 フィオナの説明が終わると、7人の顔には、それぞれの心情が浮かんでいた。


 己の身に起こったことに対して、フィオナ自身が知っている情報は少ない。

 思っていた以上に短く終わった説明に、自分がどれだけ心許ない立場なのかを思い知らされた。


「義理とはいえ母親に……か」


 沈痛な面持ちでカミュが呟く。


「今まで黙っててごめんなさい」


 謝ると、無言の労りがあった。


「話してくれてありがとう、フィオナ」


 柳眉を顰め、話を聞いていたウィルが、慈愛を込めた眼差しを向けてくる。


「大丈夫、君はひとりじゃない。今から、みんなでどうしていくかを考えよう?」

「そうそう! 相手がどこのだれか知らねーけど、ジークもヴァンもいるし! 一応、オレやラウやカミュもいるし!」

「……うん」


「身を挺して守ったボクをハズすとはいい度胸だねェ。リッド?」

「あででででっ。悪ィ悪ィ、つい……」


 斜向かいに座るユーリの無事な方の腕が伸び、容赦なく耳を引っ張られたリッドが悲鳴を上げる。

 いつも通りの様子を見せようとする二人を眺めていたフィオナは、向けられる廉潔な眼差しに気付いた。


 顔を上げると、迷うことを知らないような、紫闇の両眼が、炎を映し込んで輝いている。


「心配することはない。この家に住む限り、お前は俺たちの仲間だ。何があっても、守ってみせる」


 その視線の強さは、時に怖れることもあるが、今はただ頼もしかった。


(仲間……)


 彼の口から仲間、という言葉を聞けたことに、自分でも驚くほど心が弾んだ。 

 自然と瞼の裏が熱くなったが、泣いている場合じゃない。


「ありがとうございます」


 その想いを笑顔に変換し、フィオナは心から感謝の言葉を口にした。


 僅かに、紫水晶の瞳が揺れた。いつも眉間に深く刻まれている皺が消え、年齢以上の貫禄を見せる彼の貌が、少しだけ幼くなった。


 ヴァンはそれ以上、言葉を返すことはなかったが、その表情だけは――なぜか強く、フィオナの印象に残った。





               ◇  ◆  ◇





 いつもなら夕餉の支度が調い、食欲をそそる香りと、賑やかな声が広がる時間になっても、食卓という名の会議机では、引き続き話し合いが行われていた。


「返せってことは、殺すつもりはないってことか?」

「そうとは限んねぇだろ。実際、あの矢はお姫様に当たりそうだったわけだし」


 リッドの意見に、カミュが反論する。


「あれは、狙ってはいないはずだよ」

「うん。あの時、私が急に動いたから……」


 フィオナはウィルに同意した。フィオナが窓辺に飛び出さなければ、あんな風にユーリに怪我をさせるような事態にはならなかったはずだ。


 当時の状況を聞いていたジークが、静かに口を開く。 


「……狙われたとすれば、ウィルの方だ」

「俺?」 

「確かに、ウィルはあの場所から動いてなかったから、窓の外からは狙いやすい位置にいたよな。それに、車椅子だし」


 その予想に、その場にいたラウが補足する。

 はっとしてウィルを見ると、彼は静かに笑みを零した。

 その顔が少し寂しげに見えたのは、フィオナの気のせいだろうか。


「何のために?」


 少し怒ったような声で、カミュが聞いた。だが、答えたのはウィルだった。


「脅し……かな」


 ジークとヴァンが同時に頷いた。


「……森の繁みから身を隠して、家の中の人間を狙ったとすると、かなり距離がある」


 ジークが視線で、矢が刺さった場所と、割れた窓、今は塞がれているが、その向こうに想定される景色を直線で繋ぐ。


「……この距離で、ウィルに『当たらない』ギリギリのところを狙って撃ったとすると、相手は相当な弓の使い手だ」

「己の腕前を誇示し、圧力をかけたつもりだろう」


 ジークの言葉を継ぎ、ヴァンは無造作にテーブルの上の紙をつまみ上げた。


「自己顕示欲の強い男だな。字も汚いし、教養があるようには見えない。雇われの傭兵かもしれん」


 ヴァンの推理に、肘をついていたカミュが、合点いかないように首を捻る。


「なんっか怪しいな。王様が心配して……ってなら、わざわざ傭兵なんて使わないんじゃねぇの?」

「やり方が子どもっぽい気もするねェ」

「やっぱその継母に、フィオナが生きてることがバレて……」


 カミュとユーリの不穏な会話に、リッドが眉を寄せて口を挟んだ。話が錯綜する。


「その可能性はある……が、白雪姫の命を狙うことが目的なら、わざわざこんな形で、己の存在を知らせなくてもいいはずだ」


 ヴァンの意見に、ウィルが頷いた。


「居場所さえ分かれば、潜伏して彼女が1人になる隙を狙い、殺すことはたやすい。こうやって俺たちを警戒させるメリットは……あまり思いつかないな。やっぱり、ただ殺す意外に、目的があるのかも」


 結論は出ない。今のところ、情報が少なすぎた。


「相手の目先の目的がフィオナの身柄だったとしても、身の安全が保障されたわけではない。渡すわけにはいかない」


 ヴァンの力強い言葉に、うん、と数人が頷く。


「けど……相手が王サマだとしたら? お父上の元にお姫サマを返すのは、スジってもんじゃないですかねェ?」

「…………」


 飛び交っていた会話が止み、一拍ほどの間が開く。


 リッドが、その沈黙を嫌うように口を開いた。


「そんなの、フィオナが嫌だったら別に……それに、城に帰ったからって、安全なわけじゃ……」

「……少なくとも、ここにいるよりは安全だ」

「……っ」


 ジークの正論に、リッドが口をつぐむ。


『フィオナを返す』というユーリの意見は、至極当然なものだったが、彼らの会話に小さな波紋を呼んだ。


「お父様じゃ……ないと思う」


 波紋の広がりが止むのを待つような沈黙が落ち、フィオナは、はじめて自分の意見を口にした。

 全員の視線がこちらを向く。


「お父様は、何よりも私の身体に傷が残るのを怖れた。城の敷地から出さなかったのも、そのため。何をするにも、安全であることが第一で、お裁縫とか……針を使う趣味も、やりたかったけど許されなかったわ」


 手紙の文面からすれば、父王がフィオナの居場所を知り、取り返そうとしていると考えるのが自然だ。

 だが、フィオナの中には、どうにも腑に落ちない違和感がある。


 あまりにも、やり方が不穏なのだ。不穏で、不気味だ。

 相手の動揺を誘っているようにも見える。少なくとも、正攻法とはいえない。


「だから、窓硝子を割るとか……こんな風に乱暴な手段は絶対に取らせないと思う。城の兵士も、お父様の意向はよく分かってると思うから……」


 もしかしたら自分の希望的観測を言ってしまったんじゃないかと思い、不安になる。

 が、フィオナの意見を真摯に受け止めたウィルが、大きく頷いた。


「うん。その話を聞く限りは、やっぱり警戒した方がよさそうだね。実際、相手はフィオナに怪我をさせてしまったみたいだし……」

「もし万が一、王命で動いてたエルドラドの兵士だったら、処罰モンじゃねぇの」


 カミュがうそぶく。


「相手がエルドラド国王の勅命で動いていると確信が持てない限りは、フィオナを渡すことはしない。それでいいだろう?」


 珍しくヴァンに意見を求められ、ユーリは首を傾げてみせた。

 値踏みするように片眉を上げて、薄く笑みを浮かべる。


「別にボクは、構いませんけどねェ……?」


 この2人の間には、たまに不思議な緊張感がある。

 単に、性格的に剃りが合わないだけなのだろうとは思うが、フィオナはつい息を潜めて、様子を窺った。


 その後、ヴァン主導で今後の対策が練られ、いくつかの打ち合わせがされた。

 いつもより遅めの夕食を取り、解散する。


 その日は、夕食後に恒例のカードゲームが催されることもなく、めいめいが部屋に散って夜が更けていった。




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