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第二十話 お掃除しましょ


 その日も、ヴァンとジークは朝から出かけていた。



 ここのところ、連日で彼らが出かけているのには理由がある。


 3日後に控えた聖日祭に向けての準備で、どの町も人手不足で大変ならしい。


「今年はエマーヌエル法王のご聖誕から500年だ。節目として、どの国も今までにない規模のパレードを予定している。必然的に都に人が集まり、オルフェンのような辺境の町は人手不足になる。あの町の住民には、我々も世話になっている。必要なときに力を貸すのは最低限の礼儀というものだ」


 というのはヴァンの弁であり、彼らは請われ、男手の必要なところを手伝っているのだ。


 オルフェンは、アルファザード王国の南端になる、イアルンヴィズの森にもほど近い、国境沿いの町だ。

 フィオナも一度連れて行ってもらったが、活気があり、平和そうな町だった。

 町に出かけることの多いヴァンやジークは、顔を覚えられており、市民との関わりも多いらしい。


「早いなー。もうそんな時期か」

「カミュ、足のばすなよ。ジャマ」


 朝食の後、留守番組がリビングに集まっていた。

 横長のソファに寝転がるカミュに、リッドが隣に座ろうとして文句を言う。


 2つある1人掛けのソファには、フィオナとラウがそれぞれ座っていた。ウィルは、彼らとテーブルを囲うように車椅子を止めている。


 聖日祭は、毎年3月21日に執り行われる。


 暦上の元旦とは別に、正式な春の訪れを告げるという意味で、1年の始まりとなる大切な日だ。


 毎年、大陸中で国を挙げてのお祭りが開かれ、王都では盛大なパレードが催される。

 フィオナも、王都で行われるパレードには、毎年参加していた。

 王城の敷地内から出ることの許される、数少ない日で、とても楽しみにしていたものだ。


「当日は、アルファザードの王都のパレードで警備が増員されるから、ジークはそっちにも行くらしいぜ」

「働きものだねェ。結構結構」

「お前も働けよ、ユーリ」


 カミュの突っ込みに、ユーリは無言で肩をすくめると、するりとどこかへ行ってしまった。


「ヴァンは?」


 寝転がるのを諦めて、身を起こしたカミュが問うと、無理矢理座席を確保したリッドが答えた。


「王都なんて絶対行かねーって」

「ふーん。まあ、ちょっと遠いよな」

「クンツァイト走らせりゃ、ひとっ飛びだろ。サボりかー?」

「お前、それ本人の前で言えるか?」

「ム・リ!」


「俺は聖日祭くらいは、ゆっくりすればいいと思うけどね。ジークも、わざわざ王都まで行かなくても……」


 二人の掛け合いに、ウィルが口を挟む。


「ま、あいつの場合、ゴロゴロしてるより、そういう仕事してる方が楽なんじゃねぇ?」

「ゴロゴロ成分は弟の方が持っていっちまったのかもな。ある意味バランス取れてるっつーか」


 カミュとリッドの無責任な台詞を聞いて、ラウがユーリの不在に気付いた。


「あれ、弟は?」


 リビングとダイニング、ついでにカウンターの向こうのキッチンを見回すが、いつの間にか消えている。


「また屋根裏に引きこもってんじゃねぇ?」

「ほんっとズリーよなぁ、勝手に自分の部屋作って」


 カミュの予想に、リッドが口を尖らせた。


「そうだねぇ……」


 リッドのぼやきに同意した――のかどうかは分からないが、独り言のように呟いたウィルが、奥の廊下へと引っ込む。


「どうしたんだ? ウィル」


 ラウが気にするが、彼はすぐに戻ってきた。膝に何かを抱えて。


「フィオナ、これ、ユーリに渡してくれるかい?」


 ウィルが両手で突き出してきたのは、ホウキとハタキだ。


「これ……?」

「フィオナに部屋を明け渡してから、屋根裏に根城を移しているみたいだからね。そろそろ目も当てられないことになってるだろうから、片付けるようにって」


 ユーリの担当家事は『掃除』だった気がするが、そういえば彼がこういった道具を手にしているところを見たことがない。


「手伝ってもいいけど、全部押しつけられるのはダメだよ。ちゃんと、ユーリにやらせるように」


 掃除道具を受け取ると、ウィルに念を押された。


 多分、ウィルには何でもお見通しなのだろう。

 大いにあり得そうな未来図に、フィオナは口を引き結んで頷いた。





               ◇  ◆  ◇ 





「そういえば、屋根裏ってどうやって行くのかしら……?」


 ウィルに掃除道具を託され、意気揚々と階段を上がったところで、フィオナはそんな初歩的なことに気付いた。


 この家に来てもう9日目だが、そういえば屋根裏というところに行ったことがない。


「ユーリ? ユーリ!」

「ハイハイ、なんですかァ?」


 廊下に立ち、天井に向かって声を投げると、すぐ頭上から返事が聞こえた。

 重い木の蓋が開くような音がしたかと思うと、フィオナの背後――通路の端っこ、階段の前にストン、と彼が降り立った。

 体重を感じさせない着地音に振り向く。見ると、天井が人一人分切り取られていた。


 そこから飛び降りてきた青年は、白衣に眼鏡という、見慣れない出で立ちをしていた。


「……ユーリ?」

「そうだけど?」


 違和感を感じ、当たり前のことを確認すると、怪訝そうに返された。


 なんだろう。なんだか知的に見える。


「で、何か用?」


 普段、愛想だけはいいユーリが、素っ気ない態度を取る。

 いつもと違う雰囲気が気になったが、フィオナは両手に持った掃除道具を掲げて見せた。


「お掃除、しましょう!」

「…………」


 興味なさそうに頭を掻いていたユーリの動きが止まる。

 フィオナの手にある物を視線だけで確認し、


「じゃ」


 と踵を返した。


「ユーリ!」


 がしっ、と白衣を掴む。

 逃がすわけにはいかない。


「私も手伝うから、お掃除しましょ? ね!」


 フィオナの説得に背中を見せたまま、ユーリが小さく肩をすくめた。


「ウィルに派遣されたんだろうけど、ボクを本気にさせるには、まだまだ経験値不足だねェ」

「なんの経験値よっ」

「んー、男をソノ気にさせる経験値?」

「とっ、とにかく、その気になってもらうからっ」


 これはウィルに与えられた大事な任務だ。

 失敗するわけにはいかない。役に立ちたいのだ。


「しつこいなァ」


 すこし苛立ったように、ユーリが振り返った。


「……っ」


 振り向きざまに、ぐいっ、と顎を持ち上げられる。

 目の前に、本心の見えない翡翠が迫った。


「あんまりうるさいと、食べちゃうよ?」


 かじっ、と鼻先を囓られ、フィオナは固まった。


「なっ……」


 その隙に、ユーリは丸木作りの壁の窪みを利用して足をかけ、猫のような身軽さで屋根裏に消えてしまった。


「ユ、ユーリッ」


 返事はない。


「登れない……」


 探してみるが、周囲に踏み台や梯子があるわけではない。

 それほど高い天井ではないが、フィオナの身長では登ることはおろか、背伸びしようがジャンプしようが、手を届かすことすら出来ない。


 何とかして屋根裏に侵入しようと、自分の部屋にあった椅子を持ってくる。

 天井に手はかかったが、フィオナの腕力では、自分の身体をそこまで持ち上げるのは難しかった。


「うう……っ」


 行儀が悪いのを承知で、ユーリがやっていたように壁の窪みに足をかけ、無理矢理身体を押し上げる。

 上半身を屋根裏に突っ込むと、埃っぽい床が目に入った。あまり息を吸うと口に埃が入りそうで、慎重に呼吸をする。


 屋根裏部屋はそれほど広くはなく、天井も低かった。高さは一律ではないが、一番高い場所でも、ユーリが立てば頭がつっかえるのではないだろうか。


「これはひどい……」


 フィオナは呟いた。思わず、素直な感想が漏れた。


 明かり窓が一つしかなく、薄暗い部屋には物が溢れていた。床にはよく分からない道具やガラクタが転がっていて、文字通り足の踏み場もない。


「何やってンの……」


 呆れた声が、部屋の奥から聞こえた。


 部屋の(ぬし)のように、最奥に座り込んでいたユーリが、のそのそと這って出る。

 その間にも、床の雑多な物はガラガラと隅に追いやられた。


「今日は絶対、掃除をしてもらいますっ」


 とりあえずホウキとハタキを床に置き、フィオナは反動をつけようとグッと腕に力を込め、壁を蹴った。


「えっ……?」


 ずるっ、と足が滑り、思ったように力が伝わらなかった。バランスが崩れ、腕に力が入らなくなる。


「危なっ……」


(落ちる――っ)


 そう思って目を瞑った時、急に腕を強く引かれた。


「きゃっ……」

「……っと……」


 身体ごと抱えられ、フィオナは屋根裏に引きずり込まれた。


「アイタタタ……背中が……」


 フィオナを抱きとめたまま床に転がったユーリが、悲鳴を上げる。背中でガラクタを踏んでしまったらしい。


「だから、掃除しないと……」


 小言を言いかけたところで、フィオナは相手を下敷きにしていることに気付き、慌てて身を起した。

 痛そうに顔を歪めていたユーリが、フィオナの身体を抱いたまま、片手で前髪を掻き上げる。


「アナタねェ……意外に強引なトコロあるよね」


 眼鏡の奥から、鮮やかな翡翠の瞳が、呆れたように見上げてくる。


「だってユーリが……」

「ボクが?」


 言って、上半身を起こしたユーリの顔が急接近する。

 片手で顔を固定され、フィオナは続く言葉を飲み込んだ。


「……っ」

「いひゃひゃひゃ……」

「どうしてそういうことばっかり……っ」


 真っ赤になり、目の前にあった両頬をつねる。

 さすがに、もう少しまともに取り合って欲しい。こちらは真剣なのだ。


「いやァ、いい反撃するねェ、アナタ」


 つねられた頬を撫でながら、ユーリが愉快そうに笑う。


「……したいから、じゃダメ?」


 少し眼鏡をずらし、上目遣いで見つめられる。

 途端、心臓が口から飛び出そうなほど跳ね、フィオナは身体ごと視線を逸らした。


 やることなすこと、いちいち心臓に悪い。どうしてこんなに動揺しなければいけないのか。

 彼の出している妙なオーラに当てられている気がして、腹立たしい気持ちと戸惑う気持ちがごちゃ混ぜになる。


「さ、そ、掃除しましょ!」

「えー」

「えーじゃなくて……は、離してっ」


 まともに顔が見れないまま、強い口調で言うと、思いの外あっさりと手を離してくれた。

 また奥に引っ込んでいく彼の背中を見て、フィオナはまだお礼を言っていないことに気付いた。


「あ、あのっ……ユーリ、助けてくれてありがとう」

「ドーイタシマシテ」


 軽い言葉で返される。


 それ以上、会話が広がることはなく、フィオナは部屋の真ん中でホウキを握りしめ、思案に暮れることになった。


 どこから手をつければいいのやら。


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