第十話 そしてお伽話は動き出す
「こんなところにいたんですか。随分探しましたよ」
薄暗くかび臭いその部屋で、密やかな会話が交わされる。
「探したって言ってるじゃないですか。閉じ込められるなんて、あなたらしくもない。おやおや……」
相手の反応に、ふふっ、と彼は小さく笑った。
「ふぅん、そういうことですか。まあ、どうでもいいですけど。それにしても、派手にやられたみたいですねぇ」
相づちを打つ声は軽く、相手の境遇を面白がっているようにも聞こえた。
「まあまあ、そう怒らないで。怪我は治してあげますから、次、頑張って下さい」
軽薄な激励に、相手は激昂したようだった。が、彼は困ったように眉根を寄せてみせた。
「そう言われましても……あなたにはあなたのお役目があるわけですから。ね? わがまま言わないで下さい」
それが、余計に相手の神経を逆撫でしたらしい。
しかし彼は動じた様子もなく、妥協になっていない妥協案を出す。
「助けて欲しいんですか? そうですねぇ……じゃあ、あなたの次のご主人様に、ちょうどいい人を知っていますので、ご紹介しますよ」
まだ喧々と文句を言ってくる相手に、ふぅ……と、彼は、大人が子どものワガママに耳を貸すようなため息をついた。
「そんなに私と一緒にいたいんですか? でも、そうするとさすがにあの人にバレちゃいますからねぇ。私も怒られたくないんですよ。っていうか、関わりたくないんですよ、あのヒステリー女」
本音が出る。
「見捨てるなんて人聞きの悪い。ちゃんと手引きしてあげるって言ってるじゃないですか。悪い話じゃないと思いますよ? 『条件』は満たしているはずです」
ふふっ……と、彼は独特な笑みを漏らした。
「ええ、ご安心を」
◇ ◆ ◇
それからの数日間は、とても穏やかに――だがフィオナにとっては目まぐるしく通り過ぎた。
「フィオナ、そろそろ町に出てみるかい?」
フィオナが森の家に来て7日目の朝。
心の中が分かるのかと思うようなタイミングで、ウィルがフィオナの希望をすくい上げた提案をしてくれた。
「出てみたい!」
この数日で、フィオナは自分がどこにいるかを、おおよそ理解した。
フィオナ達が住むこの森は、イアルンヴィズの森。
通称『迷いの森』と呼ばれる、森林地帯だ。
アースガルダ大陸の中南部に位置し、大陸最小国家とされるイサヴェル皇国を、すっぽり収めてしまえるほどの広大な面積を誇る。
自然的な国境となっており、地図で見ると、森の輪郭には複数の国が隣接している。
フィオナの母国、エルドラド王国もその一つ。西の国境が、イアルンヴィズの森に接していた。
森の北側の大部分は、大国アルファザード王国に接しており、南にはイサヴェル皇国が、東はヴァルク王国、グレイス共和国が隣接している。
必然的に、これら周辺諸国で何かしら――戦争であったり、災害であったりといった大きな惨事が起こると、国境を越え多くの人間が助けを求めて迷い込む。
だから、通称――『迷いの森』
「お、いいんじゃない? お姫様も、じっとしてるの飽きてきただろうし、町でお買い物デートってのも」
「でーと……?」
いつの間にそういう話になったのか。首を捻るフィオナを余所に、カミュがやれどこに行きたいだの、妄想プランを練り出す。
「おいカミュ、なんでお前が一緒に行くのが決定してんだよ。いつも買い出し面倒臭がるくせに」
「なに? リッド、お前もお姫様とデートしたいワケ?」
「デ……っだ、誰が……!」
「はいはい、そこまで」
ウィルに諫められ、静かになるリッドとカミュ。
この2人は、ウィルに対しては聞き分けがいい。
「何かあっても困るから、買い出しにはジークと行ってもらうよ。彼女をよろしく、ジーク」
「……承知した」
ジークならば無駄な寄り道もしないし、何より頼もしいボディーガードになる。
納得の人選に、それ以上2人が文句を言うことはなかった。
「リッドとカミュは、留守番を頼む。ラウに頼んではあるけど……ユーリと三人で、また変なイタズラしないように。あまりラウを困らせるなよ?」
「ウィルも外出?」
「うん、大した用事じゃないんだけどね。ちょっと心配な面子だから、ヴァンに残っていてもらいたいけど、ついてくるって聞かないから」
そう言って、珍しく少し不満そうな顔をするウィル。
「ヴァンは、ウィルのことが心配なのよ」
「まぁ、そうなんだけどね……」
フォローすると、ウィルは苦笑した。ちょうどそこに、自室から大量の布を抱えてヴァンがやってきた。
「ウィル、春とはいえ、外はまだ冷える。水場の近くとなればなおさらだ。冷やさないようにこれを着ていけ」
「ヴァン……気持ちは嬉しいけど、もう3月も後半だよ? 特に昼間は、これは暑いんじゃないかな」
「何を言っている、風邪を引いたらどうする」
「出たよ……ヴァンの過保護」
2人の押し問答に、カミュが呆れた声を出す。
最近気付いたことだが、自他に厳しいと定評のあるヴァンは、兄であるウィルに限定して過保護だ。それもかなり。
足が不自由な兄を心配してのものなのだろうが、ウィルが外見以上に自立した性格であるため、今回のように押し問答になるケースも多い。
もはや恒例という感じで周りは呆れた目で見ているが、ヴァンの意外な優しさが垣間見えて微笑ましい、とフィオナは思っている。
「ジーク、今日一日よろしくね」
「……ああ、よろしく」
そんなやりとりを、我関せずという風に、コーヒーを片手に聞き流していたジークの隣に寄る。
ここ数日ですっかり敬語もとれた相手は、やはり無表情にフィオナを見上げただけだったが、それを冷たいとは感じなかった。
「そうだ、フィオナ。渡したい物があるんだ」
思い出したように、ウィルが私室から持ち出して来たのは――
「これ、私の服……!」
最初に、この家に訪れたときに着ていたものだ。逃亡中に木の枝や繁みに引っかけ、すっかりボロボロになっていたはずだが、新品のようにきれいになっている。
「ウィルが直してくれたの?」
「上等な服だったからね。やっぱり、捨てるのはもったいない気がして」
「ありがとう! 大事にするわ」
手触りの良い服を抱きしめる。裾の長いドレスは、森を歩き回るには機能的でない。
なにか、特別な時のために大切にとっておこうとフィオナは思った。
「なんだか新しい服をもらったみたい。ウィルって器用なのね」
「ウィルは、編み物も刺繍も得意なんだぜ!」
フィオナが褒めると、なぜかリッドが鼻高々に自慢してきた。
「尊敬するわ。ウィル、今度、私にも教えくれる?」
「もちろん。喜んで」
そう笑顔で快諾するウィルは、まるで『お母さん』のようだと思ったが、口には出さないでおいた。
「それと、町に出るなら何か服を買っておいで。いつまでもリッドのおさがりじゃ嫌だろう?」
「でも……」
「遠慮しなくていいよ。その格好もかわいいけどね」
なんだか甘えてばかりで申し訳ない。
さりげない誉め言葉と笑顔に、くすぐったい気持ちを覚え、フィオナはもう一度お礼を言った。




