第8話:【嫉妬】相方のガードが固すぎてリスナーと戦争
ガーデニアのコックピットから、白華はおずおずとマイクに語りかけた。
「……あ、あの、凛音ちゃん? さっきからすごい勢いでキーボード叩いてるけど、大丈夫?」
通信ウィンドウの向こう側、凛音の顔は見たこともないような憤怒に染まっている。メガネが逆光で光り、指先は残像が見えるほどの速度で動いていた。
「大丈夫なわけないでしょ! この……っ、変態どもが! 不届き者が! 一掃してやる、跡形もなく消去してやるわ!!」
「えぇ……っ!?」
【ライブ配信:白華の安否確認チャンネル】
同接数:120,000人
『おい、俺の渾身の「耳元で囁いて」コメントが秒で消されたんだがww』
『あかん、運営のガードが鉄壁すぎる。検閲官かよ』
『【悲報】「白華ちゃんの吐息で白米食いたい」と言ったニキ、永久BAN』
『凛音ちゃん、タイピング早すぎて火を噴いてそう。こんなのもうハッキングだろ』
凛音の怒りは頂点に達していた。
最近、白華の魅力が世間に知れ渡るにつれ、コメント欄の熱量が爆発的に上がっている。白華本人が「みんな優しいね」と微笑むたびに、リスナーたちは調子に乗って際どいコメントを連発する。
それが、凛音の逆鱗に触れたのだ。
「『白華のうなじをアップにして』……!? 万死! 『呼吸音をサンプリングさせて』……!? 禁固刑百年よ! 白華はね、私の……私の……っ、とにかくあんたたちにそんな風に言われる筋合いはないの!!」
凛音は、管理画面を赤文字のBAN通知という血の色で染め上げ、もはやリスナーとの全面戦争に突入していた。
リスナー側も負けじと、BANされるたびに別垢を作って「凛音ちゃん嫉妬乙!」と煽り立てる。チャット欄はもはや、地獄の釜の底のような様相を呈していた。
「……凛音ちゃん。もう、それくらいでいいよ?」
白華はガーデニアを一時停止させ、ハッチを開けて外に出た。オペレーター席で肩を怒らせて震えている凛音の元へ、そっと歩み寄る。
「……白華。でも、あいつら……!」
「凛音ちゃん、顔が真っ赤だよ。心臓も……すごくドキドキしてる。シンクロしてなくても聞こえるくらいだよ?」
白華は、キーボードの上で固まっている凛音の、冷たくなった手をそっと両手で包み込んだ。
「ひゃっ!? し、白華……?」
「凛音ちゃんが私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、凛音ちゃんが辛いのは嫌だよ。ね?……私は、ここにいるから。凛音ちゃんの一番近くに、ちゃんといるから」
白華は、凛音の目を見つめて、ゆっくりと微笑んだ。そして、繋いだ手を自身の頬に少しだけ寄せた。
「…………っ、……あ、……ぅ」
凛音の殺気が、一瞬で霧散する。怒りに燃えていた瞳は潤み、耳まで真っ赤になって、彼女は「あわわわ」と情けない声を漏らした。
『……おっと、これは』
『……今、マイク入ったままですよ、白華さん』
『「私は凛音ちゃんの一番近くにいるから」……だと……?』
『凛音ちゃんの「デレ」というか「陥落」した声、しっかり高音質で拾われましたね……』
『【速報】リスナー、白華×凛音の尊さにより全滅。戦争終了』
凛音が、ハッと気づいてモニターを見た。
「……あっ」
そこには、今までの殺伐とした雰囲気が嘘のように、「お幸せに(血涙)」「公式が最大手」「俺たちの完敗だ」という、悟りを開いたリスナーたちのコメントが穏やかに流れていた。
補助AI“エコー”のさりげない電子音声も響く。
『――マスター凛音。心拍数の急上昇および、多幸感による脳内物質の分泌を確認。……ご安心ください。今のやり取りはこちらで永久保存しておきました。音質は192kHz/24bitの最高設定です』
「エコーぉぉぉ!! 今すぐ消しなさいっ!! 今すぐよ!!」
凛音が真っ赤になって叫ぶが、リスナーたちはもはや、その様子を微笑ましい光景として、暖かい目で見守っていた。
戦場は、いつの間にか、二人を温かく見守る会場へと変わっていたのだ。
「もう、どうにでもなれ……。白華のバカ、あんなの反則じゃない……」
凛音は、繋がれた白華の手を解こうとはせず、小さくなって呟いた。
白華はその手をもう一度ぎゅっと握りしめて、今度はマイクに向かって、いたずらっぽく囁く。
「みんな、凛音ちゃんをあんまりいじめちゃダメだよ?……凛音ちゃんは、世界一可愛い、私の最高の相棒なんだから」
その一言が、リスナーたちに止めを刺した。その日のスパチャ総額は、過去最高を記録したという。




