救国の茶番―リリアナ視点―1
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私の世界において、唯一の汚点はあの男だった。
……あぁ、今思い出しても清々しい。夫という名の不浄を排除し、その命を刈り取った瞬間の感触。ゼノス様と私が愛し合う姿をその目に焼き付けた時の、あの間抜けな絶望の表情。ククッ、何度反芻しても飽きないわ。
今は、そのゼノス様から預かった大事な仕事がある。ガレリア王国という名の、腐った果実を内側から食い荒らすこと。
「団長……!」
副団長のロイ。小虫のように震えている。こいつの首を飛ばすのも、そう遠くない未来の話ね。おっと、表情に出さないように……。
「どうした、ロイ?」
感情を殺すのは骨が折れる。私は口角を上げ、団長としての微笑みを貼り付けた。
「はい……第一、第三騎士団壊滅による、再編成の件ですが……」
「そのことだが」
私はあえてロイの瞳を真っ直ぐに見つめ、有無を言わせぬ圧を込めた。
「魔の森に配置している全軍を、隣国ナント王国の国境へ回せ」
ロイが息を呑み、目を見開く。
「だ、団長!? 魔族への守りはどうするんですか!?」
「ある情報が入っている」
私は声を落とし、さも国家の危機であるかのように囁く。
「ナント軍が国境まで20キロの地点に集結している。国境が突破されれば、この国は終わりだ」
嘘だ。ナントになど何の動きもない。
ただ、この国の心臓部である『魔の森』を無防備に晒すための、甘い罠に過ぎない。
「し、しかし……」
「命令だ、ロイ。それとも、私の判断に異を唱えるのか?」
「……しかし、魔の森の守備を放棄すれば、万が一魔族が侵攻してきた場合……」
ロイは未だ食い下がる。
無能な忠誠心だ。この男の脳味噌は、国を守ることしか考えていない。ガレリア王国が数日後に灰になることも知らずに、この手の中の小石を守ろうと必死になっている。
「ロイ」
私は、静かに、しかし冷酷な氷のような声で名を呼んだ。
私の言葉を遮る権利など、誰にもない。ましてや、私より格下の騎士団長代理如きに。
「王の判断を疑うのか? 騎士団長であるこの私の軍略に、異を唱えるというのか」
「い、いえ……そのようなことは……」
「ならば、その震える口を閉じて、速やかに全軍へ伝令を飛ばせ。国境のナント軍を排除し、我が国を護る。それこそが我ら騎士の使命であるはずだ」
私の視線が、ロイの喉元に突き刺さる。
グランドマスターである私の威圧。その一端を向けるだけで、ロイは息を呑み、狼狽したように後退った。
「……は、はい! 即刻、伝令を……!」
ようやく理解したようね。逃げるように執務室を出ていくロイの背中を見送り、私は椅子に深く深く背中を預けた。
あぁ、滑稽だ。この国を滅ぼすための第一歩を、国を守るための正義だと信じ込ませる。これほど愉快な喜劇が、この世にあるだろうか。
ロイの気配が完全に消えたことを確認し、私は鏡に向かった。
映っているのは、騎士団長としての凛々しい自分だ。整った眉、毅然とした瞳、そして英雄として民に愛された気品ある面立ち。
……けれど、ふと違和感がよぎる。
鏡の中の私の首筋に、黒い血管のようなものが浮き出ている気がした。
瞬きをすると、それは消える。
……疲れか。それとも、ゼノス様からの祝福か。
(愛しい、愛しいゼノス様……)
私は机の引き出しから、かつて夫だった男の肖像画を取り出した。
あぁ、見ているだけで腹が立つ。この男の、あの卑屈な優しさ。私に尽くし、私のために生きた男。最後には私の足元で命乞いをした、あの無様な顔。
私は指先で、肖像画の中の男の目を強く押し潰した。
かつて、この男に少しでも情を感じていた自分がいたなんて、今では信じられない。あの頃の私は、呪われていたんだ。この男という名の汚濁に、私の正義が汚されていた。
だが今は違う。私の心は、ゼノス様によって清められた。
愛していたからこそ、憎む。
あれほど慈しんだ男を、この手で排除すること。それこそが、私の愛の証明であり、何にも代えがたい「正義」なのだから。
私の剣技は、今も冴え渡っている。
グランドマスターとして、この国で私に敵う者はいない。
魔の森に、知能の低い魔物を引き入れ、その魔物の軍勢さえも私一人で薙ぎ払えば、民衆は私を「救国の英雄」として称えるだろう。政治的にも絶対的な発言権を得る。
その狂騒の中で、私はこの国を、ゼノス様のために捧げる。
不意に、部屋の空気が凍りついた。
私の背後に、何かがいる。
だが、恐れなどない。私の力は絶対だ。この世界において、私を殺せる者など存在しない。
「……準備は整いつつあります、ゼノス様」
虚空に向かって呟く。
返事はない。けれど、確かな高揚感が私を満たしていく。
ガレリア王国よ、滅びよ。
私の愛するゼノス様が望むなら、この命も、この国も、全てを贄として差し出そう。
夫の首を刎ね、冷たい死体へと変えた瞬間の感触が、再び指先に蘇る。
次は、この国そのものを、真っ二つに引き裂いてやる。
私は笑った。
英雄の仮面の下で、醜く歪んだ笑みを浮かべ、来るべき「終わりの日」を待ちわびる。
何人たりとも、この英雄の行く手を阻むことはできない。
……たとえ、死んだはずのあの男が、地獄の底から這い上がってきたとしても。
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