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2話「禁句」

「どの話?」

「前世の辺りだッ! 本当なのか、ヒツジ!」


 私の問いに答えは返ってくるものの、少年はヒツジの方しか見ていなかった。

 ヒツジの方は、えっなに、みたいな顔で口を押さえている。

 少年はヒツジの肩を乱暴に掴んで、


「答えろ、本当にーー」

「ここ天国なんでしょ? 前世の記憶の一つや二つ、あって何が悪いんだよ」


 いたので、私は思わず割って入ってしまった。あまりの剣幕にヒツジもびっくりして固まっている。

 少年はやっと私の存在に気付いたように、目を丸くして見つめてきた。ヒツジと私を3回ほど見比べて、はっとしたように、肩を掴む手を下ろした。


「……ごめん、緊急事態だったから慌ててしまって。今日来る子の病室だったのか……うるさくして驚かせちゃったね」

「病室?」

「ここはネバーランド内唯一の病院だよ。……君は、100番目の子だよね?」

「どうも。モカって名前を授かりました。ついさっき、ね」

「ね〜〜ぇへへ!」

「デレデレすんな」

「ああ、いつもの……ヒツジの命名式か。よろしく、モカ。僕は23番目にここに来た。皆には『兄さん』って呼ばれてるよ」


 2と3で兄さん。分かりやすい。

 兄さんと名乗る少年は、先ほどと打って変わって穏やかな笑みを浮かべていた。

 ひと目見て、「優しそう」が浮かぶ顔立ちだった。少し癖のある栗色の短い髪が、ちょっとだけ乱れている。さっきの勢いのせいだろう。ヒツジと同じように、白いセーラー服を着ている。

 なるほど、こんな「兄さん」が居たら、きっと理想的だろう。


「兄さんは、すげえ優しくて物知りで頼りになる兄さん! ……たまに怒るとおっかないけど」


 さっきみたいに、と肩を竦めるヒツジに視線を向ける。


「今さっきその片鱗は見えた。前世の記憶ってそんなに悪い事なの?」

「……ああ、良くない。前世という言葉は禁句だよ」


 柔らかい頬が青白く染まり、兄さんは深く俯いた。

 何かを恐れるように周囲をきょろきょろと見回して、私たちに顔を寄せる。


「前世の記憶なんてあったら、天使としてはとても……悪い状態だ。天使たちは純粋なんだ。沢山遊んで楽しむのが務め。これから新しい家族のもとに生まれるんだよ。前世なんかに足を引っ張られたら、新たな人生を歩めなくなる」


 囁く声は、どこまでも暗く沈んでいた。その表情には恐怖が窺える。


「天使とは、幸福でなければならない」


 まるで、強迫観念に取り憑かれているように。


「掟やルールの類い?」

「みたいなものだよ。僕が知る限り、前世の記憶があると言った子は、ピーターパンに連れて行かれる」

「ピーターパン?」

「そう。……次の日その子は、前世と呼んでいた記憶どころか、僕らのこと全てを忘れていた」

「…………」

「……エッ、じゃあ……ワルイコト?」

「だろうね。ヒツジが今まで名付けた57人分の仲間や僕との記憶全てが消される」


 ごじゅうなな。多いな。

 そうか、私が100番目で、今日の日までここに来た天使たちに名前を付けたりしてたんだ。

 私は、私はまだいい。何も覚えてない、今目覚めただけだから。でも、この子は違うんだ。

 そう考えると、背中がぞわりと冷えた。ヒツジの白い肌も、ゆっくりと青褪めていく。

 兄さんは小さな鼻先の前で、人差し指を立てる。


「決して思い出してはいけないよ、死ぬ前の自分のことなんて。過去は過去。忘れるんだ」


 いいね、と念を押すように言われた。思わず私とヒツジは何度も頷く。

 私も、前世とかそんな記憶ないけど、せっかくもらった名前を忘れるなんて嫌だ。

 ルールを胸に刻んで、ふと引っかかった単語に首を捻る。


「ピーターパンって何? あの童話?」

「違うよ! あの〜……黒くてカッコいいの!すげー強くて、パキッとしててぇ〜……詳しく話すとこの世界を守ってる強くてこう……」

「ここからは僕が案内するよ、大体いつもそうなんだよね。ヒツジは理解が追いつく前に話し出しちゃうから。まずは……世界を知るには、見た方が早い」


 物凄く抽象的に身振り手振りするヒツジを遮って、兄さんは私に手を差し出した。


「おいで。君が天使なら、今日から僕らは、仲間で家族だ」


 柔和な笑顔が眩しくて、酷く安心感を覚える。

 誘われるように私はベッドを降りる。爪先から踏み締めた床は固く冷たい。

 手を取って、私はやっと天使としての一歩を踏み出した。


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