隣同士、似た者同士
その夜、俺は城ケ崎さんがどうやったら部活に入ってくれるかを思案していた。
城ケ崎さんは部活が出来ない理由でもあるのだろうか。
上高場高校の部活動は非常に活発であり、とりあえず部活には入っとけのスタンスがある。
入っていない人も少なからずいるみたいだが、俺みたいな早く帰ってアニメが見たいという不当な理由ではなく、もっと真っ当な理由があるのだと思う。
そうすると城ケ崎さんは、何かしらの習い事でもあるのか、それともバイトをしているのか、ということが考えられる。
しかし、上高場高校は基本的にバイトは禁止されている。
それを踏まえると習い事の可能性が高い。
まあ、どちらにせよ城ケ崎さんが部活をしていない真っ当な理由があるならば、部員に迎えることは不可能だ。
逆に言うと、その真っ当な理由が分かるまでは、部員に引き込むチャンスはあるので、しつこく勧誘は続けるとしよう。
・・・また明日の放課後だな。そもそも話をちゃんと聞いてくれればいいが・・・。
なにせ相手は元゛女帝゛だからな。慎重にいこう。
俺が明日に向けて覚悟を決めていると、
『コンコンコンコンコンコン』
と突然、窓がノックされた。
・・・天月だな。
力がつええよ。窓割れるぞ。
俺がカーテンを開けると、鍵を勝手に開けて部屋に入ろうとしていた天月と目が合った。
「あ。今日は気づいてくれたね」
「さすがに気づくわ。それに気づかなかったとしても、勝手に鍵を開けて入ってくるなよ。不法侵入だぞ」
「ふほーしんにゅう?なにそれ」
バカでもそれくらいは分かってくれ。
突然入って来られたら、まずい時だってある。
「はあ・・・。まあいい。部員のことだろ?」
「そう!どうなった?」
「須藤は部員になってくれた」
「おお!すごいね!で城ケ崎さんは?」
「城ケ崎さんは・・・明日だな、明日」
「ん?今日は話せなかったの?」
「いや話せはしたんだが・・・。手ごたえはなかった」
手ごたえどころか、きっぱりと断られてる。
「大丈夫なの?」
「ああ、まだダメと決まったわけじゃない」
「そっか。・・・やっぱりは私が話そうか?」
「それはダメだ。俺に任せろ」
「・・・私、沙織から聞いたんだけど、私たち、城ケ崎さんたちにライバル視されてるんだって。別に私たちはしてないのに。それと関係ある?」
知ってしまったか。
なら正直に言おう。
「そういうことだ。下手に天月が城ケ崎さんに接触すべきではない」
「さわ君はそれを知ってて、『任せろ』なんて言ったの?」
「ま、まあな」
「意外とやさしいんだね。なんかありがと」
意外とかよ。俺はこう見えて結構やさしいぞ、多分。
「これも部活のためだ。別に感謝されることじゃない」
「私は感謝してるんだよ。さわ君がまさかここまでしてくれるなんて思っていなかったからね」
お前が俺の秘密を握ってなければ、こんなことはしていない。
本当は部活やりたいなんて微塵も思っていない。
「・・・これは俺のためであり、お前のためでもあるからな」
主に俺のためである。
「そうだね。頑張ろう、青春のために!」
「お、おう」
「じゃあまた明日!期待してるよ、さわ君」
そう言って、天月は窓から消えていった。
・・・また期待されてしまった。
その期待に応えられることは出来ないんじゃないかと不安に駆られた。
◆◆◆◆◆◆
次の日の放課後。
またしても俺は、教室を出た城ケ崎さんたちをストーカーの如く尾行し、城ケ崎さんが一人になるのを待っていた。
そして昇降口でたところで城ケ崎さんが一人になる。
よしっ行くか。俺は息を整え城ケ崎さんに声をかけた。
「城ケ崎さん、ちょ、ちょっといいですか?」
「またあんたか。てゆーか誰なの?」
まだ名乗ってなかったな。てゆーか同じクラスなんだけどな。
まあそれは俺が言えたことじゃないか。
「同じクラスの佐和野って言います」
「あーそんなやついたっけ?で、用は?」
「あの部活についてなんですけど、、、」
城ケ崎さんの顔つきが変わった。
「だから言ってたよね!入らないって!しつこいなあんた」
まあそうなるよな。
でも俺はその入らない理由を聞くまでは、しつこく追い回すつもりでいる。
「で、でも城ケ崎さんって頭いいよね?進学とか考えてるんなら、帰宅部よりは何かしらの部活やってた方がいいと思うけど・・・」
「そんなのあんたに関係ないでしょ!」
「じゃ、じゃあなんか入れない理由とかあるんです?」
「だからどうでもいいでしょ!あんたには関係ない!それを言う筋合いもない!」
なんかめっちゃ怒られた。
「そ、そうですか」
「そうよ!だいたい何の部活を作ろうとしてるわけ!?」
これも言ってなかったな。
昨日は言う前に帰られてしまった。
「それはオカルト研究部って言いまして、、、」
「オカルト研究部!?そ、そんな気持ち悪い部活、このあたしが入るわけないじゃない!」
そう激昂して、城ケ崎さんは行ってしまった。
うーんダメかなこれは。
だが待て、城ケ崎さんは部活に入らない理由を言ってくれなかった。
それを聞くまでは諦められない。
最終手段として土下座の覚悟も決めとかないとな。
・・・また明日だな、と思ったが明日からはゴールデンウィークであった。
また週明けか。先が思いやられる・・・。
その夜。
俺はこのゴールデンウィークをどう過ごそうか思案していた。
今年のゴールデンウィークは四日間であり、いかにその四日間を有意義に過ごすかを考えていた。
とは言っても、やることはゲームくらいである。
ここで考えるのは、徹夜してゲームをするのか、それとも朝早く起きてゲームするのか、ということだ。
どちらが効率がいいのだろう。
俺が悩んでいると、
『コンコンコンコンコンコン』
と窓をノックされた。
・・・また来やがった。
俺がカーテンをめくってみると、天月は鍵を開けずにそこで待っていた。
そう、それでいい。
俺は窓を開けてやった。
天月は開口一番にこう言った。
「城ケ崎さんはどうだった?」
「ま、まあ、あと一押しだな」
むしろ絶望的な状況だ。
「それはよかった」
天月は嬉しそうに言った。
そういえば、城ケ崎さんは天月をライバル視してるわけだが、天月本人はどう思っているのだろう。
「仮に城ケ崎さんが部員に決まったとして、お前は大丈夫か?」
「え?なにが?」
「だってライバル視されてるんだぞ、お前」
「それは大丈夫だよ。私はなんとも思ってないし。むしろ友達になれたらいいなって」
そうだな。天月はこういうやつだ。
「そうか」
「うん」
よし。じゃあ話しは終わりだな。
ここらで天月には帰ってもらって、俺はゴールデンウィークの計画の続きを、、、
「そういえば、ゴールデンウィークだね!」
「そ、そうだな」
なんか嫌な予感がした。
「さわ君、明日暇?」
唐突に天月が言った。
明日・・・明日はゲームする予定がすでに入っている。
「暇じゃないな」
「そうなの?じゃあ明後日は?」
明後日・・・明後日もゲームする予定がある。
「用事がある」
というか俺のゴールデンウィークはもうゲームをする予定で埋まっている。
天月の方を見るとちょっと怒った顔になっていた。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない」
「じゃあなんの用事?」
「それは・・・ゲームをする用事だ」
「それは用事って言わない!」
いや、言うだろ。
たまに勘違いしてる人がいるけど、ゲームをするのも、テレビをみるのも立派な用事だ。
だから、それを理由に誘いを断るのはおかしいことではない。
「立派な用事だろ」
「違うよ!もしかして明日が暇じゃないってのも・・・」
「ああ、ゲームで忙しい」
「もうっ!それは暇ってことでしょ」
俺は暇だからゲームするのではなく、ゲームをしている時点で大忙しなのである。
分からないやつだなあ。
「だからだな、俺はゲームをしなくちゃ、、、」
「ダメっ!私に付き合ってもらうよ!」
「は?」
「私、行きたいところがあるの。だからさわ君も付き合って」
いや、知らねえよ・・・。
「一人で行けばいいんじゃないか?」
「あーそんなこと言っていいんだ~。さわ君?」
そう言って天月は本棚の方を見る。
こいつ・・・。俺の秘密を思う存分に使ってきやがるな・・・。
はあ・・・。俺のゴールデンウィークが・・・。
「わ、分かった。で、どこに行くんだ?」
「秋葉原!!」
「は?」
「だから秋葉原だよ、秋葉原!ずっと行ってみたかったんだ~!」
「・・・マジで?」
「マジだよ、マジ!」
・・・そういえば、こいつアニメ好きだったな。
しかし、ここからアキバはさすがに遠い。東京じゃねえか。日帰り旅行の域だ。
電車で・・・二時間くらいであろうか?
こいつは俺のゴールデンウィークを潰して、さらに財布までも潰すのか。
とんだ悪霊だ。
「はあ・・・分かった。いつだ?」
ここまで行く気満々の天月を説得するのはもう無理だ。
「じゃあ明日、八時に駅ね!」
八時・・・。ゲームはせずに早起きか・・・。
「ああもう分かったよ。八時に駅な」
「そういうことで!じゃあまた明日!」
天月はご機嫌な表情で窓から姿を消した。
明日は久々の遠出だな。今日は早いとこ寝よう・・・。
◆◆◆◆◆◆
翌日。
朝、俺がリビングに行くと日花里が学校に行く準備をしていた。
母さんと親父はすでに仕事に行ったらしい。
「あれ~兄ちゃん早いね。どしたの、今日休日だよ?」
「ちょっと出かける」
「めずらしっ」
「日花里は部活か?」
「うん。二泊三日の合宿」
「おうそうか、がんばってな」
「うん!じゃあね」
と言って日花里は家を出た。
日花里は吹奏楽部に所属していて、オーボエを担当している。
その実力はなかなかのもんで、一年の時にはすでにコンクールに出ていた。
日花里の中学は強豪校で練習量も多い。長期休暇には必ず合宿があるようだ。
・・・と俺もそろそろ家を出ないと。
駅に着くと、すでに天月はいた。
一応五分前には来たんだけどな。天月は相当楽しみにしてるようだ。
正直、俺も結構楽しみではあった。
一度は行って見たいとは思っていたが、まさか幽霊と行くなんて思ってもいなかった。
「じゃ行くか」
「うん!」
そうして電車に乗り込む。
予算の都合上、特急なんて乗れないので各駅停車の普通列車だ。
「なあ、今日一日姿を消して過ごすことはできんのか?」
「え~めんどくさいから、やだ」
そういうもんなのか。
うーん、二人きりでいるのを誰かに見られたくないんだよな。
友達が須藤しかいない俺は誤解されてもいいんだが、天月は嫌な思いをするだろう。
まあアキバなんかに知り合いなんていねえか。
「そうか」
「うん」
二時間半後、終点の上野駅に着いた。
さて、こっからどうやってアキバに行くんだ?
東京の駅はなんかごちゃごちゃしてて分かんねえ・・・。人も多いし・・・。
え~とこういって・・・。
俺が苦戦している間に「まだ~?秋葉原まだ~?」と天月は言ってくる。
うるせえよ!子供かよ。
そうしてやっとの思いで秋葉原に着いた。
「着いた~!秋葉原~!」
天月のテンションが跳ね上がった。
俺はもうぐったりしていた。
「あ~あそこアニメで見たことある~!」
「お、おう。そうだな」
「すごいね秋葉原!ね!さわリン!!」
なんだよ、さわリンって・・・。語呂悪すぎだろ。
俺の隣でテンションが上がりきっておかしくなってる可憐な少女、、、だが幽霊だ。
・・・うん。これも語呂悪いな。
「その呼び方はやめろ」
「あ。そう?いいと思ったのに」
全然よくない。
「とりあえず、腹減ったからメシにしよう」
「そうだね。どうしよっか?」
う~んと俺が考えていると、
「あっあれ食べたい」
天月が指を指したその先には『ケバブ』の文字が見えた。
それはいいな。食べ歩きには丁度いい。
「じゃそうするか」
そうして、二人でケバブをかじりながら歩いていた。
「あっ!あそこ行ってみようよ!アニメイト!!」
天月が言った。
アニメイトか。地元から二駅くらいのところにもあるけど、行ったことねえんだよな。
俺はアニメ好きではあるが、グッズを収集するようなアニメオタクではない。決してない。
でも興味はあった。
「ああ、行ってみるか」
アニメイトに入ると、女性ばかりで驚いた。男性もいるが、女性の方が多い。
あれ?アニメイトってこんなとこだったのか・・・。
男性向けではなく、女性向けな感じか。なるほど、憶えておこう。
天月とは言うと、一面に並べられたアニメグッズたちを見て、目をキラキラさせていた。
「そ、そんなに買うんか・・・」
天月の買い物かごの中には、いつの間にかアニメグッズたちでいっぱいになっていた。
「もちろん!」
その顔は満足げである。
てか幽霊の資金源ってどうなってるんだろう。
・・・まあいいか。金の話なんてあんまりしたくないし。
俺たちはアニメイトを出た。
荷物は俺が持っている。まあこれくらいわね?俺、やさしいし・・・。
自分で言ったのだが、後悔した。思ったより重い・・・。
「やっぱりやさしいね」
「ま、まあな」
と歩き始めた時、天月と同じような満足げな顔で、隣の店から出てきた美少女と目が合った。
「じょ、城ケ崎さん!?」
思わず、声に出してしまった。
隣の店『とらのあな』から出てきたのはあの城ケ崎紗季だった。
彼女は両手に持っていた紙袋を地面に落とし、愕然としていた。