必然の転校生
朝の教室はいつもに増して、賑やかになっていた。
もう転校生の噂が流れている。
「おい!今日転校生来るらしいぞ!」
「ああ、しかも女子らしい!」
「まじヤベーわー!可愛かったらマジヤベーわー!!」
こんな感じで男子たちは浮かれている。
そのヤベーヤベー言うのやめたら?頭悪そうだよ?
女子たちも男子ほどじゃないにしろ「どんな子だろうね~」とか「この時期に転校生って珍しいね」といった転校生を話題で持ち切りだ。
クラスメートたちが浮かれている中、俺は一人不安に駆られていた。
今日来る転校生、すなわち天月麗奈は幽霊だ。それを知るのは俺一人だけである。
それに天月は、頭は悪いが顔はいい。男子たちがヤバくなってしまう。・・・それはどうでもいいか。
「そろそろホームルームを始めるぞー」
そう言いながら、神野先生が教室に入って来た。その後ろには天月の姿があった。
はにかみながら俺に小さく手を振ってきている。
やめろ、やめてくれ。俺はフッと目をそらした。
「今、誰かに手振ってなかったか!?」「知り合いでもいんのか?」
教室がざわつく。
「っとその前に・・・まず転校生の紹介だ」
ほれっと先生が天月の肩を叩くと、天月は自己紹介をし始めた。
「私は天月麗奈って言います!え~とっ、れいかぃ、あっいやレカイ高校から来ました。これからよろしくお願いしますっ!!」
・・・なんだそのレカイ高校って。ってか一瞬、霊界って言いかけたぞ。
周りからは「可愛い~」とか「マジヤベーしょっ」とか聞こえてくる。
何がヤベーんだよ・・・。あ、でも天月は幽霊だから、確かにヤベーわ。ごめんな、えーと名前はなんだっけ?分かんねえわ。けどお前は間違ってなかったわ。うん。
一か月が経っているが、顔と名前がいまいち一致しない。目立っている人なら分かるんだけどな。
んーと確か゛ヤベーさん゛の名前は、、、やなぎ?、、、まあどうでもいいか。
そんな中、真ん中らへんの席に座っているクラスで一位二位を争う美女の城ケ崎さんは歯をギシシっと噛みしめていた。
「じゃあ天月、あそこの空いてる席に座ってくれ」
そう言って先生は廊下側一番後ろの席を指さした。
「はいっ!」
天月はその席に向かった。皆の視線が天月を追っている。
その間も城ケ崎さんは一切、天月の方を見ずに不機嫌そうな顔をしていた。こわい。
「今日は話すことも特にないから、朝のホームルームはおしまいっ!皆、天月にいろいろ教えてやってくれな」
そうして神野先生は教室を出て行った。
天月の方を見てみると、瞬く間に人が集まって質問攻めにされていた。
「天月さんは、なんでこの時期に転校してきたの?」
「ははは、なんでだろうね・・・親の都合?」
なんだそのテキトーな理由。
天月は俺の視線に気づき、助けてと言わんばかりに目配せしきた。
・・・いや無理だ、と俺は首を振る。
レカイ高校とか言い出した時から怪しかったが、設定くらいちゃんと作っとけよ。
まだまだ質問が続く。
「レカイ高校ってどこにあるの?聞いたことないけど」
ほら来た。どう返すんだ、これ。
「ええっとね、それはね、、、えへへ」
笑って誤魔化せる質問じゃねえぞ。
「いまスマホで調べたんだけど、レカイっていう都市がハイチ?にあるらしいよ!天月さんってもしかして帰国子女?」
ほーそんな都市があるのか救われたな。ハイチね。なんか聞いたことあんな。調べてみるか。
どれどれ・・・。
ハイチ:中央アメリカに位置する国で独立以来現在まで混乱が続いてる。カリブの周辺国では最貧国であり、スラム街も多く見受けられる。外務省の渡航勧告ではハイチ全域にレベル2、首都のポルトープランスはレベル3になっている。
・・・めっちゃヤベーとこじゃん。あれ?たしかハイチって観光地じゃなかったっけ? ・・・ああ、それはタヒチか。全然違うわ。
しかしこの設定はちょっとキツイぞ。やめたほうがいいんじゃ・・・。
「そ、そう!帰国子女!!」
「「すげーな!!」」
あーやってしまった。でもまあしょうがないか。むしろレカイとしう都市があったことに感謝すべきだ。
なんとかこの質問は乗り切れる。
「そういえば教室に入って来た時、誰かに手振ってたよな!知り合いでもいるの?」
今度は男子が質問をしてくる。
あ・・・やべ。変なこというなよ・・・。
「まー知り合いかな?」
それでいい。テキトーに流してくれ。
「誰?」
「さわ君」
ぐっ!いやまだいい。それくらいなら許容範囲だ。
「さわ君って誰?」
「えー?さわ君はあそこにいる、さわ君だよ」
やめろ、指さすな。目線がこちらに集まる。すげえ恥ずかしい。
「あー佐和野だっけ?で、どんな知り合い?」
「んーとね、さわ君はね。幼なじみ!!」
天月は笑顔でそう言った。
いや、なんでだよ。その設定はいらないだろ。おかげで男子どもの視線が痛い。
女子は女子で「すごーいなんか運命的じゃん!」「もしかして佐和野のために・・・?」と勝手に騒いで興奮している。頭の中お花畑かよ。
天月とはいうと「えへへ」っと笑っている。
その含みのある笑いは誤解を招くのでやめてほしい。素直に否定してくれよ・・・。
男子の視線がさらに強くなった。
まあでも仮に俺を友達だって言ったとしても、男子の視線は俺に刺さっていただろう。
結局のところ俺に手を振ってしまった時点で、逃げ道なんてなかった。ほんといらんことをしてくれる。少しは考えて行動してほしい。
こうして怒涛の質問タイムが終わった。盛りに盛られた設定で今後、天月は大丈夫なのか?当の本人はなにも気にしてないだろうが。
一時間目が終わって休み時間、俺は机に突っ伏していた。相変わらず天月の周りには人が集まっている。
天月は顔がいい、そして明るい。友達なんてすぐ作れるだろうし、すでにクラスの人気者になりつつあった。
「なあ、佐和野!!」
といきなり横から声をかけられた。
なんだよ・・・と思って顔を上げると゛ヤベーさん゛がいた。
「佐和野さあ、天月さんとマジで幼なじみなの!?それマジヤバくね?」
そりゃ相当ヤベーよ。だって嘘だもん。というかその他もろもろの嘘の方ががヤバすぎるんだが。なぜ誰も疑わないのか。
つっても本当のこと言ったらややこしくなってしまうので、天月のついた嘘に合わせるしかない。
「ああ、そ、そんなとこ」
「マジか!!すげー、まじヤベー!!」
こいつまじヤベーしか言わないな。まじヤベー。
「でさ、やっぱ佐和野は天月さんのこと好きなのか?」
いきなり何言ってんだこいつ。
「べ、別に好きじゃねえし」
あ、なんか本当は好きなのについつい否定しちゃう恋するツンデレみたいな言い回しになってしまった。恥ずかしい。
「そっか。実は俺はワンチャンあると思ってんだよね~マジで」
すげーなこいつ。まだ会って一時間くらいだぞ。どんだけ自分に自信があるんだよ。
「・・・それは、天月がお前に気がありそうってこと?」
「いや?俺が天月さんを好きになりそうってこと」
なんだそっちか。やっぱよく分かんねーなこいつ。
残念だが、奴は幽霊だぞ。
「・・・そうか。まあがんばってな、、、え~と、」
「矢内な。矢内雅也」
なるほど。゛ヤベーさん゛は゛やなぎ゛じゃなくて矢内だったか。一応覚えておこう。
「じゃ、よろしくな」
そう言って、矢内は「マジヤベーわー!」とか言いながら行ってしまった。よろしくってなんだよ・・・。
そもそも幽霊って恋とかするんかな。
まーた面倒くさくなりそうな案件が増えた。
それからも、休み時間の間には天月の周りは大盛況だった。まだ俺は一回も天月と話していない。もう人気者だな。そんな中、城ケ崎さんが毎回不機嫌そうな顔で教室を出ていくのを、俺は見逃さなかった。
そして昼休み。
例によって、天月の周りに人が集まってくる。「おひる一緒に食べよ~」と女子に詰め寄られていた。
天月は困った顔をしながら、俺に目でなにかを訴えてきた。
・・・まさかあいつ、俺と昼休みを過ごそうと考えていたのか?
なら答えは簡単だ。俺は首を横に振った。あんなに天月と一緒に過ごしたいって奴がいるのに、それをわざわざ踏みにじって俺と過ごすことはないだろう。まあ言いたいことはたくさんあるが。
そうして俺は購買に行き、いつも通りの昼休みを過ごしていた。
五時間目が始まる。
やはりこの時間は眠い。しかし今日は昨日見たいな邪魔な奴がいないので、思わずウトウトしていた。
しかし、突然の「こらっ寝るな!」という先生の声で眠気が飛んだ。
声がした方を見てみると怒られたのは天月だった。
・・・なんか腹立つな。昨日あんだけ俺の邪魔しながら、自分は寝るのかよ。
俺と目が合うと「えへへ」と笑った。
そして六時間目も天月は居眠りをして怒られていた。
バカはなにも学ばない。
やっと放課後である。
神野先生のホームルームでは、
「天月、初めてのこの高校はどうだったか?」
「はいっ!楽しかったです!!」
「そうか。それはよかった」
こんなやり取りがあって終わった。
楽しかったのはなによりだ。俺は帰宅の準備をし始める。
天月の方を見てみると、またもや女子に囲まれていた。
毎度のこと思うのだが、天月の席は廊下側一番後ろだ。そこに集まられると、後ろの出入り口が使えなくなるのでやめてほしい。女子が苦手な俺は近寄れもしない。
「天月さんは部活どうするの?」
「まだ決めてないけど、絶対入るよ!」
「じゃあ見学においでよ!私の部に」
その言葉に続いて、ほかの部の人たちも「私も」「私も」と部活に勧誘している。
これで天月が入りたい部活も見つかるだろう。
天月は俺に目線を向けてきたが、気にせず教室をあとにした。
◆◆◆◆◆◆
家に着いて、リビングで一息つく。
結局、今日天月と話すことはなかったな・・・。
まあでも天月は楽しいと言っていたし、あんだけ人が集まりゃ友達もできただろ。
このままいけば、天月の楽しい青春とやらは約束されたようなもんだ。
これで俺は、これからもいつも通りの普通以下の高校生活送ることになる。そんなのはもう慣れた、今更気にすることはない、と自分に言い聞かせた。
部活から帰ってきた日花里と共に夕飯を済ませ、自室へ向かう。
俺はパソコンを立ち上げ、ヘッドホンをしてゲームしていた。
「そこだっ、よし!・・・あっそっちか~」
ゲームをしていると独り言が多くなる。
このゲームは殺し合って最後の一人になるのが勝ちというゲームなんだが、なかなか最後の一人にはなれない。現実ではいつも一人なのに。
ゲームに夢中になっていると、ふと背中に冷たい風が感じられた。
・・・あれ?おかしいな。窓閉まっているよな?
そう思って後ろに振り向くと、天月麗奈がいた。
「ぅおわあ!!」
めちゃくちゃびっくりした。
「あ、ごめん。びっくりした?」
「したわ!どっから入って来たんだ」
「え?窓から」
「でも鍵は・・・」
「サイコパワー!!」
天月は自慢げに手のひらを前に出した。
「はあ・・・突然来るなよ」
「でもノックしたよ」
窓をノックしてたのか、ヘッドホンしてたから気付かなかった。
「で、何しにきた?」
「いやあ、今日全然話せなかったからね。言いたいこともあるし」
言いたいことに関しては俺もいっぱいあった。
「そうか。じゃあその前に俺もお前に言いたいことがある」
「なに?」
「お前自分の設定とかちゃんと考えとけよ。いいか、お前は親の都合でハイチのレイカ高校から帰ってきた帰国子女で、入った高校に偶然俺という根暗な幼なじみがいたっていうことになってるんだぞ」
「あーそれは大変だね」
他人事みたいに言いやがる。
「親の都合とかレイカ高校とか帰国子女とかはまあしょうがないとしても、幼なじみの設定は要らなかっただろ」
「いるでしょ!幼なじみ。そこの設定は考えてたんだよ!」
「なんでだ。一番いらねえよ」
「青春っぽいじゃん」
でたよ青春バカ。もはや青春というよりは、ただのアニメの見過ぎだ。
それからは俺は一番懸念していたことを聞いた。
「お前、まさか自分が幽霊だって誰かに言ってねえよな?」
「言うわけないじゃん。それは私とさわ君だけの秘密だよ?」
キョトンとした顔で天月は答えた。
さすがに天月もそこまでバカじゃないようだ。
しかしあれほどめちゃくちゃな設定では、いつ化けの皮が剥がれてもおかしくない。
そこだけが心配だが、、、
「あとな、もう俺にかまわなくていいぞ」
「え?」
「お前はもう友達できただろ。そいつらと青春を謳歌するといい」
「あの人たちは友達・・・なのかな?」
「なに言ってんだ。もう打ち解けてただろ」
「でもなんか違うというか、みんな私を引き抜こうとしてるような・・・」
「そういうもんだろ、最初は。可愛い奴を仲間にしようとしてんだよ」
「可愛いって私のこと?」
・・・あっ、しまった。つい口を滑らせてしまった。
顔に熱がのぼってくる。
「・・・」
「そうかーそう思ってくれたんだ」
天月はニヤニヤしている。
「やっぱり今んとこ友達はさわ君だけだね」
「・・・いやあのな。このまま俺なんか気にしないでいけば、楽しい青春が送れるんだぞ」
「それでさわ君の青春は楽しくなるの?」
「それは・・・」
「ならないでしょ。それじゃダメなんだよ。ともに楽しむんだよ青春を!」
なんでここまで俺に固執するのか分からない。
俺は憑りつかれているのか?こいつに。
「それで私が言いたいのはね、部活のこと!」
「めっちゃ勧誘されてたな。入りたい部活あったのか?」
「そうそう、いろいろ見てまわったんだけどさ、仮に私がどこかの部活に入ったとして、さわ君はその部活に入ってくれる?」
「絶対入らない」
「でしょ。それで私考えたんだけど、、、」
天月が考える?ろくなことじゃないな。きっと。
「入りたい部活がなかったら、作ればいいじゃんってね!!」
「は?」
思った通りだった。
「だから部活を作るんだよ!さわ君も楽しめるような!」
いやいや何言ってんだこいつ。部活を作る?
「ま、まあ一応聞くけど、なに部を作るんだよ」
俺が呆れながらそう聞くと、天月は張り切った声でこう言った。
「オカルト研究部!!」