エピローグ 永久戦犯
小学校の教室。
クラスの男子たち。
小さな口が可愛らしく、ふわっと動く。口々に。そして。
「えぐち菌ー!」
「こっちくんなよー! 汚ねぇー!」
お互いの体に手をつけあっている。
「オイやめろよ!」
その声の方を向く。
「俺の机にも感染しちまったじゃねーか!!」
ギャハハハと、笑い声が響く。
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あぁ……まただ……。
どうして……。
明晰夢。夢の中で目が醒めているのに、夢そのものは止められない。
一体何度、私はこの現象に苦しめられるというのか。
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黄昏時の赤く染まった職員室。
「江口さん、言いたいことがあるんでしょう? 先生、分かってるんだよ。ホラ、言ってごらん? 折角こうして、男の子たち呼んだんだから、ね?」
「・・・江口菌って言うの、やめて」
小さな手が、ぎゅっと握られる。
上履きの上に、大きな滴がこぼれる。
その光景を、扉の隙間から数名のクラスメイト達が忌々しそうに覗いていた。
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もう、やめてよ。
もう、大丈夫なはずじゃない。
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また教室。
今度は朝だ。扉が開くと、60近い目玉がギロリと動いた。
「え?」
ヒソヒソ声と、抑えた笑い声。
机の上に、チョークの落書き。
『学校くんな!』
『エグチクリ菌』
『バイ菌は消毒されろ』
「・・・エグチクリ菌だよー」
「エグチクリ菌が来た。感染するぞー・・・ヒヒ」
「あ……あ……」
一人の男子が腐った牛乳が入ったバケツから、雑巾を摘んで放り投げた。
「ほらよ」
ぐちゃ。
「ひひひ」
「でひー」
「うう・・・ううぅー・・・」
「エグチクリ菌が泣いたー!!」
「うぇーい!」
「みんな、消毒するぞー! っほい! かえっれー」
「「「「か・え・れっ!!!」」」」
ギャハハハハハハ。
ガラッと音がして、泣きながら≪彼女≫が教室を飛び出した。
教室内の笑い声が、一際大きくなる。
「ハー、愉快痛快だわー」
コールを呼びかけたリーダー格の男子が、笑い過ぎて涙を零す。
「やっぱりこのアイデア、冴え渡ってんよ! そうじゃね!?」
その声に賛同するように、女子達も笑顔で「だよね~」と笑いながら、口元を抑えてクスクスと笑った。
「いや~、ホントこんなエグいやり方、よく思いつくよなぁ~。オレ、お前だけは敵に回したくねぇよ」
笑いながら彼は、女子グループの中心に控える少女の方を見た。
小学生にしてはすらりと長い脚に、肩甲骨まで伸びたサラサラのロングヘアー。そして、並ぶ女子達よりも、頭一つ分高い長身。
しかしながら、彼女を最も特徴付けているのは、常人の顔にあるなら決して共存出来ぬ、太い眉だった。
「なぁ、≪長谷川≫」
周囲からの賞賛に、彼女は静かに、口元を歪めた。