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おはようおじさん

 うちの学校には七不思議がある。

 いや、どこの学校にも大抵はあるものだと思うけど。

 うちのも御多分に洩れず、そういうのと大体同じような内容だ。


 ①北校舎の3階トイレの奥には花子さんがいる。

 ②屋上へ出る12段の階段が一段増えて13段になっていることがあり、それに気づいた人間は死ぬ。

 ③理科室の人体模型が夜中に動いている。

 ④正面玄関の公衆電話からある番号にかけると、あの世に連れて行かれる。

 ⑤音楽室にあるピアノが夜な夜な音楽を奏でている。

 ⑥音楽室のベートーヴェンの肖像画の目が動く。


 いつからあるのかは知らないけれど、かなり古くからある話だって聞いている。

 ただ、これらはどれもかなりいい加減なものだ。

 というのは、内容が嘘ばっかりなんだ。

 トイレの花子さんはともかくとして、うちの学校の屋上へ出る階段は12段じゃないし、理科室に人体模型はないし、玄関に公衆電話もない。

 残念なことに音楽室にベートーヴェンもいない。

 ピアノはあるけど、ていうか、そもそも音楽室ネタが二つあるというところからして、謎だ。

 普通、七不思議って全然バラバラな場所の話が七つあるもんじゃないのか。

 多分、最初に七不思議を考えた人がネタ切れで仕方なくそうしたんだろう。


 そんな明らかに適当な七不思議なんだけど、みんなこういう話は好きだからずっと語り継がれて今も残っている。

 もしかしたら昔は人体模型も公衆電話もベートーヴェンの肖像画もあったのかもしれない。

 だから七不思議ができた当時は、それなりに信憑性があって怖がられていた可能性はあると思う。

 まあ、どうでもいいんだけどさ。

 ただ、怖いわけではないけど、今も面白がられて不思議がられている話が一つだけある。

 それが、七番目の不思議【おはようおじさん】だ。


 おはようおじさんは七不思議自体よりも有名、というかうちの学校に通っている人間で知らないやつなんていない。

 だって、毎日校門の傍であいさつをしてくれるおじさんのことだからだ。

 毎日毎日、それこそ雨の日も風の日も雪の日も、一日も欠かさず、おはようおじさんは絶対にそこにいる。


「おはよう!」


 いつも変わらぬ笑顔で挨拶してくれる。

 まあ、生徒側からすれば、ほとんど景色の一部と化しているから、挨拶されても適当に返すくらいで特に気にするやつなんていない。

 そんなおはようおじさんに関する七不思議はこんな感じだ。


 ⑦通学時間の正門横には、おはようおじさんというおじさんがいる。おはようおじさんは学校創立当時からそこにいて、いない日はない。彼の仕事は挨拶をすることで、彼の挨拶には挨拶しか返してはいけない。


 うちの学校はもうすぐ創立70年だ。

 だから、普通に考えて70年もおはようおじさんがずっといたなんてありえない。

 いや、ギリギリありえなくもないんだけど、おはようおじさんはどう見ても40歳くらいだし、70年もあそこで挨拶していたとは思えない。

 そこがこの七不思議の面白がられているところなんだけど、何のことはない。

 カラクリは簡単だ。

 おはようおじさんは何年か毎に別の人に引き継がれているらしい。

 今のおはようおじさんが何代目かは知らないけど、同じ学校に通っていた4歳上の姉の時は今とは違うおはようおじさんがいたんだとか。

 よく似た外見をしていて雰囲気も全く同じなんだけど、自分の時とは微妙に違うおじさんだって姉は言っていた。

 だから、七不思議の言っていることは嘘ではないみたいだ。

 確かに、おはようおじさんはずっといる。

 ただ、同じおじさんではないというわけだ。

 それを聞いた時は、何のためにやっているのかは謎だけど、そんな不思議な伝統を守り続けているおはようおじさんに変な敬意を感じたものだ。





 ある日、夏休み前だというのに、朝から気温が30度を超えていることがあった。

 俺は休みたい衝動に駆られたが、期末テストが帰ってくる日だったから休むわけにはいかなかった。

 いや、別に後日もらってもいいんだけど、嫌なことは早く済ませたい派なんだ。


「おはよう……」


 正門の近くで、いつも通りおはようおじさんが声を掛けてくれた。

 でも、やけに元気がない。

 というか、明らかに顔色が悪い。

 熱中症にでもかかってるんじゃないだろうか。

 体調が悪いなら無理に挨拶なんてしなくていいのに。

 そう思ったけど、声をかけるほど仲がいいわけではないので、スルーして登校した。


 教室に入ってぼんやりしていると、救急車の音が聞こえてきた。

 教室内がざわつく。

 正門前で止まったみたいだ。


「おい、おはようおじさんが倒れたみたいだぞ」


 誰かが言っているのが聞こえた。

 やっぱり熱中症だったんだろうか。

 こんなに暑い日も律儀に来てるのはすごいけど、体調を崩していては意味がないと思う。

 とにかく、早く良くなるのを願うばかりだ。




 次の日もめちゃくちゃ暑かった。

 こう暑いと、ほんと通学が面倒になる。

 もうすぐ夏休みだから、あと少しの我慢だけど。


「おはよう……」


 今日もおはようおじさんがいた。

 昨日救急車に運ばれたって聞いたけど、ここにいるってことは大したことはなかったんだろう。

 ただ、挨拶をする声はいつもとは全然違った。

 今にも消え入りそうな調子だ。

 顔色も良くないし、ホント、大丈夫なんだろうか。

 どう見てもヤバそうなんだけど。

 挨拶されている生徒たちもみんな心配そうに見ている。

 でも、ちょっと異様なその様子にみんな引いてしまって、誰も声をかけたりはしていなかった。

 かく言う俺もみんなと同じで声はかけなかった。



 俺が教室に入って友達と話していると、また救急車の音が聞こえた。

 案の定、おはようおじさんは大丈夫ではなかったらしい。


「またおはようおじさんが倒れたらしいぞ」


 あの人、何考えてんだろう。

 流石にちょっと呆れた。

 いい大人が自分の体調も自覚できないなんて。

 まあ、何はともあれ二日連続で救急車なんて、流石にまずい状態だと分かっただろう。

 しばらくゆっくりすればいいと思う。




 次の日も相変わらず暑い。

 夏本番だな。

 あと二日で夏休みだ。

 待ち遠しい。


「……はよう……」


 ほとんど聞こえないくらいの声で挨拶された。

 おはようおじさんだ。

 顔は真っ青だ。

 どう見ても体の調子は戻っていない。

 その様子は、もはや不気味だった。

 出歩いていいような状態じゃないのは明らかだ。

 他のみんなも気味悪がって近づかない。

 先生ですら見て見ぬフリをしている。


 俺もできるだけ見ないようにして通り過ぎた。


 そして、その日も救急車が来た。

 これだけ連続で救急車を呼んだら怒られそうなもんだけど、あの人は一度怒られた方がいいんじゃないかと思う。




 次の日も朝から夏全開って感じで暑さが半端じゃなかった。

 今日は終業式だ。

 半日で終わるし、もう気分は半分夏休みだ。

 こうなると、この暑さもさほど気にならない。

 むしろ、暑さが余計に夏休み感を演出してくれているように感じる。


「…………う……」


 おはようおじさんは今日もいた。

 もう、完全に顔が死んでいる。

 どう考えても、動ける人間の様子じゃない。

 朝だから怖さは感じないけど、夜だったら幽霊と間違われそうだ。

 人が避けて歩くせいで、おじさんの周囲は少し空間ができている。

 俺も放っておきたかったけど、なんとなく声をかけてしまった。


「もうやめたらいいじゃないですか。

 別に一日二日休んだって誰も気にしませんよ。

 むしろ、今のあなたは怖いですよ」


 俺の言葉が聞こえているのかどうかも怪しかった。

 顔はもう真っ青を通り越して真っ白で、口は半開きだ。

 ただ、目だけはギョロッとこちらを見た。


「…………う」


 微妙に口が動いている。


「お……は…………」


 この期に及んで、おはようかよ!

 何がそこまでおじさんを駆り立てているのか知らないけど、その様子はいたたまれないものだった。


「分かったから、もうやめてくださいよ」


 俺の言葉におじさんは、少しだけ、本当に少しだけ笑ったように見えた。

 ここまで不気味な笑顔を俺は初めて見た。


「…………う」


 まだ繰り返している。

 俺は話が通じないことを悟って、話すのをやめた。

 教室に向かう間もおじさんの笑顔が頭から離れなかった。


 その日、救急車は来なかった。




 終業式が終わり、下校時刻になった。

 俺は友達数人と昼飯を食べに行くことにした。


 学校の近所のファミレスに入る。

 ここはウチの生徒のたまり場になっている店だ。

 今日もかなりの人数が来ているらしい。

 店の中が同じ制服でごった返している。

 そんな店内で聞こえてくるのは、当然と言えば当然だが、明日からの夏休みの話ばかりだ。

 俺たちもランチセットを頼んで、セットに付いているドリンクバーを取りに行きつつ話し込む態勢に入る。


 最初はやっぱり夏休みの話から始めた。

 休み中に何するかとか、彼女がいないやつは夏休み中に彼女を作るためにどうするかとか、宿題を分担して進めて後で見せ合わないかとか、そんな話をした。

 下らない話題ばかりだったけど、時間を忘れるくらい夢中で話し続けた。



 ふと話が途切れた時、誰からともなく、おはようおじさんの話題が出た。


「最近、あのおっさん体調悪そうだよな」


「ああ、マジ死ぬんじゃないかって顔だわ」


「ホント、なんであんな頑なに続けてんだろうな」


「俺、今日の朝もうやめろって言ったんだよ。

 全然通じなかったけど。

 ホント、バカなんじゃないのか」


 朝のおはようおじさんの様子を思い出す。

 あれは本当に不気味だった。

 顔面蒼白で生気を感じなかったけど、目だけは強く俺のことを見ていた。

 と、友人たちがみんな黙って怪訝そうな表情でこちらを見ているのに気付いた。


「なんだよ?」


「お前、本当におはようおじさんに話しかけたのか?」


「そうだけど、それがどうかしたのか?」


「お前、知らないのか?

 おはようおじさんには挨拶以外返したらダメなんだぞ」


「はあ?

 ああ、そういや七不思議ではなんかそんなふうに言われてたっけな。

 完全に忘れてたわ」


「ホント、お前怖いもの知らずだよな」


「俺今日のあのおっさんの様子見て話しかけるなんて無理だわ。

 気持ち悪すぎ」


「俺も。

 ほとんど妖怪だったしな」


 友人たちはめちゃくちゃなことを言っている。

 確かに最近は不気味だけど、わざわざ挨拶をしてくれているおじさんに対して失礼極まりない。


「確かにあのおっさんに話しかけるようなやつなんてほとんどいないだろうけど、今まで全くいなかったってことはないだろ。

 それで何か問題が起きたって話は聞いたことないし、実際俺も何もされてないから大丈夫だろ。」


「まあ、そうだな。

 でも、気をつけた方がいいぞ。

 もしかしたら高校生狙いの変態かもしれないしな。

 それで、あそこでの挨拶に固執してたとか」


「その発想はなかったわ。

 つーか、ないない。

 ありえないって。

 仮に変態だったとしても、狙うなら女子だろ。

 俺は大丈夫だって」


「そりゃそうだな。

 まあ、女子が襲われてたら俺が助けてやるけどな。

 そんで、助けられた女子が俺に惚れるから、その子を彼女にして。

 ああ、どっかで変態に襲われかけてる女子に出くわさねえかな。

 そしたら、俺の夏休みに潤いが……」


 バカじゃないのか、と思ったけど俺も考えることはそんなに変わらない。

 それからはまた下らない話に戻っていった。



 気づけば、外が暗くなり始めていた。

 昼から話し始めたのに、気づいたらもう晩飯前だ。


「そろそろ帰るか」


「そうだな。

 んじゃまたなー」


 そこで友人たちと別れて家に帰った。




 次の日から、夏休みは何の問題もなく過ぎていった。


 ただ、宿題が全然進まないとか、彼女ができないとか、雨で花火大会が中止になったとか、家の近くでおはようおじさんらしきおっさんを頻繁に目撃するようになったとか、友達に彼女ができて祝福しつつも嫉妬に狂いそうになったりとか、海に行ってクラゲに刺されてひどい目に遭ったとか、おはようおじさんが追いかけてくるようになったとか、アイスを食い過ぎて腹を壊したとか、いつの間にか自転車が壊れていたとか、遂におはようおじさんに捕まってしまったとか、そして、俺の人生が終わったとか、いろんなことはあった…………







 俺は学校の正門横でみんなに挨拶をしている。


「おはよう!」


 毎日欠かさず、学校の正門横で挨拶をしている。

 俺に話しかけてくれる奴が現れるのを期待して、挨拶をしている。

 そういえば、俺の姿をした、俺じゃないやつを見かけた。

 奴は毎日楽しそうに学校に通っていた。

 俺じゃないことに誰も気づいていないみたいだった。

 あれがなんなのか俺には分からない。

 俺から話しかけることもできない。

 俺には、挨拶しかできない。

 どうしようもない。

 だから、考えるのをやめて挨拶をしている。


 秋が過ぎた。


 俺は挨拶をしている。


 冬が過ぎた。


 俺は挨拶をしている。


 春が過ぎた。


 俺は挨拶をしている。


 何年も過ぎた。


 俺は挨拶をしている。



 ある夏の日、とても暑い中で、俺は挨拶をしていた。

 何か体がおかしい。

 苦しい。

 それでも、俺は挨拶をする。

 早く、誰か話しかけてこい。

 それだけを願いながら、挨拶をする。

 気づけば、救急車に運ばれていた。

 でも、苦しさは収まらない。

 次の日も、挨拶をする。

 苦しさは増すばかりだ。

 でも、挨拶をする。

 また、救急車に運ばれる。

 でも、次の日、また挨拶をする。

 もう、本当に何も考えられなくなってきていた。

 ただ、挨拶をする。

 意識が朦朧としている。

 それでも、挨拶をする。


 その時、一人の男子生徒が俺に話しかけてきた。

 何を言っているのかよく分からないが、助かった。

 これで、コイツと代われる。

 俺は、感謝した。


「ありがとう。

 お前がおはようおじさんだ」


 そう伝える。

 その学生は分かったから、もうやめろと言ってくれた。

 その言葉に甘えることにした。

 俺はおはようおじさんをやめる。


「ありがとう」


 俺はもう一度、感謝した。

 これで、俺は解放される。

 早速、代わろうと思った。

 だが、なぜかその学生はすぐに立ち去ってしまった。


 俺は、すぐに追いかけようとしたが、学生は校舎に入って行ってしまったのでついて行けなかった。



 次の日、学生と代わるために学校に来た。

 こんなに晴れ晴れとした気持ちで学校に来たのは久しぶりだった。

 だが、学生は来なかった。

 誰も来なかった。

 夏休みだった。

 それに気づいた時、ひどくがっかりしたが、諦めるつもりはなかった。

 俺は学生を探すことにした。


 どこにいるか分からないが、探す。

 街中くまなく、探す。

 一心不乱に、探す。

 ひたすら、探す。


 そして、見つけた。

 ようやく、見つけた。

 やっとの思いで、見つけた。


 俺は、近づく。

 学生は、逃げた。

 追いかける。

 逃げられた。


 次の日も、追いかける。

 逃げられた。


 次の日も、追いかける。

 逃げられた。


 逃げられないように、自転車を潰した。


 次の日も、追いかける。

 また逃げようとしたが、逃がしはしない。

 遂に、捕まえた。


 そして、嫌がる学生を押さえつけて、おはようおじさんを、渡した。



 ……俺は、学生生活に戻ることができた。







 ⑦通学時間の正門横には、おはようおじさんというおじさんがいる。おはようおじさんは学校創立当時からそこにいて、いない日はない。彼の仕事は挨拶をすることで、彼の挨拶には挨拶しか返してはいけない。

 もしも、挨拶以外の言葉をかけたら、あなたが次のおはようおじさんになる。





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[良い点] 初めまして、読んでいて「花子さんがきた」を思わず思い出して懐かしくなりました。 内容もシンプルで読みやすく、あっさりというか淡々とした調子で書かれているのがまた薄ら寒い感じで良かったで…
[良い点] 内容は悪くないと思います。 [気になる点] 主人公の人物がおじさんに追われて精神がすり減らされていくところを書けばさらにホラーとしての質があがったと思います
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